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カラポン・ザ・ストーリー  作者: 鈍行彗星
1『カラポン・ザ・ストーリー』
9/21

5『ミステイク 前編』

再編集により、1~4を統合しました。

前回のあらすじ

林檎の真相を調べるため、拓二の家にロボットのイエリーが送られてきた。

 彼女の服を買いに妹と出かける拓二だったが、後輩達と林檎に見つかってしまい、浮気をしたと勘違いされてしまった。

 小雪を送り届ける拓二と別れたイエリーと桂は、ひと足先に自宅へと向かうのだった。


―――――


「…あんまソレ、人前でやらない方がいいと思うよ?」

 ツッツー、ツッツッツー………

 ヒンヤリとしたバスの中で、小さく鳴り響く磁気の書き込み音。フロッピーディスクをかじるイエリーは、俯き気味に、しかし熱心に、黙々とデータの書き込みを行っていた。

「私のキャッシュメモリは容量が大きくありません。蓄積された一時データは外部メモリに保存しなければ、演算能力が著しく低下し影響を与えます。特に今日は、多くの新しいデータを取得しました」

 そう言い終わると、再びフロッピーに口を付けるイエリー。ガタンとバスが揺れても、一心不乱にかぶりついているその姿は、まるで子供がゲームに熱中しているようにも見えると、桂は思った。

「………まぁ、いっか」

『次は、下貝梨、下貝梨でございます………』 バス停を告げるアナウンスを確認して、桂は手すりに付いた押しボタンを押した。小さな電子音がして、バス中の押しボタン機が赤く点灯する。その瞬間、イエリーが驚いたように座席からスッと立ち上がった。

「今のは…?」

「え、ボタン押しただけだけど。次で降りますよーって言うのを、運転手さんに教えるんだよ」

『次、止まります。バスが止まってから、席をお立ちください………』 何に驚いたのだろう? バス停に止まるまでの間、イエリーはずっと立ったまま、フロッピーディスクをかじっていたのだった。桂はそんなイエリーを不思議そうに、しかし、見守るような優しい目で見ていたことに、自分では気づいていなかった。


―――――


「この地域の名前は?」

「下貝梨だよ。下って言うのは、貝梨市の南側って意味なんだよ。もう少し南の方に行くとね、すぐ海が見えるんだよ! イエリーは海行ったことある?」

 看板、電柱、公園、犬、セミ。自宅までの短い距離の間で、イエリーは桂にたくさんの物について質問をした。桂がそれに答えると、イエリーはフロッピーをかじってデータを保存する。その繰り返しだった。

「…海というデータは保存されていません。私が行ったことのない所のようです。海とは、どのような所なのでしょうか」

「うーんとね…青くて、大きくてね、水がいっぱいある所って言えばいいのかな? 海の水はね、スッッッゴいしょっぱいんだよ、辛いくらい!」

「しょっぱい………辛いくらい?」

 イエリーは首を傾げながらも、新しいデータをフロッピーに書き込み始めた。

 …ツッツッツー…ツツ。

 すると、イエリーはディスクから口を離したかと思うと、それまでずっと手に持っていたソレを、スカートのポケットにしまいこんだ。

 ポケットから2、3枚のフロッピーを取り出してはかじって確かめていたが、結局、全部のフロッピーディスクをポケットに入れてしまった。

「どうしたの?」

「フロッピーディスクの容量が限界に達しました。新しいディスクをお持ちではないでしょうか?」

 新しいディスク?  しかし桂の荷物は、引弧モールで買い物した洋服の紙袋だけだった。ましてや、今日初めて見たようなフロッピーディスク。家にあるかどうかも分からない。

「ごめん、私は持ってない。拓にぃの部屋にならあるんじゃないかな?」

「…いえ。この3枚が、マスターカラポンの部屋にあった最後のフロッピーディスクです。…容量限界です。会話ログの保存を一時中断、身体保護の為の重要プログラム以外の削除候補検索を開始します」

 イエリーが何を言っているのかは分からなかったが、何か大変なことが起きはじめているのかもしれないと、桂は思った。早く家に帰らなければ―――――。

「と、とにかくさ、早く帰ろうよイエリー! ディスクがあればいいんでしょっ! あるよきっと家に、早く帰ろ!」

 歩みを止めてしまったイエリーの手を引き、走り出す桂。危なげな足取りで、イエリーは上を向いたまま走り出していた。


―――――


「フロッピー? へぇ~CDとかブルーレイとかじゃないんだ。面白いねイエリーって」

「そんなことはどうでもいいから! ねぇお母さん、無い? 新しいディスク」

 乾電池や電球などを置いている棚を探してはみたものの、やはりディスクは見当たらない。父親の部屋のパソコン周辺も探してみたが、見つけることはできなかった。

「うーん、困ったなぁ。パソコンで使う物なんて、あたしよくわかんないし………ったく、こんな時にクソ兄ぃはどこほっつき歩いてんだか! ……あれ? イエリー、何してるの?」

 イエリーは階段の踊り場にしゃがみ込んでいた。ティッシュやトイレットペーパー、カップ麺などが詰め込まれている棚がある所だ。

「初めて見る物がたくさんあります。これらについて、桂は何か知っている物はあるでしょうか」

「知ってるも何も、うちにある物だし…うん。それは缶詰って言って、保存食なんだよ。イエリーが持ってるのは焼き鳥缶」

 保存食とは? 缶の構造、中身の取り出し方、ラベルに描かれた屋台のイラストの意味、疑問は続々と湧いてくるらしく、乾パンや水のペットボトル、レトルトカレーなどでも同じようなことをイエリーは聞いてきた。

「これこれ何だい、邪魔っけだねぇ。そんなとこでお店広げてるんじゃないよ」

「うわぁ、ごめんお母さん! ちょっと待って、今片づけるから!!」

 階下からドッド、ドッド母が音を立てながら上がってきて、開け放たれた戸棚の中身を避けて踊場を通ろうとしてきた。カップ麺やらを端に寄せる桂の一方、イエリーは踊場を遮る形で、まだ夢中になって非常食を吟味していた。

「はい、イエリー、ちょっと後ろ通るかんね。はいはい、ごめんなさい………よ?」

 何と言うことはない、ただその場を通り抜けようと、母がイエリーの後ろを跨いで通ろうとしたのだ。

その時、二人の足と背中がただ少し触れた。ただ、それだけだった、のだが………

「………あ?」

「お……っちゃぃい、っぁち!!?」

 ――――ゴトン、という音ともに、崩れるカップ麺の山、そして…横倒しになるイエリー。母は階段の手すりに寄りかかって、しきりにスネを手ではたいていた。

「イエリー!?」

「あちぃ! 熱いよその子! 今触んない方がいい!!」

 熱い? さっきまで全然そんなことは無かったのに。でも桂は見てしまった。

 カップ麺を包装していたビニールが、イエリーに触れた瞬間に波を打って、溶け始めていたのだ。

「どうして………? イエリー、イエリー! 大丈夫なの!? ねぇ、どうしたらいいの私!?」

 イエリーは倒れたまま答えず動かない。発熱で、空気が澱んでいるのが目に見えるほどの高温がイエリーから発せられている。混乱した桂には何も考えることができず、母もまた自分の焼けどを冷やそうと階段を上っていってしまった。今イエリーを助けられるのは、自分しかいない。

「どうしよう………?!」


――――ピンポーン。ピンポーン、ピンポンピンポンピンポン……………。


 その時、唐突に家に鳴り響くインターホンの音。拓二が帰ってきた…? それにしては何度も連打して、段々と荒々しくなっているような気がする。

「だ、誰…?」

 ドンドンドン! 

 ついには扉を叩き始められて、桂は危機感と共にただ事ではない雰囲気を感じていた。イエリーのことが心配だったが、玄関へ行くべきだろう。その人にイエリーの助けを求めることだってできるはずだ。

「…ごめんイエリー! すぐ戻ってくるから、待っててね!!」

 玄関に降りてくると、いよいよドアを叩く音は大きくなってきていた。足でも蹴飛ばしているのか、時たま一際大きな音がすることがあって、桂の手を躊躇させていた。

(そうだ、インターホン…!)

 リビングに入った桂は、壁に掛かった受話器を取った。モニターに電源が入って、外の様子も分かるタイプだ。

「…はい、どちら様で───」

『おしっこーーーっ!!!!』

 割れんばかりの大声と共に画面いっぱいに映し出されたのは、見知らぬ少女の苦悶した顔だった。あまりにカメラに近く、ツバで画面が歪み、桂は思わず受話器を落としてしまった。

「お、おし…?」

『は~~や~~く~~~!!! ヤバイヤバイヤバイ、漏れちゃうよおおおお!!!!!』

 ドンっ! ドンっ!! …玄関から聞こえる扉を叩く音よりワンテンポ遅れて、画面の少女がZ軸に沿って揺れている。扉を叩いていたのは、このショートヘアの少女のようだった。

「わ、ちょ、今開ける! 開けますからっ! もう少し我慢して!!」

 こういう時に限って受話器がうまく掛けられない。ガチャガチャという音が煩わしくて、とうとう受話器を宙ぶらりんにさせたまま、桂は玄関へと走っていってしまった。

 そうこうしている間にも、玄関の扉は激しく叩かれ続けている。

 早く開けなければ―――。桂は急いで玄関の鍵を開けた。


 ピピピピピピピピピピピ!!!!!!


「イエリー!!」

「おしっこぉ!!」

「えっ、え…、え…??」

 鍵を回した瞬間、勢い良く開いた扉に怯んだ桂の横を、誰かと、耳障りな警報音とが通り過ぎていった。それも一人ではない。一人は一目散に階段を上り、一人は廊下を突き進んで手近のドアを開けて中に突っ込んでいた。

「ドラム型洗濯機っ!」

「…トイレはその隣」

 桂の言葉をちゃんと最後まで聞いたか否か、ショートヘアの少女は隣の扉の中へと飛び込んで消えた。きっと電気が点いていないと思い、桂はさり気なく壁のスイッチを押してあげた。

「まーったく、スージィったら下品なんだから。トイレぐらい出かける前に済ませときなさいよね」

 唐突に後ろから声がして、桂は身を震わせて驚いた。玄関にまだ誰かいたのだ。

「あらごめんなさい。驚かせちゃったかしら?」

「…どちら様でしょうか? 今ちょっと、けっっっっこう、取り込んでるんですけど」

 玄関に入ってきたのは、ワインドレスのような服を着た女性だった。あまりにも綺麗な、まるで造ったかのような美しい曲線を描く身体。

 桂は無意識に語気を強くしていたことに気づいていなかった。

「あんたは………フン、コイントスのデータベースに入ってないってことは、ファーストコンタクトみたいね。私の名前はエルグナ・ラクサ。神経接続式・有機演算駆動型ヒューマノイド、まぁ早い話が人型ロボットよね。あんたは?」「ロボット……イエリーの仲間なの?」

 エルグナは腰に手を当て、見下すように首を上げる。

「聴いてるのは私よ。あんたの名前は何?」

「…唐林、桂です」

「ああ、カラポン・Kってわけね。よろしくね、K。よっ、と」

 エルグナは土足のまま一段跳ね上がると、ズカズカと廊下を歩いていき、階段の手すりに手を掛けた。呆然と見ていた桂が慌てて止めに入った。

「ちょっと! 靴ぐらい脱いでよ!!」

「うん? 何でよ、靴なんてお風呂の時ぐらいしか脱がないでしょ。私まだお風呂の時間じゃないんだけど」

「そんなの関係なぁいっ、うちが汚れちゃうでしょう!! とにかく脱いでってば!」

 ロボットはイエリーみたいにみんな常識知らずなんだろうか? 桂はそんなことを考えて、そうだ、さっき倒れたイエリーはどうなったのだろうと思い出した。

「ふぅん、緊急事態でも靴って脱がなきゃいけないの? アヤも律儀よねぇ。ていうか、人間が?」

 エルグナは階段の踊場を指差して言う。アヤ? 何のことを言っているのだろう。桂はエルグナの横をすり抜けて踊場へと段を飛び上がった。

「わっ…!」

 桂は驚いて、危うく階段から落ちそうになった。またしても見知らぬスーツ姿の女性が、仰向けになったイエリーに馬乗りして服を剥いでいたのだ。それは遠目に見れば、まるで強姦にでも遭ってるような光景だ。


 ピピピピピピピピ………。


 さっきの警報音はこの人から鳴っているらしい。彼女はドリルのような工具を使って手早くイエリーの胸のカバーを開くと、スカートの中から通信ケーブルのような物を引き出して接続していた。

「FD容量限界、キャッシュメモリ過負荷、リブートスパイラル、オーバーヒート、エンプティータンク………どういうことでしょう、ロックオンバスターの冷却履歴が1時間以内に2回も…?」

 シャッ、という音がして、ケーブルを繋いでいるイエリーの胸元から黄色のフロッピーディスクが飛び出してきて、彼女はそれを取り出すと、どこから取り出したのか、別の黄色いフロッピーディスクを代わりに差し込んだ。

「一緒に配送したポリタンクがあるはずです! どこにありますか!」

「えっ、え………ポリタンク?」

「おうよっ、こいつのことかい!」

 二階から赤いポリタンクを担いだ母が、ダッダッダッダと降りてきて、ドンとタンクを踊場に置いた。スーツの女性はケーブルを外すと、イエリーのお腹から蛇腹状のホースを引き出して、ポリタンクの口に差し込んだ。

「それじゃ入っていかないんじゃない? ポンプは?」

「手動の非常用ポンプがあります」

 そう言うと、何をするのかと思ったら、胸のカバーを更に開いて、胴体から首にかけての内部機構を剥き出し状態にした。ピーナッツバターのような臭いがして、桂は思わず顔をしかめた。

「あなた方も覚えておいてください。真ん中にあるのが燃料メーター、向かって右が給油用、左が排出用です」

「へぇ…何だか制作者の意図が垣間見えるような造りだねぇ」

「いや、ていうかそれ、………あ~、」

 桂が目を逸らすのも無理は無い。何故ならそのポンプは、人間でいう乳房がある場所に左右一つずつ配置されていたのだから。

 スーツの女性が、向かって右側のポンプを握りしめると、ポリタンクの中であぶくが立って、ジョロジョロと音を上げながら軽油がイエリーの中に入っていった。

「あ~スッキリしたぁ。あっ、イエリーやっぱただの燃料切れだった?」

「あ…さっきのちびっこ」

 階段を上がってきたのは、グレーのスーツを着たショートカットの少女だった。スーツ姿、ではあるのだが、小さな身体にはどうにも違和感があって、それに、『ちびっこ』という言葉に、随分と反応をしているように見えた。

「ちびっこじゃないもん。私の名前はスージぃ長万部、聞いて驚けっ、株式会社コイントスの社長! どうか参ったかっ、社長だぞ~っ、偉いんだぞ~!」

「社長…? おしっこ漏らしそうになってたのに?」

「あぅ、あぅぅぅ…う、うるさぁい!! 漏らしてなんか無いしっ、ちょっと我慢してただけだしっ、ばかぁ!」

 スージぃと名乗った少女は、みるみる内に顔が赤くなっていって、あっという間に耳まで染まりあがってしまった。そんな彼女の両肩を、後ろからポンポン、と撫でるように叩く者がいた。エルグナだった。

「Be quiet,Suzi-man! 今はそんな小娘と喧嘩してる場合じゃないでしょう? アヤの報告を聞きましょう、イエリーが今どうなっているのか、それを確かめるのが先決だわ」

「そ、そうだよねエルグナ! 今コンナ小娘ヲ相手ニシテイル場合デハ無イ! ビシィっ!」

 スージぃは奇怪なポーズをとりながら、両手で桂を指差した。顔の後ろ半分がエルグナの胸に埋まっているようで、なんだかとても滑稽だった。桂はつっこむ気力も失せてしまったようだ。

「で、いったい全体どうなってんだい。イエリーちゃんは大丈夫なのかいな」

 高い所から見下ろすように見ていた母が、その場をまとめるような的確な質問を発すると、それまで鳴っていたピピピ…という警報音がふっ…と鳴り止み、スーツ姿の女性…アヤと呼ばれていた女性…がおもむろに立ち上がって、桂やスージぃ達の顔を見比べた。

「………危機は脱しました。しかし、安全と言える状態では決してありません」

「それって…どういうことですか?」

 桂は思わず聞き返していた。彼女は、一瞬目を細めて桂を見ると、納得したように小さく頷いた。

「申し遅れました。わたくしはアヤミク・B、コイントス社所属の内勤特化型アンドロイド。イエリー・マナヤは姉妹機に当たります」

 恭しく頭を下げられて、桂は、母までもが釣られてお辞儀を返していた。

「あ、ども…」

「これはこれは」

 頭を上げたアヤミクは真剣な表情をしていた。それは、今のイエリーの状態を表しているからに違いない。桂は、そう思った。

「動作履歴を詳しく調べてみなければハッキリとしたことは分かりません。ですがこのままだと、最悪の場合イエリー・マナヤが再起不能に陥る恐れがあります。それほどに、エラーログは深刻な内容でした」

「…ログ、見せて、アヤビー」

 アヤミクは先ほど取り出した黄色いフロッピーディスクを、スージぃに手渡した。

「この家って、パソコンありますか?」


―――――


「イエリー・マナヤは人間の汎用性再現を重視して造られたため、我が社でも初期型に部類されるロボットですが、その環境適応性、応用発展力は未だに引けを取っていません。稼動持続時間の長いパワーディーゼルエンジン、スタンダードG.B.A.I.、私達第二世代と呼ばれる『特化型アンドロイド』には無い装備も施されています」

「えっと………よくわかりません」

 拓二の部屋のパソコンを起動したスージぃは、カチカチカチカチとマウスを打ち鳴らし、時々、カタカタカタとキーを打ち込んでいた。

「たぶんカラポン星人が説明してないんだよ。この子達ホントに何も知らないみたい」

 こんな小さい子に『この子』と言われて、桂はいい顔をしなかった。いくら社長だからといって、初対面の相手に言いたい放題言われて、気分のいい人のほうが珍しいだろう。

「…社長って何歳なんですかー?」

「んー? 11歳だけどぉ、なんで?」

 …桂は目がパチクリするほどの衝撃を受けた。スージぃと桂は同い年だったのだ。

「そういえばあなたのお名前なんてーの? カラポン・ザ・シスター?」

「…唐林桂です。桂って呼んでください、タメなんだしっ」

 そうなんだっ! と、スージぃはニマっと嬉しそうに笑った。隣のアヤミクも、なぜだか微笑んでいた。…何か勘違いしている?

「スージィ。出たんじゃない、ログ?」

「あ、出た? ………うん、アヤビーが言った通りだね」

 パソコンモニターには、黒地のウィンドウがポップアップされ、白地の文字列がズラズラと流れ出ていた。日付と時刻のような数列と、英語のような単語がワンセットになっているようで、次々と下から上へと流れていく。

「ここから今日の履歴ってわかる? 今日の日付、それから記録された内容とか、エラーの種類とか。この番号の組み合わせがデータの種類を表してるんだけど………まあいっか。説明すると時間かかるし。大事なのは、ここからここ………だね。今日の13時から16時頃にかけて。ログの量が急に増え始めてるの、わかるかな?」

 スージぃが指し示す範囲。たしかに、短い時間で多くの情報が書き込まれていらしく。似たような数字の列が連続して並んでいた。

「イエリーの症状を説明すると、倒れた原因は大きくわけて3つ。1つ目は『データのパンク』。イエリーには、自分の記憶とか、集めた情報データを保存するのにフロッピーディスクを使ってるんだけど、そのフロッピーが満パンになっちゃったってわけ」

 スージぃは、フロッピーの使用領域と空き領域を円グラフで示した画面を出した。青色の使用済み領域が完全に円を形成していて、ピンク色の空き領域を示す部分は、細い線のような形でしか表示されていない。

「使用領域99.99%、空き領域0.01%。あと、イエリーがポケットに入れてたフロッピーが3枚あったんだけど………ほら、同じような感じでしょ?」

 イエリーはパソコンから黄色いフロッピーを取り出して、黒い普通のフロッピーを挿して、同じ画面を表示させた。ツッツーという、イエリーがフロッピーをかじっていた時と同じ音がした。

「…ほんとだ、全部いっぱい」

 他の2枚も同じことをしてみたが、やはり、グラフは全て同じ。使用済み領域で埋め尽くされていた。

「そうすると、新しい情報データをディスクに保存したくても、満パンだから入れられないでしょう? キャッシュメモリって言って、計算用の別のメモリがあるんだけど、イエリーはそこにまでデータを保存し始めちゃったの。

 言ってることわかるかな?

 桂はいまひとつわからなくて、母と顔を見比べていた。アヤミクが口を開いた。

「キャッシュメモリは、人間で言うなら呼吸したり、心臓を動かしたりなど、生命活動をするために必要な計算をするための電卓、指令器と言えます。手を動かしたり、歩いたり、物をつかんだり………。

 キャッシュメモリにまでデータを保存し始めたということは、その分そういった行動をするための計算能力を落とすということ………つまり、自分の身を少しずつ危険な状態にしながら、見たり聞いたりしたことを覚えようとしていたということなんです」

「あ…」

「二つ目は過負荷!」

 桂は言葉を発しようとして、スージぃっ重なってしまった。エルグナはその一瞬の桂の変化に気が付いたが、一瞬促そうとして、あえて、そのままスージぃに喋らせていた。

「ディスク容量はいっぱいなのに、もう一度データを保存しようとする。もちろん無理でしょう? だけど、イエリーはそれを繰り返して、むしろエラーログを更に増やしてしまったの。そのログはどこに保存されたと思う?」

 スージぃは自分の頭を指差して、ピストルを撃つような仕草をしてみせた。

「またキャッシュメモリにデータが増えたわけ! そうこうしてる内に、とうとうキャッシュメモリまで満パンになって、もうどうしようもない! 何もできない! だけど同じことを繰り返し繰り返し再起動(リブート)される! そして最後の3つ目!」「燃料切れ…ってわけねぇ」

 ぼそりと呟いたのは母だった。

「ご名答! 再起動を繰り返し指示していく内に燃料の軽油が切れてエンプティー! エネルギー源を失って、イエリーはようやく活動を停止したってわけ! さっきのイエリー、スッゴく熱かったでしょう? ディーゼルエンジンがフルパワーで動き続けてた証拠だよ」

 桂は拓二のベッドに運ばれたイエリーをチラと見た。さっき、床に接していた右半身側だけ、服もズボンも生地が変色し、伸びてしまっているように見える。

 母が熱がっていたのも、納得できる。

「…ま、つまりだけど。記憶容量も少ないくせに、色々詰め込もうとして、エラー連発の熱暴走の末に、燃料切れ・ハイお陀仏ってわけよ。こう言えばあんたにも分かるでしょ、K?」

 それまで壁に寄りかかって聴いていたエルグナは、小バカにしたような目つきで桂に言い放った。桂もさすがに我慢ができなかった。

「…そういう言い方、無いんじゃないですか。ロボットのくせに生意気…!」

「じゃあ聞くけど? イエリーに容量オーバーになるぐらい、色々なことを教えたのは誰?」

「…エルグナ、それ以上はやめなさい」

 アヤミクはエルグナを手で制止しようとすが、エルグナはアヤミクを睨みつけると、その腕を払って桂に歩み寄った。

「ロックオン・バスターを手動で発射させたのは誰? 何の予備知識も無いのに、イエリーを外へ連れ回したのは誰? さあ誰、ねぇ!」

「何でそんなことまで…」

 やっぱり、と言われ、桂はしまったと思った。

「あんたは知らないだろうけど、私達はカラポン星人…唐林拓二と会ったことがあるのよ。ヘタレよねぇ、あんな性格じゃ、イエリーを外に連れ出すどころか、押し入れにでも隠してしまってたんじゃない?

 ましてや、イエリーの手を取りあげて、町中でバスターを発射させるだなんて、そんな非常識なことをやる度胸があいつにあると思う? ムリムリ。となると…他にその時一緒にいたのは、誰だったかしらー?」

 エルグナはもう分かりきった質問をしている。そしてその先に言おうとしていることを、桂も、アヤミクも読み取って、俯いてしまっていた。

「ハッキリ言わせてもらうわ。イエリーが倒れたのは、あんたのせいなのよ、K」


―――――


「…とまあ、カラポン星人がいない間にそんなこともあってね」

「はぁ…なるほどなぁ」

 どうりで皆がお茶してるのに、桂の奴が見当たらないわけだ。

 帰宅して早々、また面倒くさいことになっちまったなぁと、俺は特大の溜め息を床に落っこどした。


―――つづく

猫電が全然書けないのは、カラポンも書けてないからなのです…

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