8「G.A.」part3
「氷が溶けると薄くなるからな、まずは一口飲んでみな」
兄ちゃんはどうしても自分が淹れたコーヒーを飲ませたいらしく、部屋に入るなりまずグラスを渡してきて、しぶしぶ受け取って、ベッドに座った。
「苦い…」
「これでもダメか、じゃあしばらく置いとけ。その内氷が溶けて薄くなる」
グラスをデスクに置くと、まだ熱の残ったコーヒに氷が溶けて、カラン、と音が鳴った。
「お前のホームビデオ、勝手に見させてもらったよ」
「…ホームビデオじゃない、部活で作ってるテレビドラマだよ」
カチカチ、と、ダブルクリックの音がして、映像が再生され始めた。スピーカーから遠慮のない音声が流れてきて、兄貴は本体のツマミを回して音量を下げた。
「この辺が特に面白い」
「あっ…おい!?」
それはドラマではなく、撮影の合間に録画していたメディア部の映像だった。…しかも俺が撮った奴じゃない。粟野達に山岳公園の電車広場で隠し撮りされた、林檎が俺に添い寝してきたときの映像だった。
『あはは、ようやく観念したねカラポン! 私と一緒に寝 ようね―――――んっ…』
「随分と大胆になれたもんじゃないか、兄ちゃんはうれしいぜぇー、カラポン?」
「…あいつが、あいつが勝手にやってきてるだけだ。俺がやりたくてやってる訳じゃないっ」
兄ちゃんはニヤニヤと笑いを噛み殺しながら、シークバーを動かして何か見たい場面を探している。そんな兄ちゃんの姿が、何だかとても嬉しそうに見えて、俺は、もう、我慢ができなくなっていた。
「…あと、カラポンって呼ぶなよ、俺のこと…」
「何でだよ? お前はカラポンだ。空っぽ頭、カーラポンポン、何にも考えてなーいね…♪」
そのメロディは、何度か聞いたことがあった。だけど、俺はその先のフレーズを知らない。
「やめろっツッてんだろ…!!」
動画が一時停止され、画面はなぜか小雪ちゃんのドアップで止まっていた。何の場面だったろう?
「…カラポンは兄ちゃんのあだ名だろ。林檎だって元々は」
「昔の話だ」
そして、コーヒーカップを取ると、放置された俺のグラスと乾杯して、勝手な独り言を言い放ったのだ。
「今はお前がカラポンで、林檎はお前の“物”だ」
「ーーー!」
殴ってやる。そう思った瞬間、コンコン、と、部屋の壁をノックする音が鳴り響いた。