第三話 1
朝、ベッドの中で目を覚ますと、キッチンから味噌汁の良い匂いが漂ってきた。そんな当たり前の日常に安心し、幸せだなと思う。さあ、自分も起きて、豊子を手伝わなくちゃ。彼女ばかりに負担をかけられない。僕は、小さなおにぎりを作り、隼が保育園に持って行く弁当箱の中に入れた。隣で豊子が出汁巻き玉子を作っている。
家族三人揃って、手を合わせながら「頂きます!」と言い、朝食を食べる。今日も豊子の作る出汁巻き玉子は最高に美味かった。
「君みたいに育ちが良いと、料理もこんなに完璧になるのかな」
「大げさだよ。料理に育ちは関係ないでしょ。蘇生介さんは、いつも育ちとか家柄とか気にするけど、私は全然良い家柄じゃないし、育ちも良くないわ」
「いや君は完璧だよ。俺の親父は、半分訳の分からない人間の血が入ってるし」
「人の価値はそんなことで決まらない。何を持って生まれたかではなく、何をしたか、だわ」
「そうだな……、本当に君の言うとおりだ」
豊子は、いつどんな時も正しかった。歪んだ僕の心にアイロンをかけ、真っすぐにしてくれるのはいつも彼女だった。僕は、そんな豊子に支えられ励まされて生きてきた。だから、彼女のいない人生なんて考えたこともなかった。
豊子と隼がいなくなって、随分長い年月が経った。
それなのに、豊子と隼との思い出はいっこうに色褪せなかった。