7「本当のカラポンpart.9」
―――――
「…サングラスのおっさん?」
粟野の話で最初に引っかかったのはそこだった。
「犬型ロボットが空を飛んで~」というくだりは、ラッキーには申し訳ないけど「んなアホな」の一言で片付けた。
「そうなんだよ。そしたらそのおっさんが『アルバイトしないか?』って。近くに止まってた救急車に連れてかれたら、小雪ちゃんが中で眠っててさ。
『彼女を学校まで宅配便してくれろ』って」
「救急車? なるほど、救急車ね…」
「救急車…っと」
芝井先生は腕組みして頷いてるし、こまっちゃんもメモを取りながら粟野の話を熱心に聞いている。…こんなんで本当にわかるの?
「その救急車が消えた三台目と見て間違いなさそうね。おそらく病院を襲ったメンバーが潜んでいて、逃走に利用したんでしょう。
病院からわざわざ離れたのは、何か予定外なことでもあったのかしら?」
「ありえますねぇ。もしかしたら、現場から彼女を直接搬送するつもりが、救急車に載せられず、急遽病院から誘拐することになった…。あるいは、元々拉致する予定の人物が現場で見つからなかった、とか………」
ちら、とこまっちゃんの上目な視線が。ドキン―――じゃなくて、
「…俺、ですか?」
あくまで消去法で言えば、と芝井先生は断った。
「救急車が来て、現場にいなかったのは唐林くんだけだしね。結局あなたは鍵の掛かった部屋で眠っていたから、手が出せなかったんでしょう」
「なるほど―――」
でも、と切り出したのは粟野だ。
「でも、何でカラポンが狙われなきゃいけないんですか? 林檎先輩と小雪ちゃんもそうですけど、何で…」
「まず蒼井林檎さん。あの子は…“危険な”ロボットかもしれない。そして唐林くんはその彼氏で、小雪ちゃんはよく会う後輩。
もしかしたら粟野君、あなたでも良かったのかもしれないわ。“蒼井林檎の秘密を知っていそうな人物”なら、誰でもね」
芝井先生の言葉を理解するのに、粟野には相当の時間が必要だった。コマッちゃんが補足するように口を開いたが、それでも粟野には整理がついてない様子だ。
「事実、寒来魂子さんも行方がわからなくなっています。彼女達の接点はそれこそ、メディア部しかありませんから」
「ま、待ってください先生…。林檎先輩が“危険な”ロボット? ロボットって、あのロボットですか? うぃーん、ガチャ、ガコン。…な感じの?」
芝井先生とコマっちゃんは黙って頷く。おいおいおいと、粟野は目を見開いて俺を見た。
「知ってたのかよカラポン!?」
「知ってたっつーか…そんな気がしてたって言うか…」
そうと決まった訳じゃないわ、と芝井先生は言った。
「たぶん、その真相を知っているのは誰もいない。だからみんな知りたがっているはず。蒼井林檎さんを狙っている連中はたくさんいることを、まずはそのことを覚えておいてちょうだい」
―――――
貝梨市消防本部では、奇妙なことが起きていた。
「はい、119番です。火事ですか、救急ですか?」
『火事……ザザザ…!!』
「もしもし? 火事はどこですか? もしもし、もしもし?」
オペレーターはメモに『火災 ダイ1報 14:35 telトギレ? 』と書き込むと、隣のオペレーターに渡した。
「スピーカーに繋ぎます。………だめです、既に切れています」
ツー、ツー、という単調な音がスピーカー司令室内に響き渡る。
「市内で煙は?」
「現在各地区の監視カメラを確認中ですが、今のところ発煙は確認できません」
「第二報を待つしかないか…」
しかし、それ以降電話は掛かってこなかった。各地の監視カメラにも異常は見つからず、結局、この通報はイタズラとして処理されることになる。
――――――
「…ただいま」
その異変は玄関に入ってすぐに気が付いた。
ゴツい形の、泥がはねた跡が染み付いたデカくて黒い靴。俺はそんなの履いてなかったし、親父はこんな時間に家に居るはずがない。誰か来てるのだろうか。
(それにしては…)
脱ぎ方も汚い。よその家に上がっておいて、靴底を表にしていく奴があるだろうか。母さんがいたら揃えていくだろうし…いないのか?
(………まさか泥棒?)
泥棒? まだ外だって明るいのに、玄関から堂々と? 確かに住宅街は昼の方がかえって人気が無いと言うけれど…
一階のリビングに入った途端、天井からミシリ…と音がした。誰かが二階で歩いた?
(二階…)
階段を上がっていく途中、上から何か音楽が聞こえてきた。テレビ…いや、二階にテレビは無いはずだ。
(パソコン…俺の部屋、か…)
俺の部屋は、先日のイエリーの一件以来壁と扉が壊れたままだ。がれきはスージマンが派遣した業社に撤去してもらったが、まだ中が丸見えのままだ。
『…本当のこと、言わないといけないと思って』
『本当のこと?』
廊下に漏れ聞こえる男女の会話。どうやらDVDか何かを再生しているらしい。
『私、本当は人間じゃないんだ。…驚いた?』
『…そうなんじゃないかって、気がしてた』
「ふぅん。短いのによくまとめてるじゃないか」
―――部屋の中から、若い男の声が聞こえてきた。
つづく…