第五話 5
二十二年前、豊子は、兄の猛が、蘇生介のエジプトでの発掘の邪魔をしていることを知り、面と向かって抗議していた。豊子と猛が話していたのは、戸塚大学の近くのカフェで、周りにはたくさん人がいたのに、豊子は人目を気にすることなく、声を張り上げていた。
「どうして蘇生介さんが、エジプト考古庁に発掘権を申請しているところばっかり横取りするのよ! そんなことをして何が面白いの!」
「別に。興味がある場所が、偶々重なっただけだ」
「嘘! 昨日の夜、兄さんがヤンセン博士に電話で話しているのを私は聞いてたのよ。蘇生介を困らせたいんだって言ってたじゃないの!」
「聞いていたのならしょうがない。俺はアイツが気に入らないんだよ」
「気に入らない? 本気で言ってるの!?」
「ああ」
「そんなくだらない理由で、日本の考古学会の発展を妨げるようなことをしてほしくないわ!」
「お前が家に戻って来るなら、止めてやってもいいけどな」
「どういうこと? 離婚しろってこと?」
「そうだ」
「何故、私が兄さんのために離婚しないといけないの? 彼と不仲でもないのに!」
「お前は、結婚なんかしなくても良かったんだよ」
「何を言ってるの? 狂ってるとしか思えない……」
「そういえば隼の誕生日は来週だろう? 伯父として隼の誕生日を祝ってやりたいから、とにかく一度家に帰って来い。俺は、今月末には日本を発つ。戻ってくるのは来年だ。俺と話がしたいのなら、来週末に隼を連れて家に来い。その時にじっくり話をしよう」
豊子は、兄の提案に従うべきか従わざるべきか迷っていた。兄とは一度、じっくり話をしなければならないとは思っていた。しかし、実家に帰ったが最後、何か良からぬことが起きるのではないかと恐れていた。