第三話 9
食事が終わり、生徒のレポートを読もうと書斎のドアを開けたが、眼前に見たこともない光景が広がっていた。
「なんだ、これはーーーーーっ!!!!!!」
僕のコレクションのほとんどが無くなって、もぬけの殻状態になっていた。
僕の声に驚いた美豊が慌てて飛んできた。
「どうかしましたかっ!」
「ど、どうして、物がなくなっているんだ!」
「あ、あの、野良猫だと思うんですけど、知らない間に書斎に入り込んでたんです」
「もしかして、茶トラのバカ猫か?」
「はい、茶トラの猫でした。魚を咥えて走り回ってたんです。捕まえようとしたのに全然捕まらなくて困りました。でも、先生も悪いと思うんです。だって、書斎に魚の干物を置いてるんですもん」
「干物?」
「はい」
僕は「はて?」と思ったが、それが魚のミイラを指していることに気付いた。確かに干物の様に見えるとは思う。いや、完全に干物じゃないか、表面にミルラを塗ってるってだけで。それなのに、僕は「いや、あれは干物じゃなくてミイラなんだよ!」と叫んだ。
「そうなんですかっ!」
「他の物はどうしたんだ? 他にもいっぱいあっただろう? 猫やワニのミイラや化石とか」
「えっ? あれ、猫のミイラだったんですか! 臭かったし埃まみれだったので、ゴミの日に捨てようと思って、ビニール袋に入れて倉庫にしまってあります。石ころは花壇の周りに並べました」
僕は、泣きたくなった。急いで、倉庫や庭に飛んで行って、ミイラや化石を回収した。
「これらは、手に入れようと思っても、手に入れられない貴重な物ばっかりなんだよ。そんなことも分からないなんて、家政婦として失格だ。というより、人間失格だろ」
「に、人間失格って……」
「大体、教養が無さすぎなんだよ」
「すみません……」
「悪いけれど、これ以上被害が出ないうちに辞めてもらいたい。君も辞めるなら早いほうがいいだろう?」
「首ってことですか?」
「そうだ」
「……分かりました」
美豊が妙に素直なので、こちらも少しだけ心が痛んだ。
美豊は少ない荷物をまとめると、眠そうな隼人の手を引き「今までありがとうございました」とお辞儀した。僕は、思わず「これからどうやって生きていくんだ?」と訊いていた。
「売春します」
「はぁあ? 何を言ってるんだ! 子供がいるんだろ! まともな仕事なんて他に山ほどあるじゃないか!」
「私はそのまともな仕事に就けないんです! 今まで何十社も面接を受けたのに一個も受からないんです! 先生の言うように、教養のないどうしようもないバカだからっ!」
「そうだな! 本当にバカだな! 売春しか思いつかないなんて、本当のバカだ!」
「先生に私の気持ちなんて分からない! 私にはそれしかできないんですっ! 隼人を絶対手放したくないのっ!」
そう言い放つと、美豊は玄関のドアをバタンと閉め、隼人と二人で暗闇の中へ消えて行った。