タキシードには似合わないカスタムと、幼馴染みと契約者 5
DJがディスクジョッキーの略だということも知らなかった萌亜ですが、自分のバンドにDJを入れるためにトキちゃんの時のようにお宅訪問に来ています。
「メイちゃん、元気かな」
「あいつが元気だったことあったか? いつも死ぬ一歩手前みたいな奴だろ」
「もうシンヤってば……そういうことじゃなくて」
「分かってる……元気だよ、未明は。平日はプリント届けるときに会ってるんだ。少なくとも生存はしてるさ」
月曜日の放課後に4人で、変わらない帰路を歩く。先輩は説明してくれませんけど、眞友ちゃんもなんとなくこれからバンドに誘いにいく子が先輩の大切な友達だと言うことは分かっているようで、前を歩くトキちゃんと先輩の会話を聞きながら2人でひそひそと憶測を話し合います。
「これから行くのって、神夜先輩がずっと通ってた場所だよね。不登校の友達って、中学生の頃に仲が良かったのかな?」
「どうでしょう。萌亜、学校でせんぱいをつけてたときにトキちゃんともう1人の子がせんぱいとよく一緒にいたのは知ってますけど、名前までは分かりません」
でもあの子は明るそうで、とても不登校になるようには見えませんでした。人生、なにがあるか分からないですね。どうして学校に来なくなっちゃったんでしょうか。
いつもは先輩と別れてしまう道をそのまま付いていったら、5分ほどで住宅街を過ぎて、高層マンションが立ち並ぶ地域に出ました。
「その子はマンションに住んでるんですか?」
「いや、ここだ」
眞友ちゃんが尋ねると、先輩は高層マンション、ではなく住宅街との狭間にある小さな森のように鬱蒼と木々が生い茂る場所を指しました。
「せんぱい。ここってお化けが出るで有名な森ですよね?」
萌亜も小さい頃入ったことがあります。ここら辺では有名で、人が入らないようにフェンスが付いているのですが、ボロボロなので子供が通れる程度の小さな穴が幾つかあるのです。
「ここは個人所有だ。そしてこの森、全てが未明の家の敷地だ」
「えぇっ!? 広すぎないですか!?」
「団地が建つはずだった空き地をまるまる買ったらしいからな。子供だったら普通に迷子になるレベルだ」
説明すると先輩はフェンスに付いている南京錠の鍵を取り出して開けてしまい、そのまま中に入っていきます。
「どうしたの2人とも。シンヤ先に行っちゃうよ?」
「く、暗くなる前に帰りましょう……」
「そっそうだね、萌亜ちゃん」
萌亜と眞友ちゃんは手を繋いで互いに恐怖を緩和させながら先輩を追って森の中に足を踏み入れました。
森は木が多すぎて太陽の光も届きませんし、夏だというのに少しだけ肌寒いです。緩やかな坂になっているコンクリートで舗装された落ち葉や木の枝だらけの道を上っていくのですが、敷地内だというのに数分かけてようやく家と思わしき建物が見えました。
それは鉄筋コンクリートで作られた無骨で大きな長方形で、3階建てでしょうか。薄汚れていますしツタが絡まり木の根が一階の一部を侵食していてお化け屋敷のように見えますが、よく見ると窓は割れていませんしカーテンも全部しまっているだけです。
「これ、ほんとに家です?」
「うん。人が住んでるようには見えないですよ?」
「俺も最初に来たときはそんな反応だった」
「ボクは泣いちゃったなァ」
2人はもう慣れてしまってる様子で、怯える後輩を置去りにして分厚そうな鉄の門をそこはハイテクな指紋認証で開けて入っていってしまいます。
扉が閉まらないうちに萌亜たちも恐る恐ると入りましたが、いきなり赤い絨毯の敷かれた中央以外はコンクリートがむき出しの廊下に出て、奥には広間が見えました。そして、広間の奥にかけられている髑髏の巨大タペストリーも。
「萌亜、生きてここを出られるんでしょうか……」
「だ、大丈夫だよ萌亜ちゃん。神夜先輩なら、お化けの倒し方くらい知ってるよ……」
成るほど確かに先輩なら知ってそうですと、先輩たちと離れる方が怖い萌亜と眞友ちゃんは急ぎ足で2人に追いつきます。どうやらまだ靴は脱がなくてもいいところみたいです。玄関どこでしょうか。
広間は天窓までの吹き抜けで、形は三角形のようです。端には三つの螺旋階段と、中央に円柱のような形のガラス張りのエレベーターがありました。
階段を見る限りだと地下もあるようですが、絶対に降りたくないです。
「未明の部屋は地下だ」
「イヤですぅー! あんな怖そうとところ降りたくないですぅ!」
「えっと、私は待ってようかな……リビング当たりで」
「リビングはここだぞ」
よく見ると黒革のソファが置かれていますし大型テレビが壁に掛かっていますが、こんなリビングはぜんぜんリラックス出来ません。だって壁に目が光ってるガーゴイルみたいな石像とか飛び出てるんですもん。あと絵画がありますけど、血だらけで地獄みたいな絵ですし。
「やっぱり、付いていきます……」
こんなところに1人置いて行かれたくない眞友ちゃんはさっと萌亜の手を離して先輩の腕にしがみつきました。本来なら色々言いたい萌亜ですが、微かに震えている眞友ちゃんを見るに離れろとも言えません。あと萌亜も怖いので抱きつきます。
「こんな悪魔の巣窟みたいな家に住んでるとか、いったいどんな子なんです……」
「ほんとだよ……あの棺はなんなのかな。吸血鬼でもいるのここ」
「ウフフフフフッ」
びくりと体を震わせて、突然聞こえてきた薄ら笑い声に萌亜と眞友ちゃんは先輩を挟んで顔を見渡してから、ゆっくりと声のした背後を振り返ると。
「両手に花ねぇ……神夜君」
漆黒のドレスを着た、美しい黒髪に血色のない真っ白な肌と真っ赤な口紅の、映画で見るような吸血鬼の女性がそこにはいたのです。
「うにゃぁぁああぁぁっ!」
「キャァー!」
萌亜の猫みたいな絶叫と眞友ちゃんの絹を裂いたような叫び声が、三角形の広間に響き渡りました。