第一話 2
「また、こんなに汚くしてる! 子供じゃないんだから、いい加減にしなさいよ!」
そう言いながら、妹の白鳥荘子は床に散らばっている僕の靴下やらシャツやらを拾い上げ、洗濯機の中に乱暴に放り込んだ。そして、大音量で家敷中に掃除機をかけていく。僕が、寝ていようが、論文を書いていようが、彼女はお構いなしだ。妹は、緑川家から白鳥家に嫁ぎ、とっくの昔にこの家を出たはずだった。
「お前さ、しょっちゅう実家に帰って来てるが、時雄と仲が悪いのか?」
「そんな訳ないでしょ。うちの旦那は、兄貴と違って綺麗好きだから、手間がかからないのよ。それに、彼が兄貴のことを心配して家に帰ってやれって言ってくれてるの!」
「ご親切なこった」
白鳥時雄とは、僕の大学時代の友人で、現在も同じ職場に勤める同僚である。今でも信じられない話だが、時雄が我が家に初めて訪れた時に、彼は荘子に一目惚れしたらしい。こんな粗暴な妹のどこに惹かれたのか、僕は未だに理解できない。
「しかし、あの書斎、なんとかしたら? ゴミ部屋みたいになってるし、天井に蜘蛛の巣が張ってたわよ。梯子を持ってこなきゃ届かないわ」
荘子の言う通り、僕の書斎はゴミ部屋と化していた。うず高く積まれた本だけでなく、恐竜の骨や卵のレプリカ、アンモナイトや二枚貝や巻貝の化石、色とりどりの色んな鉱物、それに、子供のワニや猫や魚のミイラまであった。それらは僕の職業にとってどれも大切な必需品である。僕は、大学でエジプト考古学を教える教師だった。
「それにしても、お祖母ちゃんも亡くなる前に、もうちょっとこの屋敷を綺麗にしておいて欲しかったわ。それなのに、『蘇生介一人では屋敷の管理は無理だから、あなたがやって』と私に言ったのよ。お父さんもお母さんもお祖母ちゃんの収集癖に呆れてたけど、結局放置してあの世に行っちゃったんだから。しかし、お祖母ちゃんが生きていた頃より、もっとゴミが増えてるよね」
「ゴミじゃない! 宝物だ! もう手に入らない貴重な物ばっかりなんだぞ!」
「はぁ……」
荘子は大きなため息を吐いた。
「でも、いい加減にしないと床が抜けそうになってるわよ」
「……」
「先祖が江戸時代からここに住んでいたんだから、子孫の私達が守らなきゃいけないの」
「はぁ? 大体、この家に守る価値なんかあるのか? 第一、親父はどこの誰ともわからない白人との混血なんだから」
「しようがないじゃない。お祖母ちゃんは華族の家督を継いだんだもの。亡くなった豊ちゃんのことを忘れてもう一度結婚しろ、とまでは言わない。彼女がいてもいいとは思うけど! 私がここに来るのが嫌なら、家政婦でも雇えば?」
「家政婦を雇っても役に立たないヤツばっかりなんだよ」
「ほんとに、どうしようもないわね……」
荘子は、呆れ顔で、再び大きくため息を吐いた。