第一話 4
授業のある日は、自分の研究室に向かう前に、工学部の白鳥時雄の研究室を覗いて、彼が淹れたコーヒーを一緒に飲みながら、お互いの近況報告をするのが日課になっている。
白鳥時雄は、白鳥作治郎名誉教授の息子で、彼は考古学ではなく、四菱電機と共同で人工衛星の開発をしている。最近では、父親に頼まれて、高性能電磁波地中レーダーも製作しているらしい。彼の趣味は、人工衛星から送られてきた地球の画像を見ること。何が面白いのか、年がら年中、画像解析をしては、一人で興奮していた。
最近の彼の興味は、遺跡から軍事施設に移ったようで、どこそこの国のミサイルの数が増えたとか減ったとか、「地球上で誰も知らない事実を自分だけが知っている」と叫び、勝手に自分を恐怖に陥れている。お前が知っていることは、とっくの昔にアメリカ政府も知っているだろうと思うのだが、口にすると喧嘩になってややこしいので黙っている。
今日もまた訳のわからない画像を山ほど見せられるのかと思ったが、今日はいつもと違っていた。時雄は、作治郎教授が目星をつけた場所の衛星画像のデータの解析結果を報告するために、毎日決まった時間に話をすることになっていたが、今日はいつもより一時間早めに父親の作治郎教授とリモートで会話していた。
クフ王の墓を探しあてるのが、現在の作治郎教授の目標になっていた。クフ王の墓は、クフ王のピラミッドの西隣に位置するマスタバ墳墓群の近辺にあるのではないかと推測されている。そのマスタバ墳墓群の景色が、リモート画面の作治郎教授のバックに広がっていた。
なんだか悪い予感がした。
「時雄、黒木猛って知ってるだろう?」
「え? 黒木猛って、もしかして蘇生介の義理の兄の?」
「そうだよ、豊子さんの兄さんの黒木猛。この間、久しぶりに彼に会ったんだよ」
「へー、彼って、確か、オランダのライド大学の教授だったよね? 今もエジプトで発掘調査をしてるの?」
「そうみたいだな。しばらく考古学界で彼の名前を聞かなかったから、やめたのかと思っていたけれど、違ったみたいだ」
「その黒木猛がどうしたんだよ」
「それがなぁ、困ったことに、彼がエジプト考古庁で裏工作してるのか、マスタバ墳墓群近隣の発掘権を横取りしようとしてるんだよ」
「はぁ? オランダは今もサッカラで発掘してるんじゃなかったの?」
「そうだと思ってたんだが……」
時雄の後ろに立って、二人の会話を聞いていたが、急に時雄が振り返り、「おっ! 良いところに来た!」と叫んだ。パソコンの画面の作治郎教授も時雄と同時に、「おおっ!」と叫んだ。
「おい、緑川! 今の話を聞いてただろう? 黒木君に発掘権を取られそうになってるんだよ! お前がエジプト考古庁に行って説得してくれ! 実績のあるお前が説得してくれたら、考古庁も首を縦に振るに決まっている。お前の力が必要だ! エジプトに戻って来い!」
「いや、無理です」
「無理な訳がないだろう!」
「エジプトから離れて二十年も経っているし、感覚も鈍っています」
「私にはそうは思えんがな」
「そうだよ!」
急に時雄が会話に割り込んだ。
「無理なものは無理です」
「そう言うなよ……」
「すみません、私ではお役に立てません。この話はこれで……」
僕は、そう言い残して時雄の研究室を足早に後にした。
悪い予感は、やはり当たった。