おっかなびっくり通過点
俺たちを待ち受けていたのは取っ手の無い扉だった。どうやって開けるべきかと周りを見てみると、扉の右側にタブレット端末ぐらいの大きさのパネルがはめ込まれてあった。
「これ、センサーみたいな奴か?こう、指紋認証的な」
俺はパネルに右手を押し付けてみる。すると予想通り、電子音と共にパネルに青い光が灯り、俺の手を確認するようにパネル内を光が走り回る。しかし次に聞こえたのは、甲高い警告音だった。
「うわあああ何だ!?」
「お兄ちゃんなんか変なとこ押したんじゃないの!?」
「押すも何も手付けただけだぞ!ボタンとか何もないし!」
危機感を煽るような警告音に思わず身を固める。パネルに宿る光は真っ赤に染まり、機械音声による警告が続いた。
『未登録の指紋を確認しました。施設への不当な侵入は処罰対象であり、本部に通報されます。取り消すには正規の許可証を提示してください』
処罰?通報!?なんか物騒な言葉ばっかりなんだけど!?親から貰ったカードで入ろうとしてるんだから別に不法侵入じゃないと思うんだけど!
「そ、そうだ!このネームカードを!」
俺は警告音に急かされながらも慌てて首から下げているネームカードをパネルに押し当てる。すると警告音はピタリと鳴り止み、先ほどと同じ機械音声でアナウンスがあった。
『ゲスト登録されたナンバーを確認。照合します』
「ふぅ、これは大丈夫っぽいな……」
ビックリして暴れた心臓は未だ力強く鼓動しており、皆が黙ってるからかその音がやけに大きく聞こえる。ややあって、再び機械音声が続いた。
『照合完了。朱神春人博士によるゲスト登録がされたナンバーです』
「……っ!」
父さんの名前だ。博士なんて呼び方を聞くのは初めてだけど、それ以上にこうして名前を聞くことすら久しぶりだ。
『規定された手順により、当該ナンバーには下部サイト管理者代理権限を付与します。ゲスト様、下部サイト01へようこそ』
その言葉を最後に、機械音声は終わった。それと同時に目の前の扉が音もなくスライドし、目の前に一本の廊下を視認する事が出来るようになった。
壁も床も天井も階段と同じく、全てが水色がかった白色をしている清潔な場所だった。病院の廊下にも似てるが、物音が全くしないのと全体的な厳かな雰囲気もあってか、いかにも不気味な研究所っぽい。
「すごーい。近未来だね」
「何か、世界観ちがくない?」
そんな場所でも双笑や唯奈は物珍しそうにキョロキョロしながら躊躇なく足を踏み出していく。物怖じしないというか、肝が据わってるというか。まあ、過剰に警戒するような場所でもないかもしれなけど。たった今入場も許可された訳だし。
「管理者代理権限って言ったよね、あの音声」
靴で床を踏み締める小さな音すら反響する廊下をゆっくりと歩き出した時、隣で蒼がポツリと呟いた。不気味さを肌で感じているのか、彼のロングコートの裾を掴みながらおっかなびっくり後ろを歩く黒音もそれに続いた。
「代理ってことは、管理者の次にえらいって、事ですよね……?」
「だろうね。下部サイト01とかいうこの場所がどんな所かは知らないけど、勇人君のご両親はそんなに立場のある研究者だったのかい?」
「どうなんだろう。仕事の話とか全く聞かなかったからなぁー」
もう二度と話すことはできない相手と『もっと話しておけば良かった』なんて後悔はいくらでも湧いて来るものだが、今は別の意味でも話を聞きたい気分だ。きっと無関係だった俺や唯奈には話せなかった事なのだろうが、それでも。
「でもまずは、テレパシー少女を探そう。父さんたちがここに行けって記した理由を探すのは、その後でいいだろ」
地下にあるこの施設は中々入り組んでており、少し進むとたくさんの扉が見えるようになってきた。俺と唯奈の持つネームカードをかざすとどの扉もロックが解除されるためそこの所は苦労しないが、いかんせん部屋の数が多い。便所や倉庫、職員用の個室などたくさんの部屋がある。
どこにテレパシー少女が避難しているかなんて分からないので、どの部屋も隅々まで調べるしかない。そのため思った以上に時間がかかりそうだ。一部屋ずつ探していると日が暮れてしまう。
「しょうがない、ここは二手に分かれて探そう」
ある個室で見つけた情報端末に表示されていたこの施設の地図を見ると、どうやら地下一階と二階に分かれているようだった。俺と唯奈はそれぞれロック解除に必要なカードを持っている為、別々になる必要がある。
「唯奈たちは出入口のある地下一階を探してくれ。俺は下の地下二階を探す」
「でも地下二階、明らかに何かありそうじゃない?研究室とか武器庫とか、この……『ローエンド保管区画』?とかよく分かんないのもさ。さすがにゾンビはいないだろうけど、お兄ちゃん一人で危なくない?」
唯奈の言う通り、タブレット端末の地図を見た限りだと重要そうな場所は地下二階に揃ってるっぽかった。というか研究所に武器庫とかあるものなの??
「じゃあ私も行くよ。何かあったら隻夢に任せるし、ひとりだと大変だもんね」
「すまんけど助かる」
唯奈は蒼や黒音と一緒に地下一階を、俺と双笑は地下二階を探す事にした。
あれからテレパシーは飛んで来ていない。それを思うと、こんな不気味な場所だろうと尻込みしてる場合じゃない。俺たちは話し合いもそこそこに、二手に分かれて捜索を再開した。




