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お願いと相談

書きたいところを大体かけたので、このあたりからはおまけ感覚で読んでもらって大丈夫です。



 ぱちりと目が開いた。部屋の中は暗い。どうやらすっかり眠っていたらしい。空腹を紛らわす私の作戦は成功したという事だ。

 起き上がって部屋を出てみると、少し騒がしい。ちょうどウィル様がお帰りになったところのようだ。間に合ってよかった。ちゃちゃっと身だしなみを整えて、玄関ホールへ。お出迎えの為に集まった使用人達の前へ進み出る。冷ややかな視線が突き刺さるが、無視。

 やがてウィル様がお戻りになった。中央を陣取る私を見つけたウィル様が、少し口許を緩める。

 最近、ウィル様の雰囲気が柔らかくなった。無表情だと怖いけど、笑うと素敵だという事は最近になって気付いた。前髪を伸ばし始め、傷跡と右目が隠れだしてからはますますそう感じる。


 「ただいま」

 「お帰りなさいませ」

 「もしかして、寝ていたか?」

 「え、どうして分かるんですか?」

 「髪がくるっとなっている」


 え、寝ぐせついていた? やだ恥ずかしい。鏡を見ないでちゃっちゃと直しちゃったから……。というか、「くるっとなっている」って表現可愛すぎない? この人、本当に見た目とのギャップがあり過ぎる。


 「どこですか?」


 前髪に触れてみるが、違ったらしい。ウィル様は徐に私の方へ手を伸ばし、下ろした髪の一房を手に取った。


 「ここ」


 彼の武骨で大きな手から、私の髪が滑り落ちる。どうしてだか、私はものすごく恥ずかしくなった。寝ぐせを指摘されたときとは比べ物にならない。いや、今に比べたらあれなんて恥ずかしいのうちに入らない。もう寝ぐせとかどうでもよくなった。


 「あ、ああ、そうですね。これはお見苦しいものを……」

 「いや、可愛いよ」

 「~っ」


 ウィル様と和解してから、私と彼の距離はぐっと縮まった。別に、イチャイチャして本当の夫婦になろうとしているわけではない。ただ、出来る限り歩み寄る努力をすることにしようと二人で決めた。でもその歩み寄り方が、ウィル様が爆速で歩み寄ってくるように感じてしまうのだ。私と彼の歩幅は全然違くて、ウィル様は長い足でどんどこ先に進んでいく。同じように、互いの距離をどんどこ縮めようとしてくる。私の短い足ではついていけない。そんな事態に陥っているのだった。

 というか、私と彼の「歩み寄る努力」の認識が違う可能性がある。


 「今日は土産があるんだ。夕食後のお茶の時に出そう」

 「え、嬉しいです。何だろう」

 「楽しみにしておいてくれ」


 ウィル様と私が並んで歩きだす。もう彼が、私を置いてきぼりに歩いていく事はない。もどかしいだろうに、歩調を合わせて歩いてくれる。そういう変化を嬉しく思う。


 「ウィル様、今日は私の部屋でお茶をしませんか?」

 「ユリシスの?」


 ウィル様はちょっと言葉に詰まった後、頷いてくれた。話したい事があるのだという事を分かってくれたらしい。本当に気がつく人だ。これでゆっくり、二人きりで話し合うことが出来る。



 

 夕食の後、私はウィル様を部屋へ招いた。

 私の部屋は、依然として最初に案内された客室だった。ウィル様には好きに部屋を選んでいいと言われたが、私がこのままでいいと言ったのだ。本来の女主人の部屋――ウィル様の隣に引っ越すことには躊躇いがあるし、他の部屋を物色する方が面倒だった。勿論、使用人達への当てつけでもある。ウィル様は居心地悪そうにしていたけど、そこは譲らなかった。何だかんだ、慣れたしね。


 「さて、ユリシス。改まって話したい事とは?」

 「はい。ちょっと気になる事があって」


 お茶の用意が完璧にされて、使用人が退出して完全に二人きりになったことを確認してから、私は改めて口を開いた。


 「もちろん、使用人達のことです」

 「……やはり、変わらないか?」


 ウィル様の表情がみるみる曇り、大きなため息を吐かれた。私は容赦なく頷く。


 「一向に改善されません」


 私がウィル様に話したい事なんて、今のところそれしかない。

 使用人達は、ウィル様の目が届くところでは完璧だった。そして、私に実害を加えてきたわけでもない。私に関することだけ怠けていただけ。

 叩かれたり持ち物を壊されたりしたわけではない、腐ったものを食べさせられたわけでもない。無視されて、聞こえよがしに悪口を言われるだけだ。証拠は何も残らない、私の証言だけ。冷遇されているのは確かだけど、ウィル様がいまいちピンとこないのも無理はない。


 「さすがに辛くて、私の方が先に手を出してしまいそうです」


 私は侯爵家の女主人なのだから、教育と称して罰を与えることも可能だ。だが、使用人達はそれを待っているのだと思う。ウィル様から見れば完璧に仕事をしているのに、奥様は使用人達に辛く当たるんですなんて言って訴えられたら、ウィル様の気持ちが使用人達へ大きく傾きかねない。


 「それは……」

 「はい。私もしたくはありません。ですから、お願いがあります」


 私は自分なりに一生懸命考えたお願いを、ウィル様に説明した。

 私のお願いに、ウィル様は少し難しい顔をして考えていたが、やがて頷いた。


 「分かった。やってみよう」

 「ありがとうございます」


 よかった。これなら何とかなるかもしれない。頷いてくれたウィル様に感謝だ。そうすると、あともう一つ。


 「それから、ちょっと伺いたいのですが。『イヴリン様』というのはどなたでしょうか?」

 「……どこでその名前を聞いた?」


 ウィル様の目が険しくなった。怒っている……のだろうか。


 「使用人達が口にしているのを聞きました。……イヴリン様がいらっしゃれば、と」

 「そうか。……そうか」


 はぁーっと重いため息。あぁ、怒っているんじゃなくて動揺していたのか。


 「イヴリンは……私の元婚約者だ」

 「なるほど」


 何となくそうじゃないかなと思っていたので、驚きはあまりない。存在は知っていたけど名前は知らなかった。


 「イヴリン様は、使用人達に大層慕われていたようですね」

 「……彼女は、両親が決めた婚約者だった」


 それからウィル様は、結婚してから一度も話題に上がった事のなかったイヴリン様について話してくれた。

 イヴリン様は、マーレイ侯爵家のご令嬢。二人の婚約に当事者二人の感情は挟まれておらず、完全なる政略結婚だったそう。

 家の意向で婚約した二人は、互いの距離を縮めるような努力は特にしなかった。手紙のやり取りはなかったし、定期的に会うという提案も、イヴリン様の方が断ったという。夜会なんかのエスコートも数えるくらいしかしたことがないとのこと。それでもウィル様は、宝石や花など定期的に贈り物をしていた。そうすると、お礼として手紙が来たらしい。それが二人の唯一の交流だった。

 お金で決まった結婚をした私が言うのも何だけど、ウィル様とイヴリン様の二人は典型的な政略結婚より冷めた関係だったらしい。

 でもそこまで聞いても、疑問が解決しない。


 「……どこに使用人とイヴリン様が仲良くなれる余地がありましたか?」

 「……イヴリンは私が不在の時に屋敷を訪ね、使用人達と交流していたようだ。私が戦地へ赴いている間も、屋敷に訪れて使用人達を励ましていたらしい」

 「なるほど。ウィル様のご帰還を一緒に祈っていたということですね。……あれ? でも戦地に行く前も入れ違いだったのですか?」

 「入れ違いと言っていいのか分からないが……そうだな。私はこの屋敷でイヴリンに会った事は一度もない。そもそも彼女は事前に確認せず突然やってくるようで……」

 「何ですかそれ……」


 あまりにも非常識だ。侯爵令嬢だから許されるとか、そういう問題ではない。主人の留守に勝手に屋敷に上がり込むなんて……それも回数を重ねているというのは、はっきり言って悪質だと思う。


 「というか、上げちゃう使用人達もどうかと思いますよ」

 「そうなのだが……私の婚約者で侯爵令嬢だからと、つい上げてしまったようなんだ。そのうち使用人達もイヴリンを気に入ったようで……」

 「……」


 主人の留守に足しげく通って使用人達から支持を得ていたって事だろうか。なぜ婚約者本人ではなく使用人達なのか不明だが。外堀を埋めたという事? イヴリン様の考えがよく分からない。


 「……いずれにしろ、全て終わった事だ。使用人達がイヴリンの名を出しても気にしなくていい」

 「……はい」

 「まだ何か気になるか?」


 ウィル様が尋ねてくれたので、悩んだ末に、私はもう一つだけ気になってることを口にした。

 

 「何か最近……執事長達がこそこそしているような気がするのです」


 こそこそ陰口を叩かれているのは以前からだから、もう気にしてないけど……最近は、人目を忍んで何かを相談しているかのように感じる。陰口を言っている場合は私の姿を見つけてもじろりと睨むくせに、今朝なんかは目が合ったら慌てて散っていった。


 「それは……実は私も感じていた」

 「あ、やっぱりですか」

 「ただ後ろめたいというより……何やら嬉しそうにしているように思えてな」

 「嬉しそう、ですか」


 私を追い出す目途がついたとか……残念ながらあり得なくはないが。


 「業務に支障はきたしていないから、ひとまずは様子を見ていようと思っている」

 「……そう、ですね」


 何だかモヤモヤするが、私の世話をしないのはいつものことだし、ウィル様が不自由していないならよいのだろう。

 とりあえず、この話は終わったとみて、お茶菓子に手を伸ばす。


 「! ウィル様、これおいしいです!」


 ウィル様のお土産のお菓子がおいしすぎて、とりあえずモヤモヤのことは忘れたのだった。

ウィル様のギャップをちょっと書きたかったので、既に満足。

作品内でややこしくなるので書いていませんが、ウィル様はお城で働いています。領地の城から王都まで、往復できる距離なんですね(笑)

初期は王都にいた名残ですが、一人で馬に乗って出勤してるイメージです。この人でかいから、馬車は窮屈で嫌いなんです。

領地が広く、王都よりの交通が発達した方に屋敷を構えており、あまり発達していない田舎の方に別荘があり、病気の父親はそこで療養していたりしました。


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