表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵と星詠み  作者: 里崎
1/2

前編 傭兵の頼みごとと変化の兆し

#創作スタンプラリー企画 2020/7分 参加作品

キャラクターが、以下のチェック項目の順に行動した話を作る、という企画です。

☑数える、☑隠れる、☑目をつむる、☑外に出る


意味が分からないところに出くわしたら、上記の企画概要を読み直してください。

暗い夜空を隠すように、碧緑色の土埃がもうもうと舞い立つ。

先ほどまでの勢いはどこへやら、盗賊たちは次々と倒れ、膝をつき、傭兵たちにのしかかられて、後ろ手に縄をかけられていく。苦悶の声。諦め悪く暴れる残党たち。

幌馬車の裏に隠れてその事態を見ていた荷運び屋たちが、周囲を警戒しながらぞろぞろと姿を現した。荒々しく崩されて地面に散らばった大小の荷を、手早く集めて積み直し、破れた袋を入れ替えていく。肩にかけていた太い麻紐を腕の間にぴんと張ってから、袋の口をくくり直してきつく縛り上げる。


その騒動の中——ゆるいウェーブの髪を夜風になびかせた傭兵の女が一人、手に持った血の付いた短剣を近くの藁で適当にぬぐってから、腰に巻いた革ベルトの隙間に差し込む。さくさくと草を踏んで馬車の横を通り過ぎ、小さなテントの裏に回り込む。


「ここにいたか。ご無事?」


滔滔とうとうと聞こえてくるのは、星詠みたちの間に伝わる、長い長い口承歌。少しかすれたその声の持ち主は、テントの幕布に寝そべるようにして暗い星空を見上げている。大きめの服をまとった小柄な少年。頭に巻いた重そうなターバンの先端、特徴的な紋様の描かれた布が夜風になびく。彼の右目の前に浮かんでいる薄い水膜は、空と同じ瞬きを映している。女性が歩み寄る振動で、その小さな水面に、いくつかの波紋が広がる。


歌い終えた少年が、ゆっくりと顔を向けた。先ほど、敵襲を知らせる第一報を、数百人から成る商隊の誰よりも早く告げた声が、無愛想に問う。「片付いた?」


「おかげさまで。また一緒の隊に乗れて嬉しいよ、すっごく」


こぼれるような笑顔を向けた長身の女は、いそいそと少年の隣に座った。


重そうなターバンの下で、少年は顔をしかめる。「だから、覚えてないんだって」


「うん別にいいよ。でさ、一件、依頼したんだけど良いかな、星詠み様」


少年の左目が、女性の、筋肉の浮き出た二の腕に巻かれている白い包帯をちらと見る。昨夜遅く、酔っ払いたちのいさかいに巻き込まれた少年をかばったときの傷だ。


面倒くさそうに息を吐いた少年は、両手で包み込むように持っていた護身用の小刀を足元に放り出し、だぼだぼの袖に包まれた両腕を広げて。


「どうせ今日も暇ですし?」


表情の薄い顔に浮かぶのは、皮肉げな笑み。


「ああ、商隊長、まだ戻らないねぇ」


少年を星詠みとしてこの隊に雇ったのは商隊長。だが今この商隊の指揮を執っているのは副商隊長。彼女はこの職にしては珍しく学のある人で、古来からこの国に伝わる予言術——星詠みを非科学的だと軽視している。反対に、科学的な測量を元に気候や地形を把握する、風土規矩きく術を重用している。


「『躑躅ツツジ蝶の鱗粉』が欲しいんだけど、このあたりに生息してるかな。手がかり、見てもらえる?」


御伽噺に出てくる伝説の秘宝だ。異界からこの地域に訪れた少女が、求婚相手に持ってこいと突きつける架空の逸品。


少年の物言いたげな視線に、女は、ははと笑って片目をつぶって。「ロマンチストはお嫌いですか?」


「別に」平坦に答えた少年が口をつぐんで、改めて星空を見上げる。北の空に輝く天体を映す水面が、夜風に揺らぐ。「——書くもの持ってる?」


「ええっとー」


女性が慌てて差し出した黄ばんだ広告の裏紙に、少年は何やら書きつけて雑に突き返す。


受け取った紙を見て、傭兵はまばたきを数回。「何これ、チェックシート?」


「信じないなら捨てて」


顔を背けて立ち上がった少年が、テントの入口をくくっている紐を解いた。中に入ろうとして、ふと振り向く。「採取できたら、一割分けて」


「おや?」にわかにパッと笑顔を向ける女性。


にわかに呆れ顔になる星詠み。「知ってて聞いたんじゃないの」


「なにが?」


「ならいい」


「——空気中の微細な粉塵を吸着させ、同時に別の成分が瞳の感光感度を促進させる、だろ? 星詠みにゃうってつけだ」


二人の頭上から男の声。よう、と片手を挙げて寄ってくる褐色肌の男。男の腰にずらりと並ぶ風土規矩術の仕事道具を見て、少年は嫌そうな顔をする。


男は、上着から取り出した小型の指矩さしがねを星空に向け、怜悧そうな目を楽しげに細める。「あんな遠くの天体が、この大地の事象と事細かに連動している——なんて、事実無根、バカげた空論だ」


重そうなターバンの下で、少年は長い息を吐く。再三言われている悪口に、振り返ることなくテントの中に入るとさっと入口を閉めた。


反論を期待した男がつまらなそうに唇を尖らせ、その脇腹を、顔をしかめた女が責めるようにつつく。


「オレもアイツにキョーミあるんだよ」


「あら同類。姉さんにチクろっ」


「バカ、そういうイミじゃねぇ」


肩を竦めて足早に去っていく女の背を眺め、一人残された男は、手持ち無沙汰に傍らの星空を見上げて「お」と呟く。


「これくらいなら俺でも詠めるぞ。『変化の兆し』の並びだな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ