第三話 6
授業が終わったので、いつものように時雄の研究室に向かった。作治郎教授からメールで返事が来ていて、今から時雄の部屋でリモートで会話することになっていた。僕が時雄の研究室に着いた時は、既に時雄は作治郎教授とパソコンで会話中だった。しかし、時雄はすぐに僕に気付き、「あ、親父、今、蘇生介が来たから、代わるわ」と言い、僕をパソコンの前に座らせた。
「いや、さっきも時雄に言ったんだが、実はな、今日、時雄が怪しいと言った場所を電磁波地中レーダーで調べてみたんだよ」
「そうですか」
「確かに地中に枠らしき物はあるようだが、残念だが中は砂で埋まってる感じだな」
「もしかして、既に盗掘された後なんですかね?」
「掘ってみないと分からないが、その可能性は大だな」
「そうですか……」
「なぁ、緑川、やっぱり、お前、エジプトに来ないか? お前がいるのといないのでは、プロジェクトの進み具合が全然違う。アブシール南遺跡、アメンヘテプ三世の王墓の修復、ダハシュール北遺跡、それと第二の太陽の船の復元。今、四つもプロジェクトを抱えているんだ。それに……」
「クフ王の王墓の発見ですか?」
「そうだ。俺は死ぬまでに絶対に見つけたいんだ。力を貸してくれ」
「僕もそうしたい」と喉元まで言葉が出かかっているのに、どうしても勇気が出ず、飲み込んでしまう。もう何年も何年もその繰り返しだ。きっと、僕は、豊子と隼の死を受け入れられないのだ。今でも、豊子と隼は、あの頃の様にエジプトで元気で生きていて、日本にはいないだけ。けれども、エジプトに行けば、豊子と隼のいない現実を突きつけられる。それが恐いだけなのだ。
「こんな腑抜けには何を頼んでも仕方がない、いい加減見限ったらどうですか?」
画面に急に、黒木猛が現れ、作治郎教授に向かってそう言った。
「はぁ? なんで君がそこにいるんだ!」
時雄が画面に向かって叫んだ。
「すまん、黒木君がギザまで来てくれてるんだ。彼をあまり待たせてもいけないから、今日はこれで失礼するよ」
作治郎教授はそう言うと、回線が切れ、画面が真っ黒になった。
「なんだ、アイツ! 敵情視察に来たのか!」
時雄はそう言いながら、僕の顔を睨んだ。
僕は、無言で時雄の顔を眺めるしかなかった。
その時、研究室のドアが開いた。振り返ると、荘子がそこに立っていた。
「あら! 兄貴もいたの? ちょうど良かった! 今から二人でお祝いするのよ! 兄貴も一緒に来る?」
「お祝いって何の祝い?」
「結婚記念日」
「……」
「あ、ごめん、結婚記念日とか、兄貴の前では禁句だったわね」
「別に! でも、人の結婚記念日を邪魔するような野暮なヤツじゃないよ、俺は」
「いや、あのね、兄貴に伝えなきゃいけないことがあるのよ」
「もしかして、バリアンのこと?」
時雄が割り込んだ。
「そうそう」
「なんだ? バリアンて?」
「インドネシアのシャーマンのことよ。とにかく一緒に来て。パパもいいわよね?」
「もちろん」