第三話 12
小早川愛の電話を切った後、生徒のレポートを読もうとしたのに、悶々としてちっとも内容が頭に入って来ない。しばらくの間、デスクの椅子を立ったり座ったり、その辺を行ったり来たりを繰り返していた。
「ええいっ! 仕方がないっ!」
僕は、そう独り、叫び声を上げると、車のキーを手に取り、車庫のシャッターを乱暴に開けて車に乗り、歌舞伎町へ向かった。
歌舞伎町は、真夜中でも煌々と明かりが灯り、大勢の人間が屯する眠らない街だった。そんな中をクラクションを鳴らして、辺りを歩く人たちを蹴散らしながらイライラジリジリと進み、この間、美豊と初めて出会った公園に到着した。車をパーキングに入れるべきなのだろうが、そんな暇はない。一刻も早く美豊を見つけなければ、手遅れになってしまう。僕は、車から降りると乱暴にドアをバタンと閉め、鍵をかけて路上に放置すると、美豊を捜し始めた。
公園の前には、この間と同じく、大勢の若い女子がウロウロしていた。僕は、美豊と似たような背格好の女子を見つけると、いちいち振り向かせて顔を確認した。ほとんどの女子にびっくりされ、「なんだよ! おっさん! 用がないならとっとと失せなよ!」と暴言を吐かれた。けれども、僕は怯むことなく、公園にいる女子全員の顔を確認した。しかし、美豊は見つからなかった。
もしかしたら、美豊はもうホテルに入ってしまっているのかもしれないと思い、ホテル街に慌てて向かった。ホテル街も人でごったがえしていた。
こんな中で、どうやって美豊を捜せばいいというのか?
僕は、あることを思いつき、覚悟を決め、大きく息を吸い込んで息を整えた。
そして大声で叫んだ、
「一条美豊さん! いませんか! いたら知らせてください!」
と。
僕は、そう大声を上げながら、通りを歩いた。辺りを歩いている人間は、驚いて振り返り、僕の顔をマジマジと見つめた。それなのに、僕は一向に気にならなかった。そんなことをしばらく繰り返して歌舞伎町を歩き続けた。そうして、一周して、また元の公園に戻って来てみたら、公園の近くに置いていたはずの車がなかった。警察が来て、レッカーで移動させられたらしい。しかし、不思議とそれも気にならなかった。この際、車なんてどうでも良い。
そして、また大声を上げながら歩き続けていたが、前方で、腕を組み、ホテルに入ろうとしているある一組の男女のカップルが目に留まった。どう見ても、後ろ姿も服装も美豊そのものだった。
僕は、女のほうに急いで近寄り、肩を掴んで振り向かせた。その女は驚いて僕の顔を見た。そして、「あっ!」と叫んだ。やっぱり美豊だった。ああ、良かったと安堵した。しかし、次の瞬間、彼女に向って叫んだ。
「酷いじゃないかっ! 待ち合わせ場所にいないから探したぞっ!」
「えっ!?」
美豊も男もびっくりしている。
「俺が先客だ! 先に約束してたんだよ! 君は帰りたまえ!」
僕は、そう言いながら、美豊の腕を掴み自分のほうに引き寄せた。そして、その男に笑顔で手を振りながら、追い払った。その男は「ちぇっ、なんだよ!」と文句を言いながら、どこかに消えていった。
僕は、大満足だった。しかし、美豊の顔を見たら、ほっぺたをパンパンに膨らませて怒っていた。
「先生! ひどいっ! やっとお客さんが取れたのに! お金を稼がなきゃ、明日からどうやって生きていけばいいんですか!」
「す、すまなかった。夜中に若い女性と子供を追い出すなんて、自分が酷い人間だと気が付いた」
「今頃、分かったんですか?」
「他にも分かったことがある」
「何が分かったんですか?」
「あんたはよくここまで生きてきた。子供も殺さずによく育てた。親として立派だ!」
僕がそう言うと、美豊はしばらく僕の顔を見つめていた。そして、目に涙を滲ませたかと思うと、いきなり僕に抱きついて泣いた。
美豊は、堰を切ったように、オイオイと声を上げながら泣いた。きっと、彼女は、今までどんなに辛いことがあっても、泣き言一つ言わずに頑張って来たのだろうと思った。
子供のために、たった一人きりで……。
僕は、いつの間にか、力いっぱい美豊を抱きしめていた。
ハッサンの店から出てきた教え子達が、びっくりして僕達を眺めているとも知らずに……。
第四話に続く