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猫とカラスと出涸らしと

 冷たい風が肌を刺す。

 赤くかじかんだ指先を両手で握り合いながら、冬の夜の森を外套も羽織ることなく進んでいくなんて自殺行為だと思うだろう。

 だって仕方ないじゃないか、持っていないのだもの。

 出涸らしに防寒具なんて、贅沢品だ。


 森の中を歩きながら思い出すのは、幼いころの姉との会話。


“裏の森にはね、こわーいこわーい魔法使いがいるのよ”


“まほうつかい?”


“そうよ。人を食べちゃうこわーい魔法使い。真っ黒い髪に、血のように赤い目をしているんだって。だからね、絶対に裏の森に入ってはダメよ? 入ったら最後、その怖い魔法使いに食べられちゃうんだから”


“わかりましたお姉さま!! 私、絶対に裏の森には近づきません!!”


“いい子ね、──”


 あの頃、お姉さまは優しかった。

 今もそうだ。

 お姉さまは、いつも優しい。


 お野菜の注文ができていなくて配達されず、食事の準備ができなかった時も、お姉さまは「大丈夫よ、誰にでも忘れることはあるから」と一人かばってくれた。

 お母様のスープに黒光りするあの虫がプカプカ浮かんでいた時も、「使用人のいない家でなかなか手入れができないのだから仕方がないわ。大丈夫。スープは新しいものに取り換えて、後で虫を駆除しておいてくれたらそれでいいのよ」と言ってくれた。

 いつもお姉様は、ダメな私の失敗を「大丈夫」だと言ってくれた。


 でもいつからだろう。

 私のことを、名前ではなく、“出涸らしちゃん”と呼ぶようになったのは。

 もう、今となっては名前なんてどうでもいいことだけれど。


 ぐぅうううう~……。

 ぐぅぅうう……ぐるるるぅうう……。


 さっきから私のお腹の主張がとてつもなく激しい。

 どうせ殺してもらいに行くのだからと、夕食も食べずに来てしまったのが仇となってしまった。

 歩いても歩いても続く森の中、私はとうとう歩き疲れて木の根元へと座り込んでしまった。


「ふぁ……ねむい……」

 あぁ、そういえば私、今日は朝早くからとっても忙しかったんだった。

 休む暇もないほどに走り回って、姉や母のマッサージや肌の手入れ、ヘアセットやメイク、ドレスの着付け、それに食事も作って──。


「疲れたなぁ……もう。来世ではきっとこの疲れもまた忘れるんだよね。そうしたら……今度は幸せになれるのかしら?」


 ぼんやりと見上げた満天の星空を見ていると、ほろりと口からこぼれてしまった言葉。

 初めて望んだ自身の幸せに自分でも驚きながら、限界だった私の瞼がゆっくりと落ちていった。


***


「──おーいお嬢さん、ねぇねぇ、起きてよ」

「駄目よそんな生易しい声じゃ。起こす時はこうよ!! すぅぅうううう──っ、おぉぉおおおおい!! 朝よぉぉおおおおお!!」

「ふぁぁぁぁあああっ!?」


 突然耳元で響いた甲高い大声に鼓膜を破壊されかけた私は、勢いよく跳ねるように飛び起きた。


「何!? 奇襲!? って……え……?」

 目の前で私をじっと見つめるのは、美人黒猫のまる子とカラスのカンタロウ。

 あれ? でもさっき、人の声がしたような……。


「なぁにとぼけた顔してんのよ。相変わらずぼんやりしてるわね!!」

「それが可愛いところだけどね」

「へ……? ……えぇぇえぇええええええ!?」


 まる子とカンタロウが……しゃべった!?


 え、でも、ちょっと待って。

 カンタロウが女口調なんだけど!?

「まさかオネエカラス……?」

「あんた、突っつくわよ!? だいたい、ひとの雌雄確認もせずに適当に妙な名前つけてんじゃないわよ!! 何よカンタロウって!? こんなキュートな乙女に!!」


 頬をぷくっと膨らませ鋭い金色の瞳でぷりぷりしながら睨み抗議するけれど、どこを見れば乙女だというのか、私にはまったくわからない。


「ご、ごめんなさい。カンタロ……かん子さん」

「今更変えられても違和感しかないし、大して変わんないからカンタロウでいいわよ!!」

「す、すみません……あの、あなた達はどうしてしゃべる事ができるの? 今までずっと『カァ』とか『にゃー』とかだったのに」


 もともと二匹とも、私の言葉がわかるかのように、私の言葉に対してよく返事をしてくれていた。

 だけど人語を喋るところなんて一度も見たことがなくて、二匹と会話をしていることに驚きを隠せない。

 私が尋ねると、一匹のカラスと猫は互いに顔を見合わせてからくすくすと笑った。


「そうか。そうだったね。君は僕たちの言葉がわからなかったんだね!! っはははは!!」

「私たちに話しかけてくるから、てっきり言葉が理解できるんだと思ってたけど……ふふっ、あはははっ、変な子っ」


 おそらくただ私が友達のいないぼっち属性だっただけだ。

 ただひたすら動物に笑われ続ける女の図の、なんとシュールなことか。


「僕たちの言葉はね、この森の中でしか通じないんだ。基本はね」

「森の中でしか?」

「そうよ。この森はオズの魔力で満ちているからね。魔力のない人間でもオズの魔力の干渉のおかげで、私たちの言葉がわかるのよ。ま、あんたの場合は森の外で通じてもおかしくはないんだけど……。ちなみに、私はグリフォン。こいつはケットシーよ」


「グリフォンと……ケットシー!?」

 って、確か幻の魔法生物……!!

 絵本の中でしか見たことのないその生物が、まさか実在するだなんて……。


「でもどう見てもカラスと猫……」

 グリフォンといえば頭は鷲、下半身は獅子で、その翼は美しいあめ色をしているというし、ケットシーといえば黒くて大きな、二足歩行をする猫の妖精だったはず。


「あんたバカ!? 本当の姿で外の世界になんて行ったら、私たち二人ともつかまって見世物小屋送りよ!? カモフラージュよ、カモフラージュ。皆が皆、あんたみたいにおっとりまったりしているわけじゃないんだからね!!」


 再びぷりぷりし始めたカンタロウに「ご、ごめんなさい」と小さくなると、カンタロウは「わかればいいのよ、わかれば」とふんっと鼻を鳴らした。


「あ、あの、それで、オズ、っていうのは……」

「あぁ、この森の持ち主であり薬師の、オズだよ」


「くす……し?」

 て、薬を作る人のこと、よね?


「えぇ。オズは魔法使いだから、魔法を込めた魔法薬を作ってるのよ」

「魔法!?」

 つい私らしからぬ大きな声が出てしまった。

 森に住む魔法使い。

 きっとその人が、私が求めていた悪い魔法使いだわ──!!


「まる子、カンタロウ、お願い!! その人の所へ連れて行って!!」

「オズの所に? なんでまた」

「どうしても……どうしても会わなきゃいけないの……」


 私を痛みを感じることなくきれいに殺してもらうために。

 来世での幸せ生活のために。


「どうする?」

「いいんじゃない? たまにはオズも領地以外の人間と関わったほうが、脳の活性化にはいいと思うわ」

 脳の活性化?

 悪い魔法使い様はご年配の方なのかしら?

 私が首をかしげた刹那──。


「お前たち、ここにいたの──か……?」


 ザッザッザッと草木を踏みしめる音を鳴らしながら影の方から現れたのは、一人の黒いマントを羽織った男性。


「黒い髪に……赤い目……」


“裏の森にはね、こわーいこわーい魔法使いがいるのよ”


「君は……誰だ?」




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