7「本当のカラポンpart.10」
「ふぅん。短いのによくまとめてるじゃないか」
―――部屋の中から、若い男の声が聞こえてきた。
「あ…」
俺はその顔を見たことがあった。いや、よくよく知っていた。
肌は黒く焼けていたが、俺の記憶の中のその人とまったく変わらない。両脚を椅子の上に乗せ、だらしなく背もたれに全身を預け、首を少し傾けながら画面を見つめているのも―――全部、あの頃と変わっていない。
「ん…なんだ、帰ってたのか」
「………兄ちゃん?」
二年前に家を出た兄が、正一兄ちゃんが帰ってきていたのだ。それはつまり―――
「久しぶりだな拓二。いや、カラポンだったな」
この家に、“本当のカラポン”が帰ってきた、ということなのだ―――。
―――夜、貝梨高校保健室。
6月の陽気でもすっかり真っ暗になった校舎の中で、用務員室と、この場所だけは小さな電気がつき続けていた。
「あなたの意見を聞きたいのだけれど、………唐林くんの夢について、あなたならどのように説明する?」
今まさにノートパソコンを閉じたばかりの小松先生は「え?」と、一瞬何を聞かれたのかをよく考えた。そして、人差し指を唇に当てたり、親指に折り畳んだりして出た結論に、少々首を傾げながら、答えた。
「…願望、なのでしょうか。夢ですから、無意識の意識、素のままの感情が原作になって、あのようなストーリーになっている、という風に思うんですけど…」
「なるほどね」
クリック音が部屋に鳴って、パソコンのスピーカーから激しい銃声が鳴り響く。静かな保健室には、それがよく響き渡った。
「わっ、あああんまり音おっきくしないでくださぁいぃ!?」
「こんなの毎日見てたら、そりゃ疑心暗鬼にもなるわよね。でもだからこそ、この夢は不自然すぎるわ、誰かの意思を感じる」
耳障りなノイズが入ってきて、音量を下げるのかと思いきや、逆に芝井先生はスピーカーに耳を張り付けた。小松先生は両耳を人差し指で塞いでいた。
「もうっ、止めてくださいよおっ!」
「『…キヨ、……ラ、』ん…?」
ディスプレイの大半を独占していた白と黒の煙が薄まり、その中から、2人の人間が対峙している影が浮かび上がった。
…いや、人間なのだろうか?
「…な、何ですか?」
顔は確かに、カラポンと蒼井林檎のそれに違いない。だが、手も、足も、体も、『人間』と呼ぶにはあまりにも無機質な、生命の暖かみを感じさせないほどに、ナイフのように白く尖っていた。いや、『ナイフ』になっていたのだ…?
『―――よ、カラ――!!』
『――――――、―――!!』
再び切りつけあう2つの影。小松先生があまりにも耳障りな悲鳴を上げるので、芝井先生はそっと、クリックしてプレーヤーを閉じた。
「…『好きよ、カラポン』か…、唐林くんも案外、冷たい子なのね」
小松先生は、まだ目を閉じ、耳を塞いでいた。
8につづく...