第二話 9
大学から帰宅して、おそるおそる家の中を見回した。「ニャー」と声を出してヤツを挑発してみたが、どうやら、バカ猫は退散したらしく、シーンと静まり返っていた。居間の机の上には書置きがあり、「ガラス屋さんに修理を頼んだけれど、うちの窓は特殊だから、修理に一週間から十日はかかるそうです」とあった。
穴の開いたフランス窓は、荘子が段ボールで塞いでくれていた。しかし、ガムテープで段ボールを貼り付けただけなので、野良犬どころか人間も容易に侵入できそうだなと思った。キッチンや居間などでも荘子とバカ猫の格闘の跡が見られ、屋敷中が混沌としていた。
書斎に入ってみたら、引き倒されたコレクションは元の様に起こされてはいるが、床に散らばっていた資料が机の上に乱雑に置かれているだけだった。流石の荘子も力尽き果てたらしい。
書斎のパソコンを起動し、時雄から送られてきたメールを開いた。時雄が、さっき研究室で見ていた人工衛星の画像データをお前に送っておくからと言っていたからである。全くしつこいヤツだなと思いながらも、添付された画像を最大限に拡大してみると、薄っすらではあるが、人の手が加わったと思われる人工的な四角い枠が確認できた。時雄が言った通り、本当にここには何かが埋まっているのかもしれない。一応、作治郎教授に報告しておくかとメールを打ち始めた途端、電話が鳴った。
「はい、緑川です」
「お世話になっております。東京トータルケアサポートの小早川です」
「あ、はい、お世話になってます」
「あのぉ、緑川先生、もう一度お伺いしたいのですが、本当に明日にでも家政婦の派遣をご希望なんですよね?」
「そうですね。ガラス窓が割れて、今、段ボールで塞いでいるんです。修理に時間がかかりますし、誰か留守番してくれる人がいれば助かります」
「それがですねぇ、こちらも頑張ってみたんですが、そんなに都合良くスケジュールが空いている人間がおりませんで……」
「それはそうでしょうね」
「そうなんです。緑川先生は、うちに登録している契約社員のほとんどと契約の経験がおありで、その者達との再契約はご希望されていないでしょうし、新しい者を見つけるのは至難の業なんです。ですが、ご安心ください。本日、奇跡的に適任者が見つかりました! しかも、まだ二十代で体力があります!」
「そうですか! それは頼もしい!」
「ただし、住み込み希望です。それでよろしければ、今からお伺いさせて頂きたいのですが……」
「え? 今からですか? ま、まぁ、いいですけど……」
「それとですね、緑川先生は料金に関して、御不満がおありだったので、もう直接雇用契約を結んで頂きたいのです。そのほうがうちの会社を通すより、約半額の料金でご契約頂けます。もしご契約を了承して頂けるのなら、契約書をこれから伺う者に持たせますので、ご記入ご捺印の上、その者に渡してやってください」
小早川愛のその言葉を聞いて、「ん? もしかして、俺は厄介払いされた?」と思ったが、半額で契約できるなんてこんな良い話はないと思った。
「それでお願いします!」
気付けば、そう叫んでいた。