第四話 2
美豊は、慌てて玄関に向かおうとしたが、相手のほうが家の中にずかずかと入って来た。
美豊はびっくりしていたが、なんのことはない、荘子と時雄だった。
しかし、荘子と時雄は、隼人を見るなり、驚いていた。なんで子供がいるの?というような目で隼人を見ていた。
僕は二人の戸惑いを無視し、「こちら、今度新しく来てくれた家政婦の一条美豊さん。この子は美豊さんの息子の隼人君」と紹介し、美豊には、「妹の荘子と荘子の旦那の白鳥時雄。時雄は、俺の大学時代の同級生で、そのまま大学に残って、俺と同じように大学で学生に教えている。ただし、俺は文学部で、彼は工学部だけどね」と紹介した。
「じゃあ、先生は、白鳥先生と学生の頃からずっと仲良しなんですね。妹さんとご結婚されたんだし、三人でずっと仲良しだなんて素敵ですね」
美豊がそう言うと、戸惑っていた荘子と時雄は笑顔になった。
「突然、訪ねて来てごめんなさいね。あのね、これ、みんなで食べようと思って持ってきたの。隼人君も一緒に食べようね」
なんでも、荘子は、早起きして表参道まで行って店の前にできていた行列に並び、一日十個限定のイチゴと薔薇が沢山載ったホールケーキを買ってきたのだそうである。
「うわー、きれい!」
美豊と隼人はケーキを見てはしゃいでいる。しかし、こんなことは今まで一度たりとてなかったことだ。荘子が花のケーキだって? 僕が辛党なのは既に知っていることだし、荘子とて、ケーキではなく、いつも煎餅をバリバリ食べている輩である。絶対コイツには、何か魂胆があるに違いない。
「お前、何しに来たんだよ?」
「何しにって、失礼ね。いつも掃除しに帰って来てるじゃないの」
「時雄! お前はどっちの味方だ?」
「はぁ? 俺はどっちの味方でもあるし、どっちの味方でもない」
「なんだそれ?」
「喧嘩には絶対巻き込まれたくないってこと」
「……」
「ヒントを言うと、お前の教え子達が、この間、ハッサンの店に行ってたそうなんだが、お前と美豊さんを近くで見かけたんだとさ」
「え……」
ということは、僕と美豊の騒動の一部始終を見ていたってことなのだろうか?
僕は、穴があったら入りたくなった。
「だから、荘子が様子を見に行きたいと言ったわけ。でも、良かったじゃないか。こんなに若くて可愛くて素直で良い子が家政婦だなんて、超ラッキーだよ。俺は本当に安心した」
「結局、原因はお前じゃないか! 荘子にバラしたんだから!」
「いや、その……。学生が滅茶苦茶興奮しながら、お前が若い女性と歌舞伎町で抱き合ってたと俺に報告したもんだから、黙ってられなかった。すまん……」
「まったく!」
美豊と荘子は、キッチンやリビングを行ったり来たりしながら、人数分のお茶やジュースや取り皿を用意し、二人で楽しくお喋りしていた。しかし、時雄は、さっきからずっと、とても重要なことを忘れているような気がしていた。美豊の横顔を見ながら、しばらく考え込んでいたが、突然「あーっ!」と叫んだ。
「なんだよ! びっくりするじゃないか!」
「み、美豊ちゃん! あの子じゃないかっ!」
「え?」
「ゼミの親睦会の日、お前、彼女に汚らわしいとかなんとか叫んでたじゃないか! 絶対あの子だろっ?」
「え? そうか?」
僕は、時雄の視線を避けるために顔を逸らし、しらばっくれた。
「はぁ? お前、今、なんで顔を逸らしたんだ?」
「バレたらしようがない」
「ばれたらしようがないって、お前はバカか? 彼女、大丈夫なのかっ? つーか、なんで立ちんぼしてた子が家政婦をしてるんだよっ! しかも子供までいるなんて!」
「知らねーよ。俺だって分かんないよ。家政婦をいつも紹介してくれてる会社に電話したら、彼女が来たんだよ。会社が保証人になってるし、真面目に働いてくれてるから何も問題ない。あの日、落ち込むことがあって立ちんぼしてたらしいけれど、初めて声をかけたのが俺で、やっぱり立ちんぼなんてやめようと思ったと言ってたんだよ」
「そ、そうなのか……」
「うん。だから、今、家政婦をやってるんじゃないか」
「ああ、そうか」
時雄は素直で助かる、と僕は思った。時雄には嘘を吐いたものの、美豊が売春をしていたのは事実だし、しかもまともな家事が全くできず、何も問題がないわけではないことは確かである。しかし、説明するのが面倒だし、時雄だけでなく荘子も絶対加担してごちゃごちゃ言ってくるのは目に見えていたので、僕は「何も問題はない」と嘘を吐いた。