表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイエンド・ヒューマノイド ~異能で生きるゾンビ世界~  作者: ポテトギア
第三章 スターゲート
52/93

拒み、絶やすまで

 翠川(みどりがわ)双笑(ふたえ)の副人格である隻夢(ひとむ)は、いつ生まれたのかもはっきりと覚えてはいない。だが初めて『表』に出て来た日の事は、今でも鮮明に思い出せる。


 ある日の小学校からの帰り道。双笑が不審者に腕を掴まれた時だった。その時、強く感じたのだ。彼女を守らねば、と。隻夢は彼女の意思の奥深くから目覚め、双笑と入れ替わった。


 隻夢は双笑と正反対の存在のように攻撃的で、不審者を追い返した。隻夢から意識を戻された双笑は何が起こったのか分かっていなかったが、いつの間にか芽生えていた副人格の存在を、彼女はその一件を通して後に知る事となった。


 それからというもの、双笑に危険が迫る度に隻夢は表に出て、危険を退けて来た。いじめっ子がちょっかいをかけて来たら殴り飛ばし、怖い先輩たちに囲まれたら蹴り飛ばした。


 いつも誰にでも優しい双笑が時折恐ろしいまでに豹変するのだから、彼女を気味悪がって離れて行く者も多かった。だが双笑は、それでも自分の中にいるもう一人の自分に感謝していた。『隻夢』という名前も、彼女がつけたものだ。


 隻夢はどんな時でも双笑を守って来た。それが生まれた意味であると、存在意義なのだと確信しているのだ。そしてそれは、世界中にゾンビがあふれるようになっても変わらない。あらゆるモノを斥力で弾き飛ばす異能力はまさに、そんな隻夢の意思の表れであると言っても良いだろう。


 大切な人を守るために、あらゆる外敵を拒絶する。


 それが、隻夢の異能力なのだ。



「喰らいやがれ!!」


 斥力をまとった拳を叩き込み、襲撃者のアーマースーツの一部にヒビが走った。しかし追撃しようと踏み込んだ段階で、そのヒビは自然に塞がっていた。彼らの纏うアーマースーツは自動修復機能までついているらしい。


「簡単には壊れねぇなら……」


 剣状に鋭く尖った右腕による斬撃を身を引いて躱し、そのまま両手で襲撃者の右手を掴んだ。そして機械で強化された彼らの腕力に振りほどかれる前に、異能力を発動させる。


「そのアーマー、引き剝がしてやる!!」


 両手のひらから放たれる膨大な斥力によって、襲撃者の右腕を包むアーマーからビキバキと悲鳴が聞こえた。火花を散らして亀裂が広がっていき、ついに右腕のアーマーの大部分が破壊された。アーマーの下から見えたのは、肌に密着する黒いライダースーツのような衣服と、破けたそれの中からのぞく人の肌だった。


 てっきり機械部品でも詰まっているのかと予想していた隻夢は驚いたが、攻撃の手は緩めなかった。異能力でアーマーを破壊できると確認できればこっちのものだ。右腕を修復している隙に今度は腹部のアーマーを剝がそうと、隻夢は別の襲撃者による攻撃をかいくぐりながら先ほどの襲撃者へと詰め寄る。


 背後から、空気が弾けるような音がした。反射的に回避行動を取ったが間に合わず、振り向いた頃にはプラズマの塊はすぐそこまで来ており、その焼けるような熱が伝わって来た。


「オッ、ラァァァァ!!」


 隻夢は直撃を感じた直前に、全ての意識を左腕に集中させていた。一か所に集まった斥力は迫るプラズマと左腕の間にある空気を弾き飛ばし、プラズマの塊を分散させた。しかし全てを消す事はできず、プラズマの残滓がパーカーの袖を焼き切って肌に触れた。


「がぁ……!!」


 感じた事のない痛みに顔を歪ませる隻夢。意識の内側にいる双笑にこの痛覚が行かないようにだけ気を付けながら、隻夢は周囲を囲む襲撃者たちを睨みつけた。左腕はまだ動くが、かなり不自由だ。身を包む斥力も弱まっているかもしれない。


 襲撃者たちは腕を剣状に伸ばしたり盾のように広げたりと各々変形させながら、あるいはプラズマガンを構えながら、隻夢と距離を保っている。不完全だがプラズマすらを弾き飛ばした隻夢の異能力を警戒しているのだろう。ほんの数秒だが、膠着状態が続いた。


『…………』


 不意に襲撃者たちの動きが止まった。そして三人で顔を見合わせたかと思うと、その内の一人がいきなり剣状の右腕で壁を斬り割いた。当然何が起きると言うこともなく、壁に引っ搔き傷のような溝が走っただけ。しかしそれは、隻夢の意識をよそに向けさせるのが目的だったのだ。


 床に固い何かが落ちる音がした。隻夢が気付いた時には、突然下から吹き出した白い煙で通路が満たされていった。いや、煙を吐いているのは床ではなく、そこに転がっている銀色の筒だ。


「目くらましかよ!!」


 隻夢は力を込めるように叫びながら周囲の空気を弾き飛ばし、煙幕を振り払った。しかし、その拍子に左腕が再び突き刺すような痛みを訴え、隻夢はうめいた。


 視界の端で捉えたのは、三体の黒い人影が立ち去る姿のみ。追いかけようと足に力を込めたが、


『待って隻夢!』


 頭の中で響く双笑の声に止められて、渋々といった顔で追撃を諦めた。


『今深追いしても怪我が増えるだけだよ』

「でも奴らを逃がしたのはマズかったんじゃねぇの?装備を整えてまた来るだろ」

『だからこそだよ。虹枝さんに連絡すればすぐに返って来てくれるだろうし、それに隻夢も疲れたでしょ?』

「まあ、さすがに今回は無茶したな」


 警報が解除され、廊下を照らしていた真っ赤な警告灯も収まった。隔壁の瓦礫と銃器の残骸が散らばる通路をぐるりと見渡し、それから背後に続く階段へ視線を向けた。怪我はしたものの、何とか子供たちは死守出来た。


「下のやつらに終わったって言わねぇとな」


 緊張が解けるとさらに強く痛みを感じる左腕を押さえつけながら、歩き出す隻夢。背後から新たな物音が聞こえたのはその時だった。


「うわっ!何だコレ!?」

「やっぱりここにも来てたんだ、あいつら……」


 背後から突然、聞き覚えのある声が響いて来た。


「兄ちゃん達!?いつの間に帰って来たんだ!?」


 ほんのりと周囲を漂う煙幕の中で、辺りを見渡していたのは、食料調達に向かっていたはずの勇人(ゆうと)たちだった。隻夢の声を聞いて、向こうも隻夢を見つけて駆け寄った。


「双笑……!いや隻夢か、大丈夫か!?いや大丈夫じゃねぇ!!」

「左腕けがしてますよ!お兄ちゃん早く!」

「ああ、じっとしてろよ!」


 弾き切れなかったプラズマが当たった箇所が焼けたように赤くなっており、それを見た勇人は慌てた様子で両手をかざした。すると彼の手のひらから淡い光が放たれ、焼けて赤くなっていた皮膚がみるみるうちに治っていく。数秒経てば痛みも消え、何事も無かったかのように怪我が完治していた。


「な、なんだコレ!?兄ちゃん今なにやったんだ!?」


 あれだけ痛んだ左腕も、どれだけ振り回しても痛くも痒くもない。その現象に驚きの声を上げた隻夢だが、勇人が何か言う前に別の声が割り込んで来た。隻夢がバラバラに破壊した銃の残骸を拾い上げている虹枝(にじえだ)だった。


「隻夢。ここにも来たのか、全身が黒いアーマースーツで覆われた奴らが」

「ああ……その言い方だとそっちにも来たみてぇだな。(あおい)はスターゲートの連中じゃねぇかって言ってたが、やっぱ知り合いか?」

「あの組織の人間を知り合いと言うのも不快だが、確かにスターゲートの一員だ。ここには何人来た」

「三人。全員追い返してやったぜ」


 虹枝は得意げな隻夢の言葉を聞き、それから周囲を見渡して自分達以外には隻夢だけしかいないのを確認して、意外そうに眉をひそめた。


「お前一人でか?」

「まあな。頭ん中には双笑もいるから二人三脚みたいなモンだが」

「そうか。お前の異能力や戦闘センスは凄まじいな。スターゲート最強の機動部隊である『ヤタガラス』のうち三人とたった一人で渡り合えるとは」

「そんな大層なもんでもねぇぜ?あのまま続けてたらもっと怪我してたろうし、実際、双笑にも深追いするなって止められたしな。まあそれよりもだ」


 隻夢は地下二階へと続く階段へ歩きながら振り向いた。


「全員で集まって、まずは説明してくれよ。何が起こってるのかオレにはさっぱりだ」

「ああ、そうしよう」


 そうして歩き出した隻夢と虹枝に続いて、勇人と唯奈(ゆいな)も後に続いた。


「隻夢」

「……ん?」


 一番先を進む隻夢を呼び止めた虹枝は、立ち止まった彼女の頭にぽんと手を置いた。見上げた隻夢の視線の先では、虹枝が顔をほころばせていた。


「礼を言わないとな。ありがとう、子供たちを守ってくれて」


 いつも生真面目で表情の硬い虹枝だが、この微笑みがきっと、子供たちに『先生』と呼ばれ慕われている人の顔なのだろう。その笑みに応えるよう、隻夢もまた力強く笑った。


「お安い御用だぜ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ