私が、聖女じゃないですって?
「ゴドフリー殿下……もう一度、おっしゃっていただいても、よろしいですか」
「ああ、何度だって言ってみせよう。リーチェ゠マクスウェル。貴様との婚約は廃棄だ! そして新たに、ハンナ゠シェローを妃に迎えることをここに宣言する!」
繰り返された言葉に、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くすことしかできない。それが淑女として、到底不適切な行動であるということを理解しながらも。
ああやはり、聞き間違いなどではなかった。
見据える先に立つのは、王族の証である金髪赤目に白の礼服を身にまとう長身男性。
ゴドフリー゠ランベルト。この男はたった今、私に対し婚約破棄を突きつけた。
胸に手を当て一歩踏み出す。その動作だけで一人の女がわざとらしく跳ね上がった。彼の腕にべったり巻き付き、離れる様子もない彼女は上目遣いにこちらを見つめる。
「何故です? 理由をお聞かせ願えますか?」
「貴様はハンナに度重なる嫌がらせを仕掛けていたであろう。それだけでなく、貴様に与えられた『聖女』の称号も偽のもの。この国において聖女を騙ることが、どれだけ重罪かを承知しての行為であろうな!」
脳みそを上下に揺さぶられているみたいに、頭がクラクラとする。気を失って倒れなかっただけまだマシだと、誰か私を褒めてほしいくらいである。
とんでもない言いがかりだ。
私は仮にも婚約者である彼の側へ、我が物顔で居座る女性に目線をくれた。
肩まで伸ばしたストロベリーブロンドを緩くカールさせ、露出の目立つドレスで訪れた令嬢。
ハンナ゠シェロー子爵令嬢。彼女の存在は嫌でも認知していた。
殿下と異様に距離が近く、それは最早「友情」の一言で片付けるには、難しいほどであったことも。忠告こそすれど聞く耳は持たず。言うだけ無駄だ、幾度と話せど改善の兆しは見られない。だから放置していたのだが……まさか、今になって牙を剥くだなんて。
今日は、ただの卒業パーティーのはずだったのに。
周囲の貴族――ひいては昨日まで共に勉学に励んでいた者たちは、何が起こったかわからない、といったようにざわめき立てる。
どうしてこんなことに。
気が遠くなる。意識が、ここではないどこかへと霧散する。その間にも彼が彼女が、何かを得意げに話すが何も聞こえない。理解できない。
己の思考に呑みこまれ、ただ過去を思い返すのみ。
こんなことになったのは一体、どこからだろうか――。
リーチェ゠マクスウェル。マクスウェル侯爵家の一人娘。
厳密には養子であり、元は孤児院の出。十二歳の時に両親を亡くし、流れるように町外れの教会へとたどり着く。
彼らが亡くなるまでは、比較的裕福な暮らしであったといえる。周りの世話は他の者に任せきり、勉強は少し嫌だったけど、うまく出来れば豪華な褒美も与えてもらえた。
対して孤児院の環境は、全く似ても似つかないような質素で貧しい生活。お風呂も毎日入れないし、ご飯だってお腹いっぱいに食べられたものではない。身の回りのことだって、自分たちでなんとかするしかない。心優しいシスターや、やんちゃな仲間たちと共に協力し生活する。けれども私は、それが嫌だとは思わない。
そうして十五歳になったある日、転機が訪れる。
私に、聖女としての才能が顕現したのだ。
高度な治癒魔法や、魔物の侵入を防ぐための結界といった魔術が使えるようになった。これらを総括し、俗に『光魔法』と呼ばれる魔法に対し適性を持つ女性は、世界中を見渡してもそうそういない。
どこからともなく噂を聞きつけた使者がやってきたのは、それからわずか二日後のこと。
翼の生えた馬のような生き物――ユニコーンを白で象り、背景を赤で飾った特徴的な国旗。近隣一帯を支配する、マイアー王国の象徴。
かの王国は聖女を重んじる伝統を持ち、才能を持つ者を貴賤問わず受け入れるのが恒例となっていた。例にも漏れず、私もその対象となる。
そして、聖女は将来的に王妃となり、マイアー王国の発展に尽力することも。
屈強な甲冑の男性を率い現れた、身なりのいい少年が痩せた土地を闊歩する。
ゴドフリー第一王子。王位継承順位のトップに立つ彼は、同い年と思えぬほど洗練された動作で挨拶をした。
やがて私の前に跪き、取った手の甲にキスを落とす。
『美しく可憐なお嬢様、どうか私の妃となってくださいませんか?』
『……ええ、是非とも』
必然的に、お世話になった教会からは離れなくてはならない。シスターや仲間と一緒にいられないことに寂しさを覚えるも、それ以上に嬉しい気持ちの方が勝る。
マクスウェル侯爵家に迎えられ、養子となりその名に恥じぬよう聖女としての力を惜しみなく発揮した。
公爵夫妻はどこまでも優しかった。子のいない彼らは、私を実の娘のように扱いたくさんの愛情を注いでくれる。
彼らへの恩に報いるためにも。自分自身のためにも。
魔力は枯渇寸前まで搾り取られる上に休息日なんてない。来る日も来る日も怪我人を治療し、癒やし、求められれば結界を張り、時には戦場へと赴いた。精神、肉体共に疲弊する日々。それでも私は一切根を上げることなく、責務を全うする。
並行して行われる王妃としての教育。礼儀作法、ダンス、外国語、歴史に地理といった教養。覚えるべきことはたくさんあったが、地頭がいいこと、元々学んでいた範囲と被ることが幸いした。
ゴドフリー殿下も頑張りを見てくれていた。何か偉業を成し遂げれば、彼は優しく微笑んで私の頭を優しく撫でてくれる。正直、仲は良好であったと言えよう。
だが、そんな幸せも長くは続かない。
十七歳の誕生日を迎えたある日、ゴドフリー殿下の態度が一変する。
彼は自分より出来のいい私に嫉妬したらしい。顔を合わせれば、向けられるのは笑顔でなく忌まわしそうな視線と舌打ち。
あれだけ囁いた甘い言葉も暴言や悪口へと変わり、果てには絶賛した私の容姿ですら、罵りの対象となった。
最早私のことなんて眼中にない。私への無関心さと比例するかのように、やがてとある一人の女性と懇意になる。
未来の王様が白昼堂々浮気。少しは体裁を気にした方がいいと助言するも、まぁ聞く耳は持たず。
だからきっとこれも、ストレス由来のもの。悪夢を見ることが増え、満足に眠れる時間が日に日に減っていく日々は。
内容は決まって、あの時のこと。
平和な町へ突如なだれ込んできた甲冑の男たち。始まる虐殺。一方的な蹂躙。
悲鳴。絶叫。涙、命乞い。むせ返るような鉄の臭い。市街を染め上げる赤、赤、赤。
身分貴賎問わず死んだ。殺された。
嫌だと泣きわめく私をお城の地下へ隠すときに見た、両親の笑顔は最期になる。
一心不乱に当てもなく走り回る。私が地上に出たのは、全てが終わった後だった。
一際目立つ金髪に小さな背中、煙に煽られたなびくのは、赤の背景に、白の――。
「――ッ!」
飛び起き荒い呼吸を整える。
これは夢だ、過去だと己に言い聞かせるも拍動する心臓が平静さを取り戻すことはない。
この頃ずっと、この調子ね……これではまた殿下にどやされてしまうわね。
けれども、こんなところでくじけている場合ではない。私には、成し遂げなければならないことがある。
起き上がろうとして、ここが自分の部屋ではなかったことを思い出す。陽当たりのいい学園の裏庭は、誰も知らない秘密の場所。緑に囲まれた大木の太い幹に背中を預ければ、自然と心が安らぐお気に入りの隠れ家であった。
その場所でこんな悪夢を見るなんて……私は相当疲れているのね。
重い気持ちをため息と共に吐き出せば、突如として声がかかる。
「ねぇ君。大丈夫?」
勢いよく顔を上げれば、長身の男子生徒がこちらを見ていた。ラベンダーのように紫色した短髪がふわふわと風にさらわれる。蜂蜜のようにとろけそうな琥珀色の瞳には心配の色が浮かんでいた。
同じクラスの……確か、名前は――。
「アーサー……様」
「覚えていてくれたんだね」
実に懐っこい笑顔を向けられる。
クラスどころか、同学年の生徒であれば顔と名前は大体把握している。ただ、人数が多いため記憶を引っ張り出すのに時間がかかるだけだ。
それにしても、一体どうしてここが。入学してから今に至るまで、誰にも見つかることのなかった秘密の場所を何故?
疑問を浮かべていればアーサー様がしゃがみ込み、私の頬に触れた。冷え性なのか、ひんやりとした手が――しかし優しく包み込む。両の親指を目元に添え、ゆっくりとなぞる。
「酷い隈だ。よく眠れていないんだろう?」
「ええ、まぁ……。けれども、ご心配にはおよびませんわ。私には、目標がありますの。それを成し遂げるためならば……どんな理不尽な出来事だって、耐え忍んでみせましょう」
「へぇ、そうなんだ」
それまで穏やかな表情を浮かべていたアーサー様の雰囲気が一変した。子犬のように親しみやすい気配は一転、狼のように獰猛で冷酷なものに。
気圧され生唾を飲み込んだ。アーサー様は普段、温厚な人であると聞いているが……それが一体、どうして……。
鋭利な金色が私を捉えて離さない。心の奥底へ何か、どす黒いものをひた隠しにしていたような。それが今まさに、曝け出されんとしているかのような。
やがてその唇が大きく弧を描き、音を紡ぐ。
「マクスウェル侯爵令嬢。君さえよければ、その目標。俺に教えてくれないかな?」
「い……おい――聞いているのか!?」
ゴドフリー殿下の怒声ではっと我に返る。
そうだ――今は卒業パーティーの途中であった。その最中、この男は婚約破棄を行い、別の女を伴侶とすることを宣言した。彼は腕を組み鼻を鳴らし、なおも得意げに話を続ける。
「本来であれば牢獄へ数日軟禁した後、然るべき罰を受けてもらうのが筋であるが。聖女ハンナの慈悲により、国外追放に留めておいてやる」
「……そうですか」
彼女は何も語らず、ぐすぐすとわざとらしい泣き真似を始める。それを必死に宥める隣の男。
――白々しい。
まぁ……よくもここまで浅ましい道化になりきれるものだ。
確たる証拠がなければ何もない。それに、彼らの主張は勢いで押し通すことだけに注力したせいか、全く以て筋が通っていない。よく考えれば間違っていることを、さも正論かのように語る。
周囲の貴族はなおもひそひそと話し続けていた。かつて私を友人と位置づけた人たちも、困惑の色を浮かべ小声で討論するばかり。
反応としては……賛同が少数、否定が少数。そして面白がる者が多く――彼らがこの場の大半を占めている、といったところであろうか。
興ざめだ。きっとこのまま彼らの支離滅裂な言い分を聞き続けたところで、時間の無駄でしかない。
茶番劇の幕引きには、ここらが丁度いいと言えようか。
「言いたいことは、それだけですか?」
今度はゴドフリー殿下が驚く番であった。
いつもの大人しく物静かな私であれば、何の反論もなく黙って要求を呑むとタカを括っていたのであろう。そうでなければ、この反応に説明はつかない。
私はずっとずっと耐えてきたのだ。
そう、たったこのときのためだけに。
「かつて殿下は私にこう語ってくださいました。ある一国を自らの指揮で滅ぼした、と。その名はヘルメス王国。覚えておいでですか?」
「なんだって……? いつ、俺がそんなことを言った!?」
「あくまでしらを切るおつもりなのですね。まぁ、ここにはたくさんの観客がいらっしゃいますから、その反応も当然のものであると言えましょう。貴方がそう語ったのは、私が十七歳になった、緑豊かな季節のことですわ」
「余計な話が多すぎる。さっさと本題に入らないか!」
「あらあら、質問に答えただけですのに。そうですね――ふふ。どうして今、この名を挙げるか。大方予想がつくのではなくて?」
「いいから早くし」
「私は、元ヘルメス王国の第一王女。そして、唯一の生き残りです」
「……ッ何を――馬鹿な――!!」
数拍置いた後、金切り声にも似た悲鳴が響き渡る。あまりの騒がしさに、空になったグラスのうちいくつかが音を立てた。
「私の故郷は、ある日突然攻め入られ滅ぼされました。それがまさか、自分の言うことを聞かなかったから、なんて身勝手極まりない理由だっただなんて……一体誰が想像できたことでしょうかね?」
「ッしかし、貴様が持ち出したのは過去の話。仮にそれが事実だとして、罪を追及するにはいささか遅すぎるのではないのかね!?」
「ええそうですとも。私だって、今更そのようなことで殿下を裁けるとも思ってはいませんわ」
当然その返しも想定していた。何せ六年前の出来事だ。時効を迎えているとかなんだとか言い訳をして逃れることも織り込み済みである。
ともあれそれを理由にすることは、ついででいい。
この男に、何らかの罰を与えられるのであれば。
「ですが、こちらならば如何でしょう?」
丈の長いドレスの下、隠し持った薄い冊子を取り出す。
これを落とすまいと必死だった。まぁ、運良くあの男は彼女をダンスの相手に誘い、私なんかに見向きもしなかったおかげで、余計なことをしなくてすんだのだけれども。
「殿下、貴方が滅ぼした国の生き残りを、奴隷として他国に売り渡していた記録です。人身売買――ひいては奴隷の扱いに関しては、法で固く禁じられているはずですよね?」
マイアー王国は聖女を重んじると共に、奴隷に関する取り扱いも酷く厳重であった。それは例えば人身売買であったり奴隷を所持することであったり、他の人間を奴隷の身に落とすことであったりと。
これはその記録……いわば、裏帳簿のような物。日付は最近のものであるが、三冊に渡る帳簿には遠い昔ですらも刻まれていた。なんなら、六年前にヘルメス王国以外の記録だって存在する始末。私があのとき奴隷にならずにいられたのは、不幸中の幸い。それに気づいたとき、身の毛もよだつ悪寒と吐き気に襲われた感触を、今でも覚えている。
二ヶ月前から半月前の記録を読み上げれば、彼の顔が面白いくらい真っ白になっていく。
あらあら、そんなにも震えて可哀想に。こちらとしては、こんなにもしっかりと証拠を残してくださるなんて、有り難いったらありゃしないのだけれども。
「嘘だ、そんなはずはない! これは誰かが俺を貶めようとして――そう! こんなものはでっち上げだ!! ハンナだってそう思うだろう!?」
ゴドフリー殿下は、一時たりとも側を離れない最愛の女性に助けを求める。
とうに泣き止んだ彼女の反応は冷淡だ。何も語らず何も言わず、ただ俯くばかり。いつもの彼女であれば、彼の言うことに賛同しそれっぽい援護射撃をひたすら行う。それが例え、間違ったことだったとしても――。付和雷同とはまさにこのことであろう。
そんなただならぬ様子に、さすがの彼も違和感を覚え始めたのか。頬が引きつり声が震える。
「なぁハンナ……? どうした? 今日はやけに静かじゃないか。いつもならば何か言ってくれるはずだろう? なぁっ!?」
「……ッふふ、きゃァはははははっ!」
しびれを切らした殿下の怒声が飛ぶとほぼ同時、その小さな肩が揺れクスクスと笑いを漏らす。
か弱い女子が漏らすにしては不気味な、魔女の高笑いと形容した方がしっくりくる声は会場全体を包み込み――やがて、違和感は正体を露わにする。
「――ばぁ」
令嬢の身体がぐにゃりと歪み、全くの別人が現れた。紫色の短髪に、琥珀色の瞳を持つ長身の男。黒のドレスコードを身にまとう彼は戯けたように舌を突き出し、ゴドフリー殿下に顔を近づける。
「ッ貴様は確か、アーサーと言ったか……?」
「正解です~ゴドフリー殿下ぁ! いやぁ嬉しいですねぇ。俺のような者が殿下に覚えていただけるなど、身に余る光栄です~! ところで殿下、俺のビッグサプライズ。気に入っていただけましたか?」
さながら道化師のようにカラカラと笑うアーサー様は、敬意も払わず身勝手に振る舞う。しかし今はそれどころではない。その男に、無遠慮な態度を咎めるほどの余裕なんて残ってはいなかった。
「待て……待て待て、待て! じゃぁ彼女は!? 本物のハンナは今どこにいる!?」
「彼女の父はスパイとして、敵国と通じておりました。聖女の名を騙ったのもその一環だったようです。そうなれば……冷たい地下牢かどこかにいるとお考えになるのが、妥当ではございませんこと?」
「な……――」
思ってもなかった結末に、哀れな男は絶句するほかない。
彼女が既に最愛の女性本人でないことにすら気づけないだなんて、貴方の目はよっぽどの節穴であったようね。
これ以上は時間の無駄であろう。役目を終えた役者には、退場してもらわねばならない。
静かに指先を入り口へと向け、番人に命令を下す。
「衛兵。この罪人をお連れして。ああ、こんなナリでも一応は殿下なのだから、扱いは丁重にね」
「ふざけるな――!!」
両腕を拘束され、引きずられてもなお抵抗するように喚き続ける。王家のプライドなんて、外聞なんて、全てかなぐり捨て保身のために狂乱絶叫。周囲の観客なんて、最早幻滅さえしたような顔を浮かべていた。
呪詛のようにまき散らされた私への恨み辛みは、やがて招かれざる者への言及へ変わる。
「そもそも貴様は一体、何者なんだ!?」
「嫌ですねぇ~殿下。王族とあろう者が、俺のことわからないのですかぁ?」
紫の道化は笑みをたたえながら、一歩一歩近づいていく。
立ち止まる。首をひねる。
ニコリ。
ゴドフリー殿下をのぞき込むようにして、挑発するように口角を上げる。
「――……」
「ッな……にを……!!」
アーサー様が彼の耳元で何かを囁く。驚愕したゴドフリー殿下はその言葉を最後に白目を剥き、やがて屍のように何も語らなくなった。
戦意喪失。今日のところは、あの男が口を開くことはないだろう。獣のように騒ぎ立てる不愉快な声も、これで耳に届くことはない。
ああそうだ。一体どこからだろうか。
どこから私の計画に、都合よく展開していたというのであろうか。
聖女としての身分を利用し、ゴドフリー゠ランベルトの懐に入り込むこと。
そうして彼より優秀な成績をたたき出し、目の敵にされること。プライドの高い彼のことだ。自分より出来のいい人間を妬まないわけがない。
こちらだって元王族だ。王妃教育は確かに酷ではあったものの、自国で学んだ経験が生きたようで、苦ではなかった。
やがて愛想を尽かされ、他の女と懇意になった挙げ句婚約破棄を持ちかけられた可哀想な私は――ごく自然な流れで、ゴドフリー゠ランベルトを断罪へ持ち込む。
ゴドフリー殿下を見送ったアーサー様が、芝居がかった動作で卒業パーティーの閉幕を告げた。それに従い大人しく退席する群衆たち。彼らは、既に私のことなんて眼中にない。その証拠に、話題は彼の悪行で持ちきりだ。
アーサー様の強制退場後、私は玉座を見上げた。
「リーチェ殿。いや……リーチェ゠マクスウェル侯爵令嬢。この度は我が愚息が、大変申し訳ないことをした。謝って許されるとは到底考えてはいない」
「……」
深く頭を下げる陛下を、ただ無言で見つめていた。国を統治する、一番偉い者。常に誰かの上を行かねばならない人間が、十数そこらの小娘に頭を下げている。明らかに異様な光景であると言えよう。
この場合は、どうするのが正解だろうか。
謝罪がほしかったわけでもない。だが、頭を上げろと謙遜するのも何か違うような気がしてならない。
だから私はただ、無言で見つめていた。
痛いほどの静寂が場を支配する。隣に座る王妃に至っては、その荘厳な顔に涙を隠せずにいる。
「許されないことをしたのは私も同じと言えましょう。ここはお互い様、なんて私が言うのは、おかしな話ですが」
ようやくため息と共に絞り出した言葉は、なんとも陳腐なもの。
その場を後にしようとして、思い出す。振り返ることもなく投げかけた。
「……しかし、マクスウェル公爵夫妻は。私の計画については、何一つとして存じ上げません。恐らく私の凶行を愕然としながら眺めていたことでしょう。彼らに責を問うのは筋違いです。罰するなら私を。責任の所在は私に。全て――私が勝手に行ったことなのですから」
扉に手をかけ手前に引く。
ただの鉄扉であるはずのそれは、自身の罪業を表すかのように酷く重かった。
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元ヘルメス王国であったその場所の片隅、とある墓地にて。
両親の名が掘られた墓石の前に座り込み、一人手を合わせる。
あれから――ゴドフリー殿下は離れの塔へ幽閉、協議や審問の結果廃嫡。身分も剥奪された上、重罪人として一生を牢獄で過ごすことになる。
ハンナ゠シェロー子爵令嬢は聖女を騙る罪だけでなく、彼女の父がスパイ行為に及んでいたこともあり、あの男以上に重い処罰が待ち受けているとのこと。もし国家反逆罪が適応され、承認された場合一族の死罪は免れないであろう。
――終わった。これで、全て終わったの。
故郷を壊滅させ、両親や村の人々を死に追いやった主犯格は然るべき罰を受けた。まぁ、欲を言えば奴隷の身にまで堕ちてほしかったが……マイアー帝国はそれを禁じているため、致し方ない。
やるべきことはやった。これにて、復讐は果たされた。最後に残された重要な責務も時期終わる。
けれども、その前に――。
「……何かご用ですか」
「気づいてた? 気配は完璧に消したと思ったんだけどなぁ」
振り返りもせずに声を投げる。私の背後に現れたのは、協力者であるアーサー様その人であった。
彼は私の隣に並び立つと、同じように黙祷を捧げる。
暫しの沈黙。それが終われば、伏せられていた琥珀色の輝きが露わになる。
「まぁ随分と大がかりな復讐劇だったね。どう? 満足した?」
「そうね。何もしないよりかは、マシだって言えるでしょう」
あの日の出来事は、瞬く間に国中を駆け巡った。恐らく、あの騒動を知らぬ者はいないであろう。
それもそうか……。あんなちゃらんぽらんであったとはいえ、仮にも第一継承者。その裏側が暴かれたのだから、明るみに出ない方がおかしいと言える。それに加え、あの場にいた観客の数々。
貴族はゴシップや下賎な話が大好きだ。目の前に餌があれば、どんなに汚かろうがハイエナのごとくたかり貪る。この性質もまた、噂の喧伝に一役買っていたと言えよう。
その中で私は、ひいてはマクスウェル侯爵家は、王家の痴態を明らかにした勇気ある者と称えられていた。あの場における私の懇願や噂の効力もあってか、マクスウェル侯爵家はお咎めなしにて幕を閉じる。
けれど実際のところは、私もあの男と同じ罪人であることに変わりはないと言えよう。
私は全てを利用し、そして一人の人間を破滅へと追いやったのだ。自らの復讐のためにという、実に身勝手極まりない目的のために。
「俺も見ていてスッキリしたよ。やっぱり、濡れ衣っていうのはかけられて嬉しいものじゃないからね」
切れ長の瞳が愉快そうに細められ、クスクスと笑いを漏らす。
アーサー様――その正体は、魔族の王。彼は自身がいわれのない罪で批判されているのを知り、密かに汚名を雪ぐ機会を窺っていたらしい。
そこで出会ったのが、ゴドフリー殿下への復讐を目論む私。計画を話せば、彼は二つ返事で了承してくれた。彼としても、あの男にどう知らしめてやろうかと考えていたところらしい。ありがたい限りである。
「君のような肝の据わった人間は正直、イイと思う。どう? 魔王の嫁になってみるってのは」
「プロポーズにしては軽率ね。けれどごめんなさい。その提案は、受け入れられないわ」
首を横に振り、否定の意を示す。
私は罪人だ。罪を犯した者がするべきことは、ただ一つのみ。
ずっと考えていたことだ。あの男への復讐を完遂した暁には、遠い国の修道女になると。誰も知らない場所で他者へ奉仕し、一生を終える。これが私へ課せられた、最後の責務。
返事を聞いたアーサー様は、まさか断られるなんて思っていなかったのか瞬きを繰り返す。しかし、それも次の瞬間には愉快な作り笑いへと変化した。
「……最後に聞かせてほしいんだけどさぁ。どうしてこんなことをしたんだい?」
「ずいぶんと抽象的な質問ですのね。具体的にお聞かせいただいても?」
「いやぁ、何。回りくどいというか、なんというか……。君の目的は、あの男を断罪することだろう。ならばここまで大々的にやる必要もなかったのでは?」
彼の言うことも一理ある。私の目的は、ゴドフリー殿下への復讐。彼の罪を明らかにした上で罰を与えることが最終目標。ならば、匿名で密告するなり身内のみを集めた前で告発する手法でも、何ら問題はないはずだ。
それを私は、わざわざ公衆の面前でやってのけた。卒業パーティーという伝統的にして神聖なるあの場所で。
さてこの場合、どう答えるのが正解だろうか、と迷いあぐねる。
さも吊し上げるように、皆の前で婚約破棄を言い渡されることを知っていた。だったら、私も同じ条件下で暴露すればよい。
こっそり訴えたところでまた隠蔽されるのがオチ。ならば真実を知る者を、一人でも増やす必要がある。その為に一番ふさわしい場所は、あの場面であった……などなど。それらしい理由を挙げ始めればきりがない。
目の前の男は、どのような返答をすれば納得してくれるだろうか。
ああけれども、私の本心を率直に聞きたいと仰るのであれば――。
「……その方が、面白いと思ったからよ」




