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とんでもないバッティング

出番がなかったはずの元婚約者に出番があるという事は碌な目にあいませんね、ごめんね。


 癖のあるブルネット。ちょっと吊り目がちで、勝気そうに見える。客観的に見て、美人の部類に入るだろう。自信に満ちたその表情が、彼女をより一層美しく見せているように思った。なぜ、人の家でそんな風にいられるのかは、ともかくとして。

 

 「……どちら様ですか?」


 客人を招いているところに、更に客人を招くのは無礼でしかない。お相手をする家の者がいないのだから。そもそも女主人である私が把握していない客人など、あってはならない。なのに後ろに使用人を従えて腕組みをして立つ彼女の方が、女主人のようだった。

 彼女のバックには当たり前のように執事長、メイド長も揃い踏み。思わずノノの姿を探してしまったが、見かけなかった。何となくホッとする。


 「無礼な! この方はガディエンス侯爵夫人となるイヴリン様だぞ!」

 「イヴリン?」


 それはウィル様の元婚約者の名前だったはず。この自信に満ち溢れた美女がイヴリン様なのか。

 しかし、『侯爵夫人になる』というのはどういうことだろう?


 「あなたが、私の留守に好き勝手しているという泥棒猫?」


 イヴリン様は扇で私を指した後、エディ様も指す。


 「主人の留守に間男を連れこむなんて、いい度胸じゃない」

 「えぇ?」


 間男? ……まさか、エディ様が!?

 私は内心真っ青になって、慌てて声を上げる。


 「な、なんて事を言うんですか! この方は大切な御客様です!」

 「主人の留守に遊び人のような男を連れ込んだら、間男だと言っているようなものでしょう」

 「ちょっと!」


 失礼にもほどがある! 思わずエディ様の方を見るけど、彼は面白そうにイヴリン様を眺めているだけ。

 ナニコレナニコレ! イヴリン様は鬱陶しそうに私達を見ているし、後ろに控えている使用人達も冷ややかな目を向けている。いや、おかしいよね。ちょっと落ち着きたい。本当に、何が起こっているの?


 「ひとまず、聞かせて下さい。イヴリン様はどうしてこちらに? 招待をした覚えはないのですが」

 「招待? お前が? 私を?」


 イヴリン様は汚らわしいものを見るような目を向けてきた。


 「図々しい。何をもって、招待などと偉そうなことを言うの? 私がお前を招待するならまだしも。……いいえ、絶対にないわね。あなたみたいな、侯爵家にこれっぽっちもふさわしくない家柄の小娘なんかを」

 「小娘……」


 言い過ぎである。確かに私は棒にも引っ掛からないような伯爵家の娘だが、今は侯爵夫人。侯爵令嬢であるイヴリン様とはあまり変わらない……いや、う~ん?

 そもそもがおかしい。イヴリン様が侯爵令嬢だとしても、ガディエンス侯爵家に勝手に上がり込んでいい理由になっていない。使用人達が『侯爵夫人になる』と言っていたが、はて……?

 とりあえず言いたい事を言わせてもらおうと口を開きかけたところで、エディ様が遮るように手を振った。


 「ユリシス、待ちなさい」

 「エディ様?」

 「予想外の珍客ではあるが、ゲストとして不足はない。……だが、キャストが揃っていない。――おぉ、都合よく揃ったようだ」


 エディ様の視線が玄関扉へ向く。釣られるように視線を向けると、来訪や帰宅の報せがないのに扉が開く。そして現れたのは。


 「ウィル様?」


 ガディエンス侯爵その人だった。彼は怖い顔(デフォルトではない、本当に不機嫌なようだ)で集まった面々に視線をやり、私とエディ様の傍へとやってくる。


 「ただいま、ユリシス」

 「あ、はい。お帰りなさいませ」


 エディ様がいるのにまず私に挨拶とか、いいのかと思ったけど、いいのだろう。エディ様が気にした様子はない。


 「これはどういうことだ?」

 「それが私にも」


 さっぱりです、と続けようとしたところで、大きな声に遮られる。


 「ウィル!」


 イヴリン様である。彼女は振り返ったウィル様にわずかに怖気づくような様子を見せたものの、深呼吸してこちらへ近づいてきた。私は「この人ウィル様を呼び捨てにしてるんだ、ふーん」という場違いな感想を抱いていた。元婚約者なんだから、当たり前かもしれないけどね、何となくね。

 イヴリン様はウィル様の前に立ち、うっとり……とはお世辞にも言えない、覚悟を決めたような表情で、彼と向き合った。


 「会いたかったわ。ようやくあなたの元へ帰ってこれた」

 「私と君の婚約は既に破棄されている」


 事務的に伝えるウィル様に対し、イヴリン様は一瞬怯んだ様子を見せたものの、ぶんぶんと首を振った。


 「いいえ、違うわ! 私、騙されていたのよ!」


 イヴリン様曰く。

 婚約者であるウィル様の、数年に渡る遠征により一人残された彼女は、毎日不安と寂しさに苛まれていた。そんな弱った彼女につけ込むように現れたのが、とある子爵家の三男である。

 彼は悲嘆に暮れるイヴリン様へ寄り添い、言葉巧みに誑かした。

 優しさに飢えていたイヴリン様はすっかり騙されてしまい、彼に言われるがままその手を取ってしまった。

 結果としてイヴリン様はウィル様を捨てるような形になってしまったが、彼女はすぐに目を覚ました。下賤な男は、ウィル様の留守の間にイヴリン様を手に入れるため、仮面をかぶっていたのだ。

 真実に気付いたイヴリン様は男の元を逃げ出し、ウィル様の元へ帰るためにガディエンス侯爵家へ手紙を出した。その手紙を受け取った使用人達はイヴリン様の帰還を喜んで歓迎し、こうして今日、ようやくウィル様との再会が叶った。


 「……」


 もうどこからツッコんだらいいのか分からない。

 イヴリン様は「違う」と言っていたけど、何も違わない。仮に騙されていたというのが本当だったとしても、ウィル様との婚約破棄は既に起こった事だ。『ウィル様の元へ帰る』というのは、どの面を下げて言っているのだろう。

 あの面か。美人ですね。

 

 「……ふぅ――」


 大層長いため息が聞こえた。ウィル様である。

 彼は天を仰ぐようにため息を吐いて、イヴリン様を見下ろした。イヴリン様の肩が跳ねる。ウィル様は、怖い顔をしているのだろうか。最近は、大分柔らかい表情をするようになっていたのに。


 「何から言えばいいのか分からないが……まず、あなたが騙されていたとしても、あなたが他の男と寝て、私達の婚約が破棄されたことは既に起こった事だ」


 私と同じことを思っていたらしい。と、いうか。


(え? 寝た? 不貞を働いたって事? いや結婚前だから違うのか……でも婚約しているんだから、同じようなものだよね。それで婚約破棄されたのに、ウィル様に『帰ってきた』なんて言ってるの? 図々しいとかそういう問題じゃなくない?)


 イヴリン様との婚約とその破棄についてあまり詳しく聞いていなかったのだけど、これは確かに説明しづらい。ウィル様は私にもイヴリン様にも配慮していたのだろう。結局暴露することになってしまったが。

 しかしイヴリン様、今度は全く怯まない。


 「だから、私は騙されていたの……自分の過ちに気付いた時、あなたが無理やり好きでもない下賤な女と結婚させられたと風の噂で聞いて……居ても立っても居られなくて」

 「確かにユリシスとの結婚は、契約結婚だった。だが今、私は彼女の存在に心から感謝している」

 「ふわ」


 予想外な言葉を聞いて、思わず変な声を出してしまった。

 感謝。感謝か。……照れるぜ。私こそウィル様に感謝しているってことは、後でこっそり伝えよう。今は言い出せる雰囲気じゃないしね。

 変な声を出したせいじゃないだろうけど、イヴリン様が私をキッと睨みつけ、びしっと指をさしてきた。思わずちょっと仰け反る。


 「いいえ! ウィルこそ、あの女に騙されているのよ! 見なさい、主人の留守中に間男を連れ込んでいるような女よ!」


 私を指した指が、エディ様と私を交互に差し出す。だから、それはやめて……!


 「間男?」


 ウィル様が眉根を寄せて、私とエディ様を振り返る。私は困った顔でウィル様を見上げ、エディ様は笑顔でひらりと手を振る。ウィル様は、眉間に指を当ててため息を吐いた。それを私への失望と取ったのか、イヴリン様が勢いづく。


 「そうよ。私は見たわ、その女と間男が、使用人を追い出して密室で二人きりになって不貞を働いたのを!」


 彼女は堂々と言い切ると、使用人達を振り返った。


 「そうよね、皆」


 執事長やメイド長、エディ様のおもてなしでは一切姿を見せなかった面々がそれぞれ頷く。


 「間違いございません。ご友人と称しておきながら、男女の仲であることは明らかでした」


 妄想逞しい……。思わずウィル様を仰ぎ見ると、彼は傷ついたような表情をしていた。気持ちは分かる。ウィル様は、たった今賭けに負けた。信じたかったものに裏切られたのだ。


 「カーソン……お前達……残念だ」


 カーソンというのは執事長の名前だ。ウィル様にとって、古くから家に仕えてくれた大事な家族みたいなもの。――それが今日で終わる。


 「お前達が間男だと称するユリシスの友人は――私の上司だ。エドガー・グランゼオ公爵。当然、ユリシスとは今日が初対面だ」


 ウィル様が告げた途端、イヴリン様やカーソンたちが目を見開いて固まった。

この話の最後も書けたらいいなと思っていたところです。

ユリシスの態度がぎこちなかったのは、友人と称しながら、全くの初対面だったからです。友人のフリをしてもらったからですね。

前回の冒頭が翌々日だったのは、翌日となる空いた一日に職場で「妻の友人のフリをして我が家に来てほしい」とお願いする為ですね。OKを貰った翌日、つまり翌々日に周知されたという事です。


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