皇宮での正式な配属3
皇宮での正式な配属3
皇宮の最奥の皇族の居住エリアの更に奥。樹木が更に多くなり、鬱蒼とした森という表現がぴったりであまり日射しが入らなくて薄暗い。
そこを突っ切るように白い玉砂利道が敷かれ、こじんまりした白木の鳥居をくぐりとても涼しい清らかな空気に、ほう、と溜息が出た。
良く神社の境内の空気を清浄な空気と表現するけれど、ここもそういう感じで今までいた皇宮の空気とは全く違う、キリっと引き締まるものを感じた。
ザクザク、キュッキュッと音をたてながら沙羅様と2人で進むとすぐに神社があった。大きさとしては有名神社の本殿くらいはありそうで、かなり立派な構えをしている。ちなみに玄関は両開き扉の木造で、上部には注連縄が張ってある。
沙羅様はさっさと進んで扉に手を掛け手前に引いた。
「来たわよ」
と中へ声を掛けている。ここまで帝の執務室からほとんど口を開かなかった沙羅様は何かを考えながら歩いてきた。
声を掛けづらいほど悩ましい事なんだろうなとは思いつつも、この年齢で何をそんなに思い悩んいるのだろう。
奥から巫女装束の年配の女性が出てきた。
「これは東之條様、ようこそいらせられました。そして鷹司様でいらっしゃいますね。お待ち致しておりました。宮様がお待ちでいらっしゃいます。どうぞお上がり下さい」
品の良い方がおっとりとした口調で頭を下げてくる。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
扉を閉めて外履きを脱いで板張りの廊下に上がり、先導する女性の後についていく。
思わず背を伸ばしたくなる雰囲気と空気の清冽さ。
綺麗な空気だと思うのに深呼吸をするのも憚られる。
緊張感が徐々に増してくる。
斎の宮様?とっても偉い人?なんだか怖さがくるなあ。
と着いてしまってから恐怖心に囚われだした。
東之條邸と同じ飴色の廊下は進行方向の右側を板張りの飴色廊下が彩り、左側は障子らしき物で遮られた部屋と思われる白っぽい壁様の物が続いている。と言っても見た感じ部屋は3部屋程度かなと思われる障子もどきが続いているなと思いながら歩みを進めると、突き当りの部屋の一つ手前の部屋で案内の方が廊下に膝をついた。
「宮様、東之條様と鷹司様がお見えになりました」
「あらまあ、お入りになって」
優しそうな年配の女性の声。
障子もどきが中から開けられ、30代くらいの女性が顔を出した。
声の主はこの人ではなさそう。でもそんなに年齢が上には思えない声。
「ようこそお越し下さいました、お上がりくださいませ。お茶をね」
「かしこまりました」
案内の女性が頭を下げて下がって行き、我々は作法に則って廊下に膝をつきにじり寄る形でお部屋へ入り、二間続きの上座に座る女性に平伏した。
先に沙羅様を宮様の前へ行かせ、自分は障子を閉めてから御前へ近付き沙羅様の隣へ座って改めて平伏する。
沙羅様はもう宮様とお話を始めていたので、3つ数えて頭を下げる。
一段高い所へ座っていらした宮様は口は沙羅様と会話を続けながら、目は少し待つようにと告げるように優しく微笑んだ。それへ笑みを返して左側へ目をやり、その光景に目を瞠った。
宮様の部屋の左側には開け放たれた障子があって、木洩れ日に煌めく原生林のように数多の種類の植物がゴチャっと生えている。あまりに密集しすぎているのは良くないように思うけど、ここはこれで‥‥いいんだろうね。
里山の手入れの仕方なんて知らないし、純和風なお家の手入れの仕方も知らないし、私はどうしてここへ呼ばれたのだろう?宮様と呼ばれるような偉い人と同席するのは緊張してしまうのですが。
ぼおお、と庭らしき場所の動かない景色を見ていたら、足をつつかれたような気がした。
パッと足を見て置かれている手を見て、その手を視線で辿っていったら沙羅様で宮様と2人でこちらを見ていた。
「あ、すみません。御挨拶も申し上げていないのに呆けていてお詫びの言葉もございません」
と慌てて平伏した。
「あらあら、いいのよ。私達がお喋りにかまけすぎて口を挟む隙がなかったのよね。かえって申し訳なかったわ。顔を上げてちょうだい」
きちんとした言葉を掛けられたので、ようやく上体を起こし
「鷹司咲久良にございます。宜しゅうお願い申し上げます」
もう一度頭を下げ、今度はゆっくりと上体を起こして宮様と向き合った。
としの頃60歳以上。紫紺のお召し物で黒が混じった白髪。皺の多い人を大勢見かけるこの都で更に皺の多い部類に入りそうなこのお顔。
でも笑い皺かな。今も笑っている顔は皺だらけだし。
「お呼び立てしてしまってごめんなさいね。私が斎の宮です。鷹司家へ入ったのね。華菜子様、とても喜んでいらしたでしょう。皆様可愛がってくださる?」
「はい。とても良くしていただいています。私などにはもったいないくらいに気遣って下さいます」
「それは良かったわ。本日お越しいただいたのは揚華についてなの。揚華と呼ばれる人は私への面会は予約なし、ときいてる?」
「はい、伺っております」
「今だと、この相揚華の紗良ちゃんと西の鷹比古様。まだ一度もお目にかかっていないけれど逆楊華の飛来様ね。あなたも逆楊華なので資格があるわ。何故そんな制度があるかと言うと、私だけが御神託を受ける事が出来るからなの」
「御神託……」
「そう御神託。寝ている時に夢の形で神の姿や声で見るの。今回の場合は何年何月何日に揚華が起きる。対象は3番目の子である、とね」
「具体的、なんですね」
斎の宮様は肩を竦めた。
「そうよ、それも日を置いて3回も見るの。1回ではただの夢かと思ってしまうでしょう。2回でも偶然と思ってしまうかもしれないわよね。でも3回も続くと信じざるを得ないと思えてしまうのよ」
言い終わると彼女は小さく吐息をこぼし、笑みが苦笑に変わった。
気持ちがなんとなく分かってしまう。ありえないと思っていた出来事が現実になってしまう。しかも自分の夢の中で。
自分だけが不利益を被るのであればともかく、実際に被害に合うのは年端もいかない幼子とあっては責任は重大。
となれば自分に出来る全力をもってカバーしようと思うのも必然。て事かなあ。
この事を公表し親に伝える役目なんてやりたい人はいない。
「文献は記憶するくらい読んでいたから自分のやるべき事は分かっていたけれどこんな可愛い子達が辛い目に合うと思うと、何も出来ない自分が情けないわね。あなたはこうして来てくれたけれど、結局飛来様はお見えいただけなかったもの、自分の無力感に泣きたくなるわ」
斎の宮様のお話で気が付いたのが飛来さんに対して誤解していると思われること。これは説明しておいたほうがいいと思う。
「斎の宮様、これは少し推測も入る話なのですが飛来様についてお話申し上げてもよろしいでしょうか」
「え、なに?どうしてあなたが飛来様をご存じなの?」
「直接の接触はこの都に来てからです。実は私は飛来様がいらっしゃった世界より少し後の時代からこちらへ参りまして、飛来様のいらした時代を歴史として学んでおりました。ですので実際に見て体験したわけありませんが知識としては当時の事が大まかに分かります」
と前ふりしてから初日に東之條一門の前でも話した第二次世界大戦とその時の飛来様との関りを凄惨な場面も含めて話した。
最初から最後まで女性2人は口を挟む事なくただ口を手で覆ったり、自分で自分の体を抱きしめたりしながら肩を震わせるようにして、当時の飛来さんの精神状態に思いを馳せてくれた。
「事情を知らなかったとは言え、何十年間も放置してしまったのはこちらの落ち度よね。今は落ち着いていらっしゃるのでしょう?」
「そうですね、今は落ち着いていらっしゃいます。でも2ヶ月前にお目にかかっただけですので私よりも沙羅様の方が詳しくていらっしゃるかと」
「それがそうでもないのよ」
あらいやだ奥様、みたいに右手を下へと振って沙羅様はコロコロと笑った。
「半年に1回は最低でも様子を見る責任があるのです。ですが家人はそれぞれ仕事があります。私が10歳を過ぎた頃からは私も加わりましたが、各々手が空いた時に僅かな時間でもいいので様子を確認に行くことにしました。実際に伺った者が何月何日に誰が行ったと記すようにして半年以上開かないように調整しております。先日はたまたま父が行っている日に私も行きまして、咲久良を拾ったというわけです」
「それが2ヶ月前?」
「そうです」
私も宮様へ向けて頷く。そうか私は拾われたのか。
「あらまあ、それにしては落ち着ているわね咲久良さん。色々と大丈夫なの?」
本気で心配しているんだろうなあという宮様の顔付きに、なんと答えていいのかしばし考えてからゆっくり口を開いた。
「‥‥大丈夫、とは言えません。少し油断すると涙ぐみそうになったり、ほおっと呆けてしまったり、月を見ると家族の顔が浮かんできたり、夜がひときわひどかったりします。でも今までいなかった侍女という存在は自分の事だけにかまけているわけにいかなくなってしまったんです。こちらに来てから本当に色々な事がものすごく沢山あって、大丈夫ではないですけどそれにばかり気をとられていられなくなってしまいました」
なるほど、なるほど、と宮様は2回大きく頷いた。
「よろしいでしょうか」
沙羅様が軽く頭を下げてきた。
「いいわよ、なあに?」
宮様の優しい微笑みが沙羅様に向けられる。
「あの、揚華から何かお話はありましたでしょうか」
「それは西宮司家?それとも鷹ちゃん?」
「んー、御本人です」
宮様はチラッと私へ視線を走らせ、私はあの話だなとピンくる。
それにしても沙羅様は鷹様の名前を呼ぶのもイヤなほど鷹様が苦手なのね。いかに名前を呼ばずに済ませるか頭をフル回転させているのが良く分かる。
「今のところはないわね。何かあったの?」
宮様に問われた沙羅様バッとこちらを向いた。
「家で御両親に了承を得たのよね」
と心もち私に身を乗り出してきて沙羅様が迫ってくる。
「はい、家族会議で無理矢理というか渋々というか了承していただきました」
「渋々、ね。出来たばかりの可愛い娘に虫がつくんだもの快く了承できるわけがないわよ。東之條は問題ないし、あとは西宮司が了承すればいいだけね。ね、斎の宮様」
沙羅様は私から宮様へ視線を移して表情を引き締め、口を開いた。
「この度、私こと東之條沙羅樹は西宮司鷹比古様との婚約を破棄させていただきます。つきましては彼女からも一言申し上げさせていただきます」
勝手にこちらへ話を振ってきて、沙羅様は涼しい顔で肘で私の腕をつついてきた。
仕方ないなあ、と話をひきとる。
「この度、私鷹司咲久良におきましては西宮司鷹比古様より求婚のお申し出をいただき、お受けする方向でお話をすすめさせていただく事になりました。しかし鷹司家と致しましてはお話は了承させてはいただきましたが、西宮司家御当主様の御意向は分かりかねます。その為正式に色々と決定致しましたら改めてお知らせに参ります」
「あらあらあら。よく華那子様が許可なさいましたね」
私は軽く苦笑した。
「それは難色を示されましたけれど、かなり早めにご納得下さいましたのもお母様でした」
宮様はコテンと首を傾げる。こういう可愛いい仕種をされてしまうと益々年齢が分からなくなる。
「どうやって?納得できない事を甘んじて受け入れる子ではないわよね」
なるほど、お母様より宮様のほうが年上な事は確認できたわね。
「地位がそこそこにある男性で私と年齢の合う方で婚約者のいない誰もが好青年と思うような方はいらっしゃいますか?と申し上げました」
お二人は顔を見合わせて、なるほど、と吹き出してしまわれて、拍手をしながら大笑いをされる。そのあと宮様は少し悲し気に眉を顰めて、それだけ人材がいないのがとても悲しいとおっしゃった。
それから近々飛来様の所へ行ってみようかと宮様が口にすると、沙羅様が日程がつきましたらご連絡下さいとちょっと冷めた目で言う。
どうかしたのかと沙羅様を見ると方を竦めて見せた。
「日程が常にいっぱいな方なのよ、宮様は。果たして体の空く日なんて来るのやら」
つまりそれだけ忙しくて遊びに行くひなんてないということよね、お忙しくて大変そう。
次の来客もあるとのことなので早々においとました。
こんな感じで始まった私の宮勤めは予想以上に大事に扱っていただき、親王様や内親王様とお目通りも適ってすぐになついていただいた上に可愛らしくて身悶えしておりました。