第三話 4
蘇生介は、リビングに置いてある二人の位牌に手を合わせた。そして、「豊子、隼、ごめん。今日から少し騒がしくなるよ。この家に、他人を住まわせたくなかったけれど、彼女は小さな息子を抱えたシングルマザーなんだ。きっと豊子なら賛成してくれるよね? 君はいつだって優しい人だったから。いつも迷ったら、君ならどうするだろうかと考えて、僕は行動している。そうすれば、一日がうまくいく。僕は今でも君と共にある。君も天国で見守ってくれ。じゃあ、今日も行ってくるよ」と心の中で呟いた。
その様子を美豊は物陰から、こっそり眺めていた。美豊には、随分長い間、蘇生介が手を合わせていたように見えた。
「これから大学で授業があるから、出かけます。午後六時過ぎには帰ります。留守番をお願いします」
「わかりました。いってらっしゃいませ」
蘇生介と美豊は、そうやり取りし、蘇生介は出かけて行った。
蘇生介を玄関で見送った後、美豊はリビングに舞い戻って来て、仏壇の豊子と隼の写真立てを手に取り、眺めた。
「綺麗で優しそうな人。この子は息子さんかな。二人ともいっぺんに亡くなったんだろうか? もしそうなら、先生が可哀相すぎる……」
美豊は、ハタキで念入りに仏壇の埃を取り、自分のポケットに入っていたハンカチで写真立てを丁寧に拭いた。そして、窓に近寄って庭を見回し、庭に咲いてあった青いヤグルマギクを摘み、花瓶に生けて仏壇に飾った。そして、自分も蘇生介のように手を合わせ、「どうか天国で幸せでいてください」と祈った。
ふと気付けば、横に隼人が立っており、自分と一緒に手を合わせていた。
「ねぇ、隼人、この人達、きっと先生の奥さんと子供なんだよ。先生も辛い目に合ったんだね。だから、今日は、先生が喜ぶようにお部屋を綺麗にお掃除しようか? 隼人も手伝ってくれる?」
「うん! いいよ!」
「よし! 頑張ろう! じゃ、手始めに、一番汚い書斎から掃除しよう」
美豊と隼人は、大きなビニール袋を持って書斎に飛び込んだ。しかし、そこには既に先客がいて、美豊と隼人を睨みつけていた。
先日、書斎を荒らした茶トラの野良猫だった。