最終話 6
エジプトで美豊と隼人に見せてやりたいものは、まだまだたくさんある。しかし、彼等に申し訳ないと思いつつ、日本でしなければならない大学の授業のことを考えると、エジプトに滞在できるのは、後一日だけだった。僕達は、作治郎教授に会いに行くために、再び慌ただしくカイロ行の飛行機に乗った。
昨日は乗せてやれなかった駱駝に美豊を乗せ、もう一頭の駱駝には僕と隼人が乗り、作治郎教授のいる西部墓地に向かった。作治郎教授には携帯で前もって連絡しておいたが、駱駝に乗って現れた僕達を見て、作治郎教授は息をのんでいた。
「驚いた……。豊子ちゃんと隼君かと思ったよ」
「おじさん、違うよ。僕は一条隼人というんだよ」
「そうか、そうか、ごめんな。隼人君というんだな」
作治郎教授はそう言いながら笑った。
その二人の様子を見ながら、美豊が僕に向かって言った。
「確か、黒木猛さんも作治郎先生と同じようなことを言ってましたよね? 私達はそんなに豊子さんと隼君に似てるんですか?」
「いや、全然似てないよ。特に性格が」
「どういう意味ですか! 私は豊子さんと違ってバカってことですか!」
「い、いや……。でも、若い頃の豊子の面影が、君にはあるかもな」
僕がそう言うと、何故だか美豊は喜んだ。
作治郎教授と僕は、昨日と同じように、日よけテントの中で話していた。美豊と隼人は、駱駝に乗り、辺りを散策していた。彼らは、時折、僕達の方に振り返って手を振るので、その度に僕も手を振り返していた。
「やりたいことは、無事に終わったのか?」
「はい」
「そうか……」
「豊子と隼の消息が分かりました。二人が流されているところを目撃した人に会えたんです。二人の最期の様子も聞けました。豊子は隼を助けようと頑張っていたそうですが、力尽きて姿が見えなくなったそうです。もしかしたら、エジプトのどこかで生きているんじゃないのかという望みを長年捨てきれませんでしたが、目撃した人の話が聞けたことで心の整理がつきました」
「そうか……。豊子さんは、優秀な考古学者だったよ。私は彼女の成長を楽しみにしていたんだ。生きていたら、どんな成果を出してくれていたんだろうね。きっと、世界を揺るがすような発見をしていたに違いない。本当に惜しい人を亡くしたよ」
「ありがとうございます。先生のその言葉は、豊子にとって、何よりも一番嬉しい言葉だと思います」
「いや、お世辞でもなんでもなく、本当のことだからね。ところで、緑川。今後のことだが、今シーズンの調査に途中参加することは難しいだろうから、来シーズンからの参加ということで、帰国したら、来年に向けての日本での君のスケジュールを調整して貰いたい。やることは色々あるだろうからね」
「分かりました。そうさせて頂きます」
「本当はこのままここに残って貰いたいというのが本音だが、そういう訳にもいかないよな?」
「はい、流石に、それはちょっと……」
「ははは、冗談だよ。いいか、必ず戻って来てくれ。頼んだぞ」
「はい、分かりました」
そんな会話をした後も、作治郎教授に何度も何度も念を押された。そして、タクシーに乗って去っていく僕達に向かって、作治郎教授は僕達の姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
翌日、羽田空港に到着すると、荘子と時雄が迎えに来てくれていた。時雄が運転する車の中で、豊子と隼の最期がどのようなものだったのかを二人に報告すると、荘子はハンカチで目を抑え、時雄も目を潤ませた。
「美豊ちゃん、隼人君、本当にありがとう」
荘子は、それだけを口にするのがやっとだった。