最終話 3
ハン・ハリーリ市場の店主が言うには、貧しい少年がこんな高価な物を持っているわけがないと思い、どうやって手に入れたのか白状させたそうで、少年は「ケナの漁師の家から盗んだ」と言っていた、ということだった。
明日は、ギザの西部墓地の作治郎教授に会いに行こうと思っていたのに、急遽、飛行機に乗り、ケナに向かうことにした。そして、店主から聞いた漁師の家を目指した。
ナイル川沿いに暮らすその漁師の家に辿り着いたのは、午後四時を少し過ぎた頃だった。玄関のドアを叩くと、僕と同世代だと思われる男性が現れた。その男性に詳しい事情を話そうと思っていたのに、豊子のカルトゥーシュを見せただけで、「あ!」と叫び、僕が何を言いたいのかすぐに分かったようだった。
彼は、川で漁をしていたら、網にこのカルトゥーシュが引っ掛かっていたのだと言う。
「網の中の川藻に紛れていたんです」
「そうですか……」
「これは、あなたのものですか?」
「ええ。でも、私が落としたものではありません。このカルトゥーシュは、私の妻が身に付けていたものです。妻と息子は、フェルッカの衝突事故で命を落としました。でも、遺体が見つからなかったのです。あなたがこのカルトゥーシュを見つけてくれて良かった。本当にありがとうございます」
「そうでしたか。あなたも辛い体験をなされましたね。私もナイル川で亡くなった人のものじゃないかと思い、ずっと大切に保管していたのです。でも、空き巣に入られて盗まれてしまいました。あなたの元に戻って良かった」
彼は、そう話した後、ケナの遺族の家まで案内してくれた。遺族の家でも歓待してくれたが、「あなたが訪ねなければならない家は、もう一軒ある。その人は、アジア人の母子が流されて行くのを目撃した人だ」と言った。