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お芝居の終わりと後始末

お芝居が終わるのはあっという間です。

 エディ様――エドガー・グランゼオ公爵。

 この方は王太子殿下の側近であり、ウィル様の上司に当たる。

 先代グランゼオ公爵――エディ様の父君は、先の戦争で嫡子であるエドガー様に留守を任せ、ウィル様と共に出征していた。病を得ていた父君の代わりに出征したウィル様とは反対の立場にあたる。ウィル様も嫡子なんだけどね。ウィル様なら大丈夫! と送り出されたとかなんとか。実際、大丈夫ではあったけど。

 しかしグランゼオ公爵は終戦を間近に深手を負い、帰還後間もなく亡くなってしまった。その為エディ様は、ウィル様とそれほど変わらない頃に爵位を継承した、若き公爵なのだ。

 もちろん、私とエディ様は今日が初対面だ。私の友人として招いたのは、私の作戦だった。

 


 

 『はい。私もしたくはありません。ですから、お願いがあります』

 

 あの日――。使用人の勤務態度について苦言を呈した私に、ウィル様は信用したいけど、自分の目で見ない限り難しいと悩んでいた。その気持ちはよく分かったので、私はウィル様に一つお願いをした。


 それは、『使用人に顔が知られていないあなたの友人を、私の友人として招待させてほしい』というもの。私が蔑ろにされている以上、『私個人のお客様』を招いた場合にも同じ態度をとるのではと考えたのだ。『招かれたから来たのに、女主人として家を取り仕切れていない』という姿を見せようとするのでは、と。だから、ウィル様の信頼できるご友人を私のお客様としてお招きし、見たままを報告してもらいたいとお願いした。

 使用人を疑ってかかることになるし、下手すればご友人に不快な思いをさせてしまうかもしれない。ウィル様は悩まれたけど、私が望むのならとお願いを聞いてくださった。

 ――まさか友人どころか上司の公爵ご本人が来るとは思わなかったけどね。ものすごく緊張したわ。

 でも結果として、使用人達の目に余る態度はエディ様にもしっかりと目撃され、ウィル様の知るところとなったというわけだ。

 私が作戦を立てている一方、使用人達がイヴリン様を連れ戻す計画を立てているとは知らなかったけど。私は本当に認められていなかったんだと痛感する。知っていたことだけど、傷つかないわけじゃないんだよ。

 そして、二つの作戦は最悪のタイミングで重なってこの修羅場を生んでしまった。公爵様を間男扱いしたイヴリン様や使用人達は真っ青になっている。気の毒なくらい、と言いたいところだけど、正直自業自得である。


 「こ、公爵……?」


 イヴリン様が、思わずといった様子でエディ様を指さした。失礼に当たるけど、エディ様はそれを咎めずニコリと笑った。


 「いかにも。――挨拶する機会がなかったから、この家に入って初めて名乗ることになるが、エドガー・グランゼオだ。ウィルの上司をやっている」


 エディ様が優雅に一礼すると、使用人達は息をする事すら忘れたかのように固まっていた。彼らがお客様を迎える為にホールへ集まっていたら、紹介できたかもしれないのに。


 「使用人を一向に見かけなかったから、てっきり全員休暇でも取っているのかと思った。だがそのおかげで夫人自ら給仕していただき、楽しいひと時を過ごせた。……しかし、彼女と不貞を働いたり、男女の仲と誤解されるような行動をとった覚えはないのだが……例えば、どんなところが目についたんだ?」


 エディ様は面白そうにイヴリン様や使用人達を見る。使用人達は怯えたように俯いて黙したままだが、さすがは侯爵令嬢と言ったところか、イヴリン様は果敢にも立ち向かった。負け戦に。


 「そもそも、主人の留守中に男を招くこと自体がおかしなこと! 逢引きと言われても文句は言えません!」

 「もしかして自分の事言っているの? 婚約者の留守中に男連れ込んでたもんね」

 「そもそも私が許可しているのだから逢引きではない」

 

 エディ様とウィル様の畳みかけるような反論に、イヴリン様はぐぅっと詰まった。確かに、ウィル様からしたら『どの口が言うんだ』でしかない。

 ウィル様はため息を吐き、イヴリン様を見下ろした。


 「むしろ、私の留守中に上がり込んだ招かざる客は君の方だ。即刻出ていき、二度と私達の前に現れないと誓ってくれ」

 「なっ……なんて事いうの! 私は本当にあなたが心配なの!」


 イヴリン様はウィル様へ縋りつこうとしたが、ウィル様はそれをひらりと躱した。


 「……私が、何も知らないと思っているのか?」


 びくり、と肩を震わせた者が、何人いただろう。私も驚いた。ウィル様の声は明らかに侮蔑を含んでいる。――ほんの少しの怒りも。


 「え……」

 「君が男と駆け落ち同然で家を出た後、金銭のトラブルで早々に別れたことも、勘当された実家に戻って追い出されたことも、とある貴族の愛人になっていることも知っている。そこでもトラブルを起こし、正妻に追い出されそうになり焦っていた頃に私の話を聞いたのだろう。金で買った妻と結婚するくらいなら自分が戻れば喜んで迎え入れられるはず、と。実際、使用人達は君を歓迎したようだからな」


 話の矛先を向けられて、使用人達はぎくりと身を固くする。カーソンなんかは、倒れてしまうのではと心配になるくらい青くなって震えている。彼らは、こうしたイヴリン様の実態をどこまで知っていて、ウィル様に相応しいと思っていたんだろう。

 というか、すごいなイヴリン様。とっても前向きな思考をしていらっしゃる。


 「愛人に納まっておきながら、よくユリシスに不貞だなんだと騒ぎたてられたものだ」

 「わ、私は仕方なかったのよ。本当に困っていたんだもの。あなたは知らないかもしれないけど、お金がないことはとても苦しい事なのよ」

 「そうだな。だから先の男とは別れたのだろう。勝手に持ち出した家の財産や私が贈った宝飾品を全て金に換えても足りなかったから」


 えぇっ。家のものを勝手に持ち出して売ったって事!? しかも浮気相手との生活の為に婚約者から贈られたものも売ったって事……? 本人に返しなよとは思わないけど、なんか嫌な感じだ。これはウィル様が怒ってもいいんじゃないだろうか。


 「何でそんなことまで……あっ、そんなに私が心配だったの?」


 イヴリン様は狼狽えたり、喜んだりと忙しい。そこにエディ様が笑って間に入った。


 「ウィルはそんなに暇じゃないよ。僕が調べたんだ。王太子殿下の命令でね」

 「お、王太子殿下?」

 「そうだよ。せっかく結婚したウィルが、元婚約者のせいで何かあったら大変だからって。君のこれまでの爛れた生活は、王太子殿下もご存じってわけ。でもまさか、直接乗り込んでくるとは思わなかったけどね。悪いね、ウィル」

 「閣下のせいではありませんのでお気になさらず。ようやく区切りがつくと思えば安いものです」

 「それはそうかもね」

 

 イヴリン様の様々な所業は、王太子殿下の知るところということか……これはちょっと、貴族社会への復帰は絶望的かもしれない。

 それにしても。

 

 (何だか……私、空気じゃない?)


 そう思い始めていた。エディ様をお見送りしたら作戦終了のはずが、イレギュラーばかりで落としどころが分からない。

 ちょっと居た堪れないなと思い始めていると、イヴリン様が私の方を見た。凄まじい形相で睨みつけている。


 「その女! その女を追い出して! そいつがウィルの事も、公爵様の事も、王太子殿下の事も誑かしたに違ないわ!」

 「えええええええ!?」


 心の中で叫んだつもりだったのに、本当に声出ちゃった。

 だって、何でそうなるの? びっくりだよ。私、自分の事を空気だと思い始めていたのに。むしろイヴリン様、私がこの場にいる事を覚えていてくれたんですね。

 でも私がエディ様や王太子殿下を誑かせるなんてイヴリン様自身思っていないだろうに、もう切羽詰まって訳が分からなくなっているのだろう。そして、彼女に従ってその通りに動く人も、もういない。彼女の背後の使用人達は、石のように固まったままだ。

 ウィル様が、自らイヴリン様の前へ進み出た。二人の距離が近すぎて、イヴリン様は思い切り見上げないと彼の顔が見えないくらい。そして顔を上げた彼女の顔が、みるみるうちに恐怖に染まる。

 私も怖かった。彼の顔は見えないのに、空気が重くなった気がしたのだ。


 「これ以上、君の戯言を聞くわけにはいかない。――出ていけイヴリン。今後二度と、ガディエンスに近付くな。妻を傷つけたり、屋敷に入り込もうものなら、問答無用で捕らえて罪人として引き渡す」


 ウィル様の声は、怒っていた。さっきも怒っていたけど、比べ物にならない。怒りの風船をどんどん膨らませてもう少しで破裂しそう……というところまで来ているような感覚。怖い。

 空気を感じただけでこうなのだから、真正面から言葉を浴びせられて、怒っているだろう顔で見下ろされているイヴリン様はたまったものじゃないだろう。彼女は、見て取れるほどにぶるぶると震えて、泣きながら飛び出していった。

イヴリンが退場しました。

今後、本編での出番はありませんが、イヴリンの短編をそのうち上げる予定です。株が上がるような内容ではありません。

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