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幻の国  作者: 紫草 友紀子


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第二十六話 落雷

  阿蘇の神への儀式は、やはり夜に行われることになっていた。倭国や熊襲には太陽を崇拝する習慣があるが、それと儀式に相応しい時間というのは別の事である。神という存在は地上にとっては本来正邪の別なく、夜という異界に近い存在なのだった。


 神との対話の方法は、実はいくつもあった。そもそも儀式と言っても、その土地、その集団における形式はそれぞれ違っており、正しいやり方というものはない。ある土地では火を焚き酒と踊りを捧げ、ある集団ではまじないの言葉を捧げ、複数の方法を組み合わせるやり方もある。豫国と倭国、熊襲、そしてその中の数多のムラにはそれぞれのやり方というものがあるのだろう。



 しかし結局は神を呼び出す、すなわち神を降ろすことに成功すればよいのである。


 ククリの使う方法は、やはり豫国式だった。中央に炎を焚き、両脇にオガタマを飾り、米、塩、酒、肉などの供物を山ほど捧げる。そして補佐する巫女たちが笛や太鼓といった音色を奏で、『場』を完成させるのだ。


 けれどもやはりそれは、形式に過ぎない。本当に大事なものは、主となる巫女の呼びかけの力である。その呼びかけに神が応えてくれるかどうかが全てなのだった。


 さらに応えてくれたとしてもそこからが重要で、神と対話し自分たちの願いを伝えて聞いてもらうという所まで運ばなくてはならない。人によっては、あるいは神によってはその荒ぶる性に飲まれて命を失う者もいる。


 ククリは豫国の精鋭である巫女団で過ごし、いつもサクヤをはじめとする優秀な巫女たちに囲まれていたため命を落とした者など見たこともないが、神との対話とは本来はそれほどに危険な行為であるのだ。まして、未だかつて対話のしたことのない力ある神との交流など、その危険は計り知れないものだった。


 それは豫国ではサクヤに次ぐ素質を持ち、この倭国では随一の巫女であるククリとて同じである。


(ツクヨミ様・・・)


 ククリは頬に木立から吹き抜ける野生の風を感じると、瞼を開いて炎へと向き合った。


 すでに真白で艶のある絹の衣に着替えは済ませており、この地で採れた白玉の耳飾りと首飾り、頭上には輝く金冠を身につけている。その姿は、豫国大巫女のサクヤと全く同じだった。そう思ったのはククリだけではなく、彼女を囲む豫国の巫女たちも同じである。彼女たちは大巫女と同じククリの姿に息を呑むと、自らもその波動に同化するように笛や太鼓を奏ではじめた。


 天空には真円の月が輝いており、一同を見ている熊襲の者たちは神々の集団が目の前に現れたような錯覚に陥りそうになる。


 宴に近い儀式はしばらく続き、ククリは阿蘇の神を褒める称える言葉を続けて発していた。月がどんどん高くなり、炎が一層燃えさかったその瞬間、突然強い風が一向に吹きつけた。


 熊襲たちは声を上げて狼狽えたが、巫女たちは変わらず楽器を奏で続けている。風はどんどん強くなり、さきほどまでたしかにあったはずの月光はいつの間にか消えていた。今宵は雲など全くなかったはずなのにと、熊襲たちはささやき出すが、ククリたちはこのような神秘には慣れている。


 突風は今や渦を巻いて黒くなり、遠くでは無数の雷の音がして次第に近くなってきていた。まるで神が人の接触を拒絶しているようである。


 誰もが心に恐れを抱く中、ククリは毅然と手を振り上げ持っていたオガタマを高く掲げた。

 そのオガタマに雷が落ち、ククリの姿が消滅したのはあっという間の出来事だった。


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