ギターの皇帝 3
時間がない。それが分かっている萌亜は、先輩の忠告を無視して眞友ちゃんと一緒にアキちゃんのところに向かっていました。
ライブは来週の今日。つまりもう今日を入れて一週間しかないんです。裏の主催者のゴリ押しで予選に出る前の選考ライブなんかをすっ飛ばして出させて貰えるらしいのですが、このままメンバーが三人ではろくなライブなんて出来ません。
でもそんな萌亜たちへの救世主のように、ギターの皇帝なんていう凄い二つ名を持ったギタリストが昔のハイブリッドノットにはいたことが分かりました。もう萌亜たちにはその子を誘ってバンドクラッシャーなギタープレイに頼ってでも予選を勝ち進むしか有りません。
「それにしても、ここだったんですね。アキちゃんって子のお家って」
「萌亜ちゃん、来たことあるの?」
「一回だけですけど、せんぱいと来たんです」
そう、ここは先輩が萌亜のために元々は黒かったギターをピンク色にリフィニッシュしてくれた時に受け取りに来た場所、ギターショップリフィニッシュです。そのまんまですねお店の名前。
萌亜と眞友ちゃんはRe.finishと書かれた塗装の剥げた、それこそリフィニッシュ(再塗装)したほうが良さそうな看板のお店に入っていきます。
二階建ての一軒家の一階が店舗という商店街のような作りの店内はそこそこ広くて、壁には百本はあるのではないかというギターやベースが吊り下げられており、ちょっと錆びたドラムセットなんかも置いてありました。どうやら中古楽器屋さんみたいで、奥にあるカウンターの横に設置されているガラスケースには先輩の好きなエフェクターも沢山置いてあります。しかしあまり繁盛はしていないのかお客さんは試奏するつもりなのかギターを持ってアンプを弄っている一人しかいませんでした。
「いらっしゃいませー。って、まゆちゃんの妹ちゃん?」
カウンターから元気な笑顔で挨拶してくれたのは赤茶色のボブヘアと、女の子の萌亜や眞友ちゃんでも二度見してしまうくらい大きな胸を揺らした特徴的な垂れ目の女の子でした。確認してみれば、萌亜にとっての表示は【親友の姉の友人】です。
海外バンドのライブTシャツを着ているようなのですが、お胸のせいで文字が伸びすぎて読めません。カリギュラさんもアメリカンな大きさでしたが、この子はもっと大きいです。目測ではよく分かりませんが萌亜的に見てHカップくらいでしょうか。ちょっと分けて欲しいと思いましたが、どうやら先輩はガリガリの貧乳好きらいしので必要ないのだと自分に言い聞かせます。先輩が近くにいないので先輩から見た表示に切り替えることは出来ないのですが、この子もヒロインの一人でないことを祈るばかりです。
「お姉ちゃんのお知り合いですか?」
眞遊お姉ちゃんの名前が出たので眞友ちゃんがそう訪ねると、巨乳のお姉さんは首を縦に振ります。同時にお胸も揺れます。失礼だと分かっていても目が行ってしまい、先輩と一緒に来なくて良かったと思いました。お泊まり会の時に何だかんだとバンド内で一番大きい眞友ちゃんの胸とか見てましたからね先輩。やはりおっぱいには好みどうこう関係なく視線を誘う引力でもあるのでしょう。
「うん、ドラム友達なんだよね。まゆちゃんのホーム画面が妹ちゃんとの写真だから、覚えちゃったんだ。私、大過時珠希って言うんだけど、夕ヶ御眞友ちゃん? で合ってるかな」
「はい。夕ヶ御眞遊の妹、眞友です」
ほんわかした雰囲気とそれを強調するような柔和な目元の薄紅色の瞳。それも暖かみのある紅葉のような綺麗な色です。赤なんて周囲に色彩豊かな瞳の持ち主が多い萌亜からしても珍しくて、ついぼうっと顔を見てしまっていると巨乳のお姉さんは萌亜の髪を見て何かに気がついたようでした。
「あれ? あなたって、神夜くんの言ってた萌亜ちゃん?」
眞遊お姉ちゃんの知り合いなら当然先輩のことも知っているみたいで、恐らくこの人がアキちゃんのお姉さんなのでしょう。
「はい♪ 朝比奈萌亜です♪」
でもちょっと意外でした。だってこんなに物腰も口調も雰囲気も柔らかい人がお姉さんだなんて、いったいどう間違ったら話しに聞いたような凶悪な妹になるのでしょう。
なんて考えながら自分の毒舌妹を想像すれば、姉がどんな性格だろうと妹は似るどころかむしろまったく違う性格になっているのだと思い出しました。
「あのですね、実はここにはアキちゃんっていう――――」
自己紹介に続くその言葉は途中で、萌亜の声量ではどうしようもない程の凄まじ爆音にかき消された。
「な、なんですか?!」
「も、萌亜ちゃん……! あの子って」
空襲みたいな音に眞友ちゃんと二人揃って肩を跳ねさせるほどビックリしてしまいましたが、その後に聞こえてくる空間を埋め尽くすような音の連続に、誰が弾いているのかすぐに分かりました。
古いマーシャルのアンプから圧倒されるほどテクニカルなギタープレイを轟かせるのは、映像で見た時よりも伸びていて襟足の長いウルフカットになっている黒髪にスカーレットのインナーカラーを入れた、所々擦り切れたダメージTシャツを着た明らかな不良少女。横顔からも分かる程にまん丸に大きくて可愛らしいはずなのに、目つきのせいで凶悪に見えてしまう吊り目にはギラギラとした眼光が瞬いていて、お姉さんとは違って肉が殆どないスレンダーで小柄な体つきに黒に青いラインの入ったテレキャスターを下げている。
両手はまるで別の生き物のように縦横無尽に指板を駆け巡り、繊細さとアグレッシブさを使い分けるピッキングは一生かかっても真似できそうにない領域のものでした。まるで身体に叩き付けられているような、無理矢理にでも聞かせるという意思を持っているかのような音。
ギターになんて興味がなかった初心者の萌亜でも分かるほどの、圧倒的なギターの天才。先輩が数々のギターヒーローと同じように憧れる対象として名前を挙げるほどの、皇帝と呼ばれる少女。
そうして一分ほどの高圧的なギターソロを弾き終えるとダウンピッキングのついでのように勢いよくアンプの電源を切って、ギターを下げたままその猛禽類のように鋭くまるで彼岸花が咲いているような赤い瞳孔で睨め付けるように萌亜たちの方を向いた。
「テメェかよ、神夜にギブソン貢がせた女は」
低いわけでもないのに、それはドスの利いた声だった。怖さを強調するように頭上には【鬼】と書かれていて、角でも生えていてもおかしくないような女の子です。
「貢がせたって、かっ貸して貰ってるだけです!」
「ハッ、貸すためにブラックビューティーの色変える奴があるかよ。アイツの女好きは変わらねぇが、ギターまでくれてやるバカになったかよ。こんな音痴そうな女に弾かれてりゃあ、レスポールも泣いてるぜ」
黒のテレキャスターを抱えたアキちゃんはそうとだけ言うとギターからシールドを抜いてカウンターの裏側に引っ込んでしまいました。
「もうっ、ちょっとアキちゃん? 神夜くんのお友達に失礼だよ」
「友達? ハッ、セフレの間違いだろ」
「なぁっ!?」
なんてこと言うんですかこの子。萌亜はちょっとどうかと思うくらい健全に先輩の後輩をしているというのに。キスだって取り置きにされたんですからね。
「す、凄い子だね……」
眞友ちゃんも口の悪さに面食らっています。
「あの、アキちゃんですよね? 萌亜あなたにお願いがあって」
「勝手に名前で呼ぶんじゃねぇッ!」
「うひっ」
怒鳴られて肩が跳ねる。そんなに一々鬼みたいな形相にならなくてもいいのに。
「オレの名前は大過時悪鬼、悪鬼と書いてアキだッ! お前みたいなナヨナヨした女に呼ばれるために付けられた名前じゃねぇんだよ!」
悪鬼って、名は体を表しすぎですよ。グレるって分かって付けたんですかお母さん。
「じゃあなんて呼べば良いんです?」
「呼ぶなッ! そして出てけ! どうせ神夜かトキの野郎あたりの紹介だろ、ギターも持ってねぇし買いそうもない奴にかけてやる時間はねぇんだよ!」
言い終わって、アキちゃんはカウンターのテーブルにギターを置くとブリッジの部分を弄り始めました。振り向くと眞友ちゃんは気まずそうな顔で立っていて、なんだかもう帰りたそうです。でもここには怒鳴られに来たんじゃありません。
萌亜は作業をしているアキちゃんのところに歩み寄って、ひょっこりと顔を出してカウンター上のギターを見ました。
「何してるんです?」
「出てけッつってるだろ」
「これはね、オクターブチューニングっていうのをやってるんだよ? 開放弦と12フレッドの音を合わせてるんだ。そうすると弦を抑えたときの音が綺麗になるんだよ」
「答えんなよ姉貴!」
お姉さんである珠希さんが優しく教えてくれたのですが、アキちゃんは持っているドライバーを木製のカウンターにドンと突き刺して怒りを表していました。萌亜からすれば身を引くほどの感情表現ですが、珠希さんにとっては何時ものことなのかまあまあとアキちゃんを宥めています。
「アキちゃんもぷんぷんしないの。神夜くんの後輩ちゃんなんだから、失礼しちゃダメだよ。アキちゃん神夜くんに嫌われちゃったらどうするの?」
「やっぱりアキちゃんもせんぱいのこと好きなんです?」
「好きじゃねぇッ! あんなツラが良いだけのクズ!」
完全に貶し切らないところが妖しいですね。クズは言い過ぎですけど。
「アキちゃんって、せんぱいのバンド仲間じゃないんです?」
「あぁ? オレのことなんて話してんだ神夜のやつ……そうだ、仲間だった。だがアイツがクソッだったから、今度は壊さないようにしたバンドをぶっ壊した! 良いのはツラと金払いと服と音楽の趣味だけだ!」
「けっこう良い所あるって言ってるようなものじゃないですかそれ?」
「うるせぇ! ってかなんだお前! 図々しいんだよ! 神夜の新しい女なんだろうが、変な奴しかいねぇのかアイツのこと好きになる奴は!」
確かに先輩の好みは一癖どころか十癖くらいありそうな女の子みたいですけど。でも話しぶりからしてこの子も好きだったんですね、ハイブリッドノットが。昼ちゃんに恨み言を言わない辺り、あの三人が結んでいた協定のことは知らないのか興味がなかったのか。先輩のことですからこんな不良少女のこともメロメロにしたんでしょうけど、好きの度合いは千差万別すぎて表示の見える萌亜にもよく分かりません。
「さっさと出てけピンク女!」
凄い剣幕で今にも殴りかかられそう、というかよく見たら珠希さんがアキちゃんの右手を掴んで止めていました。確かにお姉さんがいないときに来ていたら危なかったかも知れません。
「萌亜は朝比奈萌亜です♪ せんぱいとプラスアルファってバンドを一緒に組んでるんですけど、せんぱいを摂午さんって人に取られちゃってそれで取り戻すためにあなたを」
「バンドに誘おうってのか?」
「そうです♪」
「オレはもう新しいバンド組んでんだよッ。他当たれピンク女」
「サポートでもいいんです! とにかく、一週間後のライブに出てくれれば!」
萌亜は両手でアキちゃんの手を握って懇願しました。さっき生演奏を聴いて分かったんです。この子がいれば絶対に予選ライブで勝てるって。これだけの演奏力のある子がバンドにいれば確かにプラスアルファらしさやバンドアンサンブルは壊れてしまうかも知れませんが、それでも今はなりふり構っていられないんです。
アキちゃんは萌亜の手を強引に振りほどきますが、それでもなにか思うところがあったのか視線を調整していたギターに移してからまた萌亜に戻しました。
「おい、お前このギター弾いてみろ」
そう言って押し付けるように黒いテレキャスターを手渡してきます。
「それお客さんのじゃないんです?」
勝手に弾いてもいいものなのでしょうか。ぶつけて弁償とか萌亜ゴメンです。
「コイツは神夜のギターだ。ネック取ってロッド弄ってたら弾きにくくなったとかでうちに持ってきたんだよ。お前なら赤の他人でもねぇしいいだろ」
先輩ギター持ちすぎです。こんなのも持ってたんですか。っていうか萌亜のギターの時といい結構ここに通ってるんですかねせんぱい。
「でも萌亜に弾かせてどうするんですか? アキちゃんみたいに弾けません」
「ハッ、当たり前だろ。お前の腕が見たいだけだ。下手クソなギターのいるバンドになんざサポートでも入りたくねぇからな」
「うぐっ……」
どうしましょう。萌亜、練習は毎日してますけどまだまだ下手っぴです。
「あのぉ……萌亜まだ初めて三ヶ月くらいで」
「あぁ? ギター弾くのに言い訳する奴のバンドに入る気もねぇからな」
目が怖いです。そんなにかっぴらかなくても良いじゃないですか。でもバンドに入るための試験をしてくれるということはさっきまでの完全拒否よりはマシになったと、先輩のテレキャスターを受け取った萌亜はそれを恐る恐るとアンプの前まで持ってきました。
「手入れが怠くて真空管はヘタっちゃいるが、腐ってもJCM800だ。アン直ならソイツの腕がよく分かる」
アキちゃんと眞友ちゃんが後ろで見守る中、萌亜は固唾を飲んでからギターとアンプをシールドで繋ぎました。アンプ側の設定はアキちゃんがやってくれたので、これでギター側のボリュームを上げればもう音が出ます。
「萌亜ちゃん、頑張って」
眞友ちゃんの声援が聞こえて、アンプの上に置いてあったピックの中からいつも使っているのと同じサイズのものを手に取り、弦が微かに触れる右手に意識を集中する。
先輩が言ってました。練習じゃなくて人に聞かせるためのギターは間違えないように弾くんじゃなくて、感情をぶつけるように、どんなミスも全部無視して突っ走るのだと。
「行きます!」
選曲は一番弾き慣れた曲。一番最初に完成して、それから夏休みの間毎日弾いていたからもう手が覚えていて、目を瞑っていたって抑えるフレットは間違えない。
先輩への好きをそのまま曲にした『萌えモ』です。この曲のリズムギターのフレーズはアップテンポなコード進行で、派手な短音弾きなんかは一切ないですけど迫力はありました。
上手く弾けている。眞友ちゃんからの静かな歓声だって聞こえてきて、今までで一番滑らかに右手が動いて、左手は指板に吸い付くようだった。押さえミスがなかった訳じゃないけど、破綻まではしていない。歪みの強いアンプのおかげもあってそれすら曲の一部として溶け込ませているようだった。
「っどうですか!?」
萌亜至上最高の演奏に晴れやかな顔で振り返ります。眞友ちゃんは拍手をしてくれていて、自分でも手応えがありました。
でもアキちゃんにとっては違ったみたいで。
「三ヶ月も弾いててこんなもんかよ。下手クソが」
「えぇ~、結構上手く弾けたと思ったんですけど……具体的にどこがヘタなんです萌亜?」
おざなりに下手だと言われたのならたまったものではないとそう訪ねたのですが。
「低音弦を直ぐ離してるからベース音が消えてて音に迫力がない。ミュートも上手くいってねぇしカッティングのキレもなくてナメクジみてぇなギターだ」
「うっ、酷いです……」
どうやらフィーリングで弾いているだけではなく理由もちゃんと説明できる天才だったみたいです。的確に指摘されて何も言い返せません。
「ってか、曲調が趣味じゃねぇよ。神夜の野郎どんなふぬけバンド作りやがった」
最後の一言に萌亜は頭にきます。プラスアルファへの批判は許しません。
「それはあなたの趣味じゃないですか!」
「あぁ? お前は趣味じゃねぇジャンルのバンドやりてぇのかよ」
「それは……そうですけど」
直ぐに言い負けてしまいました。アキちゃんは何も間違ったことを言っていないので当然です。先輩だって好みはありますけど、両極端にハードロックも甘い恋愛ソングも好きだからプラスアルファの曲調に批判的ではなかったんです。バンドは皆で一つの曲を演奏する。だから皆が同じ方向を向いていないといけなくて、人の音楽の趣味をとやかく言うのは間違っていました。
「萌亜ちゃん……帰ろ?」
肩を落としてこれ以上言うことも見つからない萌亜に、眞友ちゃんが優しく肩をさすってくれました。でも押してダメなら引いてみろとはよく言ったもので、諦めたそぶりを見せた萌亜にアキちゃんはそっぽを向きながら、それでもちゃんと聞こえる声量で呟くのです。
「……お前に弾けるか妖しいが……ハイブリッドノットの曲やるなら、入ってやってもいい」
「え?」
「二回も言わせんなッ!」
「うひっ」
「もぉ~、朝比奈ちゃんを虐めないの」
珠希さんに宥められるアキちゃんですが先ほどの言葉が相当に恥ずかしかったのか顔は真っ赤です。目つきのせいで怒っているみたいに見えますけど。
「は、入ってくれるんです?」
「あぁ? 殺すぞ下手クソッ」
「どっちなんですか……」
「入ってやってもいいつってんだよ! だが条件があるからな!」
赤面を隠すように睨まれながら、人差し指を顔に突きつけられます。
「ハイブリッドノットの曲やることですか?」
「それもだ。全部で三つある。あと二つは、お前じゃなくて神夜にだけどな」
「せんぱいに? 恋人になれとか迫るんだったらお断りですよ!」
「あんなクズの女に好きでなる奴はお前みたいなバカだけだバカ!」
バカとは何ですか。その理論だとトキちゃんも未明ちゃんも昼ちゃんも眞遊お姉ちゃんも皆バカになっちゃいますよ。
「じゃあ、せんぱいへのお願いってなんなんです?」
アキちゃんは「ハッ」と一度悪態を付くように鼻を鳴らしてから、またそっぽを向きました。
「またアイツらと一緒に弾きたいだけだ。一回でいい、ライブでな。オレの音に遠慮なくぶつかってくんのは、あのバカどもくらいだからな……」
確かに口は悪いですし直ぐに怒鳴りますし殴ろうともしてきますけど、悪い子じゃないって思いました。だって先輩が言っていました。ハイブリッドノットのメンバーは全員、先輩がいつだって助けたいと思えるような人たちなのだと。そんな子の一人なんですから、きっと先輩と同じように心が不器用なだけなのでしょう。
だから萌亜は疑問に思ってしまいました。だってアキちゃんを学校で見たことがないし、同じ高校にいるなら先輩もわざわざ此処についてこようとはしなかったでしょうから。流石に高校に行っていないとは考えられなくて、きっと別の学校にいってるのでしょうけど。
「どうしてそんなにハイブリッドノットが好きなのに、せんぱいやトキちゃん達と同じ高校に行かなかったんですか?」
単純に学力が足りなかったのだろうかとも思いましたけど、この子は何か目的のためなら努力を惜しまないのだと感じ取れたから。それが不思議だった。
でも萌亜は言ってはいけないことを訪ねてしまったみたいで、赤面も戻って血の気が引いたような顔になったアキちゃんは、睨むのも面倒だと言うみたいに俯いていました。
「うぜぇよ、お前……あのボンボンしかいかねぇ高校の学費幾らか知ってんのかよ」
「それは、えっと……」
そういえば、幾らくらいなのでしょう。受験してる頃は受かることに精一杯で気にしたことがありませんでした。でも校舎は綺麗ですし、制服も可愛くて、修学旅行は海外です。他にも音楽ホールなんていう体育館とは別の施設もあって、部活も沢山ある。先輩と一緒の高校に通いたいっていう一心で受験して、他のことなんて考えたこともありませんでした。
「っ! ……さっさと出てけ!」
それがアキちゃんの地雷を踏み抜いてしまったのか、言葉と共にふらりと手が前に出て、隣に眞友ちゃんがいるのもお構いなしに拳が飛んでくる。
急なことに反応できなかった萌亜はその緩いボディブローを食らってしまって、思ったより力がないのかそれとも手を抜いてくれたのか、吐く程でなかったもののうずくまってしまうほどの痛みに膝を突いた。
「アキちゃん!?」
「萌亜ちゃんっ!」
珠希さんの驚く声と、眞友ちゃんの酷く焦った声が聞こえた。
「お前みたいなッ、何も知らねぇ奴が一番ムカつくんだよ!」
「朝比奈ちゃん、大丈夫!? あぁ、アキちゃんがごめんね! ほらアキちゃんも謝って!」
「コイツが悪いッ!」
「アキちゃんが悪いでしょ!」
珠希さんがカウンターから出てきてアキちゃんを叱りますが、聞く耳を持たないようでした。萌亜も悪いことを言った自覚はありますし、ビックリして崩れ落ちてしまっただけでそこまで痛かったわけでもないので眞友ちゃんの肩を借りて立ち上がって、二人の仲裁をしようとするのですが。
「あっ、あの……」
「喋んなピンク女! さっきの話しは無しだ!」
アキちゃんはもう何も訊きたくないと言った様子で先輩の黒いテレキャスターを突き出してきました。
「これ持ってさっさと出てけ!」
「でもこれ……せんぱいのじゃ」
「お前が届けりゃ良いだろッ! 同じ高校なんだからな!」
「いいのアキちゃん? 神夜くんが取りに来なかったら、会える機会減っちゃうよ?」
珠希さんに言われて分かりやすく固まったアキちゃんは、やっぱり無しだと言わんばかりにギターを引っ込めてしまいます。
「えっと……そんなにせんぱいのこと好きなんです?」
「~~ッ! 死ねッ!」
正直、言いながらに余計なことを言ったなとは思いました。