第四話 5
「今まで事情があって離れて暮らしていたが、この子はお前たちの兄弟だ。仲良くしなさい」
豊子の父は、豊子を大きな屋敷に連れ帰り、息子二人の前で、そう豊子を紹介した。豊子の父は、貿易会社を営む成功した人間だった。豊子は、父だけでなく、自分には、猛と拓狼という兄と弟がいることも知り驚いた。
豊子は、混乱していた。自分の家族は、亡くなった母だけのはずである。それなのに、目の前にいる男の人は、自分が私のお父さんだと言う。
だったらどうして? どうしてお母さんを見捨てたの? どうして、お母さんは苦労ばっかりして死ななくてはならなかったの? どうしてお母さんを助けてくれなかったの!
父に訊きたいことは山ほどあるのに、どうしてだか訊けない。
「豊子、お前がうちに来てくれて嬉しいよ。お前は良子にそっくりだね」
父は、いつもそう言って笑った。そんな父の優しい笑顔見ていると、どうしても訊けなかった。
弟の拓狼は優しく、いつもキッチンからお菓子を盗んで来ては、豊子に分け与えてくれた。しかし、兄の猛は最初から辛辣だった。兄は、豊子を睨みつけ、いつも命令した。広い屋敷や庭の掃除を強要し、女中を手伝って料理もしろ、女ならそのくらいのことはできて当然だ、と言った。豊子は兄の言葉を信じて、彼の言う通りにした。
ある日、庭の掃除をしていると弟の拓狼が豊子に言った。
「豊子お姉ちゃん、どうしてそんなことをしてるの? 女中さんがいるのに、そんなことまでしなくていいよ」
「だって、お兄さんが私に手伝いなさいって言うし、私も何か役に立ちたいのよ」
「お兄ちゃんは意地悪なんだよ。豊子お姉ちゃんに嫌がらせをしてるだけだ」
「え?」
豊子が戸惑っていると、いつの間にか傍に立っていた兄の猛が口をはさんだ。
「育ちの悪い者が下働きをするのは当然だ。だって、ただでこの家に置いてやってるんだからな」
「お兄ちゃん! そんな言い方はないでしょ! 豊子お姉ちゃんは血が繋がってるんだよ! お兄ちゃんは意地悪だ!」
「豊子は疫病神だ。豊子が来たから、母さんがこの家を出て行ったんじゃないか!」
ずっと、猛と拓狼のお母さんは、何故いないのだろうと豊子は疑問に思っていた。それが自分のせいだと分かり、ショックを受けた。
「ご、ごめんなさい……」
豊子は、二人にそう謝るしかなかった。
衝撃の事実が分かってから、豊子はますます一生懸命働いた。父や拓狼のものだけでなく、猛のシャツやハンカチにもアイロンをかけ、丁寧に畳んだ後、「はい」と笑顔で猛に渡し続けた。
豊子は、夕食の後、父や兄や弟にいつも笑顔で「おやすみなさい」と挨拶してから、自分の部屋に入る。猛を除けば、みんな優しい。けれども、豊子は、母と二人で撮った写真を見て、毎晩のようにベッドの中で泣いた。