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侯爵家へ

サクサクいきます!



 翌日。

 私を待っていたのは貸し馬車だった。我が家の馬車を出してくれるつもりはないらしい。早々に諦めて、荷物を積む。体力は温存しないとね。

 侯爵家へ出発する時間になっても家族の見送りはなかったが、使用人が何人か見送りに集まってくれた。私に手をかけていると「そんな暇があるなら大切な跡取りに時間を使え」と両親が激怒する為、使用人達があまり私と仲良くしないように気を付けていたことは、私も知っている。でもそれを寂しく思う私もいた。今はもう何も感じないけど、見送りに行こうと思ってくれる人がいることは、素直に嬉しかった。


 「行ってきます」


 正直、一人一人の名前は曖昧だけど、並んで手を振ってくれる人たちに手を振って、私は生まれ育った家を離れた。両親が許さなかったので、随伴は一人もいない。予想はしていたから、別に悔しくも悲しくもなかった。



 

 一人馬車に揺られてやってきたのは、ガディエンス侯爵家である。

 ガディエンス侯爵領までは、意外にも馬車で半日もかからない距離だった。これはメルデン領とガディエンス領がお隣だから、というか……ガディエンス領は広いからお隣さんがたくさんいるのだ。うちはその一つ。

 ガディエンス家はメルデン伯爵家とは比べ物にならないほど広い敷地に立派な屋敷を構えていた。ここまでの道のりで通った領地も、メルデンと比べて遙かに豊かに見えた。戦だけでなく領地経営も上手らしい。何でもできる人って、何だかんだいるのよね。羨ましい。

 馬車を降りると、なんと代金を請求された。家の馬車を出してくれないだけでなく、借りた馬車の代金も支払ってくれないなんて! 心の中で父を罵倒しながらどうにか支払い、荷物を持って門前に立つ。

 誰もいない。

 出迎えは一人もいなかった。門の前に立つ門番すらいないってどういうこと。仕方がないのでトランクを引きずりながら正面玄関まで辿り着き、ゴンゴンと扉をたたく。果たして、細く開いた扉から、心底面倒くさそうにこちらを見る女性と目が合った。


 「ごきげんよう。私はメルデン伯爵家のユリシスと申します。この度侯爵様に嫁いでまいりました」


 ぺこりと頭を下げると、頭上で盛大なため息が聞こえた。


 「……ほんとに来たんだ。図々しい」


 ん? 今、何か聞こえたぞ?

 反射で頭を上げたかったがどうにか堪え、ゆっくりと頭を上げる。使用人と思われる女性は、もう一度ため息を吐いてから、気持ち扉を大きく開けた。


 「……どうぞ。旦那様は公務で夜まで戻りませんが」

 「えっ」


 そんなことは一言も聞いていなかった。主人が出かけている間に訪ねてくる妻を名乗る女。うーん。たしかに不審かも。でも、だからこの態度も仕方ないとはならないからね?

 女性は私より少し年上に見えたが、このだるそうな態度を見るに、思ったより若いのだろうか。ベテランだったらこんな態度とるわけがないし。新人なのかもしれない。

 先を行く彼女を追う形で屋敷に入ると、使用人達の姿がちらほら見えた。ちゃんといたのに出迎えがなかっただけか。

 彼女が私を連れて廊下を歩くと、使用人たちが振り返ってはひそひそと何か話している。うぅーん、嫌な感じ。

 

 「こちらです」


 針のむしろを歩かされたような気まずさの中、ようやく案内をしてくれた女性が足を止めた。

 結構歩かされたと思ったが、実際歩いたようだ。屋敷の入り口からはかなり遠い。どう考えても侯爵様の部屋――当主の部屋の隣、女主人の部屋ではない。


 「この部屋は客室ですか?」

 「えぇそうですよ。旦那様が留守なのに、勝手にお部屋へ案内するわけにいきませんから」

 「……」

 

 言っている事は間違っていない……気がする。いや、間違いだよね。私、嫁いできたって言っているのに。もしかして聞いてなかった? 明らかに女主人への態度ではないし。


 「えっと……」

 「では私はこれで」


 私が何を言う前に、案内をしてくれた女性は名乗りもせずにさっさと出て行ってしまった。バタン、と大きな音を立てて扉が閉められる。


 「嫌な感じ……」


 めちゃくちゃ嫌な感じだが、それもある程度は仕方がないのかもしれない。向こうから見れば、「本来なら侯爵家とは釣り合うはずもないしょうもない伯爵家が金欲しさに結婚相手を申し出てきた」くらいの認識だろう。残念ながら当たりだ。そこに私の意思が一切介在していないというだけ。

 突っ立っていても仕方ないので部屋に入ってみると、そこはごく普通の客室のようだった。きちんと整えられているし、掃除もされている。私が普通の客人であれば、文句を言うことなく荷ほどきするだろう。だが私は嫁いできた身の上なので、文句ありありだった。百歩譲って部屋は客室でも構わないけど、使用人の態度はいただけない。私の事を押しかけ女房か何かと思っている節がある。

 

 「とりあえず侯爵様とお話してみないと……かなぁ」


 別に私が勝手に押しかけて来たわけではないのだから、侯爵様からきちんと説明してもらえば分かってもらえるだろう。そうすれば使用人たちの態度も変わっていくはずだ。……嫁ぐ日取りになっても伝わっていないあたり、若干の不信感を感じなくもないが。

 侯爵様にとって不本意な結婚かもしれないが、私にとってもそうなのだから、申し訳ないがお互い様だ。


(でも、私は侯爵様に感謝もしてる)

 

 私はあの家を出られて心底よかったと思っている。その点で侯爵様には大変感謝しているので、私にできることは何でも協力して差し上げたい所存だ。侯爵夫人としての役目を果たしてほしいと言われればそうするし、世継ぎをと言われたら……頑張る。うん。愛人がいると言われたら、仲良くやっていけるように頑張りたいと思う。そういう話がないから金で買われた嫁がいるのだと思うけど、そこはそれ。今後はどうなるか分からないしね。

 とにかく、お互いに話し合って良好な夫婦関係を築いていきたい。この家を、私が安心できる居場所にしたい。頑張るぞ。

 一人意気込み、ベッドに腰かける。どうせ部屋を移動することになるはずなので、荷ほどきはしないでおこう。手間が増えるだけだ。


 「……大丈夫だよね?」


 どうしよう。何だか不安が拭えないぞ。

この話は、あまりモブに名前を付けて個性をつけたりしないようにしているので、あんまり固有名詞が出ません。もちろん作者の都合なので、そのため作中の人物たちを「使用人を十把一絡げにする嫌な奴ら」、と思わないでくれると嬉しいです。

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