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ドタバタ短編集

学園一の美少女が硬派なファンタジー作家だと俺だけが知っている 〜その作品をネットで拡散してバズらせたの、俺なんだよな〜

作者: フーツラ

最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

 実情を知らない奴は「氷川さんの隣の席で羨ましい」だとか、「俺だったら絶対話し掛けて仲良くなる」なんてことを言うが、それは無理な相談だ。


 今だってそうだ。天神学園一の美少女こと、氷川鈴は休み時間だというのに誰とも会話せず、一心不乱にスマホをいじっている。


 色素の薄い真っ白な顔と艶のある黒髪のボブ。長いまつ毛とカタチの良い鼻梁。確かに美しい横顔だ。


 しかし氷川さんの表情は険しい。


 眉間に皺を寄せながら、両手を使って凄まじい速さでフリック入力。一体彼女は何と戦っているのだろうか?


 少し気になって覗こうとすると──


「何の用?」


 ──と鋭いカウンターが飛んで来る。


「いや、いつも休み時間に顰めっ面してスマホを弄ってるから気になって……」

「武藤君には関係ないでしょ」


 こちらをきっと睨み、氷川さんはスマホの液晶に戻る。


 いつも通りの反応だ。最初の頃は俺が特別に嫌われているのかと思ったが、氷川さんは誰に対してもこうだ。男女関係なく、全人類に対して素っ気ない。


 一度、クラスの男子が集まって氷川さんはスマホで何をしているか予想したことがある。


 ある者は「年上の彼氏とチャットしているのでは?」と言い、またある者は「実は彼女はインフルエンサーで、休み時間はインスタのコメント返しに忙しい」と言った。


 他にも色々な意見が出たが、どれもありそうだけれど、そのどれもが決め手に欠ける感じだった。


 結局、高校三年が始まってもう一ヶ月が経とうとしているが、氷川さんが休み時間に何をしているのかは謎のままだ。



「おい、武藤! 今日、放課後空いてる?」


 あと二分で休み時間が終わるタイミングで、早坂が声を掛けてきた。


「あっ、悪い。金曜日はちょっと忙しくて」

「えっ、武藤って実はリア充なの? 一見地味なのに!」


 早坂よ。お前も充分地味だぞ……!


「ちょっとネットの用事が……」

「なんだ〜。やっぱりリア充じゃなかった。ホッとしたぜ〜」


 軽い調子で早坂は踵を返し、自分の席へと戻っていった。


 氷川さんは少し迷惑そうにしながらも、フリック入力を止めることはなかった。



#



 さて、金曜日の放課後に俺がPCに向かって何をしているかというと、WEB小説のスコッパー活動だ。


 スコッパー。


 それはまだ陽の目を見ていない名作を取り上げ、なるべく多くの読者に届くように「掘り起こす者」のことだ。


 勿論、俺は最初からスコッパーだったわけじゃない。


 普通にWEB小説が好きな中学生だった。毎日「小説やろう」にアクセスし、有名作を読み漁っていた。


 しかし、いつしかそれでは物足りなくなる。


 そして高校に入学した頃からスコッパー活動を始めたのだ。


 隠れた名作を掘り起こし、Twittorにレビューを投稿する。そんなことを繰り返している内に、フォロワーは一万人を超えていた。



 金曜日の夜は忙しい。週末に向けて最低でも一本はスコップし、レビューを投稿しなければならないからだ。


 俺は「やろう」の検索ページにアクセスし、条件を指定する。


「ハイファンタジーで最低十万字。ポイントは100以上だな」


 以前はもっと細かく条件をつけていたのだが、そこで「掘れた」作品は全て紹介してしまった。


 今は裾野を広げる段階だ。


 勿論、チェックする作品は膨大な数になるのだが……



 三時間ほどPCの画面を眺めて、そろそろ意識がぼんやりしてきた頃だ。ある作品の第一話目を読んで、急に視野がはっきりした。


 面白い。


 タイトル、あらすじにキャッチーな要素はなく、ポイントも108しかない。煩悩の数と同じだ。

 

 しかし、圧倒的な文章力と埃っぽく硬派な世界観。


 ステータスもスキルもないのに、主人公の強さが巧みに表現されている。テンポも良い。


「掘り出しモノだ!」


 俺は十二万文字を一気読みし、熱い感情をレビューにぶつけた。Twittorでこれでもか! と宣伝した。絶対にこれを世に出さなければならないという謎の使命感が俺を支配していた。


 作品のタイトルは「奴隷紋の剣士」。


 レビューのリツイートが100を超えたのを確認して、俺はスコッパー活動を終えて布団に潜り込んだ。



#



 月曜日。


 いつも通り憂鬱な朝……の筈だったが、今日は何かが違う。おかしいと思って教室の中を見渡すと、原因はすぐ近くにあった。いや、居た。いらっしゃった。


 いつもクールな氷川さんが笑顔だったのだ。それも作ったようなモノではなく、心の底から嬉しくて、つい笑ってしまうという感じでずっとスマホの画面を眺めている。


 こんな表情でスマホを眺めているのは初めてだ。いつもは何かと戦っているような、険しい顔なのに……。よほど良いことがあったに違いない。


「氷川さん、何かいい事あったの?」

「えっ……! 何で……!?」


 スマホの液晶をサッと胸に押し当て、少し頬を赤らめながらこちらに顔を向ける。


「何でって、スマホ見ながらずっとニコニコしてるから」

「そんな笑ってた……!?」


 気が付いていなかったのか。


「人生の絶頂ってぐらい笑ってたよ」

「何よ……それ……」


 氷川さんは更に顔を赤くし、プイと前を向いてしまった。これは破壊力高いな。可愛い過ぎる。


 美少女の笑顔が、かくも尊いものだったとは知らなかった。ご飯何杯でもいけるな。


 そんなことを考えていると、一時間目が始まった。



#



 昼休み。


 弁当を食べ終わり、優雅な午睡へ移行しようかとしたタイミング。チラリ横を見ると、氷川さんがスマホを弄っていなかった。


 これは一大事である。


 全ての休み時間をスマホと過ごす氷川さんが、ノートを出して何やら地図のようなものを書いて、云々と唸っているのだ。


 世界史の勉強だろうか?


 どうしても気になった俺は、トイレに行くフリをして立ち上がり、氷川さんのノートを盗み見た。


 目に力を入れて視力を強化し(されない)、一瞬で全ての情報を脳内に焼き付ける(焼き付けられない)。


 見たこともない大陸の地図。かろうじて読み取れた文字は「魔の森」「カナン王国」「レーブ帝国」。どうやら、地球ではなさそうだ。


 都合よく便意が来たのでトイレへ行って個室に篭り、情報を整理する。俺は、「魔の森」と「カナン王国」と「レーブ帝国」について知っているような気がする。どこか、見覚えがあるのだ。


 とりあえずトイレットペーパーで尻を拭い、いつもの癖でTwittorをチェックする。自分の垢を見ると、金曜日に投稿したレビューが1000リツイートと一万いいねを超えていた。


「よっしゃァァァァ!!」


 思わず個室で叫ぶ。外で誰かが「びっくりした〜」と言っていた。すまんな……。


 俺は申し訳なさそうな顔を作ってトイレから出て教室にもどった。


 氷川さんは相変わらず、地図を見ながらあーでもないこーでもないと悩んでいた。



#



 帰宅して宿題をパパッとやっつけると、やって来ましたフリータイム。俺はPCを立ち上げ、「小説やろう」にアクセスする。親の顔より見たトップページだ。


 先ずはランキングをクリック。18時更新でどんな作品が上がって来ているか、漏れなくチェックする。


「おぉ! "奴隷紋の剣士"がハイファンランキング10位!!」


 これは嬉しい! 自分がスコップした作品が多くの人に読まれ、ランキングを駆け上がっていくのは最高の瞬間だ。


「更新も来てるし、いいね」


 ランキングに上がり始めたタイミングでの毎日更新は「やろう」においては必須。「奴隷紋」の作者もその辺は意識しているらしく、夜のピーク帯に合わせて新しい話を投稿していた。


 俺は逸る気持ちを抑えながら、「奴隷紋の剣士」の最新話を開くと──


「えっ……この地図……」


 ──めちゃくちゃ見覚えのある地図の挿絵が載っていたのだ。


「魔の森」「カナン王国」「レーブ帝国」等の位置関係が詳細に記されたそれは、今日学校で氷川さんが描いていたもので間違いない。


 ノートの下絵を地図作成サイト等で清書したのだろう。


「ってことは、"奴隷紋の剣士"の作者は氷川さん?」


 いやまさか、学園一の美少女が硬派なハイファンタジーを執筆するなんて……。


 しかし、地図の情報は氷川さんのノートにあったもので間違いない。


「明日、カマをかけてみるか」


 俺はこの時、少しだけ悪い顔をしていた筈だ。



#



 翌日の昼休み。


 いつものようにスマホを睨みつけながら、フリック入力を続ける氷川さんの横で俺もスマホを眺めていた。


 そこへ、暇を持て余した早坂がやって来る。


「おい、武藤。何をそんなに真剣にスマホを眺めてるんだ? 面白いソシャゲでもリリースされた?」

「違うよ。WEB小説だよ」

「へぇぇ。やろう系ってやつか?」


 身体の向きを変え、早坂と氷川さんが視界に収まるように調整。そして、罠をはった。


「今読んでるのは硬派なハイファンタジー小説なんだ。異世界転移とかハーレムみたいな展開はないけど、とにかく面白い」


 氷川さんの手が止まった。明らかにこちらを意識している。 


「なんてタイトル?」

「"奴隷紋の剣士"」


「コホッコホッ!」


 急に氷川さんが咳き込んだ。しかし顔はニヤついている。


「長文タイトルじゃないんだ」

「やろうにもシンプルなタイトルの作品はあるよ。目立たないけど」


 へぇぇ。と早坂。自分のスマホを取り出し、「小説やろう」を開いて、見始める。


「地味なタイトルの作品って、どうやって人気になるんだ? 内容全然分からないじゃん?」


 おっ、早坂。ナイスパス!


「やろうの愛好家の中には、埋もれた名作を見つけてネットで紹介する人達がいるんだよ。スコッパーって言うんだけど。実は俺も、そのスコッパーの一人なんだ。"奴隷紋の剣士"を見つけて、Twittorでバズらせたのも俺」


 氷川さんがこちらを向いて、目を見開く。


「武藤のネットの用事って、そのスコッパーってやつだったのか」

「そゆこと」


 ふーん。と言いながら、早坂は歩きスマホで行ってしまった。「奴隷紋の剣士」を読み始めたに違いない。


 氷川さんは固まったように、ずっとこっちを見ている。


「どしたの? 氷川さん」

「えっ、あっ、いや! なんでもない」


 耳を真っ赤にした彼女はパッと前を向き、またスマホに向かった。


 しかし昼休みの間中、こちらをチラチラ見て集中出来ていないようだった。



#



 放課後。


 部活があるわけでもない俺はさっと荷物を纏めて立ち上がる。すると、氷川さんがこちらを見た。じっと目が合う。


「どしたの?」

「……何でもない」


 絶対なんかあるじゃん!


 しかし、氷川さんは何も言い出さない。まぁ、いいか。


 俺はスタスタと教室を抜け、階段を降りる。降りる。降りる。何者かの気配を背後で感じながら。


 校門を抜け、駅へ。背中で感じる気配は強くなっている。


 曲がり角のタイミングで俺は走り出した。バタバタと慌てる音。


 駅からは少し外れた公園で足を緩め、俺は振り返った。


「なんで走るのよ!」

「なんで尾行してるの! 氷川さん!!」


 息を切らしながら、膝に手を当てている。体力はないのかもしれない。


「……ちょっと気になることがあって……」


 来たぁぁぁー!! これは「奴隷紋の剣士」のことに違いない。


「いいけど、ちょっと座る? 疲れてるっしょ」


 うん。と氷川さん。少し陽が落ちて来た公園のベンチに二人腰を下ろした。


「武藤くんって、スコッパーやってるの?」

「そうだよ。もうニ年以上」

「Twittorのムドー@スコッパーって垢、武藤君なの?」


 夕焼けが氷川さんの顔を照らす。何かを期待するような瞳がこちらを見ていた。


「正解。って、なんで分かったの……?」

「えっ、あっ。お昼休み、早坂君との会話が聞こえて、ちょっとスマホで調べてみたらなんとなく、そうかなって」

「そんなことなら、教室で言ってくれたらよかったのに」


 氷川さんは黙り込んだ。


「"奴隷紋の剣士"だけど、凄く面白いよ。書いてくれてありがとう」

「えっ、いきなり何よ!」

「俺はいつも面白い作品を書いてくれる作者さんに感謝してるんだ。だから、直接お礼が言えて良かったよ」


 氷川さんの顔が赤く染まる。これは夕焼けとは関係ない。


「まだ、私が"奴隷紋"の作者だって言ってないでしょ!?」

「違うの?」

「……私が作者です」


 少し時間が流れた。氷川さんにとって、WEB小説を書いていることをクラスメイトに告げるのは、相当に勇気がいることだったらしい。


 そして開き直ったように話始める。


「"奴隷紋の剣士"はね、私が通学時間や休み時間の全てを使って執筆している作品なの」

「あぁ、休み時間ずっとスマホを弄ってるのって、執筆してたのか」


 コクリと頷く。


「私もずっと"小説やろう"の読者だったの。でもね、高校三年になったタイミングで、急に思ったの。私も書きたい! って」

「それで"奴隷紋"を? 凄いね。処女作であのクオリティ。ランキングも鰻登りだし。今日の18時の更新で一位になるんじゃない?」

「どうかな? 怖いぐらいポイントは伸びてるけど……」


 じっと目があった。


「武藤君、ありがとう」

「面白い作品を掘り起こすのはスコッパーの役目だからね」

「たまにでいいから、WEB小説の話してもいい?」


 えっ、学園一の美少女に誘われている?


「いいけど、俺、氷川さんの連絡先とか知らないし……」


 さっと差し出されるスマホと表示されるQRコード。無言の圧力。


 俺は慌ててスキャンして、lineeに氷川さんを登録した。


「展開に悩んだら、相談するから」

「えぇ〜、俺読み専だよ?」

「いいの。ムドー@スコッパーを私は信用しているんだから」



 それからしばらくの間、二人で好きなWEB小説について語り合った。


 そして18時のランキング更新。二人で「小説やろう」を開く。すると──


「「一位だ!!」」


 すっかり暗くなった公園で、何度もハイタッチ。クールな仮面を脱ぎ捨て、大いにはしゃぐ氷川さんに、俺はすっかり心を奪われてしまうのだった。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


少しでも楽しめた方はブクマと評価をよろしくお願いします! モチベーションに繋がります!!

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