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少しのもの悲しさとこの先へ

ざまぁ回のはずですが、ざまぁ感ないです。

 イヴリン様が走り去った後、取り残されたのは私とウィル様、エディ様。そして使用人達。

 ウィル様が使用人達を振り返ると、皆がびくりと肩を震わせた。その表情は絶望に染まっており、これから何が起こるのか分かっているようであった。


 「……皆、今日までよく仕えてくれた」


 ウィル様の声は、怒っていない。どこか感慨深そうでさえある。


 「だ、旦那様……」

 「思えば、私が成長するにつれて人並み外れた身長や、顔が怖いと恐れられることに落ち込んでいた私の悩みを真摯に聞き、励ましてくれたのはお前達だった。長く……それこそ、私よりも長くこの屋敷にいる者だっているだろう。感謝している」


 ウィル様は、ちらりと私を見てから、使用人達へ視線を戻す。


 「出征することになった時も、帰還した時も、イヴリンとの婚約が破棄された時も……喜び、悲しんでくれた。私は悪くないのだとも言ってくれたな。ユリシスを迎えることに難色を示したときも……お前達は、私を可哀想だと言ってくれた」


 可哀想……まぁ、客観的に見たらそうだよね。婚約者の浮気で婚約がなくなって、それじゃ困るからって上の人が勝手に見繕って結婚させようとしてきたんだから。

 私だって、自分が当事者じゃなかったらウィル様を可哀想だと思うだけだっただろう。当事者だから「悪かったわね」という感想も生じてしまうが。


 「私がユリシスを拒絶していたから、お前達もそれに倣っていたのだろう。だが実際の彼女は、私にはもったいないほどの女性だった。そう思ったから謝罪をし、改めてお前達に妻として紹介したのだ。これで万事が解決すると、そう思ったのだが……そうはならなかったな。お前達はユリシスを軽んじ続け、結果として公爵閣下までもを軽んじることになった」


 カーソンもメイド長も、使用人達はエディ様はおろか、ウィル様の顔を見る事さえできずにいた。


 「私はお前達を信じたかったが、お前達は私を信じなかった。だからユリシスに対する態度を変えられなかったのだろう?」

 「そ、それは違います!」


 カーソンが思わず、といった風に顔を上げて反論するが、ウィル様はふるりと首を振った。


 「そういうことになるんだ。閣下に対する非礼への責任は私がとるが、お前達自身にもとってもらわなければ示しがつかない。――カーソン、マージ。今日までご苦労だった。今日限りを以て、君達を解雇する」


 マージというのはメイド長の名前だったと思う。

 二人は、泣いたり逆上したり、ウィル様に縋ったりすることもなかった。今にも泣きそうな表情のまま瞬きもせずにウィル様を見つめると、深々と頭を下げた。


 「……確かに承りました。今日までお世話になりました」


 声は震えていたが、毅然とした態度でいようとしていることは伝わった。

 彼らの背後から、すすり泣くような声が聞こえる。自分の番が訪れることを恐れているのではない。去っていく二人を惜しんでいるのだ。長く勤めていたのだから、それだけ信頼されていたのだろう。

 正直、私は彼らに一切思い入れがないから、気持ちは分からない。申し訳ないことをしたとも思わない。でも、二人が路頭に迷えば清々するわけでもない。老後を静かに過ごすのか、新しい就職先を探すのかは分からないが、今回のように『誰も救われない』みたいなことをしないでほしいと思う。


 「他の者達は追って処分を言い渡す。――以上だ。仕事に戻るように」


 ウィル様がこの場を無理やり収めると、使用人達は深々と一礼して散って行った。今の彼らは、賓客である公爵閣下を見送る事すら許されないのだ。

 そうしてホールに残ったのは、私とウィル様、エディ様だけになってしまった。

 ウィル様はエディ様に向き直り、深々と頭を下げる。


 「閣下。この度は大変な失礼をいたしました。本当に申し訳ありません」

 「いいっていいって。こうなるかもって分かっていて了承したんだから」

 「あ、私からもお礼と謝罪を。お越しいただき本当にありがとうございました」


 ウィル様の謝罪に便乗して、私も頭を下げる。

 エディ様は、自分が不愉快な思いをするかもしれないということを分かっていて引き受けてくれたのだ。ありがたい。


 「いいってば。中々興味深い体験だったしね」


 にこにこ笑って流してくれたエディ様は、ウィル様へ頭を上げるように言うと、そのまま彼を見上げた。


 「今回の結婚は、こっちの事情でウィルを振り回した自覚があったからね。むしろ君にもユリシスにも申し訳ないことをしたと、僕も王太子殿下も多少思っているんだよ。それで少しでも力になりたいと思ったんだ」


 エディ様……そう言われると、それもそうだなと居直ってしまいそうだ。多少と言われるとちょっと納得できないくらいには。


 「でもユリシス。君と話せてよかったよ。ウィルをあれだけ腑抜けさせた奥さんってどんな人かと僕も殿下も興味津々だったから」

 「腑抜け?」


 心当たりがなくて首を傾げると、旦那様がゴホンゴホンと大きく咳ばらいをした。エディ様が苦笑する。


 「はいはい、やめるよ。でもよかったなというのは本当だよ。この世にはウィルを怖がる女性か、必死に目を瞑る女性しかいないのかと思っていたけど、むしろ……」

 「むしろ?」


 今度はウィル様が首を傾げるが、私がコホンコホンと咳払いして先を制する。余計なことは言わなくていいんです!

 またも邪魔される形になったエディ様が、今度はあははと声をあげて笑う。


 「いやぁ、仲がよろしくて結構結構! 十分な収穫だったよ。――ウィル、殿下からの伝言だ。『今日から三日、休暇をやる。内外を滞りなく整理したのち、登城するように。心配しなくても、お前の仕事は積んでおくから帰ってきたらバリバリ働け』とのことだ」


 ウィル様は顔を顰め、私はポカンと口を開けてしまった。

 内外の整理、というのは人事のことだろう。執事長とメイド長を解雇したほかにも、屋敷内の人事が大きく動くことになる。そうすれば当然慌ただしくなる。王太子殿下はそれを見越して、ウィル様に休暇をくださったんだ。

 でもこういう時、『お前の仕事はこっちで片づけておくから心配するな』とか言われるのかと思ったけど……手つかずで置いておくからと言われたら嬉しくないよね。ウィル様が顔を顰めたのもそのせいだろう。

 肖像画でお姿を拝見したことくらいしかないけど、わが国の王太子殿下はなかなかよい性格をしていらっしゃる。その直属にエディ様がいて、その下にウィル様となると、ウィル様って結構仕事で苦労しているのかな。


 「……分かりました」


 ウィル様は苦い顔で頷いた。エディ様は対照的に爽やかな笑顔で頷く。


 「うん、じゃあ今日はこれで帰るよ。また職場でね、ウィル。ユリシスも、今度は夫婦でうちへ遊びにおいで」

 「は、はい。機会があれば是非」


 公爵家への訪問なんて畏れ多すぎてご遠慮願いたいが、とりあえず頷いておく。

 こうしてエディ様は私とウィル様に見送られ、帰っていった。徹底的に正体を隠してくれたので行は辻馬車を拾ったらしいが、帰りはガディエンス家の馬車で送らせていただく。


 「お帰りになりましたね」

 「ああ……」

 

 馬車が見えなくなっても、門が閉じても、ウィル様は動こうとしない。とっくに見えなくなった馬車よりも、どこか遠くを見るウィル様に胸が痛んで、私は頭を下げた。


 「すみませんでした、ウィル様。私の力不足で、長年勤めてくれた使用人を解雇させることになってしまいました」

 「あなたが謝る事ではない」


 ウィル様は間髪入れずに答えた。思わず顔を上げると、私を見下ろしていたウィル様と目が合う。


 「むしろ私の力不足で、あなたに不快な思いをさせてしまった。……本当にすまなかった」

 「いえ……」

 「それだけではなく、これからは人事の整理や引継ぎなど、やることが山積みで忙しくなる」

 「そうですね」

 「それでも」

 「え?」

 「それでも私と一緒に、これからも歩んでいってくれるだろうか」

 「え」


 え?

 これは、プロポーズのように聞こえるこれは? 本当にプロポーズなの?

 まさか、この流れで?

 思わぬ話題転換で言葉に詰まってしまったが、要はこれからもよろしく……ということだよね。ここまでしておいて、私が去っていく選択肢を用意されていることにちょっと腹が立った。


 「私がいいえと答えたらどうするつもりなんですか?」

 「えっ……」


 意地悪のつもりで答えると、ウィル様はみるみる情けない……いや、悲哀に満ちた可哀想な表情になってしまった。


 「そうしたら……毎日花を持って謝りに行く」

 「えっ」

 「あなたがよいと言ってくれるまで毎日」

 「ええっ」


 普通に困る。というか。

 思ってもみなかった回答に、私は苦笑してしまった。


 「……断るつもりだったら、とっくに出ていってますよ」


 そもそも出ていくつもりなら、二ヵ月も嫌がらせに耐えていない。とっくに逃げ出している。実家に帰るのが嫌だという事もあるけど、そっちは、今となってはついでだ。


 「私はウィル様と一緒に頑張っていきたいから、今回、ここまでのことをしたんです。責任はとりますよ」

 「ユリシス……」


 ウィル様のお顔が、みるみる喜びに満ちていく。

 可愛い。


 「これからもよろしくお願いします」


 


 こうして、私の――私とウィル様の短い攻防は、一先ず幕を閉じたのである。

もう少しで終わります。

作中であまり書いていませんが、使用人達も一枚岩というわけではないです。

上の階級の使用人ほど侯爵家へ仕えることに誇りを持ち、だからこそ立派な妻を迎え、跡継ぎを産んでほしいと考えていました。使用人達に口を出すような権限はないのですが、ウィルの父である先代侯爵が病に倒れ、ウィルが戦で長く屋敷を空けている間に当主が亡くなり、若くして爵位を継がなければならなくなった…ととにかく苦労が重なったウィルを幼少から見ているので、「若様には絶対に幸せになってほしい!」という思いが強くなり、今回のような暴走…みたいなことになってしまいました。自分達が考える幸せを押し付けたような形になってしまったんですね。

先代侯爵が存命だったら当然こうはならなかったでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々理由があったとしても、仕事放棄をして貴族を侮辱するような使用人はいらないですね。紹介状なし+鞭打ち50回して放逐が普通なら妥当ですね。 下手したら処分されてもおかしくないほどの愚行。
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