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カラポン・ザ・ストーリー  作者: 鈍行彗星
1『カラポン・ザ・ストーリー』
4/21

3『株式会社コイントス』

カラポンが連れてこられたのは、地下の駐車場だった

 −3−『株式会社コイントス』


近くに高速道路の陸橋が見えてきた。その下をくぐるトンネル、と言っても、長さは三〇m程度で、高さも幅も、このバスがギリギリ通れるぐらいしか無いだろう。

 しかし、バスは迷うことなく、アクセルを踏んでいった。

「おい、いったいいつになったら着くんだ? もう20分ぐらいは乗ってるだろ、いいかげんどこへ向かってるのか教えろよ」

「んー、Secret!! 着くまでは教えないのーだ!」

 あんまりいい顔をしていなかったのだろう。急に不機嫌そうになったスージマンは、何故か、いきなり俺の脇腹にストレートパンチをぶち込んできやがった。

「ちょえぇぃ!!!」

「ごふぁっ!!? ………な、何しやがる!!!」

 その瞬間、車内が真っ暗になって、車体が大きく左に傾いた。いや、曲がった?

(だってここはトンネル………って、えぇ?)


 出口が、無い。

 それどころか、後ろにあったはずの入口も、無い。

 真っ暗闇は、唐突に灯されたヘッドライトが打破るが、しかし、その先に光は無い。ただ、ただ、闇に包まれたトンネルが、どこまでも続いているように見えた。

「………何だ、ここ?」

「秘密トンネル」

 …実に分かりやすい。

「ここを越えたら、もうすぐだよ」

「本当かよ…」

 うまくストレートパンチのことをかわされてしまったが………。

 トンネルは下り坂になっているらしく、落ちるような浮遊感を伴って走っている。

 やがて、速度を落としたかと思うと、一度平坦になって、また今度は上り坂になった。エンジンが唸りっぱなしで、スゴいGを感じる。

『カラポンさん、もうまもなく我が社の駐車場に着きます。お降りの準備をお願い致します』

「………あんたにカラポンって言われるのは、ちょっとなぁ」

 向こうの、スージマンパパの声はスピーカーから聞こえるのだが、こっちの声はトンネルの轟音に消されておそらく聞こえていない。

「…我が社って、何だ?」

 バスは、坂を上りきって停車した。

ピピッ。

 そんな、軽い電子音の開けゴマによって、壁は真っ二つに引き裂かれた。たぶん、スージマンパパがカード認証か何かを行ったのだろう。バスは、ゆっくりと中に入っていった。

「………ホントだ」

 その場所を一言で説明するのなら、ずばり駐車場その物だった。止まっている車のほとんどは大型トラックで、それぞれ違った会社のマークが付いていた。

 時々、同じマークのトラックが、何台も続けて駐車してたり、段ボールとかコンテナの積み降ろしを行ってる様子も見受けられた。

 バスは通用口近くの、一段段差のできた所の隣に停車した。

「サゲちゃんよぉ、随分早くねぇか! オラもっと休みてぇんだけどナぁ!」

 白髪まじりのおじいさんが、タバコを吸いながらデカい声で何か叫んでいた。すると、バスの前扉と中扉が開いて、スージマンパパ(サゲちゃん?)が降りて何か話をしていた。

「さ、降りよ!」

 スージマンは立ち上がって、俺の手を引いた。

「…なぁ。サゲちゃんって言ってたけど、お前の父さんって何て名前なんだ?」

「え? サーゲス・長万部だよ」

 ………それでサゲちゃんか。コイツのことだからきっと、

「家にいる時はね、私も“サゲマン”って―――」

「言わなくていいっ」

 案の定、ふくれっ面になったスージマンは、空いている手で俺の腹に一撃を叩き込みやがった。

 ところがどっこい! 俺も馬鹿じゃない、学習する人間だ。奴が暴力行為に出ることを予測して、腹に力を加えておいたのだ!

「ハンっ、全然痛くもかゆくもないね!」

「ぬぅ〜〜〜! うりゃあッ!!」


 GOTHIN!!!

「〜〜〜〜!!!」

 ………思わずアルファベット表記をしたくなるような、容赦の無い膝蹴り………炸裂箇所は言うまでもなく、股間だ。

「おぅおぅ、相変わらず元気だナぁスジマン社長さんハぁヨぉ。そいつぁ新しいボーイフレンドカぁ?」

「そ! 見て見てっ、アタシらお似合いでしょ、ぎゅ〜」

「社長………?」

 さっきの暴力娘から一転、いや、反転………林檎にも負けず劣らずな猫撫で声を出しやがったスージマンは、まぶたを細〜〜くして、俺を見上げた。

「もっと驚けよ、KY星人! 社長だぞ〜、社長なんだぞぉ、え〜らいんだぞぉ〜!」

「偉いって言われても………なぁ」

 機嫌がいいんだか悪いんだかよくわからない奴だ。じいさんとスージマンは勝手にペラペラと喋ってるし、俺の話をしてるのに、俺の居場所が無い。そんな、変な感じ。

「盛り上がっているところ大変申し訳ないのですが」

 ズイっと、スージマンパパ(サーゲスさん?)が間に割って入ってきた。

「ァーん? もう終わっちまったのかよ。もちっとゆっくりガス入れろってんだよ、なぁ?」

「夕方に運休させるわけにいかないでしょう。借りておいて言うのもアレですが、私の運転じゃここから貝梨まで15分じゃ帰れないですよ。引き継ぎます」

 『12行路』と書かれたハガキ大のカードを差し出すと、おじいさんは灰皿にタバコをすり潰した。

「違ぇねぇ。俺なら5分で戻れるけどナ、あッハッハ!!!」

 壁に掛けてあった帽子を深々と被ると、おじいさんはバスの前扉に乗っていった。エンジンが掛かった。

「じゃあナぁサゲちゃんよぉ! またサボりに来るゼぇ、いつでも言ってくれナぁ!」

「バイバイ、運ちゃん! またバス貸してねー!」

 とても路線バスとは思えない急発進をしたバスは、車体を傾けながら駐車場をクネクネと曲がって出ていった。テールライトの残像がすごい形に目に焼きついていて、尚更それを引き立てているような気がした。

「では、参りましょう。ご案内いたします」

「ちょ、ちょっと待ってください、スルーですか、今の、説明してくださいよ、どういうことか」

「説明も何も、運ちゃんにバス借りてて、返しただけだよ。見てわかんなかった?」

 そのまんま過ぎるだろ…。それで説明できてしまって言いのだろうか、なんか。

「あの方は私がバスを借りなくてもサボってしまうので。運休させるよりかはよっぽどいいのではないかと思いましてね、ついでで私が、休憩前の閑散路線を担当してきたわけです。実際今日の乗客は、スージぃだけでしたし」

 そりゃサボりたくもなるわな………って、ダメだろ色々と!

「まー、細かいことは気にしないの! とにかく来てっ、私の会社を見せたげるから!!」

「あっ、おい!?」



―――――



 不条理、なんて嘆いたところで、もう遅かったのだろう。それとも、俺の常識という物の方がおかしかったんじゃないだろうか? …そう疑いたくなるまで、さほど時間は掛からなかった。

「お疲れ様です社長!」

「社長、お疲れ様です!!」

「社長!」

「社長っ!!」

「しゃちょうっ!!!!!」


「ぃよっ、みんな働いてるかー? あはっ、秀ちゃん〜! 元気ぃ? こないだの工場の話ってどうなったー? …うん、うん。そっかー、なんとかなりそうなんだぁ! じゃぁさぁ、、、」

「………ウソ、だろ…?」

 駐車場を出ると、地上階まで吹き抜けになっている大きなロビーに突き当たった。そこにはたくさんのスーツ姿の男女がひっきりなしに動き回っていて、スージマンの姿を見ると、“必ず”立ち止まって深々と頭を下げていた。

「全員スージぃの部下です。スージぃが友達感覚で話掛けるものですから、社員の中にもくだけた言葉遣いをする者もおりまして、困ったものです」

「そりゃそうだろ………」

 と、思いつつも、実はスージマンの姿にちょっと関心していた。何を考えてるんだかわけの分からないことばかりを言っていた奴が、ずっと年上の人達と仕事の話をスラスラと喋っている。話の内容はよくわからなかったが、『社長』と呼ばれるだけあって、部下達の信頼は集めているらしかった。

「お前………いや、社長ってすげーな…」

「すげぇだろ、すげえだろ! だって社長なんだもん!! でもいいよ、カラポン星人にはスジマンって呼ばせたげる! 社長って呼ばれるのは会社だけで十分だし!」

 鉄板胸を反り返らせるスージマンの顔は、いつになく活き活きしているように思えた。………何の会社なのかは、未だにわかってないわけだけど。

「スージマン。お客様がお待ちだ、適当に切り上げなさい」

「ほーい。じゃ、秀ちゃん、工場の件よろしくね! 行こっ、カラポン星人!」

 再び手を引っ張られて、俺はロビー奥のエレベーターへと連れて行かれる。ここも綺麗に薄クリーム色に塗られていて、会社というよりはまるでホテルみたいな高級感が漂っていた。

(うちゅーじんの次はカラポン星人か………明日になったらまた変わってるかもな)

 ここでもエレベーターから降りてきた人が、深々と挨拶して去っていった。

 ところが、空っぽのエレベーターに俺達三人が乗り込むと、なぜか、他に待っていた人がいたにも関わらず、誰一人俺達と一緒にエレベーターに乗ろうとはしなかった。数秒して、静かにドアは閉まった。

「あの、ボタン押してないみたいですけど…」

「実はボタンでは行けない階がありましてね」

 おもむろに開閉ボタンの下のカバーを開けたサーゲスおじさんは、胸ポケットから鍵を差し込んで、それを回した。すると、ボタンのランプもついていないにも関わらず、エレベーターは突然上に向かってグングンと動き出した。

「ぬふふー、ここからは秘密エリアなのだー! 社員でも限られた人しか入れないんだぞー!」

 ………俺をそんな所へ連れていって、いったいどうするつもりなんだろう。不安が顔に出たのだろう、サーゲスおじさんが声を掛けてきた。

「どうってことはありません。取って焼いて、食うだけですから」

「…にこやかに言ってなかったら心臓止まってるとこでしたよ」

 十分怖いんだけどさ…グラサンが不気味に光っててさ。

 エレベーターは、ボタンに無い階を表示しながら、どんどん上っていく。どこまで行くのだろう。このまま天国にでも逝ってしまうんじゃないだろうか。………エレベーターは、まだまだ止まらなかった。


――――――――――――


 ズドぉおン、という大きな音がした割に、エレベーターは衝動なくゆっくりと停止した。故障かな? と思った瞬間、ドアがゆっくりと開いた。目の前は、薄暗い廊下のT字路になっていた。

「今電気が点きますので………点きました。では、こちらへどうぞ」

「は、はぁ………」

 正面の廊下の蛍光灯だけが、手前からパッ、パッ、パパパっと奥に向かって灯っていく。廊下は壁に突き当たり、そこから右へ曲がると、目の前に一枚の扉が現われた。

壁にはカードリーダーのような物と、それっぽいナンバーテンキー、更には何かを映し出す液晶のような物がついていて、いかにも『ここは秘密な場所ですよ』と教えているようなものだ。

「この部屋には指紋認証か、IDカードを持ってる人じゃないと入れないんだよ。ふひひひ、カラポン星人はID持ってない? じゃ入れないねー、残念でしたー!」

「…んじゃ帰るわ」

 正直本当に帰りたかった。なんだか、どんどん関わりたくないような世界に足を踏み入れているような気がする。もう戻れなくなるような、そんな危ない臭いさえした。

 冗談で後ろに引き返そうとすると、いきなり、後ろからズボンを肉ごと引っ掴まれた。

「いっで………何すんだ―――」

「意気地無し」


 え…?

 その声がスージマンだとすぐ分からないぐらい、俺は驚いていた。だって、スージマンの声はこんなに低くない。あのワイワイ甲高いスージマンの声とは、あまりにかけ離れていたのだから。

「蒼井林檎の秘密を知りたいんじゃないの? あなたはここまで来たんじゃない、“連れて来られた”。その意味をよく考えなさい」

「―――――」

 まただ。また、この感じ…。

 スージマンの目を見ていると、全ての意識がそこに集中してしまう。ちゃんとした返事ができない………いや、

(返事が………書き換えられている………?)

 まばたきすらできない、目を逸らすことすらできない。

 ………スージマンは、俺は、今、何て言った…?


「ごめん」


 突然、ふっと身体が動かせたのだが、ただ身体の力が抜け、前のめりに倒れてしまっただけだった。

 腕も足も、水の塊にみたいに感じ、やっぱり動かすことはできなかった。

「痛かった? でも大丈夫だよ、ちょっと血流を止めただけだから。もうちょっとしたら元に戻るから」

(血流を止めた………?)

 声も出せず、口の筋肉でさえピクピクとしている。…少しマシになってきたかなと思ったら、ビリビリとした、気色悪いしびれが全身を覆い始めた。

(いったい、何を…)

 痛い。動く度に痛い、だけど、動かずにはいられない。文字通り、体中がかゆい。かゆくて、かゆくて仕方が無いくらいに。

「あなたは逃げられない。逃がす訳にはいかないの。いじめてるわけじゃないんだよ。あなたの協力が、私達には必要なの。ごめんなさい。

 でも、お願い。私達に協力して」

 やっと動かせた顔は、無意識に正面を見上げるような方向を向いていた。なぜならそこには、“黒い目”がある。しゃがみこみ、俺の顔を覗き込むスージマンの目が、黒く、奇麗だったからだ。

「私達が知っている、蒼井林檎の全てをあなたに教える。だからあなたも、あなたが知っている蒼井林檎の全てを教えてほしい。教えてくれるよね、カラポン星人…?」

「ぅ…ぁ…」

 焦点が合わない、ぼやけた視野に何が映っているのか、もはやわからない。記憶が次々と引っこ抜かれているみたいに、頭の中がぼんやりとしていった。

(あの黒い目が………黒い眼は………いったい…?)



「すーっ………パンツ覗くなボケェ!!!」

「でっ!??」

 まばたきをした瞬間、足も、腕も、指も、体に自由が戻っていた。…唯一動かせなかったのは、スージマンに踏んづけられた頭ぐらいか。

「降格降格! 『カラポン星人』は今日たった今から『パンツ覗き魔星人』に降格! わかったかこんにゃろーめ!」

「ぐぎぎぎ………痛いいだいっ、やめろ、やめろっつってんだろおいっ!!!」

 そもそも頭を踏んづけてたら、それこそ目の前でスカート全開になってることぐらい気づけないのだろうか、このバカ娘は…?

(しかしこの光景は林檎じゃぜってー見れないよな…何であいつスカートとジャージを重ねて穿くんだ…?)

 って、冷静に俺は何を考えてるんだ! 我に返った俺は、自由が戻った両手でスージマンの生足を掴み、強引に頭から外そうと持ち上げていた。

「わっ、わわわわ」

「あ…、おい、あぶね―――――」

 宙に浮いたスージマンは、そのまま胸を反らすような格好になって、そっから先は見てられなくて思わず目を瞑ってしまった。

(………あれ?)

 いくら待っても、スージマンが倒れる音がしない。俺は恐る恐る目を開くと、スージマンは誰かに支えられて、かろうじて立っていた。

「お怪我はありませんか、スージぃ様。こんな狭い所で暴れては危ないですよ」

それは、とても優しい声だった。いったいいつからそこにいたのだろう。彼女は、スージマンを後ろから支えて、立っていた。

「…ありがと、アヤビー。もう平気」

 スージマンの秘書…なんだろうか。黒の上着に、スリットの深いタイトスカートを履いた彼女は、俺を見てにっこりと微笑むと、倒れてる俺に手を差し出してくれた。

「申し訳ありません、社長は新しい友達を見つけると興奮してしまうんです。仲良くしてあげてくださいね」

「あ…はい、そりゃ、もちろん」

 一瞬しまった…と思ったのだが、なんだかヒンヤリとした手の感触で頭がいっぱいになっていた。ドキドキしてるのが自分でもよく分かるぐらいだ。

「アヤビーも気をつけた方がいいよ! こいつ、パンツ覗き魔星人だから!」

「な………なんてこと言うんだ、バカッ!! だいたい俺はお前のパンツなんざ見たかないん―――」

「まぁまぁ、その辺で。アヤミクB。こちらの方に登録証を発行しなさい、セキュリティランクはAだ」

 スージマンパパは俺とスージマンを引き離すと、彼女にそう命令した。アヤビー? アヤミクB? なんか、変わった名前だな。

「A…で、よろしいのですか? ゲストアカウントは、ランクEで作成とマニュアルされておりますが」

「彼はただのゲストじゃない。グリーン・アップルに関する貴重な証言者だ、君も応対には気をつけたまえ」

 何か思い当たる節があったのか、彼女は少し驚いたような顔をした後、改まって深々と俺にお辞儀をしていた。

「大変失礼を致しました。私はアヤミク・B。この部屋の管理を任されている者です。あなたの登録証を発行しますので、お名前を教えていただけますか?」

「あ、はい…唐林、」

「カラポンだよっ!!」

 その瞬間、扉の横にあったモニターがピカッと光って、小気味のいい電子音と共に赤いカードが吐き出されてきた。アヤミクさんはそれを取り出すと、ご確認くださいとそれを俺に手渡した。

「『KARABAYASHI KARAPON』 …唐林カラポン、って…」

 単なる印刷ではなくて、キャッシュカードみたいな浮き出た文字でそうname欄に刻まれていた。券面には大きくAと白文字で書かれていて、うっかり銀行のATMで入れてしまいそうなデザインをしていた。

「Aランクの再発行には結構面倒な手続きが必要でして…」

「…いいっすよもう………」


 スージィ達は指紋認証、俺はカード認証で部屋に入ると、そこには会議室のようになっていて、四角形に並んだ机と大きなホワイトボード、それから天井には映写機らしき物が釣り下がっていた。

「この部屋は後で使います。どうぞこちらへ」

 もう一枚扉があって、そこにも指紋とカードの認証をする機械が備え付けられていた。入るとすぐに下りの階段があって、足元だけが小さく緑色のランプがついているだけで、周りは真っ暗で何も見えない。なんだか、油っぽい臭いがして、小さく機械音みたいなのが聞こえて不気味だった。

「ふひひひ、カラポン驚かないでね? すっごい物を見せてあげるからっ!」

 暗闇の中から、前を歩いていたスージマンの声が響いた。…響く? そんなに広いのか、ここ?

「…それは、林檎の秘密って奴と関係があるんだろうな?」

「それは見てからのお楽しみ! いいよアヤビー、電源を入れて!!」

 少し離れた辺りから、『はい』という声が聞こえたかと思うと、突然天井中から真っ白い光が降り注いで、目がおかしくなりそうだった。強烈な光の正体はただの照明だったようだが、その数が半端じゃない、いや、たくさん点ける必要があるぐらい、この部屋が広いのだ。

「な………」

 そして俺は、その光を浴びている物達を見て、思わず言葉を失ってしまった。だって、こんな光景、見たこともないし、想像もしたことが無いんだから。なんて、なんて………何だっていうんだ。

 部屋の中央ではスージマンが両手を広げ、誇らしげに胸を反らしていた。


「これが私達の技術力! 株式会社コイントス・テクノロジーの結晶! …そして、蒼井林檎の秘密の鍵になるはずだよ、カラポン星人?」


 鳴り響く起動音。回転するエンジンの音。………それはいつか、夢に見たような、嫌な音だったような気もする。


 二人。


二人の少女がいた。

一人は液体の入ったカプセルの中で丸くなり、一人は手術台のような上で、眠っているように見えた。


「こんな………そんな、」

 彼女達は眠っているのだろうか、それとも………。

 カプセルの中はオレンジ色の液体で満たされていて、時々小さな泡が浮かび上がってきている。…その中で、何かの管が“繋がった”茶髪の彼女は、手足を丸めてふわふわとしている。

 一方ベッドに寝ている白髪の少女の方は、白いシーツが掛けられているだけで、なんだかまるで生気を感じない。

 どうしたらいいかと戸惑っていると、スージマンが白髪の少女に近付いて、シーツをめくっていた。

「あーれ〜? 何でイエリー起動しないの? ちゃんと給油してないんじゃないのぉ?」

「いえ、そんなはずは…また起動不良でしょうか」

 起動不良? どういうことだろう、と考えていると、スージマンは一切躊躇せず、ガバッとシーツをめくってしまった。なんと、眠っている少女は何も着ていなかったのだ。

「わっ?!」

 露になった胸やら白い肌に驚いて目を逸らした俺だったが、それから彼女達は奇妙なことを始めたらしかった。

「イッチ、ニッ! イッチ、ニッ!」

「フーッ! フーッ!」

 …なんか、掛け声みたいなのと、息を吹き掛けてるような音が聞こえてくる。ベコッ、ベコッ、って、何かがヘコんでるような音もしてるし、………何だ?

「別に目を逸らすほどのことではありません。見てご覧なさい」

「…そうですか?」

 スージマンパパにそう言われ、俺は恐る恐る振り返った。

「………え?」

 その光景を、なんとなく説明できるような気がしたのだが、しかし、あまりにも場違いな状況に、俺は混乱する他無かった。

「イッチ、ニッ! イッチ、ニッ!」

「フーッ! フーッ!」

「………人工、呼吸?」

 スージマンが少女の口に息を吹き込み、アヤミクさんが心臓マッサージをして、それを二人が繰り返していた。…何で?

「イエリー・マナヤはディーゼル式内燃機関を搭載しています。長時間放置すると接触部にホコリが溜まり、起動不良を起こすので、あのようにホコリを飛ばして手動接触を行う必要があるのです」

「ディーゼルって………まさか、この子は………」

 その時、グルルンと、何かが回転し始める音がした。眠っていた少女の身体が小刻みに震え、だんだんそれが小さくなってゆく。

「スージぃ様、イエリー・マナヤが起動致しました」

「よぅしっ! エルグナの方はどう、順調?」

 ザバァ━━━!という水の音がして、皆がその方向に振り返った。カプセルが開き、そこから大量の白い湯気みたいな物が溢れていた。

「エルグナ・ラクサ起動ぅっ!」

 スージマンが興奮した声で叫び、湯気の溢れるカプセルにぴったりと張り付いた。だんだんと湯気が薄くなってきて、その姿がハッキリと見えてきている。

「スージィ、そこにいるんでしょう? よくも私を封印なんかしてくれたわねっ、早くここから出しなさい!!」

 上半身を水面から出した少女が、長い栗色の髪をかき上げ水を払っていた。

「ま、また裸………」

「別にいいけどー? そのためにエルグナを起動させたんだからっ、出ておいでよ!」

「ほんと? アンタが素直な時ってな~んか怪しいのよね。まぁいいわ。よっしょ!」

 豪快にも、カプセルの上によじ登った彼女は、迷うことなく俺達のいる床めがけ飛び降りた。どう見たって2、3mはあったのに、まったく平気そうな顔をしていた。

 俺が唖然としていると、向こうはコッチに気付いて一度目を向けた後、ブチブチと肌についていたケーブルの束を抜き始めた。

「んもぅっ、邪魔っけねコレ! それでスージィ。私の封印をこんなに早く解除したってことは、それなりの色男を連れてきてくれたってことなんでしょうねぇ? まさか、このチビチン小僧が色男だとでも言うんじゃないでしょうねぇ。冗談きつい!」

「カラポン星人が? うきゃきゃきゃっはっはっは!!! それ面白い! 面白いよエルグゥ、カラポン星人が色男って!! ないない、きゃっはっはっは!!!」

 …なんか、スージマンが壊れた。ひっくり返って床を叩きながら奇妙奇天烈な笑い声を上げて、しまいにゃ何か硬そうな物を思いっきり叩いてしまって、不憫にも一人で痛がっていた。

「大丈夫ですかスージぃ様?!」

「うぅ~………いったいけど、平気………あっ!」

 ガバッと起き上がったスージマンは、片手でスカートを押さえ、もう一方の手で俺とスージマンパパを指さしていた。

「見たでしょ! 今! 絶対見た、パンツ!!」

「裸の前でそれを言うか!! 裸の前で!!」

「なあにぃ? あんたアタシに向かってそういう口利くわけぇ? あんた人間でしょう、裸で生まれてきたんでしょうがっ。裸を否定するぐらいならもっとセンスの良い服を着てみせてから言うことね。あんたの服はかつらよ! 醜い裸を隠してるだけにすぎないわ、この全身ヅラ男!!」

「づ、ヅラ男………」

 言い返したくても、相手が真っ裸なだけに、何にも言うことができない。何でこんなボロクソに言われなきゃいけないんだと思いつつ、さっきからぶるんぶるん震えてる豊満な胸やら何やらが勝手に視野に入りこんで、ロクな思考が働いてくれていなかった。

「いいぞーっ、もっとやれぇーい↑」

「止めろよバカ! 何で俺がこんなこと言われなきゃならねぇんだよ、ちきしょうっ………」

 アヤミクさんがタオルとシーツみたいな物を持ってきて、エルグナと呼ばれていた少女はそれをマントのように羽織り、身体を拭いていた。

「スージィ様、イエリーも起動致ししました。二人を別室で着替えさせて参ります」

「んっ、よろしく!」

 アヤミクさんの後にさっきの人工呼吸を受けていた少女が、やはり同じように毛布を掛けられてぼんやりと立っていた。その様子を見る限り、やっぱり彼女も裸だったのだろう。

「………」

「ど、どうも…」

 軽く会釈したのだが、何の反応も示さず、ただ前をぼんやりと見つめていた。アヤミクさんが背中に手を添えて、初めて反応らしい反応を見えて、二人は奥の扉から部屋を出て行った。

 去り際にエルグナが、「覗くんじゃないわよっ、バカ人間!」とわざわざ怒鳴っていっていた。

(なんだ………あいつだって恥ずかしいって気持ちがあるんじゃないか…)

「彼女達について、どのような感想を持ちましたかな」

 ホッとしていた所に声をかけられ、驚いて跳ね上がってしまった。スージマンがニヤニヤしていやがる。

「感想って………変わった子達だなぁ、って思いましたけど」

「アヤミクBについては、どうです?」

 スージマンパパの表情はあくまで真剣だった。アヤミク…B、さん。………彼女に対する感想?

「惚れた?惚れた? 蒼ちゃんから乗り換えるなら私から言っとくよ? いひひひ!」

「………アヤミクさんは、普通の人のように感じましたけれど」

 スージマンの軽口に一つ一つ相手していたらキリがない。いいかげん、俺は話す相手を選ぶべきかもしれないと感じていた。

「そうですか!」

 それだけ一言、やけに大きな声でスージマンパパは言った。どういうことだろう、と、スージマンに目を向けると、露骨に不満そうな顔をして、目を背けられてしまった。

「無視する奴とは話さない!!」

「あそう…」

「唐林拓二さん」

 名前を呼ばれて、ドキッとした。カラポン、カラポンと呼ばれてばっかりだったから、尚いっそう嫌な予感がした。学年主任に成績のことで呼ばれた時に似てるかもしれない。

「蒼井林檎さんは、ロボットかもしれない。あなたはそう仰いましたね?」

「え………あ、えっ………」

 ………言った、のかな俺…?

 でも、スージマンは何故かそのことを知っていた。『蒼井林檎はロボットかもしれない』。彼女は俺に会う前から、既に知っていたらしかった。

 だけど、

(俺………この人達に、そのことを話したことがあったっけか………? いや、ちょっと待てよ…?)

「…まあいいでしょう、重要なのはそこではありません。私達が唐林さんをここへ連れてきたのは他でもありません。あなたと彼女達三人に会わせるためでした」

 この強烈な違和感に、俺は何度か気付いていた。その度に気のせいだ、忘れているだけだと思い込んでいた。

 でもそれは、違っていたんだ。

「三人って………アヤミクさんも、ってことですか…?」

「そうです。私達は唐林さんにお約束していたはずです。蒼井林檎の秘密に“関わる物”をお見せしますよ、と」

「…ま、まさか…彼女達は………」

 俺は、一度も―――――


「アヤミク・B、イエリー・マナヤ、エルグナ・ラクサ。三人は全て、我が株式会社コイントスが開発に成功した、人型アンドロイド………つまり、“ロボット”です」


―――この二人に、『唐林拓二』と名乗っていないのだ。



―――――――


 さっきの会議室のような所に連れてこられて、俺はホワイトボードが正面になるように座らされた。向かって左側の机にスージマンとスージマンパパ、反対側には着替えたイエリーとエルグナが座っていた。

「コーヒーです、どうぞ」

「あ、どうも…」

 アヤミクさんだけ、一歩外れたパイプ椅子に座って待機していた。給仕係…ということなんだろうか?

「それじゃあ改めて。ようこそ唐林拓二殿、我がコイントスへ! 私は社長のスージぃ・長万部っ、スジマンって呼ばないとぶっ飛ばすからね!」

「副社長兼取締役のサーゲス・長万部です。娘…“スージマン”からは、『サゲマン』と呼ばれております」

 まともな社員なんていねぇんだろうなぁ、この会社。…トップ2がこんなんだし。

「早速だけど本題に入るよ! 蒼ちゃんはたぶんロボ! だから協力してね、ヨロッ☆」

「………は?」

 ヨロッ☆…って言われても………。

「スージマン、それじゃあ唐林さんがよくわからないでしょう。ちゃんと説明をしてください」

「ぶーっ、めんどくさいけど、しょうがないからやったげる。そんじゃ、まずこれを見て!」

 スージマンがパソコンを操作すると、フォンという排気音と共にプロジェクタが起動し、青い画面がスクリーンに映し出された。会社のロゴみたいなのが表示され、ポインタがせわしなくファイルを選択して、砂時計になったり矢印へ化けたりとを繰り返していた。

「コイントスはいわゆる『おもちゃメーカー』なんだけど、主力は何と言っても子供向けの動物ロボット! 知ってるでしょ、『ファーブー』とか『Asobo』とか」

 ファーブーは毛むくじゃらの豚、Asoboは小型犬を模したおもちゃロボットのことだ。両方とも社会現象を起こすほどの爆発的ヒットを記録しながら、いつの間にかひっそりと市場から消えていた。

「あれってコイントスの商品だったんだ…」

「そう! そういうこと! みんな、ファーブーとかAsoboのことは知ってるのに、うちの会社の名前は全然広まってなかったの!! ファーブーもAsoboも、他の会社が作った新しいロボットに埋もれて、次第に売れなくなっちゃったし! でも私達はその度に新しいロボットを作り出して巻き返しを図ってきたんだけど、もうそろそろ限界? やっぱりおもちゃは所詮おもちゃだしぃ」

 たぶんその通りなんだろうけど、スージマンが言うとなんだか無性に腹が立つんだよな。パソコンの扱い方からしたって、頬杖つくわ、足は机に乗せるわ、乱暴にキーを人差し指で叩いてるわで、なんともお行儀が悪い。その辺ちゃんと教育してくださいよ、副社長兼取締役さん。

「で! 私達は本気を出さないといけないと思ったわけ!! 他が真似できないような、超フレッシュでインパクトがドカーン! って感じの、新商品を作ろう! って、私が提案したわけ。そして完成したのがっ!!」

 カチャッ、というキーを叩く音と同時に、パッと画面が変わる。そこに映し出されたのは、背中が開かれ、内部の機械やケーブルがむき出しにされているイエリーの写真だった。

「電気司令式ディーゼル駆動・電子演算方式・人造人間、イエリー・マナヤ! それからっ、」

 パッと写真が代わり、今度は手術台のような所で、大勢の白衣達に囲まれて眠るエルグナの写真が映し出された。

「神経接続式有機駆動・有機演算方式人造人間、エルグナ・ラクサ! 玩具界どころか、世界中を震撼させる世紀の大発明でしょ!! これが市場に出せたら、コイントスは地球一の大企業に発展できるんだからっ!! どうっ、すごいでしょう!?」

「すごいでしょ、って言われても…」

 正直に言うと、何て答えたらいいのかわからなかった。こいつのやったことはすごいのかもしれない。だけど、素直にスージマンを褒め称えるのには、どうしても抵抗があるよう感じていた。

「…何で、ロボットじゃなくて、人造人間なんだ?」

「だって、ロボだとメカメカしてるイメージじゃん。見た目がほとんど人間なんだし、いいじゃん人造人間で」

 そういう単純な意味ならいいのだが………俺の心配をまるで気にしていないのか、スージマンは次の説明へと移っていた。

「イエリーもエルグナも、見た目は基本的には人間そのもの! でも、内部的には全然違う構造で出来てるの。

 イエリーは軽油を使ったディーゼルエンジンを内蔵していて、動力とかシステムの電源にしてて、構造はとっても単純。メンテナンスだっておバカなカラポン星人でもできちゃうよ!

 だけど、エルグナはものすごい繊細! 神経接続式っていう、すごい高度な技術を使ってるから、たぶんカラポン星人に言ったってわかんないよね! 簡単に言うとね、動き方がとっても動物的なの、自然で滑らかな動きだったでしょ? より人間らしくするために、極力電子機械を使ってない構造になってるってわけ。

 筋肉があるって言えばいいのかな? イエリーはほとんどシリコンが詰まった袋が入ってるだけなんだけど、エルグナには本物の筋肉が組み込まれてるの!

 だからエルグナは人間と同じゴハンも食べられるし、おしっこもうんちもするんだよ!」

「ちょっとぉ! そんなこと言わなくたっていいでしょうっ、バッカじゃないのぉ!!?」

 スージマンは両手を合わせて、舌を出してエルグナに頭を下げた。当のエルグナは耳を少し赤くして、ぷいと俺から目を逸らしていた。

「なんだかそう聞くとますます思うんだけど…イエリーはディーゼルが体に入ってるからまだわかるけどさ、エルグナはいったい何がロボットなんだ? 筋肉がある、神経がある、それじゃあ人間そのものじゃないか」

 そう。俺が一番気になっていたのはそこだった。こいつらが作っているのはもはやロボットじゃない。文字通り人造人間………人間が造った、人間じゃないか。

 立ち上がって説明していたスージマンは、少し不機嫌そうに口をとがらせながら、ボスっと自分の座席に座り込んだ。

「…うん。コイントスの究極の目標としては、人間の手で人間を造ること。それはカラポン星人の言うとおりだよ。でも、エルグナでも、イエリーでも、アヤビーも、完全な人間とはいえない。一箇所だけ………本物の人間とは全く違う部分があるの」

 カチ、カチと、マウスを弾く音が部屋に響く。何枚かの写真がパッパッと切り替わり、最後に、灰色の四角い箱のような機械が映し出された。説明書きには、『G.B-A.I.』と大きく書かれていて、小さく略す前の単語が書かれていた。

「ゲームボール-アドバンス・インターナショナル?」

「ちぃがーーーうっ! そんなおもちゃみたいな名前じゃなぁいっ!!!」

 …おもちゃ会社の社長がおもちゃを否定しやがった。横から肩を叩かれ、誰かと思ったらエルグナが俺に耳打ちをしてきた。

「スージィはゲーム会社の任侠堂に強いライバル意識を持ってんのよっ。あんま刺激しないことね」

「ああ、なるほど…」

 おもちゃとゲームじゃ犬猿の仲か…。

「ふんっ、あんな赤緑の親父がでっかくなって何が面白いのよっ、チュピカーなんか全然可愛くないし………あーっ話が逸れた! 変なこと言うなぁカラポン星人!!! G.B-A.Iは、Growing Brain Artificial Intelligence! 『成長する脳、人工知能』って意味!! “脳無し”カラポン星人に脳の話してもわかんなかったかなぁ?」

「イチイチムカつく喋り方すんな。つまり、脳だけは作れなかったってことなんだろう? その代わりに用意されたのがその機械ってとこか」

 “能無し”の俺にも、それぐらいの予想は付いていた。そんなことができていたら………色々と黙ってない人がいるだろう。宗教とか、政府とか、何かしら偉い人達が、さ。


「造れたよ」

「…は? 何を」

 スージマンパパは沈黙し、エルグナは目を逸らし、イエリーはただ正面を見据えいた。

「だから、脳。人間の脳と同じ動きをする脳、造れたよ。機械的なのと、有機的なの、両方」

 何てこともないように、スージマンはさらりと言ってのけた。

「だけど、皆には積んでない」

「…脳が無いのに、これだけリアルな………人造人間が、できるのか…?」

 言葉を選びながら慎重に聞き返したが、やはりスージマンは不愉快そうに語気を荒げた。

「だからそうじゃなくてっ。脳と同じ物は無いけど、代わりになる物が、この『G.B‐A.I.』なの! 今からその説明をするから、黙って聞いてて!」

 これだから脳無しカラポン星人は、と毒まで吐かれた。…いったい何が奴を腹立たせてるんだ?

「もしや頭が空っぽだからカラポンなのですか?」

「そういうのは今はいいデスからッ」

 スージマンパパ、空気を読んでください…ソレ当たりなんですけどね!

「脳っていうのは―――――」

 画面には人型と吹き出しみたいなイメージ画が映し出されていた。二つの人型には名前が付けられていて、片方は『人間』、片方は『G.B-A.I.』と書かれていた。

「単なる記憶装置だけじゃなくて、身体中にあーしろこーしろって、指示を出す物でしょう? だから脳を人工的に再現するには、ある程度のルールを作りつつ、融通が利くようにしないといけないわけ。で、そのルールっていうのは何に基づくかっていうと、人間の場合は興味と経験からできてるわけ」

 『人間』の方の吹き出しに、“興味”と“経験”という文字が入った。

「赤ん坊は何も知らないから、手当たり次第に興味のある物を口に入れてるでしょ?

 それで叱られた物は食べちゃ駄目、怒られた物は食べていい、って覚えていくわけ。

 立ったまま物を食べちゃいけないとか、勉強すると褒められるとか、そういった経験を積み重ねていって出来上がったルールにより、性格、口調、行儀良さとか、個性が出て来る。

 それに更に身体的特徴が組み合わさって、千差万別の人間が出来上がってくるわけ。人間の場合はね、で」

 今度は『G.B‐AI』の吹き出しに文字が入った。内容は、“成長応用部”と、“絶対基本部”とが表示された。

「成長応用は時と場合によって変化していいルールのことで、人間の興味とほぼ一緒。

 人間と同じように、記録されていない未知の物体に対して、データを得ようとする。

 新たに入った情報と、今まであったデータを照合して、これまでのルールと比較してどうかを判断し、常に更新するってわけ」

「なんだか難しそうな話になってきたな」

「そして―――」

 目が止めるなと言ってる。黙って聞いといた方が良さそうだ。

「その、成長応用を更新するかどうかの判断する、管理を行うのが、絶対基本。

 これは、人間と違って最初からプログラムされてる物だし、人間の経験とも違う。

 経験しても、その後の判断に影響されないから、経験とは言えないの。

 どういうことかって言うとね………イエリー!」

 名前を呼ばれたイエリーは顔を上げ、小さく『ハイ』と返事した。

「今すぐカラポン星人を殺しなさい!」

「はぁっ!? な、何言ってやがんだゴラァ!!!」

 ガタン、と音を立てて、イエリーが立ち上がった。無機質な表情のまま、彼女はヒタヒタと俺に近付いてくる。

 俺は慌てて席を立って身構えた。

「マスター・スジマン、命令を確認します。殺人対象『カラポン星人』は、この人間のことでよろしいのでしょうか」

「…!」

 場違いなのは承知だが、初めてまともに聞いた彼女の声に、俺は心を奪われてしまっていた。白い肌に似つかわしく、透き通るような彼女の声は、まるで歌っているかのようだ。とてもこれから俺を殺そうとしてる人のようには思えなかったぐらいに。

「うん、ソだよ。早いとこ殺っちゃって」

「ふざけんな! てめぇ何様のつもりだコラ!!」

「………」

 イエリーは何度か俺とスージマンの顔を見比べて考えているようだった。

 数秒経った後、

「絶対基本エラー」

と、言った。

「0001:人間を殺してはならない。命令は絶対基本部により、キャンセルされました」

「了解イエリー。座っていいよ」

 『ハイ』と返事をすると、彼女は来た道のりを綺麗になぞるようにして、自分の席へと戻っていった。

 隣のエルグナは呆れるようにふん反り返っていて、スージマンはニヤニヤ笑っていた。

「これが、絶対基本ってわけ」

「………だから、何だってんだ!!」

 でかい声を出したものの、腰が抜けて座り込んでしまった。情けないから不機嫌そうなふりをしておいたが…。

「絶対基本は覆る(くつがえる)ことのない絶対のルール。彼女達が、私達人間にとって不都合なことを絶対に行わないようにするために、あらかじめプログラムさせておいたデータのこと。その第一項目が、『人間を殺してはならない』ってことなわけ。たとえ私がどんなに命令したとしても、イエリーにはカラポン星人は殺せないんだよ」

「………最初は結構マジな目だったぞ」

 でなければ、あんなに慌てたりはしなかっただろう。無表情とはいえ、最初に何の迷いなく俺の方へ近づいてきた時は、本当に殺されると思ったのだから。

「…0002:人間に危害を与える物は、適切に処理しなければならない。あなたはこれに該当すると、命令および初期計算で判断した。

 地球外生命体・インベーダー・カラポン“星人”はマスター・スジマンに危害を及ぼす恐れありと推測。

 しかし、当該生物カラポン星人は、赤外線反応等のデータ照合の結果、地球生命体、すなわち人間であると確認。

 カラポン星人とは固有名詞であり、0001対象の保護に該当する。

 よって、私は絶対基本0001により、人間・カラポン星人を殺すことはできません」

「宇宙人だと思ったわけぇ? あんたとんだポンコツロボね、お笑いだわ!」

 判断基準は違うのだろうが、エルグナは最初から、イエリーが俺を殺すわけがないと思っていたようだった。でなければ、あんなバカにした態度は取らないだろう。

(それともこの二人仲が悪いんだろうか…?)

 俺はまだ若干震える足で無理やりに立ちあがった。アヤミクさんが倒れている椅子を元に戻してくれ、席へ促してくれた。

「プログラムされた絶対基本を、私達が自らの意志で破ることはできません。それは、私達が人間より優位に立つことなく、人間を守るためでもあるのです。私達はあくまでも人間よりも下位の存在であり、人間より造られ、人間に役立つために産まれた存在であり、決して、人間より強くも、偉くもない。なってはならないのです。」

「…アヤミクさんにも入ってるんだ」

 にっこりと微笑むと、アヤミクさんは後の自分の席へと戻っていった。

 今になって気付いたのだが、アヤミクさんのスカートからコードのような物が伸びていて、その先は壁のコンセントへと繋がっていた。…なるほど、充電しているってわけか。

(ケータイみたいだな…)

「…あっ」

 俺の視線に気付いたアヤミクさんは、恥ずかしそうにそのスカートから伸びる(卑猥な)コードを引っ張って、自分の後に隠そうとしていた。スカートが引っ張られ、太腿が少し覗いていることには気付いていないらしかった。

「リミッター、あるいは、安全装置とでも言いましょうか。G.B-A.Iがある限り、ロボットが人間に危害を加えることは絶対にありえません。逆に、G.B-A.Iを積んでないロボットが存在するならば、それは恐ろしい危険性を秘めたロボットであると言えるのです」

 咳払いと共に、話が戻された。真面目な話だぞ、これは、俺。

「パパが言ってる意味、わかる? イエリーも、エルグナも、アヤビーもG.B.A.Iを積んでるから絶対の安全が保証されてる。

 だけど、そうじゃないロボットがいたとしたら? それってヤバくない? 捕まえて、なんとかしないといけないと思わない? ね、ね!」

 ………なるほど、そういうことか。ようやく、俺がここに連れてこられた意味が、わかったかもしれない。

「………林檎の、ことなのか」

「ご名答!! 蒼ちゃんこと蒼井林檎はロボットでありながら、G.B-A.I.、あるいはそれに順ずる制御装置を積んでいない可能性が大・大・大、特大!! ぜーったいありえないよ!!!」

 危険な野良ロボット。何をしでかすかわからないから、捕まえてそのゲームボール…じゃねえや、G.B-A.I.とかいう奴を積ませようとか、そういうことを考えているのだろう。

「わかった………確かに、お前らの言ってることには納得がいく。あいつも時々、何を考えてるかわかんねぇ時があるしな。

 だがちょっと待て! まだ、あいつがロボットだと決まったわけじゃない。

 お前らが説明したのは、あいつがロボットだった場合の危険性だけで、あいつがロボットだという証拠はどこにも無いんだろう」

「そだよ」

 ガクッ、ときた。一番大事な所だろ、そこ………。

「だーかーらー、カラポン星人にはそれを確かめてもらいたい、ってわけ! そこんとこ、ヨロ!☆」

「は?」

「バーカねぇ、ここまで言われたら普通流れでわかるでしょう。空気も読めないほどバカなのアンタ? あんたホントに、頭からっぽの脳無し“カラポン星人”なんじゃないのぉ?」

 …何を言っているのだろうか、こいつらは? 俺にいったい何を期待してるんだろうか?

「ロボットは…、我が社製のロボットもそうですが、必ず保守点検用の『継ぎ目』が存在するはずです。エルグナのような神経接続式、人工皮膚を被せているタイプでさえ、見えにくい所に点検用の『ふた』が用意されています。蒼井林檎もきっとそう………彼女がロボットであるならば、人間なら存在しないはずの、『線』か『ふた』が、身体の表面のどこかに隠されているはずなのです」

「………それって、どういう…?」

 スージマンパパは、ぼやかしつつも伝えようとしている。………のだが、そんな心遣いも微塵も感じてないのか、水溜りにできた氷を踏んづけるかのように、

「蒼ちゃんの裸を見てきてほしいの。私達に協力もできてー、カラポン星人は蒼ちゃんの裸もじーっくり見れてー、一石二鳥! 彼氏なんだし、それぐらい簡単でしょ?」

 スージマンが身も蓋も無い解説をしてくれて、ようやく納得がいった。


-3- 『株式会社コイントス』 end


つづく…

次回の更新は、年末ごろかも

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