4『イエリー・マナヤ ~中編』
8/12 再編し、旧後編の前半部分を中編としました
−4−『イエリー・マナヤ ~中編』
――――貝梨市、引弧モール・アーケード入口
「…ったく。雪のやつ、どこほっつき歩いてんだろ?」
一緒に買い物に行こうと言い出したのは小雪の方だった。待ち合わせ場所も時間も、珍しく小雪が積極的に指定してきたのだったけど………もう約束の時間から、二十分は経ってる。
電話は返事なし、メールは十分くらい前に『もうすぐ着くから! ごめん!(><)』の一回だけ。段々イライラしてきて、無意識に腕を組んだり、カタカタと足を踏み鳴らしていたらしかった。上着がしわだらけになって、ようやく気が付いた。
その時、キ、キュイーッという甲高い音がして、真新しいプラットホームとは不釣合いの古臭い電車が滑り込んできた。プシューっとドアが開いたかと思うと、後の方の車両から見覚えのあるお下げ髪が、まだ開ききっていないドアに頭をぶつけて、慌しく駆け下りてきた。小雪だ………。
「お嬢ちゃん、切符!」
「へっ? あ、あわわわ、ごごご、ごめんなさい!」
運転士に呼び止められた小雪は、ポケットから財布を出した途端、するりとそれが手から滑り落ちて、ホームに小銭をばらまいてしまったらしかった。ここからじゃよく見えないけれど、チャリン、チャリンという音がここまで聞こえた。
「あのバカ………」
私がホームまでやってきた頃には、ちょうど小銭を拾い終えた直後だったらしく、何べんも何べんも小雪は運転士に頭を下げていた。私がすぐ隣まで来ても、小雪は全然気付いてないらしく、財布に左手の小銭をしまい始めた。
「雪下がりな、危ない」
「ひゃうぁあ!? ………な、なんだ、ぼたんちゃんか、おどかさないでよぉ~」
おどかさないでよ~、なんてよく言えたもんね! さんざん人を待たせておいてっ。
「あ、そう。じゃ、電車にぶつかってもいいんだ」
「えっ? わっ、わっ!?」
シュワァアーン、という空気の抜ける音がして、ゴゴゴゴゴ…うぉ~ん………と、電車は小雪の“目の前”を勢いよく発車していった。もちろんぶつかったりなんてしなかったのだけど、小雪はふらふらと駅の掲示板にもたれかかって、俯いてしまった。
「もぅやだ………」
「雪のドジは今に始まったことじゃないでしょ」
ちょっとぐらいフォローしてよぉ、と、弱弱しく下を向いたまま言った。この様子だと、ここに来る前にもロクなことがなかったんだと思う。いつものことだけど。
「電車使うほどでもなかったんじゃない? 雪んちからだったら自転車でも来れたろうし」
「う~、今日はバスで来てたの。帰り荷物いっぱいになると思ってたんだけど………そしたら、渋滞に引っかかっちゃって」
なるほど。小雪のことだ、バスの中だったから電話にずっと出なかったのだろう。そういうのをいちいち気にする子だってのはわかってるけど………ちょっとぐらい、いいじゃないの。
「……ぼたんちゃんごめん、遅れて。怒ってる…?」
「別に、いつものことだし。さ、行こっ。遅れた分も楽しまないと」
壁に寄りかかったままの小雪の両手を取って、私は強引に彼女を引っ張った。小雪はバランスを崩しながらも、う~あ~言いながら、だんだん楽しそうな顔になってきていた。
「ぜったいぷにちゃん怒ってるぅ~」
「その名前で呼ぶなぁっ!」
―――――
「………なんで俺がこんなことせにゃ…」
シャツのボタンを下から留めながら、俺はぶつぶつとそんなことを呟いていた。
母さんと桂にイエリーが見つかってしまい、もうどう説明したらいいのかもわからなかった。ただ一つ、確実に俺はやっておく必要があることがあった。
それは、彼女を着替えさせる(もとい、服を着させる)ことだった。とりあえず、今は、そういう名目で二人から彼女を切り離していた。
「しかし………ったく、」
どういうわけか、彼女は着替えを渡しても、ほとんど何の反応も示さなかった。まるでそんな物は初めて見る、とでも言いたげに無表情な瞳を動かして、着替えと、俺の顔とを何度か見比べていたのだ。
その間ずっと目を逸らしていたのだが、やっとのことで衣擦れの音が聞こえたと思い安心したのも束の間。『マスター・カラポン』という呼び声に振り返ると、彼女はとんでもない格好をして立っていて、俺をひどく驚かせてくれた。
シャツをズボンのように穿き、袖から無理やり両足を出して、肩には腕から通したであろう、トランクスがタスキのように引っ掛けられ、反対の手にはどこにも着るところがなくなってしまったGパンとTシャツが握られていた。まるで、『これはいりません』と言っているかのような風に!
(普段服を着ていないのかこいつ………そういやあっちでも、裸だったり、布きれみたいな服しか着てなかったもんな………)
「………」
何より困ったのは、彼女が喋らないことだった。俺が、キツイか? とか、こんなんで悪いな、とか言っても、彼女は表情すら変えず、反応を示さない。何をしても文句を言われないから、着替えさせるのは楽だったが、どうも気持ちが落ち着かなかった。じっとしてろ、なんて俺が言ったせいなんだろうか?
「………ふう、終わった…」
「………?」
終わった、という言葉に反応したのか、イエリーはようやく自分から身体を動かして、自分の身なりを確かめ始めた。身体をひねって背中を覗いたり、シャツを持ち上げて柄を見たり、襟を持ち上げて自分の胸元を覗きこんだり………。
「…ごめんよ、こんな服しかなくって」
「ちょーっ! なんで拓にぃの服なんか着せてんのよーっ!?」
ドアから桂が、首だけを伸ばして覗きこんでいた。まるでろくろ首だ。
「な、なんだよ。これしか無いんだからしょうがないだろう?」
「そうじゃなくって! その………この人が元々着てた服があるでしょう! ブラは!?」
何をそんなに苛立っているのか………桂は不躾にもイエリーの服をめくって頭を突っ込み、この世の終わりを見たかのような顔をして、「ノーブラ!!?」と叫んだ。
「まさかパンツも!?」
強引にお腹とズボンを押さえ、ズボンの隙間から股を覗き込むその行為はただの変態その物だ。挙句、強烈な吐き気を催したように、「おええええ」とわざとらしく不快感をあらわにしていた。
「拓にぃのバカ! 不潔! バイキンマン!!」
「んだとぉっ…バイキンマンは悪くねぇよ!」
もはやヤケクソだった。そして事の中心であるイエリーはと言うと、あれだけ桂にイタズラされても、シワ一つ立てず、さっきと同じ顔をして桂の背中を見ていた。………少し、怒ったのかな?
「マスターカラポン」
「…は、はい!」
ぜ、絶妙なタイミングで声を掛けてくるな、さっきから………? 桂も驚いて、ビクッと体を震わせていた。
「記憶領域にはロックが掛かっています。これ以上のデータを保存するには、システムディスクによるロック解除が必要です。ディスクを」
「ディスク………?」
そんな物、段ボールに入ってただろうか? 早速段ボールを調べてみたが、それらしい物は見つからない。軽油タンクが入ってる方には………まず無いだろう。折れちゃいそうだし。
「………ねね、拓にぃ。マスターカラポンって何?」
「…後で説明する、今はそれより……ディスク、見当たらないんだけど」
しかし、イエリーは何も反応を示さなかった。『私はもう言うことは言いました、早くディスクをください』と、無表情な顔がそう言っているような風に見えて、なんとなく腹が立った。
「拓にぃ、それには?」
桂は机に放られた、月刊雑誌並みの厚さがあるイエリーのマニュアルを指さしていた。巻末付録でも付いてたとすれば………どうだろ。
「どれどれ………あっ」
その答えは、持ち上げてみてすぐにわかった。裏表紙が紙の質感よりも、少し硬くなていて、開いてみるとやはり、ビニールの袋に入れられたディスクが貼り付けられていたのだ。………なんだけど、
「…あったけど、これって………ディスクだけど…」
そう。ディスクという言葉のイメージから、CDかDVDのような円盤状の物が入っているのだろうと思っていたのだが………これはどう見ても、四角くて、黒い。たぶん、大きさは三・五インチで間違いないと思う。
「なにその黒いの?」
「これだから今時娘は…フロッピーも知らんのかえ、ほーほー、嫌じゃのー歳を取るのは」
ラベルには事務的な印字で『システムディスク+補助ディスク』と、日本語で書かれていた。注意書きで、『紛失時に備え、バックアップディスクを作ってください』とご丁寧にも書いてあった。
なんだかなー、と思ってディスクを裏返したり、シャッターを動かしたりして眺めていると、すっと、ディスクに手が伸びてきた。イエリーだった。
「ディスクを」
「お、おう………」
表情に出ない分行動が積極的なのかな…? 半分脅し取られるような形で、俺はイエリーに“フロッピー”ディスクを渡した。
(でもどうやってディスクと接続するんだ? やっぱ、お腹とかに差込口とか隠れてんだろうか…)
桂も何をするのだろうと、興味津々な様子でイエリーを見ている。イエリーはそんな視線を全く気にする様子もなく、シャッターがちゃんと開くことを確認すると、おもむろに口へ………って、えええ?!
「ちょ、ちょちょっと!!? それ、食いもんじゃ…!?」
まるでおせんべいをお行儀よく食べているように、イエリーは、両手でフロッピーディスクを持って、シャッター部分をかじり始めたのだ。しかしどうだろう。耳を澄ますと………
………ツー、ツッツー。………ツッツッツー。
………どこからか、少し懐かしさを感じさせるような、あの独特のフロッピーの読み込み音が聞こえてきた。イエリーの顔を良く見ると、フロッピーのシャッターをくわえ込んだ口元は、時々もごもごと動き、両目はワープロに打った文字を追っているかのように、左から右へ行ったり来たりせわしなく動いていた。
「まさか、本当にデータを読み込んでるのか…?」
「何………なんなの? このお姉ちゃん、何でそんな物食べちゃってるの? あ、わかった。ホントはそれ、チョコなんでしょ、ブラックチョ………ふぐががが!」
口を開けたタイミングを見計らって、俺は後ろ向きのまま四本の指を桂の口に突っ込んだ。何かと口うるさい奴だったから、昔っからこうやって黙らせてきたのだ。もちろん、ちょっと………結構、痛いけど。
「拓にぃ………一本鼻に入ってる」
「うわっ、ばっちぃ」
ばっちぃって何よー! …結局桂を怒らせてまた騒がしくしてしまった。さりげなくティッシュで左手を拭いたりしていたら、いつの間にか、既にイエリーはフロッピーディスクから口を離していた。
「ロックの解除が完了しました。」
「そ、そうか………」
なんだかどんどん勝手に話が進んでるような………もしかして俺、主人公じゃない?
「…マスターすじまんより、伝言を預かっています。『イエリーには蒼ちゃんの秘密を探る手助けをしてくれるように命令しておいたから。燃料は軽油。毎週月曜日の朝に届けるように手配したけど、足りなくなったら言ってね。あと何か足りない物があったら、それはそっちで何とかして』」
スージマンからのメッセージとやらを、イエリーは終始無表情のまま、しかし文章はおそらく忠実に読み上げてくれた。………さっき電話で言ってたこととほとんど同じだな。
「『あと、おそっちゃめーだぞ』。一文字文字化け、『(はぁと)』」
「………速攻でデリートしといてくれ。メモリーの無駄だ」
頭が痛い…。ツッツー、という音がして、『メッセージを削除しますか?』と聴いてきたので、「はい」と答えておいた。ツッツー、ツッツー、という音が聞こえた。
「結局…スージマンの言う通りに、俺も動かないといけないのか………」
椅子に座り込んだ俺は、両手を頭の後に回して、天井を仰いだ。真っ白な天井に、昨日のコイントス社でのやりとりが映し出されるように思い起こされてきて、なんだか溜息が出た。
スージィ長万部、サーゲス長万部、アヤミク・B、エルグナ・ラクサ、そしてイエリー・マナヤ………。あいつらが知りたがっていたことはただ一つ。―――――『蒼井林檎はロボットか、否か』。
(あいつらはいったい………)
「…何者なんですか、あなた」
ふと目を下ろすと、桂がイエリーに直接話しかけていた。俺のことをじっと見ていたイエリーは、身長の低い桂を、目だけを動かして見下していた。
「………」
目がまた俺の方に向いた。…答えてもいいか、許可でも求めてるんだろうか?
「…いいよ教えて。俺の妹の、桂だ」
「………私は、電気指令式・ディーゼル駆動・電子演算方式・汎用型人造人間Type.E.A。コードネーム『イエリー・マナヤ』」
「ディーゼル…人間???」
疑問符だらけになってる我が妹は、助けを求めるように俺とイエリーを交互に見比べる。…頭の悪いこいつにゃ、この説明だけで理解できるわけがないよな。
「ロボットのイエリーさんだ。ちゃんと挨拶しろよ、桂」
ああ、そっかロボットか、と激しく頷いた後、「はぁああ!?」と、奇怪な驚きのポーズを披露した桂。ほんと、忙しい奴だ。
―――――引弧モール内、『ぷちしゅー de papa』
「んふぅ~、おいしぃ~。パイ生地もサックサクしてて超おいしー!」
「…もー、そんなに食べたら太っちゃうよー? 一個ぐらいちょうだいよぅ」
ダーメと言って、迫ってきた小雪の手を妨げるぼたん。そして自分は、また一つプチシュークリームを口の中に放り込んだ。遅刻したお詫びとして、小雪がぼたんに買った物だった。
「これはお詫びの品なんだから、あたしが食べなきゃ意味が無いでしょ! それにこーゆーのは別腹って、女子の常識でしょっ」
しかしなぜか、小雪は口を押さえて笑っていた。
「今のダジャレ? “じょし”の“じょーしき”って…ぷぷ」
「は……わ、笑うなっ、ちがーう!! あげない! 絶対雪にはあげないもんね!!」
アーケードのど真ん中で、食べ歩きをしている少女達に自然と視線が集まっている。土曜日の引弧モールは、今日も盛況だった。
――――――――――
「おおよその説明は、たぶんいらない。何か聴いても理解できそうにないし、こう、なんつーの? 設定集とかその内まとめて出してくれるんでしょ?」
何のことを言ってるんだ…と思いつつも、状況の飲み込みが早い母に心から感謝していた。愚妹のなんと説明の面倒くさかったことか。
「まぁ………そう言ってもらえると助かる。とりあえず知っておいてもらいたいのは…彼女、名前はイエリー・マナヤ。ディーゼルロボットで、燃料は軽油」
「ディーゼルだもんねぇ」
ポットから急須にお湯を入れた母さんは、四人分の湯のみを用意していたのだが、その内の綺麗な一個を引っ込めて、三人分のお茶を配膳した。椅子に丁寧に座ったイエリーも、特に反応を示さなかった。
「…ふー。で、拓二はこの子とどうするの? うちに来たってことは、何かやることがあって来たんでしょうけど。子作り?」
「ちがわいっ!!!」
「いやわかんないよお母さん、だってさっき裸で下に降りてきてたし…」
せんべいの袋を開けて、バリボリと齧り始める我が母上。相手がロボットと分かってから、何か無遠慮すぎるような気もするが………
「共存調査を依頼したいのです」
「え?」
「は?」
「…ん?」
三人が三種類の反応を示す中、イエリーは0種類の表情を崩さぬまま、唐突にそう切り出した。
「我が社では私のような、人型ロボットの開発が研究されています。しかしながら、未だにその完成には至っておらず、機能面において不十分な点が指摘され続けています。
そこで、マスター・カラポンには共存調査の依頼をしました。私に不足している人間的機能を検出し、データを我が社へと送らせていただきます」
「マスターカラポンって………ダサッ」
(俺だって嫌だよ………ていうか)
そういう話だったのか? さっきまで俺にしてくれていた説明とは一変し、蒼井林檎の“あ”の字も無くなってしまってる。
「はんはん、なるほど。つまりうちに住み込みたいってわけね。いいんでない? ロボットなんだし、色々手伝ってくれるんでしょうしね? ラッキーもうけっ、うちのロボット達はまーったく手伝ってくれやしないもんねぇ~」
「…私は時々手伝ってるもん!」
「いちいちうるせぇなぁ………母さん、本当にいいの? なんか、あっさりしすぎて拍子抜けするんだけど………」
バリリンとせんべいを食いきると、母さんはお茶をすすって大きく息をついた。
「イエリーちゃんって言ったね。ロボットならとことん使わせてもらうよ? その辺の覚悟はOK?」
「はい。私は人と共存するために造られて来ました。私にできることならば何なりとお申し付けください」
即答。何の躊躇いもなく、イエリーはそう言い切った。
「ですが、マスターカラポンの承諾を。私はマスターカラポンに所属する身である以上、私の使用方法を決めるのは、私ではなく、マスターカラポンです。私は、マスターの命令に従います。」
ほぉ、と感嘆の声を上げた母さんは、次に俺を“睨みつけた”。なぜか口元が笑っていやがる。
「“調教が進んでる”ねぇ~命令に従いますってか。聞くまでもないね、いいってさ、あんたのマスターは」
「はぁあ!!? 俺何も言ってねぇだろ!?」
「そんじゃあ、」
ダメなのかい? と、すかさず聞き返されて、俺は言葉に詰まってしまう。唐突に色々なことがありすぎたおかげで混乱していたが、結論としてたどり着くのは、『イエリーがうちに住もうとしていて、母さんの手伝いとかをやろうとしている』、ただそれだけだ。母さんは許可してる。じゃあ俺は?
(けして嫌じゃないけど…)
イエリーを見た。イエリーも俺を見ている。
目の奥に生気こそ宿っていなかったが、その顔はやっぱり、人間だった。『早く返事をください』と催促しているように見えたのだ。
なぜだか、自然と口元が緩んでいた。
「………わかったよ。また段ボールに詰め直して送り返すのも、可哀想だしな」
「おやまぁ、あの中に入ってたんかい。どうりで重かったわけだぃね、ぬぁっはっはっは!!」
…知ってたな。なーにが『おやまぁ』だよ、わざとらしい!
「では、私に命令を。マスターカラポン」
「あぁ………えと、どうすりゃいいんだ? 単に言葉で言えばいいだけなのか…? …そんじゃ、うん」
天井を見上げる。何て命令しよう、深く考えないで、思った通り言えばいいのかな。女の子に面と向かって“命令する”なんて、何だか小っ恥ずかしい。長めのまばたきを終えて、俺は口を開く。
「イエリー・マナヤ。君はこの家で、俺達と共に生活していくこと。俺からの命令だけでなく、母さんや、妹の桂の命令もよく聞くんだ。…うん、こんな感じかな………って、」
ツッツー、という音がして、どこから取り出したのか、イエリーは真っ黒のフロッピーディスクをかじっていた。ハムスターが食事をするみたいに、丁寧に両手で持って、『カリカリカリ』、と。
「ま、またやってる…?!」
「…あのー、イエリーさーん?」
「………ツッツー………」
食事中(?)の目が、一度こちらに動いた後、またフロッピーへと目線が落ちる。よく見ると、フロッピーを持つ白く細長い指が、時々意図して動かしているように見えた。オカリナでも吹いてるみたいだ。
「………只今の命令内容を、“内臓”メモリと外部メモリに保存しました。命令は受諾され、只今から実行されます」
「よっ、おめでとさん! じゃあ早速洗い物をお願いしちゃおっかな~。あ、いや待てよ…イエリーちゃん、ちょっと立ってごらん? ………はぁ~ん、そこでくるっと後向いて。ははん、桂が嘆くわけだねぇ、こりゃいくらなんでも可哀相だ」
イエリーは言われるまま、腕を開いたり、服を広げたりしている。…お人形さんか何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。
「でしょでしょ! ロボットとはいえ女の子なんだからさー。しかもあん中トランクスだよ! 信じられないっしょ!!」
はっはっはっは!! …よっぽどツボにはまったのか、母さんは机をバシバシ叩き、腹を抱えて爆笑していた。そんなに俺の服のセンスが悪いってのかよ…。
「仕方ないだろ、裸で送られてきたんだから…選んでる余裕なんかなかったんだよ」
「そんじゃあ、じっくり時間をかけていい服を選んできてあげなさいな。桂、あんたも行っといで、ほら!」
ぎょっ。
…こんな言葉を、日常会話で使う機会が訪れるなんて、誰が思っただろうか? …いや、非日常なのか、既に…?
「ど、どうしたのお母さんこれ…?」
「ぬふふー、実は宅配のおじさんにが、段ボールと一緒にたくさん渡していってくれたんだよねー。『くれぐれもよろしくお願いします』、なーんて言われちゃってさ~。さ、イエリーちゃんの服を買ってきてあげなさい! あ、お釣りは返すのよ!」
そして母さんはニコニコした顔で、決して食卓の上には似つかわしくない“ソレ”から、数枚の一万円札を取り出して俺に手渡した。
厚さ約1cm、綺麗な茶色い長方形をした、パリッパリの『札束』から…。
―――引弧モール内、洋服チェーン『グランシャリオ』。
「うーん………こういうのって私なんかが着ても………あー、値段が無理…」
「ははっ、何ソレ。小学生じゃないんだからさー、やめなよそんなの」
ザザザ、と振り返ると、ぼたんが苦笑いを隠しきれてない顔をして腰に手を当てていた。小雪は頬を膨らませて、品定めしていた水着を握り締めていた。
「嘘ばっかし。大人っぽいの選んだら選んだで、似合わないって笑うくせに!」
「だからってさー………くくく、ぷ、いっそ、さ、スクール水着がいいんじゃない? 雪って小学校の頃の奴だってまだ着れるんじゃないの?」
着れるわけないじゃん! と、小雪は大声を出してしまったことを後悔した。洋服を選んでいたカップルが振り返って、小雪と持っている水着とを見比べてクスクスと笑っていた。
「………もういい」
「わー、わかった、わかったって! 雪が似合う水着私も選んだげるから! 今年の夏は気合入ってんでしょ。カラポン先輩が振り向いちゃうような大胆な奴探したげるって」
ハンガーを元に戻そうとしていた小雪が、びくん! と動揺したのを、ぼたんは見逃さなかった。…いや、見逃してても、ハンガーを落とした音で気付いていたかもしれない。
「………いつから気付いてたの?」
後を向いたまま、小雪は小さく呟くように言った。ぼたんはハンガーを一つ一つチェックしていて、小雪の方を見ないようにしていた。
「バレバレだし。撮影補助とか、ミキシングとか、配線とかやり始めた時点で。アナウンスがやりたかったんじゃなかったっけ、雪は?」
「………そっか。」
落とした水着のほこりを払って、ハンガー掛けに戻す小雪。まだぼたんの顔を見ることはできなかった。
「まー、いいんじゃないの? 好きになるのは自由だし、勝手だし、法律で禁止されてないし。私は雪の補助をするだけであって、後押しはしないし。雪がしたいようにすればいいだけのことじゃない? それとも、」
一組の水着を取ると、ぼたんは小雪の背中にその水着を押し当てた。ボトムが少し小さそうだった。
「こういうのも、やめよっか?」
ようやく振り返った小雪は、ぼたんが持ってきた水着と、ぼたんの顔とを交互に見て、少し考えた後に、それを受け取った。
「…試着してくるね!」
たったか小動物のように駆けて行く小雪の背中を見送って、ぼたんは苦笑いして溜息をついた。
「マジなんだ…ていうか、わかってんのかな雪………カラポン先輩よりまず、林檎先輩の方をどうにかしないといけないでしょうに………ん?」
試着室の向こうに、ぼたんは見覚えのある顔を見た気がした。しかし、その人はすぐにどこかへ行ってしまったらしく、すぐにその姿は見えなくなってしまった。
「まさか…でも、まずいけど………平気だよね…?」
――――路線バス車内
「ありえない。ありえなすぎる!」
「…でけぇ声出すなよ」
北貝梨駅へ向かうバスの中で、桂はまだ興奮覚めやらぬ様子で、ブツブツ独り言を言っていた。
「だって、見たでしょう?! 何でお母さんがあんな………っ、………札束なんか持ってんのよ。ありえないでしょ、絶対ッ」
「まぁ…な」
札束、という単語に抵抗があったのか、急にコソコソ声になる桂。俺は努めて冷静を装って答えを考えるが、たいした物は浮かばず、その内桂の方が勝手に喋り出していた。
「ていうかさ、イエリー…って、呼び捨てでいいよね、ロボットなんだし? イエリーってさ、本当に、ほんっっッとうに、人間じゃないの?
そりゃー、さっきフロッピーをかじってる所は見たけど、それだけじゃない? なんかイマイチ実感が湧かないって言うか、ロボっぽくないって言うかさー」
そんなロボっぽいとこが剥き出しになってたら、こんな堂々とバスの最後部座席に陣取ってるわけがないだろっつの。桂を挟んで窓側に座っていたイエリーは、窓に向けていた顔を振り向かせ、
「ロボっぽい所?」
と、聞いてきた。
「たとえば………ミサイルとかレーザーとかの武器とか! それか、空飛ぶための羽とかエンジンとか。そういうの、全然無いじゃない」
「ははは…ミサイルに翼ねぇ………」
思わず俺は苦笑いしていた。だって、ミサイルに翼って、俺の夢に出てくる林檎のイメージそのままじゃないか。
「…ミサイルも翼もありませんが、」
「ほら見ろ、イエリーが困ってるじゃないか」
「だってさ~」
…せいぜい、起動の時に背中の電源ボタンを押したぐらいだもんな。俺が見たロボらしいところってのも………。
あれ?
俺は今強烈な違和感を感じたのだが、その結論に至ったのは家に帰ってからだった。 それは―――、
「ビーム砲ならあります」
「ほらな、ビーム砲しか………?」
「えっ! マジマジ!? 見せて見せて!!!」
―――なんか、それどころじゃなくなってしまったから、かも、しれない。
「では………」
「では、じゃねーよ! やめろ、出さなくていい―――――」
2秒遅かった。突然、ブクブクと膨れ上がったイエリーの左腕は、綺麗な楕円状に形成されて、手首の手前のカバーが左右に突出したかと思うと、そのできた空間に手首が収納され、代わりに筒状の砲身のような物がスライドしてきた。………昔テレビゲームに出てきた、青い少年の武器によく似ているかもしれない。
「ロックオン・バスターです。手動で発射させることもできます」
(名前からしてギリギリだな………おい)
「…すごぉいっ! これ、えっ、マジ、撃てるの? 撃てるの? あっ、ここから持つ所が出てくるんだ、へー」
バスには5、6人の人が乗っていたが、幸いにもほとんどが中扉より前の方に座っていた。多少ごちゃごちゃやってても、誰も振り返ったりはしなかった。…最後部座席で、本物の光線銃がむき出しになっているとも知らずに。
『次は、区役所入口、区役所入口。こだわりのそば処・馬井屋前でございます………』
「ほら、もうすぐ降りるとこなんだからさ、…イエリーもその物騒な奴をしまってくれよ。あとさ、それって簡単にポンっと出しちゃってるけど、安全装置とかなんかあるんだよな? 簡単に撃てないように、セーフティロックが掛かってるとか、なんか」
ちょっと目を離した隙に、桂が色々いじったのか、イエリーの左腕はおもちゃのボーガンのような形にできあがっていた。あの細い腕にそんなに色んな物が隠れていたのかと、驚いたぐらいだ。
「ありません。トリガーを引けば、発射されます」
「…は?」
「チャージ・ショット!」
バカっ、やめろ!? …俺の言葉は、今まで聞いたことのないような音でかき消されていた。おかげでバスにいた他の人達には、俺の声は聞こえていなかったかもしれない。
チュイィィン………ズドォァアアアアン!!!!!!!
…また、2秒遅かった。
―――――
「…よし、これでOK。二人とも、文句は無いな?」
バスの電光案内板が“原因不明”の爆発を起こし、フロントガラスも割れてしまったバスは運行継続不能になってしまった。傍から見れば電柱にでもぶつかったんじゃないかとも見える。
代わりのバスを手配するという運転士の申し出も断り、そそくさと降車した俺達が逃げ入ったのは、近くにあったドラッグストアだった。
「うー…確かに私が悪かったけどさー。何もここまでしなくてもいいんじゃないの? イエリーがかわいそうだよ」
イエリーは包帯でぐるぐる巻きにされた自分の左腕を不思議そうに眺めていた。…こうでもしないと、また何かの拍子で、あの“ロック…何とかバスター”ってのを街中で撃たれるかもしれないと思ったからだ。見た目は悪いがしょうがない。誰かに聞かれたら火傷をしたとでも言っておこう。…実際、皮膚がちょっと変色してたしな。
「ロックオン・バスターは使用禁止ということでしょうか」
「そうだ。これからは、よっぽどのことが無い限りバスターは撃っちゃいけない。…って言うか、あんだけ破壊力があって、安全装置も無いのが不思議なんだけどな…」
俺の目を直視するイエリーからは何の感情も伝わらない。表情の無いその両目の奥で、イエリーはバスターを封じ込まれることをどう思っているのだろう? …考えてないのかな、やっぱ、ロボットだし。
「では」
「ん?」
包帯を巻いた左腕と、巻いていない右腕を交互に見比べるイエリー。
ブクブク、っと、右腕が膨らんだかと思うと、手首のカバーがスライドして………って、まさか…?!
「右腕のロックオン・バスターは使用可能ということですね?」
「…あははのは」
………もしかしたら、イエリーには“反省”という感情さえ入っていないのかもしれない。
包帯ぐるぐる巻きの左腕と、バスターに変形した右腕とを俺に披露する彼女の目からは、何の感情も伝わってこない。“悪意”という感情さえも。
「…イエリー、右手を出すんだ」
―――――
…ツッツー、ツツツ。
多目的トイレから出てきた俺達を、レジの店員が怪訝そうな顔で眺めていた。
そりゃあそうだろう。三人いっぺんに同じトイレに入って、しかもイエリーは両手を包帯ぐるぐる巻きで、おまけにフロッピーディスクをかじりながら出てきたのだから。
…驚きとか疑問とか苦笑とか、どの表情を出そうか迷ってるようにさえ見えたぐらいだ。
「…さっさと行くぞ。引弧モールまでお散歩だ」
「え~、遠いじゃん! お金あるんだしさー、タクシーとか使わない?」
「アホか、そんなもったいないことできるか! 贅沢言ってないで、歩くぞ!」
ふと道路を見ると、さっきのバスがまだ路肩に止まっていて、警察が写真やらを撮っていた。一車線道路の片側を塞がれ、渋滞ができて何やら混み合い始めていた。
「マスターカラポン、プログラムの更新が完了しました。『包帯が巻かれている間は、ロックオンバスターの使用は禁止』です」
「よし、よくできましただイエリー。これからはしっかり守るように」
はい、と短く答えて、イエリーはフロッピーをズボンの後ポケットに押し込んだ。
「…そんな所に入れてたのか。危なっかしいからカバンに入れといてやるよ、ディスク貸しな」
イエリーは首を傾げる。
「収納には最適な容積ですが」
「座った時に割れちゃうって…」
俺がポケットに手を伸ばそうとすると、意外にもイエリーはその包帯ぐるぐる巻きの手で遮ろうとした。結果として、触れ合う二つの手。(え、さっきより………)
暖かい…? 包帯越しからでも伝わるくらいに、彼女の手には温もりが宿っていた。今朝、ダンボール詰めにされてた時には、死んだように冷たかっただけに、尚更驚いた。
「あ………」
「………」
視線が、合う。彼女の手の温もりを感じながらだと、なんだか目に見えない感情が肌を通して伝わってくるような気がする。
変わらぬ表情の奥から伝わってくる彼女の感情、それは―――。
「そこは臀部です。男性には触らせてはいけないと、マスタースジマンよりロックされております」
―――沸々と湧き上がる、怒りの感情だった。…ああ、これは俺の感情でもあるな、スージマンに対しての…。
「…そうか、イエリー。それはすまなかったな。じゃあフロッピーは自分で割らないように気をつけてくれ。さー、いくぞイエリー、桂! おら歩け!!」
「やっ、ちょっと! 引っ張んないで!! 聞けコラッ、くそ兄ぃ!」
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北貝梨駅。星流地区への玄関口であり、在来線と星流川渓流鉄道との乗換駅でもある。
俺達が通う県立貝梨高校は、ここからセナテツで4駅乗った所にあるのだけど、普段は自転車通学をしている。4駅って言ったって、1駅1駅の間隔がかなり短いから、家からでも20分ぐらいあれば着いてしまうのだ。
たまに、何かの間違いで遅刻しそうになった時などには、この駅前バスターミナル辺りに自転車をほっぽりだして、セナテツに駆け込み乗車するという場合もある。
(今まではそういう位置付けの駅でしかなかった。けど、今となっては、嫌なことばかりを思い出す駅になってしまった…)
ネジ。
彼女の………蒼井林檎のパンツの中から、ありえない物が出てきた。あの時の恐怖を、今も忘れることができない。
別れ際のキス…そのまま殺されるかと思った。目を開けることが怖かった。
(そしてその直後、ここであいつと出会った)
スージぃ・長万部。…思えば、アイツらは最初から怪しかった。
なぜ、蒼井林檎のことを知っていたのだろう。
なぜ、蒼井林檎がロボットかもしれないと疑うのだろう。
…なぜ、イエリーマナヤをうちに送ってきたのだろう?
(思い出すとキリが無いな………でもやっぱり、最悪の思い出は、)
「拓にぃ? 拓にぃ! どこ行くの、引弧モール行くんじゃないの!?」
「…ん。ああ、そうだけど。別に歩いて行けるだろ、もったいない」
ケチンボ! と、桂は人目もはばからずに大きな声を上げていた。イエリーはというと、桂の手を握り、黙って付いてきていた。
───
トゥントゥントゥントゥン………
セナテツの急カーブに沿って歩いていると、北貝梨から出てきた電車がキィンキン金切り声を上げながら真横を通り過ぎていった。
踏切の遮断機が上がり、俺達は反対側へと渡る。既に、引弧モールの赤いアーケードが見えていた。
「あ~あ、あれに乗ってればもう着いてたのに」
「1人140円×3で420円。歩いて5分の所にそんな金掛けられるかよ」
ぶーッ、違うもーん、と、桂は口をとんがらせて言った。
「引弧モールまでは100円だもーん! 馬鹿クソ兄ぃ、そんなことも知らないのー、超ダサくない? ねぇ、イエリー」
「必要ならデータを更新します。マスターカラポン、『馬鹿クソ兄ぃ・超ダサい』」
カリカリ…ツッツー…。
イエリーはまた、歩きながらフロッピーをかじっているらしかった。振り返らなくてもあの独特の音ですぐに分かってしまう。
「…それでも往復600円だろ。ソフトクリームでも買ってやろうかと思ってたけど、いらねぇか。帰りは電車にするか」
「ソレとコレとは話が―――」
後方から微風、と気づいた時にはもう手遅れだ。あ、やべっ、と思った瞬間、
「べつッ!!」
ビタぁンッ!!! …という音と共に、平べったい激痛が背中に張り渡った。手形にヒリヒリしやがる。
「にゃろぉ…」
後ろの方から、『ツッツー』という音が鳴っていた。…あとでデータをチェックしておかないと、大変なことになってそうだな。
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引弧モール。貝梨市の再開発によって誕生した、工場跡地を利用した巨大なショッピングモールだ。去年完成したばかりで、セナテツは入口近くに新駅を開業、本数も増えた。
今まで遠くまで行かないと買えなかったような専門店などが多く入っているため、駐車場はいつも混んでいる。土日はその渋滞のせいで、よくバスが遅れるほどだ。
「うわぁ………広っ! 超吹き抜け!!」
「ん? 桂は前にも来たことなかったか?」
「って、イエリーが言ってた。心の中で」
暑っ苦しくもイエリーの腕に抱きついている桂。イエリーと目が合うと、にやにやと笑っていた。
「すっかり仲良しさんなんだな。心の声とか、俺にはわかんね」
「心を閉ざされちゃってるんじゃないの? エッチなことしようとするからさ! …あいたっ」
ぐりぐり。
「声がでけぇっつの! …それに俺は何もしてねぇっつの、勘違いされるようなこと言うな、バカ!」
「嘘だぁ~、すっ裸で家ん中歩かせてたぐらいだもん、お部屋の中でどぉんなお楽しみをしてたのやら…いたいっ、いたい!!」
ぐりぐりぐり。…おかしいな、桂ってこんな性格だっただろうか。
(たしかに生意気な奴ではあったけれど………これじゃまるで、スージマンみたいじゃないか)
「もうっやめてってば! 早くイエリーの服買いに行こうよっ、私が可愛いの選んだげるから! ね、イエリー?」
「………」
無感情な瞳が、桂と俺との顔を見比べている。どう答えたものか、言葉を捜しているようにも見えた。
「ま、そのために来たんだしな。イエリー、桂の着せ替え人形になりたくなかったら、自分で選べよ。自分で着る物なんだからな」
「………」
口を開きかけるイエリー。腕に張り付いた桂が、アピールするように身体を揺すった。
「マスターカラポン」
「おう。何だイエリー」
『マスターカラポンの指示に従います』、よし、俺にも心の声が聞こえたぞ。
「なぜ服を着るのですか?」
「………はい?」
…心の声、聞き間違えたかな?
「可動範囲の阻害、外部端子接続への支障。機能効率上、推奨されません。現在着用している衣服を全て脱着すれば、冷却循環効果が10%向上されます。許可を」
「裸がいいってこと?」
「…却下だ」
…なんだか溜息がこぼれた俺。
許可なんかできるわけねーだろ! …そう叫んだ所でしょうがない。俺は目に入った洋服チェーン店の看板に向かって、ぶらぶらと歩き始めた。もう、説明する気にもなんね。
「グランシャリオか…普通の服とかならここで揃うよな」
―――――つづく
グランシャリオって北斗星の食堂車のことなんだよね