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カラポン・ザ・ストーリー  作者: 鈍行彗星
1『カラポン・ザ・ストーリー』
5/21

4『イエリー・マナヤ ~前編』

コイントス社から帰ってきたカラポンは、田んぼに置いたままにしてきた自転車を取りに行くのだが………

「じゃあ自転車はどうしたの?」

「ほったらかし。今日になって思い出したから、これから拾いに行くところ」

 田んぼ道を歩く俺たちの他に、人はおろか、カラスやスズメさえも見当たらない。稲穂が風にそよぐ音だけが規則的に聞こえ、晴天の空に雲は静かに座り込んでるようだった。

 ふと、林檎がピッタリとくっついてきた。

「…やめろよ、恥ずかしい」

「誰も見てないじゃん。手でもいいよ」

 組もうとした腕を離し、林檎は手を握ろうとするのだが、俺の左手はポケットに突っ込んだままだ。手だって十分恥ずかしい。

「んもうっ、いじわるっ」

 意固地になった林檎は、強引に握りこぶしを引っこ抜くと、こぶしのまま包むように手を掴んできた。…どうしても、繋がっていたいらしい。

「あった…クソ、田んぼに落ちてやがる」

 道路の脇に止めておいたはずの俺の自転車は、横倒しになって田んぼの中に落ちていた。風か、ひょっとしたら車がぶつけていったのか…まあ、盗られてないだけマシと考えるしかないな。

「ちょっと待ってろ」

「もう離れちゃうの…?」

 ズボンに泥が跳ねるのもお構いなしに、俺はジャボジャボと田んぼの中へ入って、さてどうしたものかと考えていた。

(左半分泥まみれだもんな…転がしてくしかないか)

 ずっぽりとハマったハンドルがなかなか抜けなくて、しかもサドルまで泥まみれになってて座れたもんじゃない。まあ、林檎を後ろに乗せなくて済む口実にはなりそうだけどな。

「ねぇ。そのスージマンって子は結局カラポンに何を見せたかったの?」

 退屈になったのか、林檎は道路にしゃがんで声を掛けてきた。昨日のことについては、まだ断片的にしか話してなかった。

「んー? 大したことじゃねーよ、ロボットがどーたらこーたらとか。なぁ、聞いてくれよ」

 


え?



「なぁに? 何が面白いの?」


 いや、待てよ俺。それは林檎に言ったら、マズいって。


「それがさ、面白いこと言い出すんだよアイツら。バカバカしくて笑っちまうぜ?」


 ダメだ、目を逸らしちゃいけない。今アイツから目を逸らしたら………


「へぇ………教えてよカラポン。どんなこと言ってたのか」

「それがさ、そいつらはロボットを作ってる会社の人間だったんだけどさ」


 やめろ、やめるんだ。もうそれ以上言う必要なんか無いだろう、俺っ。


「お前がロボットかもしれない、なんて言うんだよ林檎。馬鹿みたいな話だろ、なぁ?」


 ―――――逃げろ、俺。


「―――へぇ、よく気付いたじゃン」

「………え?」



 

ギュィイイイイ イ イ イ イ!!!!!!!!



「うわっ、ぁああ!!?」

 金属が切断される嫌な音。不気味に響き渡るモーターの駆動音は、かつて聞いたことのあるソレと全く変わらない。

 …チェーンソー。

 自転車のフレームを切り裂いたそれは、泥を巻き上げた後に、たった今停止した。

「どこまで気付いてるのかな、私の右手がチェーンソーになること?

 私が実は空を飛べること?

 私の体中からはミサイルが撃ちまくれること?

 あはは、黙ってたらわかんないじゃん、カラポン。教えてよ、ねぇ」

 再び唸りを上げ、振動で泥しぶきが周りに飛び散りまわる。

 …林檎の右肘から先は、本当に後から取って付けたかのように、巨大なチェーンソーへと変わり果ててしまっていた。

 間一髪でそれをかわした俺だったが、田んぼに尻餅をついてしまっていて、手も足も出せない状況になっていた。

「林檎………まさか、本当に…?」

「そぉだよォ? カラポンだって本当はもっと前から気付いてたんでしょ。

 …見ちゃったじゃんねぇ、私のパンツの中から出てきた“ネジ”。

 アレ、大事なトコの奴だったから、捨てないでほしかったんだけどなぁ」

 ブォンッ、と、右腕を遊ぶように振り回す林檎。…その目に、迷いなんて物はまるで浮かんでいない。

「…俺を、殺すのか?」

「んー、カラポンの答え方次第かな。約束してくれたら、殺さないでおいてあげる」

 そう言いながらも、林檎はわざとらしくチェーンソーを振り上げ、ブォン! と、エンジンをふかした。


 殺される。


 最初から考えるつもりも無いんだ、こいつは。

「やめろバカ!?」

「避けちゃダメじゃんカラポン!

 避けないって約束してよカラポン!!

 アッハッハッ!!!」

 道路は林檎の後ろ、反対は足場の悪い田んぼ。…選択肢は、一つしかなかった。

「クソッ!」

 稲穂を掻き分け俺は田んぼを走った。半分汚れた制服だ、俺はためらい無く泥の中を転がり、低姿勢を維持する。少しでも背の高い稲穂で体を隠すためだ。

「遅いよ!」

「!?」

 突然、目の前の稲穂が刈り取られ、ポッカリと空いた空間に林檎が立ちふさがった。

「言ったでしょ? 空飛べるって」

「………左手はどうした、落っこどしちまったのか?」

 冗談で言ってるわけじゃない。林檎の左腕は、太いカッターナイフの刃みたいな変てこな形になっていたのだ。

 熱を帯びているのか、その周りの空気が不気味に揺らいでいた。

「これぇ? 決まってるじゃん、こっちはねぇ、カラポンの首を斬る時に使うの。

 だってチェーンソーで斬ったらグチャグチャになっちゃうじゃん?

 綺麗に斬ってあげるよカラポン、だから………避けないでねぇえ! ! ! ! !」

「―――――!!!」


 不快な甲低いエンジン音が、風ごと俺を切り裂いた―――――。


「あれぇ?

 …そっかぁ。カラポンも持ってたんじゃん。隠してたなんて、カラポンのいじわる」

 その言葉の意味は分からなかったのに、何故か、俺の口はスラスラと動き、身体も意図せず次の行動を取っていた。


「…いじわるなんかじゃない。お前を確実に斬るためだ」

 雄叫びのようなチェーンソーの駆動音。林檎はチェーンソーを弾かれながらも、すぐに態勢を切り換えし、再び俺の身体を裂くべく右腕を振りかざしてきた。

 すかさず俺はそれを受け止める。チェーンソーに変わってしまった、“俺の右腕”で。

「アハハハは!!!

 そうだよカラポン。………そうこなくっ、ちゃ!!!」

 緩急つけて襲い来る林檎。田んぼの稲がどんどん刈られるのもお構いなしに、俺は、俺達は、互いのチェーンソーを夢中でぶつけあっていた。

 表情を崩さない林檎に対し、俺のなんとスタミナの無いことか。加えて向こうは両手が凶器だ。必然的に、俺の方が後ろへ押されていっていた。


ザシャゥアァッ―――!!!


「くっ………ぃ、」

「取れたァ! 取れた、取れたァ!!

 ほらカラポぉン、チェーンソー落っこちちゃったよ、拾わないのぉ?

 いらないのかな~?」

 右肩からゴッソリ切り落とされたチェーンソーが、動いたまま地面を這い付き回り、泥を撒き散らかす。

 だというのに、右肩からはほとんど出血もしてないし、痛みらしい痛みも無い。電気的なシビれだけが、ジリジリ広がり始めていた。

(少しずつロボになり始めてるってのか…?

 ………ちきしょうッ!)

 離れないと、次こそは殺される。そんな予感が脳裏をかすめ、俺はまた田んぼを走ろうとした。

 が、なんと運の無いことか、暴れ回ったチェーンソーが地面をデコボコにしたせいで、俺は何かにつまずいて泥の中へ派手に転倒してしまった。

「おしまいだよ!」

「!」

 振り向く間もない。本能的に、そう感じた―――――。



ザシャゥウワァアアア―――――――。



 噴き続ける、何か水のようなしぶきの音。

 どんな風に、どんな色が噴き続けているのかも分からない。

 ただその、甲高く、泡でも混じってるんじゃないかと思える、ズブブブという音が、やけに耳に残っていた。

(………動けないけど、痛くない)

 もう完全に、ロボットになってしまったのだろう。そんな、諦めの気持ちが、ごく自然と身体から力を抜いていた。

 悟っていた。俺はもうすぐ、死ぬ―――――。


「………ぃたい………、たい…よぉ………」

 ………林檎の、声が聞こえた。声、と言うよりは、空気が漏れているだけのような

、………とても弱々しい声だった。

「林檎………?」

 身体は動かなかったが、首と目が動かせるらしい。赤黒い斑点の散る泥に頬を擦りながら、俺は恐る恐る後ろに振り返った。

「………うそだろ?」

 不思議なぐらい、自分は冷静だった。何も込み上げる物も、感情さえもなく、ただ冷淡に感想を述べるだけの言葉が、頭に浮かんだ。

「串刺しじゃないか、林檎………」

 それだけ。

 無惨にも、穴だらけになって、宙に浮いている林檎を見ても、たったそれだけの感想しか出なかった。

 ハリネズミみたいに、俺の背中に生えた、鋭く細長い針に突き刺さった、林檎の顔が見えても―――――。


「か………ポん…ぃ…………た、イ―――!」

 突如として、林檎の姿が小さくなり、視界から消えた。

 針が伸びて、そして遠くへと林檎を運び去ってしまったらしい。俺はもう、首を動かせるだけの力さえ残っていなかった。

(なのに見える………感じる……………林檎の身体が、どんどん引っ張られていくのが、見える)

 まるで抱き寄せて、《目の前で引き裂いている》みたいに、ハッキリと。

 声も臭いも感じないのに、なぜか、映像だけはハッキリと―――――。


「………裂けた」


 よくできた映像だった。林檎の全身に刺さった針がだんだん太くなって、強引に穴を広げてゆくのだ。耐えきれなくなった身体は、細い足や指先から、バラバラに裂けていった。

 見たくもないのに、その身が裂けゆく、林檎の恐怖の表情までも、ハッキリと。

(………声が聞きたかったな) 数瞬遅れて、頭に冷たい何かが掛かるのを感じた。

 ポツ、ぽつぽつと、雨でも降るかのように。


 ドスっ、と、最後に大きな雨が墜ちてきた。毛むくじゃらで、黒々としたそれにも、大きな穴は2つ空いていた。林檎の、頭だった。

「……………さよなら、林檎。俺もすぐに逝くさ………」

 うっすらと消えゆく意識の中、俺の両目は、林檎の首を捉えて離さなかった。


 あんなに嫌いだったのに。

 どうしても俺は、嫌いになりきれないらしかった。



―――――――



「……………んなわけねーよ」

 目が覚めると、いつものポスターが目に入ってきた。天井に貼り付けた、バーチャルアイドル『初音メテオさん』の販促ポスターだ。強調された太腿が艶めかしくてたまらないね。

「………割とマシな夢だったかな」

 ヒドい時は、あれから更に林檎の生首が襲ってきて、それを俺が踏み潰したりするのだ。

 不思議なことに、何度も同じような夢を見ても、最終的に殺されるのは林檎の方で、俺が殺される夢は一度も見たことがなかった。

(そもそも………何でこんなに同じ夢を見るんだろう。初めて見たのは忘れもしない………あの―――、)


 ―――ドンドン。


 …床が、不機嫌そうな音を鳴らした。音に合わせて、俺のベッドは突き上げられるように小さく振動した。

「………起きてるよ」

 “返事”として、俺は足だけを布団から出し、床を2、3度蹴っ飛ばした。

 これで、俺が起きてることを“下”に伝えているのだ。


―――――


(今日は学校が休みだっていうのに…)

 と言っても、時計は既に十時半を指そうとしていた。朝飯に起こすのには遅いし、昼には早すぎる。

 台所では俺を起こした張本人………母さんが、天井に向けて槍みたいな棒をまさに構えてる最中だった。

「………もう降りてきたよ」

 母さんはいつもの不機嫌面を、更に不機嫌にされたような顔をして俺を睨んだ。棒を槍に突き立てる姿がなんか、江戸時代の役人みたいな凄みさえ感じてしまう。おっかねぇ。

「起きてるならサッサと降りて来なさいっ、何度も呼んでんでしょ!」

「いいじゃん今日休みだし………メシは?」

 しかし、テーブルには親父が読み散らかしたらしい新聞が置いてあるだけで、特に何も用意されていなかった。

「その前に、コレ。何なの、いったい」

「何、って…?」

 母さんは足元に置いてあった段ボールを、棒の底で叩いて俺に示した。それも2箱。

 どちらも一メートル四方はありそうなドデカい真四角をしていた。

「…何コレ?」

「あたしが聞きたいわぃッ。ったく、運ぶの大変だったんだからねー、宅配便の人に手伝ってもらってやっとここまで入れたんだから。

 あとは自分で運びなさいよ」

「………無理だろ」

 何かの懸賞にでも当たったんだろうか? と言っても、ここ最近特に送った覚えもないし、通販だってやってない。

 だというのに、確かに宛名は『から林たく二さま』になっていた。

 差出人は書いてなかったが、このえらく汚ない字がたぶんヒントなんだろう。

(まさかな………)

 よく見ると、書き損じたのか、宛先の紙が二重に貼り付けられていて、赤ペンで大きな『×』が書かれていた。そりゃあそうだろう、宛名が『カラポンせい人』になっていたのだから。

「………他に、何か届いてた?」

「それだけだけど。で、なぁにコレ? 邪魔だから早く片付けてちょうだい。あたしゃ手伝わないかんね」


 ―――――


 そんなわけで、二階の部屋に段ボール二箱を持っていったわけなんだけど、冗談抜きで大変だった。両方ともとにかく重い。

 持ち上げて移動するだけでも大変だというのに、階段を昇るのはもはや拷問だった。段ボールにはポタポタと汗が落ちた跡がついて、少しふやけてしまった。

 二人掛かりでもよっぽど辛かったのだろう、本当に母さんは少しも手伝ってはくれなかった。

「たいしたもん入ってなかったらただじゃおかねぇぞ…スージマンめ………」

 まず間違いないだろう。なにしろ俺のことをカラポン星人なんて呼ぶのは、スージマンしかいないのだから。

 だからこそ、下の階で母さんの前で開けるのにはどうも抵抗があった。何かとんでもない物を仕込んでるやもしれないと、俺の勘がビリビリ伝えているのだ。

「さて…開けるか。いったい何を送って来たんだあの野郎………」

 ガムテープを剥がし、伝票ごとゴミ箱へ放り投げ、いよいよ箱のフタに手を掛ける。

 中は真っ白な緩衝材が敷き詰められていて、すぐには何が入っているのか分からなかった。

「めんどくせぇ………そんなに大事な物なら直接渡しにくりゃいいだろ、って………?」

 ―――――なんか、変なのが見えた。緩衝材の隙間から見えたのは、普通、段ボールでは絶対に運ばないような物だったのだ。

 さらに緩衝材をどけていくと、その“姿”が少しずつ露になっていく。

「………冗談キツいぜ、スージマンよぉ」

 一階で開けなくて本当によかった───最初に思ったのはまずそれだった。


『イエリー・マナヤ』


 スージマンがあの時俺に見せた、人型ロボットの一体が、裸で、しかもご丁寧に体育座りをした格好で梱包されていたのだ。

「こっちの箱は………うげっ、何だこのタンクは…?」

 よく、灯油なんかを入れるのに使う、赤いポリタンクがあるだろう? 段ボールには、あれと同じ物が3つも入っていた。『軽油・可燃物注意』と書かれたラベル付きで………。

「ん………?」

 ポリタンクの脇に、A5大くらいの小さな冊子が貼り付けられていた。表紙には小さな印字で、『電気指令式・ディーゼル駆動・電子演算方式・汎用型人造人間Type.E.A.取扱説明書』と書かれていた。

「何これ、押し売り?」

 クーリングオフするか? などと思いつつ、取説とやらを一応開いてみた。

 中はほとんど英和辞典みたいな細い文字で書かれていて、時々イメージ図みたいなのが申し訳程度に出てくる程度だった。


 かと思いきや、蛍光ペンでマークされていたり、赤文字で(それも汚ない字で)『これ、だいぢ!』なんて書かれていたりして、要所要所に注釈がちゃんと分かるように入っていた。スージマンがやってくれたのだろう。

「いや、だから待てって。何で俺がこの娘を受けとらにゃならんのだって、何も聞いとらんぞ俺は!」 

 裏表紙に、何か書いてあった。

『おそっちゃ、めーだぞ(はぁと)』、アホか!

「…コイツは自分がここに来た理由を知ってるんだよな………?」

 段ボール箱に入ったままのイエリーを見た。さっきから全く動いていないので、おそらく電源スイッチか何かが切られているのだろう。

 遠めに見れば、死体を箱詰めにして隠しているようにも見えなくもないので、何だか不気味だった。

(そういえばあの時も裸だったな………あの時スージマン達はたしか…)

 覚えてる。なんか起動しないとかなんとか騒いで、アヤミクさんとで人工呼吸と心臓マッサージみたいなことをしていたんだ。かなり強烈な光景だったから、忘れるわけがない。

 まさか………と思い、俺はマニュアルを手に取った。しかし、俺はほッと息をついた。

「電源投入:背面にある電源ボタンを、2秒以上長押しする………?」

 それでも起動しない時は口から息を吹き込んで、油を吸ったほこりを飛ばし、メインエンジンを手動で動かしてみる、とのことだった。よーするに、人工呼吸と心臓マッサージはこれなわけだ。

「………まずは、やってみるか」

 マニュアルによれば、背中にはちょうつがいで開くようになっているフタがあって、その中に電源スイッチやら何やらがあるんだとか。

 早速、箱の中で体育座りしているイエリーの背中を調べてみた。

「………あった、これか。よし─────」


 ドンドンッ!

 ………誰かが来た!?

「拓二~、入るわよー?」

「や、やべ、母さん…!? ちょっと待って、今片付けるから!!」

 こんな所を見られたら何を言われるか…!

 とにかく彼女だけは隠さないと、と思い、俺はとっさに布団を取って、箱ごと彼女に覆い被せた。

(不自然かな…異様に盛り上がっちゃってるし)

 とはいえ、母さんを待たせたら余計怪しまれる。俺は自分から部屋のドアを開けた。

「…お待たせ」

「相変わらずきったない部屋だねぇ、ホントに片付けたの?」

 うるさいなあ、と言いつつ、身体で部屋に入られないようガードする。すぐにそれを察知したのか、母さんの目が怪しく光った。

「布団干すからどきなさいよ」

「ふ、布団……?! あ、いや………、まだ寒いから置いといてよ」

 何てピンポイントなんだ! もしかして本当はもう気付いてるんじゃないだろうか………?

「馬鹿言ってんじゃないよ、6月のジメジメした日にどういう感覚してんだい」

「いいから、俺が出しておくって!」

 半ば強引に部屋から追い出して、なんとかドアを閉めることができた。かなり怪しまれただろうけど………

「………あんま怪しまれる前に、さっさと起動させて事情を聞こう」

 布団を剥ぐと、再び裸の少女の姿が現われる。布団の重みでか、首が少しうなだれるように垂れていた。

「それじゃ今度こそ、スイッチを………ん?」


 ドガン!

 有無を言わせないような強烈な音と共に、俺の部屋のドアは全開に開かれていた。ま、まさか………。

「拓にいー、ハサミ貸して~」

「わっ、馬鹿! 今入って来んな!」

 忘れていた………母さんよりもよっぽど危険な存在がいたことを!!

 突然部屋に入ってきたのは、俺の5つ下の妹、『けい』だった。

「えー? いいじゃん、ちょっと借りるだけなんだから。…何、何やってんの? クサイよこの部屋、イカ臭くない?」

「お前の鼻がもげてんだろっ!」

 通せんぼする俺の腕をくぐろうとしたり、足の間を抜けようとちょこまか動き回りやがる。このしつこさは、母さんよりよっぽどタチが悪い。

「わかった、わかったから! 俺が持ってきてやるから、お前そこで待ってろ。いいな!」

 はーい、と、意外にもあっさりと桂は引き下がり、ぱたん、とドアを閉めた。………こういう時は怪しい、少し待ってからいきなり入ってくるかもしれない。

「そうだ、これを………よっ!」

 俺はポリタンクの入った段ボールを扉の前に持ってきて、ドアが開かないように引っ付けて置いた。これなら桂の力じゃ、さすがに開けられないだろう。

「しかし問題はこっちだ………」

 部屋の中央に、体育座りをした少女が梱包された段ボールが鎮座。誰がどう見たって異常なわけだが、ことさらにうちの母妹(おやこ)が見たら、どんな尾ひれはひれがついてご近所様に伝わるかわからない。

 …ここは、やはり隠すしかないだろう。

「机の下………いや、無理だろ、見える見える………くそっ、何で俺の部屋には押入れが無いんだよ、ちきしょう………」

 迷っている暇はどうもあまり無いらしい。桂の奴がドンドンドン!とドアを叩いているらしく、『あけろー』というわめき声まであげているらしかった。そんなにハサミが必要なら、下行って母さんから借りりゃいいのに………。

「お兄ちゃん早く開けてぇ~、漏れちゃうよぉー!」

「また人聞きの悪いデタラメをしゃーしゃーと………お…ちょうど入るかも?」

 制服とかが掛かっている洋服掛けは、ちょうど段ボールが1つ入るぐらいの広さがあった。上から掛かっている洋服がちょうど目隠しになるし、うまく服を寄せれば入りそうだ。

 段ボールごと持ち上げるのはもういいかげん勘弁してほしかったので、洋服掛けに大きめの座布団を敷いて、そこにイエリーを抱え上げて座らせることにした。…いわゆる、お姫様抱っこというのに初めて挑戦した瞬間だった。

(やわらかい………本当に、本当の人間みたいだ)

 なんだかそう思うと申し訳なくなってきて、ベッドにあった掛け布団を持ってきてイエリーにかけることにした。少し服が膨らんでいるようにも見えなくないが、まさかこの中にロボットだけど…が隠れてるなんて思わないだろう。俺洋服掛けの所のカーテンを閉めて、最後の隠蔽工作を終えた。

「鬼ぃ~! お兄ちゃんはそこら辺の草むらでだってできるでしょー! 早く開けてよー!!」

「俺の部屋はトイレじゃねぇだろ! …ほらよ、ハサミだ」

 ドアを開けるや、桂は猫みたいな俊敏な動きで俺の部屋に侵入し、真っ先に中央の空っぽの段ボール箱を覗き込んだ。かと思ったら、すぐさま振り返って、俺の手からハサミをひったくると、礼も言わずにドタドタと階段を下りていった。

「お母さんごめんー、やっぱり拓にぃ隠しちゃったみたいー」

「ぶっ!!?」

 お、恐ろしい小娘め…! てか母さんもさぁ、…はぁ………。

「…コイントス社に電話してみるか。スージマンの名前を出せば繋げてくれるだろ」


―――――


「スージィ様、外線1番でお電話です」

「はーい! もしもしー、どーせカラポン星人でしょー? そろそろ掛かってくるんじゃないかなーって思ってたんだよねー。イヒヒ、もう押し倒しちゃった?」

 んなことするか! という唐林様の大きな声が、私にまでハッキリと聞こえました。部屋中のガラスが、ギシギシと音を立てたようにも思えたぐらいです。

「いやはは~、やっぱしー、驚いたかなカナ? ………ぁあんもう、そんなにおこんないでよー。うん、うん。………うん、まー、つまりね? 目には目を、ロボット調査にはロボットを、とゆーことでね、送ってみた。うん、クール快速便で。服はそっちで用意してあげてね、男の子の服でも文句言わないと思うから、イエリーは。軽油が足りなくなったら言ってね、送ったげる:-)」

 会話の内容から察するに、唐林様のご自宅にイエリーが到着したのでしょう。それにしても………唐林様とイエリーには同情致します。

(やはり、イエリーにはまだ荷が重かったのでは…?)

 と、突然スージィ様は叩きつけるようにして受話器を切ってしまいました。それも、表情はとてもにこやかに…。

「アヤビー! 電話線引っこ抜いといて! カラポン星人がきっとイタズラ電話しかけてくるから! ほら、早く早くぅ!」

「は、はぁ…?」

 イタズラ…電話ですか? 私がそう聞き返すよりも早く、スージィ様はデスクから降りて、正面の展望ガラスへと駆けて行きました。

「うふひひひ…楽しみだなぁ、どんな風になっちゃうんだろ!

 決めた! アヤビー、見に行くよ! イエリーの新生活を応援しに行かなくっちゃ!!」

「応援…本当ですか? なんだかスージィ様、とても楽しそうにしていらっしゃいます」

 えへっ、ばれちゃった? なんて、おっしゃられて、スージィ様は自分の頭をペシリと叩いていました。

「だってコイントスのロボットが、初めて社外で人間と生活を始めるんだよ! 歴史モノ、教科書モノ、伝説モノ! 決定的瞬間に立会いにいかなくっちゃ! サゲマンにバスをお願いしといてね!」

 タッタカタッタ・ター☆ なリズムに乗って、ご機嫌なスージィ様は飛行機のポーズで社長室を飛び出して行ってしまいました。こうなっては………わたくしも従うほかありませんね。

「では早速、サーゲス様にご連絡を………あら、なんにも音がしない…?」

 見ると、電話器の下でコードがプラプラ………そういえばさっき、電話線を抜いたばかりでした。プラグを差し込んだ瞬間、待っていたかのように大きな着信音が………

「くすっ、しくじり損のくたびれ儲け、ですね。…はい、こちら社長室アヤミクです………あら、唐林様―――――」


―――――――


『あら、唐林様』

 電話に出たのはまたしてもアヤミクさんだった。一度切れてしまうと、もう一度受付を通さないといけないらしく、社長室に繋がるまでの時間がわずらわしくてしょうがなかった。

「あの、スージマン………スージィは?」

『先ほど社長室を出て行かれました。申し訳ありませんが、しばらくは戻らないかと思います。

 伝言をお預かりいたしましょうか』

 伝言つったって………文句しか無いしな。でもせっかくだし、イエリーのことを聞いてみるのもいいだろうと思った。

「あの…イエリーマナヤのこと、知ってますよね?

 俺、ほんと、どうしたらいいかわかんないんですよ。マニュアルだって分厚くて、どこ読めばいいかもわかんないし」

『イエリーは起動したんですか?』

 いいえ、と答えると、アヤミクさんは『やっぱり』とため息をついた。

『あの子はただでさえ起動時間が長くて、しかも起動不良を起こしやすいんです。お恥ずかしい話ですが、唐林様にはご迷惑をお掛けすることになると思います』

「はぁ………それでその、俺は…」

『唐林様。イエリーには必要な情報を全て持たせてあります。イエリーが起動したら、段ボール箱の中にディスクケースがありますから、それを渡してあげてください。あとのことは、イエリーが説明してくれます。

 あ、でも待ってください。もしかしたら、またいつもの…?』

 そこまで言って、アヤミクさんは黙ってしまった。受話器の向こうから、かすかにカリカリという音が聞こえたような気がした。

「アヤミクさん? …アヤミクさーん、」「ちょいと」

 肩を叩いてきたのは、母さんだった。

「いつまで話し込んでんだい。ちょっと使うんだからどきなさい、携帯あんでしょ」

「ち………わかったよ。アヤミクさん、また後で掛け直しますね。………アヤミクさん? あーやみーくさーん~?」

 どうしちゃったんだろう、急に返事もしなくなっちゃったけど…。母さんが後から突っついてきたりするので、仕方なく俺は、アヤミクさんの返事を待たずに受話器を切ることにした。

「ほら、どいたどいた!」

「押すな、押すなって!」

 ったく…どうせ俺がどいたところで、今度は母さんが長話するだけだろうに………なーんてことが言えたなら、俺はもう少しこの家での地位を保てたんだろうけれど。

 ………はい、無理でした。とぼとぼ二階へ向かいます、俺………そうだよ林檎にだってそんなこと言えないもん、俺………ん?

「なんだ、一階にいたんじゃなかったのか?」

「…!」

 階段を上ろうとしたところで、さっき一階に下りたはずの桂と鉢合わせた。俺に気付くや、ビクっと体を震わせて、両手で自分の身を守るようにして後ずさっていた。

「おい、何か言えよ。それかそこどけって」


「………人殺し」

 …え? 次の瞬間、体が凍りついたかのように、血の気がサーっと引いていくのを感じ、言葉も発せられなかった。

「拓にぃのバカ! 鬼畜! クズ! 林檎お姉ちゃんに言いつけてやる!!!!」

 ドンッ! ドタドタドタ………。

 …最初の音は、俺が階段の壁に突き飛ばされる音で、桂は一目散に走り去っていった。俺はというと………心臓がだんだん早くなるのを感じながらも、頭の中が真っ白に、それこそカラッポ・カラポンになっていくのを感じていた。

「………見た、のか………?」

 桂のやつ、さては俺が電話してる隙に………でも何で人殺しなんだ? だってイエリーはロボットなんだし、まだ起動だって………、あっ、

(息もしてねぇし、脈もあるわけねぇ…! しかもあいつ、最後に何て言ってた………?)


『拓にぃのバカ! 鬼畜! クズ! 林檎お姉ちゃんに言いつけてやる!!!!』


「やめれーーーーーー!!!!!!?」


―――――――


「おほほほー! じゃあ本当は回覧板じゃなくて庄治君のバインダーを………」

「おかーさん! 早くどいてっ、警察呼ばないと!!」

 幸か不幸か、桂は電話の所で母さんの服を振り回しているところだった。警察なんて呼ばれたらたまんねぇ、どう説明したって信じてくれやしねぇぞきっと!

「んもー、しょうがないわね。あ、すみません。うちの娘が電話を使いたいみたいなんで………ではまた今度………はいお待たせ、桂。外で何かあったの?」

「中、中ッ! うちん中!! 殺人、人殺し! 拓にぃの部屋、女の人の死体、あった!!!」

「桂ッ、早とちりすんな!! あいつは死体なんかじゃないって!!」

 桂は俺の声を聞くや、ビクッと身体を震わせ、母さんの後ろに隠れるように逃げ込んでいた。

 母さんもタダごとじゃないと思ったんだろう。桂から遠ざけるように、俺の腕を強い力で引っ張ってきた。

「…拓二。何をしでかしたのか知らないけど、嘘吐いたら膝蹴り50回だかんね!」

「だから違うんだって! 俺は嘘なんか一つも吐いてないんだってば!?」

 しかし母さんは、どちらかと言うと桂の言うことを信じているらしく、俺を掴む手は緩まなかった。その後ろで、桂が受話器を取っているのが見えた。

「あっ! もしもし、警察ですか!?」

「だぁーーーッ!!? やめろバカッ、母さんも早く止めて!!」

「往生際が悪いんだよ! さっさと白状をし!!」

 どう説明したらいい? どう説明したら2人に納得してもらって、騒ぎにならずに済む?

 ………無理だ。この家はこうなったらもう、とことん目茶苦茶になる。全部、そのまんま伝えるしかないだろう。

(警察が来たら、全部スージマンに押し付けてやる………)


「マスター・カラポン」

 ………え?

 その声に、誰もが振り返っていた。何故なら、誰も、その声に聞き覚えが無かったのだから。

 ………いや、違う。俺は、聞いたことがあった。だけど、思い出せなかったのだ。

「き、君は………」

 だって、一度・・しか聞いたことが無かったのだから。


「イエリー・マナヤ、セットアップ・コンプリーテッド」

 一糸まとわぬ姿のイエリー・マナヤが、そこに立っていた。限りなく人間の姿形をした彼女、しかし、腕先、腹部、ひざなどに刻まれたその『黒い筋』が、彼女が人間ではないことを物語っていた。

「拓二」

「………はい」

 母さんは、ようやく強く掴んでいた袖を離してくれた。何を言われるのだろうと、目を閉じて頭を巡らせ、歯を食いしばっていると、唐突に後ろから俺は背中を突き飛ばされた。慌てて目を開けてふんばると、すぐ目の前ではイエリーが、さっきと同じ格好のままで立っていた。

 後ずさる背中の方で、怒ってるとも、笑っているとも捉えられるような声で、母さんがデカい声を出しているのが聞こえた。

「すまん、ごゆっくり」

「ちがわいっ!!!」


-4-『イエリー・マナヤ ~前編』END 

つづく…

旧前編と旧中編を統合して、前編に統一しました。8/12

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