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第四話 7

「どうしてオランダに来なかったんだ! うちの大学にはエジプト考古学の権威がいるのに!」

「戸塚大学には白鳥教授がいるのよ! あの先生の元で学びたかったの!」

「戸塚大学よりライド大学のほうが考古学の歴史は古いんだよ!」

「そんなこと、分かってる! でも、私は白鳥先生の言葉に感銘を受けたの!」

「豊子、何故なんだよ! 何故お前はいつも……」

「いつも……なに?」

「いや、いい」


 豊子は、久しぶりに帰国した猛と喧嘩をしていた。彼女は、初めて兄に歯向かっていた。昨年、豊子は、白鳥作治郎教授の講演会に初めて出向いた。その時に教授が、「エジプト文明は、悠久のナイル文明であると同時に愛の文明である。古代エジプトには教訓文学があり、家庭や学校、友達や先輩後輩のことが書かれてあったりと、人と人の関係が非常に愛に満ち溢れている」と語り、その言葉に豊子は感銘を受け、戸塚大学を選んだのだった。



 戸塚大学に入学してから入った「釣りクラブ」。そこで出会った緑川荘子と豊子は意気投合し、豊子は荘子の家をしょっちゅう訪れるようになった。

 荘子の祖母は、「これは私と豊子ちゃんだけの秘密ね」と言いながら、イギリス留学時代の話を豊子にした。


「彼は、子供の頃、身体が弱かったから学校に通えず、だから大学に通って考古学を学んでいたわけじゃないの。お父さんが動物画家で、お父さんから手ほどきを受けて絵を描くことが上手くなったそうで、その絵の才能を買われて、エジプト学会の調査隊のスケッチ担当としてエジプトに渡ったの。そのうち、絵を描くだけでなく、発掘にも参加するようになり、エジプト史やヒエログリフも独学で学んだそうよ」

「へぇ、凄いですね」

「そうね、彼は努力の人ね。だから、若くして、エジプト考古局のルクソール支部の首席査察官に就けたそうなの。でもね、その後、サッカラに異動になって、フランス人観光客との騒動に巻き込まれて失職したの」

「そうなんですか……。でも、諦めなかったんですよね?」

「そう。観光ガイドをしたり、自分で描いた水彩画を観光客に売ったりしたそうよ。あの時は本当に困ったと言っていたわ。だけど、情熱だけは誰にも負けなかったの。だから、縁があって、また発掘調査に加わることができたし、彼は後に大成功をおさめたの。本当は、その話を豊子ちゃんにしたいんだけど、今日はこれでやめておくわ。でもね、豊子ちゃん、発掘調査は、諦めないってことが大切だと私は思うの。勿論、その前に、エジプトの人達や文化に敬意を表するってことが大事。そうすると、運が回ってくるものなのよ」

「そうですね、私もそう思います」

「今度、また、エジプトに行くんでしょ?」

「はい、冬休みに」

「頑張ってね。豊子ちゃんの土産話を楽しみにしてるわ」


 豊子は、荘子の家を訪れるたびに、彼女の祖母とのお喋りを楽しみにしていた。こんなに思いっきりエジプト文明の話ができるのは、荘子の祖母だけだった。豊子は、年齢を超えた友情と絆を彼女に感じていた。それなのに、荘子の祖母は、豊子がエジプト発掘隊に参加している最中に亡くなった。


 豊子は、荘子の祖母のお葬式にも参列できなかったことを心から悔やんでいた。やはり、調査を切り上げて、すぐにでも帰国するべきだったと思った。

 大粒の涙を流しながら、位牌に手を合わせていると、荘子の兄の蘇生介が、豊子のために用意したコーヒーを持って現れた。


「豊子さん、本当にありがとうございます。祖母は、シングルマザーでしたし、きっと寂しい生活を若い頃から送って来たのだと思うんです。でも、あなたが家に遊びに来てくれると祖母の顔は輝いていました。僕は男だし、祖母とお喋りを楽しむなんてことが出来ませんでした。だから、豊子さんのおかげで、祖母は、楽しい毎日を過ごせていたと思います。本当に感謝しています。祖母は亡くなりましたが、これからも変わらず家に来て、荘子と仲良くしてやってください」


 豊子は、蘇生介にそう言われて、心が少しだけ軽くなった。蘇生介さんは、こんなに優しい人だったのだと初めて気付いた。彼は、同じコースを専攻する大学の先輩だし、これから彼とエジプトについてたくさん話ができればいいなと思った。



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