第四話 1
ある日、豊子が言った。
「子供は、親と一緒にいなければならないの。一緒にいられない子供は不幸だもの」
確かにそうだ。子供は赤ん坊のころから、親がいなければ泣き、歩けるようになれば、親の後をついて回る。
隼は、豊子に追いかけられて、キャッキャッと笑っていた。
目の前で、あの日の豊子と隼のように、リビングで美豊と隼人が追いかけっこをして遊んでいた。なんて平和な光景なのだろう? 争いも哀しみも憎しみもない。ただそこにあるのは、愛と慈しみだけ。彼らの遊ぶ姿を、僕は微笑みながら眺めていた。
しかし、次の瞬間、ガシャーンという音とともに、幸せな時間は吹き飛んだ。部屋の隅に置いてあったカノプス壺に隼人が体当たりし、粉々に砕いた。
「こらーっ! 家の中で走るなっ! 外で遊べっ! お前ら、焼いて食うぞっ!」
僕が顔を真っ赤にして怒っているのに、隼人はゲラゲラと笑い、美豊はニコッと笑った。その様子を見て、完全に舐められていると僕は思った。
「ごめんなさい、この壺、貴重な物なんですか?」
「ああ、そうだよ。人間の臓器を入れるんだよ。肝臓とか肺とか胃とか……」
「カンゾウ?」
隼人が言った。
「人間の内臓だよ」
僕がそう言うと、隼人は顔を歪めた。
「げっ……、趣味わるっ」
美豊が言った。
「なにぃ?」
「だって、そんなものをリビングに飾るなんて、趣味が悪すぎです」
「安心しろ。レプリカだから」
「レプリカ? レプリカってなんですか?」
「本物を真似て作ってるってこと」
「じゃあ、偽物じゃないですか? なら、良かった!」
「良いわけなーいっ! もう、この部屋にあるものは、全部書斎に移動させておこう。書斎は立ち入り禁止! 掃除もしなくて良い!」
「はい、分かりました!」
日曜の昼下がりの午後、リビングではしゃぐ隼人と美豊を見ていて、日曜だし、隼人はまだ遊びたい盛りだし、どこかに遊びに連れて行ってやるべきなのではないのかと考えたが、何故親でもない自分がそんなことをしなければならないのかと考え直した。しかし、「そうか! 住み込みの家政婦は、仕事場が自宅とはいえ仕事なのだから、週休二日にするべきだな。そうしたら休みの日に、親子二人で遊びに出かけることもできるではないか!」と名案を思い付いた。そのことを、美豊に伝えたら、「さっき、私も隼人にそう言ったんです」とこともなげに言った。
「え?」
「契約書に、土曜、日曜、祝日が休みって書いてあるじゃないですか? だから、隼人に今日は外にお出かけする?と訊いたら、『いやだ! お家がいい!』と言ったんです。よっぽど、この家が気に入ったみたいですね」
「あ、そうなのか」
「でも、先生も私と隼人が家にいたら休めないでしょ?」
「ま、まぁ、そうだな」
「じゃあ、出かけましょうか?」
と、そんな話をしていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。