希い、望むモノ
突如目の前に現れた真っ黒なパワードスーツ。俺達よりも背の高いそれは、ライダースーツのように全身をびっしりと覆っており素顔も見えないが、シルエットだけなら人間そっくりだ。ただ一目で分かる事と言えば、その両手にアサルトライフルにそっくりなモノを持っている事か。
「なんだ、この黒いアイアンマンみたいな―――」
「下がれ!お前達!!」
黒い人影を睨みつけながら、突然虹枝さんは俺達を片手で後ろに下げながら叫んだ。それと同時にブレインドローンが機敏に動き、虹枝さんの前に出る。
三発の銃声が聞こえた。それは向こうのアーマー人間のアサルトライフルのものではなく、ブレインドローンに備え付けられていた小型銃によるものだった。しかし相手は全身をくまなく覆うアーマーによって全て防いでおり、防御の姿勢を取るどころかアサルトライフルの銃口を虹枝さんへ向けていた。
「伏せてください!」
俺はほとんど反射的に動き出していた。異能力を発動しながら虹枝さんを追い越して前に出る。生み出したのは、いつぞやの雪丘中学校でも使った大きな盾。俺が異能力で出せる限界まで大きなものを生み出した。
俺がそれを前方に突き出した直後、両腕に衝撃が来た。いきなり盾が現れた事に驚いたのか射撃まで一瞬の遅れがあったが、アサルトライフルの連続した銃声が辺りに響き渡った。俺は衝撃で盾が弾かれないよう腕に力を込め続ける。
「クソッ、何なんだあいつ!」
ちらりと後ろを振り向くと、唯奈はいつの間にかひとつの民家の敷地内に隠れて、塀から顔を出してこちらを見ていた。アーマー人間は唯奈には構わず虹枝さんを狙っているようだ。銃弾の嵐はなおも続いている。
「……最終殲滅部隊、ヤタガラス」
「なんだって?カラス?」
「スターゲートの差し金だ。おおかた、機密保持を言い訳に私を処分しに来たんだろう」
クソ、やっぱりスターゲートか!こんな時にもゾンビではなく虹枝さんを狙うだなんて、やる事の順序がおかしくないか!?まずはゾンビから生き延びるために力を合わせるべきなんじゃないのか!
「勇人、閃光弾を出せ。一瞬の隙を突いてヤツを倒す」
「倒すって、逃げないんですか!?」
「ヤツらからは逃げられんさ。地の果てまで追いかけてくるぞ」
組織の秘密を守るためなら人殺しも厭わないってか……やっぱおかしいぜ、スターゲートは。
「……行きますよ。それ!!」
相手がアサルトライフルの弾を装填する一瞬の隙を狙って、俺は異能力で生み出した閃光弾を投げつけた。直後、爆発にも似た閃光が炸裂した。俺が盾を構えながら目を逸らしていると、虹枝さんがブレインドローンを出撃させているのが見えた。ドローンに着いた銃で応戦するつもりだろうが―――
「あっ!?」
閃光弾の光と入れ違いになるように、今度はブレインドローンが光を発した。いや、爆発した。
前を見ると、突然の閃光を直撃して立ち止まっているアーマー人間の後ろから、見た事の無い銃を構えたもう一人のアーマー人間が姿を現した。所々が青く発光している、アサルトライフルをより最新にしたようなスマートな銃だった。
「二人いんのかよ!!」
「ヤタガラスは全部で五人だ。二人だけでもラッキーな方だな」
「いや冷静に解説しないで、虹枝さんは速く隠れて!!」
虹枝さんが隠れる所を見られないように発煙弾を投げまくって視界を遮り、俺は盾を左手に持ち替えて右手でサブマシンガンを生み出した。見た所あのアーマーには銃弾は効かないようだし、サブマシンガンを撃っても死にはしないだろう。俺は距離を取りながら煙の中にいる敵に狙いを定めた。
「っ!!」
弾丸が飛んできた。俺の持つサブマシンガンを正確に射撃したのだ。しかも敵の弾丸はサブマシンガンをやすやすと貫いており、貫通した跡は溶けているのか煙が出ている。
二発、三発と敵の銃撃は続く。一体目の持つアサルトライフルではなく、二体目の持っていた特殊な銃による攻撃だろう。俺はアサルトライフルの掃射を弾いていたはずの盾を構えるも、二体目の弾丸はそれすら貫く。じきに煙幕が晴れる。そうなればまず勝てない!
「おらああああああ!!」
イチかバチか、盾から顔を出してサブマシンガンをありったけぶっ放す。敵に当たってるのかも分からないが、敵の狙撃は止まらない。連射できないのが幸いだが、一発の威力が桁違いだ。
「がぁっ!!」
その一つが、俺の右肩を貫いた。撃たれた部分が焼けるように痛い。サブマシンガンを取り落としてしまった。
「お兄ちゃん!」
「出て来るな、唯奈!!」
敵を睨みながら唯奈に叫ぶ。煙幕は晴れ、アーマースーツに身を包んだ二人が姿を現した。表情も読み取れず、全身が真っ黒いパワードスーツ。まるで戦闘マシンだ。
「クソッ!!」
俺は左腕に力を込めて盾をぶん投げた。その隙に左手で銃を生み出そうとしたのだが……
投げた盾は、真っ二つに引き裂かれた。
「ズルいだろオイ……」
アーマースーツに包まれた奴らの左腕が液体のようにうねり、長剣のような形を作ったのだ。そして俺の盾を一刀両断。綺麗に真っ二つだ。ただの防御用スーツじゃないって事かよ。
左足の太股が弾けた。実際には弾丸が一発通過しただけなのだが、まるで弾け飛ぶかのような痛みだ。立っていられず、その場で膝を付いた。
物言わぬアーマー人間は俺に銃口を突き付ける。アサルトライフルと近未来的な両手銃。それぞれの銃口から放たれる弾丸は、寸分たがわず俺の体を蜂の巣にするだろう。盾を生み出そうにも間に合わないし、仮に間に合ったとしても盾ごと撃ち抜かれるんだから無意味。
……これはさすがに、終わったかもしれん。
そういや、前にもこんな事あったな。俺の後ろには唯奈がいて、俺の前には死を覚悟して戦うべき敵がいる。あれはそう、ゾンビが家になだれ込んで来て、俺が異能力に目覚めた時だ。あの時俺は、ゾンビに足を掴まれながらも必死にもがいて、戦った。戦う為の武器を望んだから、生み出す力を得た。
何で武器を望んだのか。それは、戦う為。何で戦う必要があるのか。それは……唯奈や皆を守るため。守るためには戦わないといけないんだ。
「…………っ!!」
全身から力が湧き上がって来るのを感じる。それが具体的に『何』なのかは分からないが、溢れんばかりの力は、俺に味方してくれているようだ。
―――この世界において、僕や君のような異能力は最大の『武器』であると言える。
―――能力はお前達の唯一の『武器』だろ。磨かなくてどうする。
いつの日か、蒼や虹枝さんが言っていた言葉を思い出す。そうだ、全て解った。
銃や刀なんて武器は戦う為の道具に過ぎない。俺が本当に望んでいるのは、皆を守れるだけのチカラ。
俺に向けて放たれる弾丸が、いくつも見える。アサルトライフルの無数の弾丸や、電気のようなものを帯びた特殊な弾丸。それらが直撃すれば、俺は助からない。だが、大丈夫。今なら、何でも出来てしまえる気がする。
皆を守れるだけの一握りの希望。それを生み出しカタチにする。
それが、俺の異能力だ。
「ここで死ぬわけには、いかないんだよ!!」
放たれた弾丸へ突き付けるように、俺は両手を突きだした。
そうだ。いつもこの手が、武器を生み出し続けてくれたんだ。
俺と二体のアーマー人間を隔てている何かが捻じれた。それは不可視の障壁となって、迫りくる全ての弾丸を弾き返した。




