第六話 4
黒木猛は、いつもの様に、エジプトのサッカラで、作業員に混じりながら発掘作業に立ち会っていた。
サッカラは、古代エジプトで長い間首都であったメンフィスの西側にあり、メンフィスの墓地として使用された地域である。紀元前三一〇〇年の第一王朝から紀元前三〇年のプトレマイオス朝までの長期に渡り断続的に使用されたため、過去の建造物や墓を再利用するなど、重層構造になっている所が多い。オランダ隊は、ウナス王のピラミッドの参道付近を調査してきたが、その南にある第十八王朝のファラオであるツタンカーメン王の財務長官であったマヤの墓の下に、第二王朝の高官の墓が発見されており、混沌とした状態になっていた。
黒木猛も、今までファラオに仕えた高官や貴族の墓をいくつも発見してきたが、それは、日本の戸塚隊の功績に比べれば、地味だと言わざるを得なかった。戸塚大の白鳥作治郎名誉教授は、エジプトでの発掘調査は、古代エジプト人との知恵比べだと言っていた。そのことに関して、自分も同感だし、その知恵比べに勝ったからこそ、白鳥名誉教授の第二の太陽の船の大発見に繋がったのだと黒木猛は思った。
自分は、彼に比べれば、まだまだひよっ子に過ぎず、この先、全力でエジプト文明に向き合ったとしても、絶対に叶わないだろうと思う。しかし、考古学に携わる者として、ある程度の実績を残してきたという自負があった。けれども、それは、単なる名誉欲に駆られた結果であって、考古学界に貢献したいという殊勝なものでもなかった。
「先生、実は先生に見て貰いたいものがあるんです」
作業員のアリが黒木猛に近寄り、耳元で囁いた。
「なんだ? 見て貰いたいものって?」
「かなり価値のあるものです。ずっと、家に保管していたけれど、母が病気になったので、治療費が必要なんです」
「どういうことだ? 俺に買い取って欲しいということか?」
「そうです。今日の作業が終わったら、家に見に来て貰えませんか? 先生もきっと気に入ってくれると思います」
黒木猛は、あまり乗り気ではなかったが、普段真面目なアリが、切羽詰まった表情をしているのを見ていると、たまには自分も彼のために良いことをしたって罰が当たらないだろうと思い、素直に彼の言葉に従った。
しかし、アリの家の納屋で見たものは、想像を絶するものだった。こんなものを、どうやってアリは見つけ、運んだのだろう? その疑問をアリにぶつけた。するとアリは、「人間、困れば、何でもできるんです。そういう人間は、一人じゃなかったってことです」と答えた。