第二話 5
今日の授業のテーマは「ピラミッドの起源について」だった。
「エジプトで一番最初に建造されたピラミッドは、約四千七百年前のサッカラの階段ピラミッドであると言われている。このピラミッドは、第三王朝第二代ジェセル王が、建築家イムヘテプに命じて作らせたものである。
白鳥名誉教授率いる戸塚隊が、二〇〇二年にアブシール南遺跡で、ピラミッドの原型の大型石造建造物を発見している。その建造物は、石組や材質が階段ピラミッドと非常に酷似していることから、ピラミッド建設前にイムヘテプが実験のために建設したと考えられており、戸塚隊はピラミッドの起源を突き止めるという快挙を成し遂げたことになった」
僕がそう階段ピラミッドについて説明すると、一人の学生が「先生! 発言していいですか?」と言いながら、手を挙げた。
「いいねぇ、積極的で。いいよ、何が訊きたいんだ?」
「緑川先生は、当時、大学生で現地にいらっしゃったんですよね?」
「そうだよ、良く知ってるね」
「エジプトマニアの僕の親が、当時の新聞の切り抜きを今でも持ってて、昨日、偶々見せてくれたんですよ。この間の時雄先生の授業でも、おっしゃってました、緑川教授が発見したようなものだって」
すると、教室中がざわつき、「すごーい!」という声があちこちで飛び交った。
「いやいや、それは言いすぎだよ。他にも発掘していた人間は大勢いたんだから。でも、階段ピラミッドと似たような造りだとすぐに気付いたし、それは作治郎教授にも提言はしたんだよ。でも、実際、それが分かった時の感激は、今でも忘れられないくらい凄かった。だから、みんなにも経験して欲しいなとは思う。これぞ、考古学の醍醐味だよね」
ほとんどの生徒がうんうんと頷いているのを見ながら、僕は、「じゃ、次はスネフェル王のピラミッドについて」と言った。
「古王国時代、第四王朝の創始者であり、クフ王の父のスネフェル王は、メイドゥムのピラミッドを建てたが、このピラミッドは崩れミラミッドとか偽ピラミッドとか言われたりもしている。一説にはこのピラミッドは、稜線が一直線の真正ピラミッドとして作られ、完成した時の高さは九十二メートルあったらしい。その斜面の勾配は、クフ王の大ピラミッドとほぼ同じ。しかし、その後、採石場として使われたのか、もしくは石が盗まれたのか、三段の階段状になってしまったと考えられている。
内部はクフ王のピラミッドと構造的に非常に良く似ていて、天井が逆階段の様にせり出している部屋があり、天井を小さくして上からの重力を支える構造になっている。この構造は、後のクフ王の大ピラミッドの大回廊にも使われている。
スネフェル王は、他に屈折ピラミッドや赤ピラミッドなど、合計で五つのピラミッドを作っている。現在見つかっているピラミッドは百三十くらいで、全部で二百くらいあるのではないかと考えられている。王は約八十人だから、単純に考えて一人の王が幾つものピラミッドを作っていることになる。だから、ピラミッドの全部が墓ではないことは確かで、クフ王の墓もピラミッドではなく別の所にあると作治郎教授は考えて、発掘調査を続けているわけだ。
それともう一つ根拠があって、クフ王のピラミッドの中にはいくつか部屋があるが、すべて地上より上に作られている。エジプト文明の墓はすべて地下に造られていて地上に造られた例がない。ギザの三大ピラミッドであるクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドでは、玄室も棺も発見されていない。しかし、ジェセル王の階段ピラミッドの地下には玄室が発見されていることから、ピラミッドは墓ではないとは言い切れない。だが、墓であるとも言い切れない。もし、クフ王の墓が別の場所に発見されれば、大ニュースになるだろうね」
僕がそう言うと、ドンピシャで終業のチャイムが鳴り、今日の授業はここまでになった。