7「本当のカラポン」前編
旧part1~part7をまとめ、前編に統一しました。
ピピピピピピピピ………
目覚まし時計が耳障りな電子音をかき鳴らしているが、持ち主はなかなか起きる気配が無い。いや、起きてはいるのだが、止める気になれないのだ。こんな甲高い音ぐらいのストレスよりも、動きたくないという気持ちの方がよっぽど勝っていたのだ。
ピピピピピピピピ………
―――――ドン、ドンドンッ。
床下から、棒で突かれている音がする。聞こえているが、返事を返す気になれない。そして起き上がる気持ちも湧いてこない。やっぱり、目覚まし時計の甲高い電子音は止まる気配が無い。
ピピピピピピピピ………
ガチャッ!!
「拓にぃ、うるさい! いいかげん起きなさいよっ!!」
とうとう、しびれを切らして入ってきたのは桂だった。まず真っ先に目覚ましの電子音を止めると、それからかけ布団を問答無用にひっぺがしたらしい。一気に寒くなった。
「あきれた! 着替えないで寝ちゃってるじゃない……もーっ、起きろーーーーっ!!!」
「…ほっといてくれ………まだ寝たいんだよ………」
ああ、やっと自分の意志で言葉が出たな。でも、そこまでだ。ふとんを奪い返す気にもなれないが、それ以上に何にも頭が考えてくれない。思考の底が抜けているような、全部が流れ出てしまっている感じだ。
「…バカクソにぃ!! バカ、バカバカバカ、バーーカッ!!!」
そうして桂は、ドカドカと床を鳴らしながら俺の部屋を出ていった。半分壊れたままのドアが、勢いよく『ドンッ!』と閉められたらしい。また蝶番が外れなければいいのだが。
あれから2日。林檎の行方は、未だにわかっていない。
「まあまあ、元気出しなよあんちゃん。その内いいことあるって!」
「うるせえなあ、だからほっといてくれ………って、えっ!?」
今の声、どこから…?! その時、桂に引っ剥がされた布団の塊がもぞもぞと動き出して、ベッドの端まで来ると、ボトン! と、何かが床に落ちた。
あの時のロボット犬、“ラッキー”だった。
「よっ、あんちゃん!」
「どうりで温かいと思ったぜ………つーか、いつの間に入ってたんだよ! 気色悪ぃな」
前脚で耳を掻きながら、ラッキーは『何を今更~』と、答えた。
「こないだ言ったじゃないか、オイラはあんちゃんの監視と護衛を任されてる、って。御傍に付くのが当然、ってもんだろ?」「近すぎるっつの………じゃあもしかして、病院にもいたのかお前?」
「あたぼーよ、救急車の上をずっとバーニア噴かして追いかけてたんだぜ?」
あきれた。何で今まで教えてくれなかったんだろう? この2日間、スージマンに聞きたいことが山ほどあったというのに。
「仕方ないさ。スジマンはこの2日間、もんっのすげぇ忙しかったんだから。オイラも報告したって、全然アクセスしてくんないんだもん!
あんちゃんもダメダメな感じだったしさ。オイラはしばらく様子見程度にしててくれ、って、アヤミクの姐さんに命令されてた訳さ」
…確かに、この2日間は何もしていなかった。土日で学校が休みだったから良かったものの、今日もできれば学校に行きたくない。…ああ、ビデオの編集もまだ終わってなかった。大会はもうすぐだっていうのに。
「そうやって現実逃避するのもいいけどさ、あんちゃん。一個忘れてることがあるんじゃないかい?」
「忘れてる? …いったい、何のことだよ。何かあったか?」
ラッキーは生意気にもため息をついて、左右に首を振った。
「行方不明になったのは何人か、ちゃんとわかってる? 名前を言ってごらんよ」
「え…林檎に、小雪ちゃんだろう? 二人だ。小雪ちゃんのこと忘れてるだろ、って言いたいのか? ちゃんと覚えてるよ。俺、そこまで冷たい人間じゃないぞ」
違う違う、と、前脚を振るロボット犬。そしてそいつが言った次の言葉が、事態の重さを俺に気づかせることとなった。
「3人だ。もう一人いただろう、ほら。あんちゃんがブシドーって呼んでた子だ。あの子も救急車に乗ってからいなくなってる。つまり、行方不明になったのは3人なんだよ、あんちゃん」
―――――
「先生!!」
乱暴に開けすぎたかもしれないが、今は保健室の引き戸の心配をしてる場合じゃない。芝井先生はいつものデスクに座り、いつものように振り返った。
「ああ、おはよう。どうしたの?」
「“どうしたの”じゃないですよ!! 林檎は…小雪ちゃん達はまだ見つからないんですか!?」
先生はペンを置いて立ち上がると、冷蔵庫から茶色い栄養ドリンクを二本取り出した。
「まずは一杯、落ち着いてからどう?」
「そんなこと言ってられないでしょう…! ブシドーが…小雪ちゃんの方の救急車に乗った彼女も行方不明になってるじゃないですかっ!! 何でそんな大事なことをあの日の内に教えてくれなかったんですか!?」
「唐林君、声が大きいわよ。いいからそこに座りなさい。あなたの知りたいことには一つ一つ答えてあげるから」
そう言って、先生は俺をソファーへと促した。ブラインドを閉め、カーテンまで閉め始めている。カチリ、と入口の方から音がした。
「んもう、せっかちなんだから~先生を困らせちゃダメだぞっ」
「こ、こまっちゃん…いつの間に」
シャーッ、と、保健室の入口の扉にまでカーテンが閉められてしまった。……なんだか、閉じこめられてしまったような気分だ。
―――
一方その頃、校門から粟野があくびをしながら歩いてきていた。
「ふわわぁ…ちょっと早く来ちまったな……はぁ、くそっ。どうも暗いことばっか考えちまうな。
小雪ちゃん達はまだ学校来てないみたいだし、ホントに大会に間に合うのかよ…、んんん?」
どこからか、カリカリカリ…と、何かを削るような音が聞こえてくる。大きな音では無いが、聞き覚えの無い奇妙な音だ。
「花壇………保健室…か?」
校舎の壁に沿って、レンガ造りの花壇が並んでいる。名前もわからないような葉っぱばかりの植物しか無いのだが、子供の背丈ぐらいの高さがあり、その陰は死角になっている。
音はどうやらそこから聞こえてくるようだ。
「ん、保健室電気点いてるのにカーテン締め切ってるな…何でまた………あっ!?」
粟野は保健室の窓に気を取られていたが、音はその足元から発生していたのだ。
「うわっ、見つかった?!」
「な、なんじゃこりゃあ!?」
粟野が見たもの。それは赤いハチマキを巻いた、漫画みたいな顔の小型犬だった。
「うわっ、見つかった?!」
「な、なんじゃこりゃあ!?」
粟野が見たもの。それは赤いハチマキを巻いた、漫画みたいな顔の小型犬だった。動揺しているのか、頭を低くして、うーっ、うーっ、と唸っている。
(でも尻尾は垂れて丸まってる……びびってんのか?)
漫画みたいな顔が、怒ったような、だけど今にも泣きべそかきそうに歪んで、粟野を睨みつけている。噛みついてくるかな、そもそも牙すらあるのかな、と、粟野は考えていた。
「お、おおおオイラを食べたておしいくないぞ!?」
「犬がしゃべった…?!」
しまったー、と大声を上げた瞬間、犬は頭を抱えこみスクッと二本足で立ち上がった。ぐわんぐわんと頭を振り回しながら、訳の分からない擬音を繰り返し吐き出していた。
「AUUUUU!!!!? ダダダだだだダダメだ! 逃げるが勝ちだ! アバよチェリーボーイ!!!」
「なっ、おいちょっと待てこら…わっ、なんだなんだ!?」
粟野が捕まえようとハチマキに手をかけた瞬間、ガキィン、ガキンと、犬の体がルーブックキューブをバラしたかのように複雑怪奇に動き始め、何か得体の知れない(だけど空でも飛んでしまいそうな形をした)物体へと変形してしまった。
「アディオスアミーゴッ!! ターボ・ファイアーッ!!!」
「な゛っ゛゛゛」
ボォンッ!!!
…爆音が校舎に鳴り響いた瞬間、すさまじい横風が窓ガラスを揺らしたことを、拓二は…カラポンは知らない。そして、粟野がお空に飛んでいったことも………誰も知らない。
―――某市、某所、薄暗い廊下。
三人の白衣達が、突き当たりの一室に向かって静かに歩いている。
《X-Ray Room(レントゲン室)》と書かれた赤地のプレートが、灯りを灯されるのを待ちわびていた。
『病院よりも、“整備場”で検査した方がいいんじゃないのか』
『ロボットにレントゲン撮る方が、まだ取り返しがつくでしょう?』
両開きの扉が開き、また壁が現れる。その壁の窓ガラスの向こうに、台座の上で横たわる人の姿が垣間見えた。
『生態兵器やバイオロイドという可能性は?』
『不明です。全ての可能性も含め、全身を透過検査してみましょう』
眼鏡を持ち上げた男は、苦笑いせざるを得なかった。
『どこから彼女のロボット疑惑は浮上したのやら。これで、普通の人間だという結果が出たなら、我々はただの誘拐犯ということになるな』
パネルのスイッチを操作すると、台座が動き出し、ドーム型の機械に向かってゆっくりとスライドし始めた。
『根拠はあります。でなければ、ここまで部隊を動かしたりはしません』
『だが私には教えてもらえない、と? (英語で、クソッタレ!) 私も随分安い男に成り下がったものだなっ』
『…彼女が人間であれば、全て幻に終わることです。知る必要の無いことを、あえて話すことも無いでしょう』
検査機の準備が整ったらしく、台座は円筒の中に納まっていた。彼らにも緊張した空気が流れ始める。
『では始めよう…彼女の内に秘める、パンドラの箱を探しだそうじゃないか』
眼鏡の白衣がパネルの黒いボタンを押すと、緑のランプが点灯し、機械が駆動する音が室内に響き始める…。
それはまさに、パンドラの箱が開かれる瞬間だったのだ―――――
―――――
「...もうっ、ようーーーやく飲んでくれたわ」
「うーん、お茶も飲んでられないぐらい心配だったんですねぇ。愛し合ってる、って感じですぅ」
小松先生が拓二に毛布を掛け、芝井先生は落ちた湯のみとこぼれたお茶を拭いていた。さりげないことのように見えて、連携された動きができている。
「そう? 私はむしろ、冷め切っているように見えるけれど」
「ええー、どうしてですかぁ? だってこんなに心配してるんですよぉ、愛し合ってる証拠じゃないですかぁ」
どうだかね、と芝井先生。彼女の過去に、何か大変なご苦労があったのでは、と思わずにはいられない態度である。小松先生の目が紫色に怪しく煌いていた。
「その辺のとこぉ、詳しく―――」
「待って。...誰か来たわ、拓二君隠して!!」
ベッドから毛布を投げると、小松先生が秒と掛からぬ時間で拓二を覆い隠す。それも不自然にならないよう、そこらにあった小机やついたてなどでカモフラージュしているから、一目見ただけではまずわからない。
ようやく廊下の方から音が聞こえてきたのを確認して、芝井先生は入口のカーテンを開け、来訪者を出迎えた。
―――コンコン。
「はい、どうぞー...あら、粟野君じゃない。どうしたの、それ?」
「えー、話すと長くなるんですが、とりあえず人目がアレなので中に入れさせてもらえないでせうか…」
耳まで真っ赤になった粟野は、ふらふらと保健室に入ってきた。「あっ」と、小松先生が声を上げた―――。
――――時間は戻って、粟野の空中遊泳(?)から。
…きぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!!!!!!!
「だぁああああ止まれ止まれとまあああれええええええ!!!!?」
「あんちゃんそれは無理な相談だぜ! 降りたきゃ今すぐ飛び降りりゃいいじゃねえかよお!!!」「んなことできるかぁーーーっ!!!」
現在彼らは、貝梨市を北西方面にジェット飛行中、高度約2700m。パラシュート無しスカイダイビングには、少々不向きだろう。粟野は必死にロボット犬の首を掴んでいた。
きゅいん、きゅいん。
「エマージェンシー、エマージェンシー! コチラ、ラッキー、ワレ、敵の攻撃を受け交戦中!! 至急応援を求む! 繰り返す至急応援求む~~~!!!」
「何デタラメ言ってんだコイツ!? いいから俺を下ろせぇええーーーー!!!」
その時、ロボット犬の頭がパカッと開き、中からUHFアンテナのような物体が“にょきっ”とせり上がってきた。クルクルと回転しだしたそれは、ある方向を向いて、ランプを
ピカリと光らせた。
『こちらサゲマン。今から送る座標に着陸せよ』
誰かの声がして、ロボット犬は大きくジェットを吹かして急旋回し始めた。その風圧、Gと言ったら、粟野の目を真っ白にさせるには十分すぎるぐらいだった。
だから次に粟野が感じたのは、したたかに頭を打ちつけた後の鈍痛だった。
「いってえぇぇぇ…っつっつっ………!!」
「サゲマン! 助けてくれっ、変な人間に追いかけ回されてるんだ!!」
ポンっ、と音がして、ロボット犬はジェットバーニアを瞬時に格納し、元の小型犬の姿となって、大慌てでその男の陰に隠れた。もっとも、まだ粟野はその存在にすら気づいていない。
「呆れたもんだなぁ。仮にもお前は人型ロボットだろう、なんだそのビビリようは、あん? あーっ、たく! 膝にしがみつくなっ、二本足でしがみつくなっ、お前は!」
「だってだってだって、こええもんはこええよおおおお…!!!!」
さすがに二人分の声を聞いて、粟野は身の危険を感じ始めた。
今のこの状況は何だ? 変なしゃべる犬を見つけたと思ったら、お空に吹っ飛ばされて、地面にゴツンだ。しかも、誰かいる。男の声、結構渋くて低い声、ロボ犬と会話してる。まさか…ヤーさん?
「あー、そこの君。悪かったな、こんな遠くまで来てもらって。安心していいぞ、ここは学校から1kmと離れていないからな」
(いやいやいや! 全然安心できないっス!! てか、何でそんなに笑顔なんですかっ、何でグラサンで笑ってんすかおぢさぁあん!!!!?)
粟野の嘆きなど届いているわけもなく、男は無情にも粟野にだんだんと近づいてくる(ロボ犬を引きづりながら)。太陽に背を向けた彼は粟野を見下ろして、ニイ~っ、と笑顔を浮かべた。
「よお兄ちゃん、アルバイトしないかい? なぁに、難しいことは頼まないさ。ちょっと運ぶのを手伝ってもらいたいんだよねぇ~」
(運ぶ…ま、まさか、ヤク!? ひぃぃぃいいいいい!!!!?)
後ずさりするも、立木に背中をぶつけ、逃げ場を失ってしまう。しかし、男は一歩一歩確実に迫ってくる―――そして、粟野の腕を掴んだ。
「ひぃっ!?」
「な~にか勘違いしているようだが、これは立派な人助けってやつだぜい? ほら、立ちな兄ちゃん。ま、これを見てから考えてくれたって構いやしないさ」
引っ張りあげられた粟野は、そのまま道路の方へと投げられるように引っ張られる。
殺される―――! そう思った瞬間、粟野はある意外な物を見ることになる。
「え……えっ、な、これ、え…なんスか、これ…?」
「見りゃわかるだろ、救急車さ。ちょっと俺にはできかねるんでね、君にお願いしたいのさ。彼女を学校まで宅配便してくれろ」
―――――
時間は元に戻って、貝梨高校保健室。この間、約30分の出来事であった。
―――コンコン。
「はい、どうぞー...あら、粟野君じゃない。どうしたの、それ?」
「えー、話すと長くなるんですが、とりあえず人目がアレなので中に入れさせてもらえないでせうか…」
耳まで真っ赤になった粟野は、ふらふらと保健室に入ってきた。「あっ」と、小松先生が声を上げた。
「小雪ちゃん!!」
粟野が背負っていたのは、病院から行方不明になっていたメディア部一年部員、野村小雪だったのだ。
…つづく
2013年8月23日から、毎月3、13、23日に更新する予定です。