6『青い林檎』後編
「キャンユー・フライ?」
ノー、アイキャント・フライ。
「イエース! ユーキャン’ト・フラァアーーーーーイ!!!!」
それは、昔見た映画の冒頭シーンによく似ていた気がする。ああ、昔のことを思い出すだなんて。これが、走馬灯なんだ、きっと。
――――^-^――――
コンピューターグラフィックスが人間の目をごまかせるほどぐらいの技術がやっとできてきたかな、と言えるくらいの頃。主人公がいきなり絶叫しながら、片瀬橋から境川へ飛び込むという斬新なオープニングで始まる映画だった。高校生の青春映画と説明したところで、ピンポンと正解を導き出せる人はなかなかいないだろう。
なぜ彼がそんなことをしでかすのかは映画の後半で分かるのだが、そもそも彼と俺とでは状況が違いすぎる。一番の違いは言うまでもなく、『自分の意志で落ちてるのか』『そうでないか』だ。
「イエース! ユーキャン’ト・フラァアーーーーーイ!!!!」
「う…うぅん………?」
だから、目が覚めた時見た光景を、俺はよくわからなかった。空だ。それも、雲がだんだん遠ざかってる。…まだ堕ちてる、…とか?
「人生そんな捨てたもんじゃないだろう。いい言葉がある、教えてやろうか」
聞きなれない声がすぐ間近から聞こえてくる。…だが、どこにいる? 俺の体以外に、周りの空間には何もない、ような気がするのだが…!?
「なんとかなるなる、ってな」
「なっ………何だこれ、落ちてる…のに、落ちてるわけじゃない!?」
両腕両脚はものすごい浮遊感を持っているのに、背中と頭は不思議と安定した密着を感じている。しかし、体は確実に高い所から低い所へと移動を続けている。まるでスキーリフトが逆走して、そのまま上を向いたまま下ってしまっているような感覚だ。しかも寝そべって。
「あのさー、あんま動かない方がいいぜあんちゃん。俺もまた拾うのめんどいし」
「拾うって………え、ええええええええ!!!???」
その一言が、かえって俺の体を動揺させた。だってそうだろう? こんな光景、地球上で他に誰が見たことがあるって言うんだよ?
「………犬、だよな…おまえ?」
「おうよ。オイラ、イズニシ・イラキって言うんだ。漢字で書くと『泉の西』に『入って来る』って感じで、『泉西入来』。あ、“漢字で感じ”じゃ駄洒落になっちまうな、わざとじゃねえぜあんちゃん!」
その人間的説明とは対照的に、首を動かして見たその顔は、どう見たって犬だった。それもかなりデフォルメされた、漫画みたいな顔をした犬…が、180度首を回転させて、俺の顔を覗き込んでいたのである。
そして瞬時に俺は状況を理解した。俺は犬の背中に寝そべった状態で、ゆっくりと谷底に向かって降下している真っ最中なのだ。
「おっと、そろそろ着地するぜあんちゃん。逆噴射するから、ちょっと熱ちぃかもしれねぇけど、まー我慢してくれよな!」
言い終わるかその全然前に、ケツの下あたりから『ごぉおおおおお』という音がし始めた。もの凄い熱気が背中から襲ってきて、俺は思わず仰け反りそうになりながらも、バランスを整えて体勢を維持した。でないと、明らかに犬の背中から落っこちる。そう思うぐらい、この喋る犬はお世辞にも大きいとは言えない大きさだったのだ。…喋る、犬?
「…俺、やっぱ走馬灯見てるのかな」
「おっ。じゃああんちゃんは、前にも喋る犬に会ったことがあるのかい?」
いや、あるわけ無い。ということは、これは過去の経験を思い起こしているのではなく、今まさに体験して記憶を海馬に刻み込んでいる最中ということだ。…なんで?
「あるお方からあんちゃんの護衛を頼まれていたんだ。あんちゃんには死なれちゃ困る、ってね。真相を暴くまでは、俺が守ってやるから安心しなよ、あんちゃん!」
そうして、犬は地表の河原へと軟着陸したらしかった。ざあざあと川の水が流れる音が嫌というほど俺を囲みこもうとしていた。
「…スージマンだろ」
「おっ、あんちゃんは察しがいいねぇ!」
河原に降り立ち、俺は改めてその姿を確認する。体長は約60cmほどで、その三分の一はまん丸な頭の大きさと言っていい。手抜きの漫画家が書き損じたみたいなしょぼくれた目が二つ、覇気を失くした「W」みたいな口。その口からはだらしなくよだれを弾き飛ばしている真っ赤な舌が伸びていた。
何より特徴的なのは、その頭に巻かれた赤いハチ巻き。額の所には太々と「団結」の二文字が黒い筆字で書かれていた。何で…?
「………んで、何でまたそのコイントスの犬型ロボットが俺を助けてくれたんだ?」
「おっと、そいつは勘違いだぜあんちゃん! って、犬型ロボットってところな?
ご察しの通り、オイラは株式会社コイントスの開発したロボット泉西入来だ。
だがオイラは犬じゃない。犬型ロボットですらない! ちゃんと歴とした人型ロボットなのさ!」
俺を差す前脚(右手?)の裏には、ご丁寧にも肉球型に大小5つのバーニア穴が開いていた。…この脚が変形して人型になるというのだろうか?
「…へー」
「へー、っておま、全然その目は信用してないだろう? だが無理もない、今のオイラのボディは確かにどこからどう見ても、犬型・犬形式・犬タイプのちんまくキュート! な、ワンコ・ロボットだ。だがな、オイラのこの頭の中に搭載されたG.B.A.I.は、正真正銘二足歩行の人型ロボット用なのさ! 何ならその目で見て確認するか? よし、今ドライバーを出すぜ!」
向かって右側の“側腹”が引き出しのようにスライドし、+、-、大小各種のドライバーが八本整然と並んで出てきた。
「いや、別にいいから………俺たぶん見たってわかんないし…」
「なに、そうかよ。そいつぁ残念だ………おっと、スジマンから通信が入ってるぜ、ちょっと待ってな!」
そう言うと、スライドしてきた引き出しを収納し、泉西入来と名乗った犬はピョンとジャンプして、90度旋回して俺から見て真左の方向を向いた。おいおい今度は一体何が始まるんだ、と思っていると、彼(?)は小刻みにその白い毛を揺らし始めた。
それはなんだか、アメリカ製の3Dアニメを見ているような、少々滑稽な変形の仕方だった。脚部が地面にぶっ刺すように固定され、背中が二つに開き、中に収納されていた長方形状のモニターが回転して、背中側面に展開したのだ。頭からは穴が開いて、家の天井にあるようなUHFアンテナ状の物体が伸縮・展開して、いかにも電波を受信してますとアピールしているようだった。
「...おまえ本当に人間なのかよ」
『ラッキーは人間なのー! 馬鹿にしたら怒るぞー、バカポン星人!!』
背中の長方形のディスプレイ...液晶テレビというより、私はpad的なタッチパネルっぽい...に、すっかり見慣れてしまった顔が画面いっぱいに映し出されていた。スージマンこと、スージィ・長万部だ。
「さすが地デジだな、鼻毛までバッチリ」
『いや~ん!』
何がいや~んだよ………画面には、もぞもぞと動くスージマンの後頭部が画面いっぱいに……ああ、鼻毛を抜いてるのか、わかりやすいやつめ。
『いたっ! ねぇ、取れたぁ? ちゃんと取れたーアヤビー?』
『はい、大丈夫ですよスージィ様。この通り3本も抜けました』
「その声は…アヤミクさん? もう直ったんですね!?」 後頭部に代わって、アヤミクさんの整った顔立ちがズームアップされた。うーん、今日もお綺麗です!
「こんにちは唐林さま。その…先日は大変ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。何とお詫びを申し上げればよいか―――」
「アヤビーのおっぱい見るー?」
画面下のおっぱいから…じゃなくて! 画面下から、スージマンの“デコ”がニュッと突出した。えっ、と驚くアヤミクさんのスーツの胸元に、左右からほっそい腕が迫って…って、おい!!
「アホかっ!! やめろスージマン!!!」
「えー、だってお詫びはしなきゃでしょー? ペケポン星人の部屋に穴空けちゃったしー、遠慮しなくていいよ!」 もっと違う形にしてくれ…。そう言いつつも、俺の心のどこかの涙腺がホロリとしているような気がしてなからなかった。やっぱり、そこらへんも人間に似せて作られているのだろうか?
「おうおう、オイラが体を張って通信してやってるのを忘れてないかい、三人とも?」
「あ、ごめんごめんラッキー。早速大活躍だったねー、巡回任務頼んどいてよかったよー」 …巡回任務、ラッキー? 「スジマンは俺に“ラッキー”っていう二つ名を付けてくれたんだ。『秘密作戦にはコードネームが必要なの!』ってな。秘密作戦ってのは、巡回任務、つまりあんたを監視・護衛することさ。おかげで助かったろ、な?」 なるほど、確かにその通りだ! …と、言っていいものやら何なのやら…。
「…それなら落ちる前に助けてくれよ。俺じゃなくて小雪ちゃ―――」
ハッと、俺は大事なことを思い出した。そうなのだ、そもそも俺より先に小雪ちゃんが落ちたから、今こういうことになってるんじゃないか。
助けてもらっておいていうのもアレだが、小雪ちゃんを助けてくれたってよかったんじゃないだろうか?
「そりゃ無理だ。オイラは唐林拓ニを監視護衛するように命令されてんだから!」
「融通が利かねぇロボットだなあ、おい!!」
ますます俺は心配になってきた。一刻も早く上に戻らなければ………でも、どうやって? 今いる谷底は、川があるだけで左右はほとんど直角の絶壁。俺の力で登れるとはとうてい思えない。
『ラッキーに乗っけてってもらったら?』
「それだ! おい犬、もう一回頼む、上まで! な?」
「あいよあんちゃん! ビビってちびんじゃねぇぞ!!」
ディスプレイとアンテナを変形・収納した犬は、再びプラモデルのような組み換えを繰り返して、飛行モードへと変形した。赤いハチマキが際立って、何度見てもシュールな姿だと思いつつ、俺はその背中にまたがった。
『バカポン星人、』
「うおっ、まだ繋がってたのか…何だよスージマン、それにバカポンじゃなくてカラポンだっつーの」
私だってスジマンなんだけど、と、不満そうな声が股の辺りから聞こえてきた。どうやらそこにスピーカーがあるらしい。『お願いがあるんだけど』と、前置いて、
『蒼ちゃん…蒼井林檎には、ラッキーが見つからないようにね』
いつになく真剣な、冷たく響くような声で言ったのだった。
―――――
「オイラはまだ未完成品なんだ。だからあんまり他の人に見られたくないんじゃないかな?」
いや、それだけじゃないと思うが………あまりにも自信たっぷりそうに言うので、俺は泉西入来こと、ワンコロボのラッキーの言葉をそのまま受け止めることにした。
それにしても、なんて格好だ。俺は再び、ジェット飛行携帯に変形したロボ犬の背中に跨り、谷川を這うように低空飛行していた。
赤いボディペイントだったら名犬Rシュと間違えそうなフォルムだが、残念ながら赤いのは額のハチマキだけだった。
「もっと速く飛べないのかよ」
「いいけど、アンちゃん落ちるぜ、きっと」
そりゃ困る。
「おっ…あそこだぜ、アンちゃんが落ちてきた崖。何か赤いのがピカピカしてんなー」
「…警察?」
ドキリと、胸が鳴る。が、それはもっと現実的な車の装備品だった。壊れた柵のすぐ隣に横付けされていたのは、三台の救急車と、レスキュー車だった。
――――
少し離れた崖に着陸した俺達は、野次馬に見つからないようにコソコソと人だかりの中へ近づいて行った。
「適当に距離を置いて監視してるぜ」
そう言って名犬ラッキーは本来のワンコモードへと変形し、何食わぬ顔でトコトコと草むらに隠れていった。…野良犬にでもなりきったつもりなんだろうか?
「…結構人が集まってんな」
ちょうど、担架が救急車に収容される所だった。サイドドアから救急隊員とブシドーが乗り込んでいるのが見える、付き添いだろう。他の三人…林檎は?
「あっ…」
撮影をしていたあの桜の木の下で、制服の女子高生が膝を抱え頭を埋めていた。その隣にはやや長身の制服男子高生………間違いない、ぼたんちゃんとアホ助だ。
「おい、粟野っ、ぼたんちゃん! 林檎は!?」
「…!!」
「カラポンお前、無事だったのか…! バッキャロウ、何でもっと早く戻ってこなかったっ、心配掛けさせやがって!」
二人があんまりにも驚いた顔をするので、一瞬何故こんなにも心配されているのかをすぐに理解できなかった。そんなことよりも、気になるのは林檎のことだ。
「おい、林檎は? あいつは無事なのか、どうなんだよ、おい」
「先輩は、ほら、今上がってきた」
見ると、オレンジ色の服を着たレスキュー隊員がちょうど、壊れた柵の所から林檎を担架に乗せて引き上げてきた所だった。そのまま担架は、二番目の救急車に収容されようとしている。
「俺が付き添う」
「待て待て、お前が乗るのはそっちじゃないだろ! 何のために3台救急車が来てる、って………カラポンお前、…無傷なのか?」
当たり前だろと言ってから、しまったと気付いた。俺は崖から落ちたのだから、むしろ無傷な方が不自然じゃないか…!
「お、おう。運が良かったんだ。じゃ、悪いけど後のこと頼んだぜアホ助」
そう言って俺は、今まさに閉められようとしている救急車のドアに滑り込んで、半ば強引に乗り込ませてもらった。
救急車は、グンとアクセルを踏んで動き出した―――。
―――――
二台の救急車は貝梨市内の病院へと滑り込んだらしい。すぐさまキャスターで運ばれていく林檎を、俺は看護士達と一緒に走って追いかけようとした。が、誰かが肩を掴んで、それを阻んだ人がいた。
「そこまで。どうせ追っても手術室は入れなでしょ」
「っ………えっ、あれ…なんで?」
白衣を身にまとったその人物は、あまりにも違和感なくそこに立っていた。放送室の廊下を挟んだ隣室の住人、保健室の『芝井先生』だった。
「後で話をしましょ。林檎と小雪ちゃんは私達に任せておけば大丈夫だから。小松、この子を応接室へ」
はい、と聞き覚えのある声がして、俺はすっとナースに手を握られた。顔を見てさらに仰天、またまた保健室の住人、養護研修生の小松先生だったのだ。
「こ、こまっちゃん?!」
「ふふ、ここでは“コマちゃん”って呼ばれてるのよ。さぁ、後のことは芝井先生達に任せて。こちらへどうぞ」
小雪ちゃんの乗ったキャスターが救急車から下ろされると、芝井先生はそれを運ぶ一団に加わり、林檎の運ばれていった方向へと消えていった。俺はというと…こまっちゃんに手を引かれながら、別の廊下の方へとドキドキしながら歩いていった。なんだかまるで、迷子の子供になったような気分だ。
(それにしても、なんてナース服が似合ってるんだ、こまっちゃん…)
我ながら不謹慎なことを考えているな、と思いつつ…。
―――――
「もともとお医者さんを目指してるの。学校の保健室はあくまで研修、芝井先生について勉強を教わってるのよ」
応接室でお茶を出してもらって、こまっちゃんからそのような説明を受けた。芝井先生が学校の保健室にいるのは、言ってしまえば人手不足の補填なのだという。
「お医者さんはいつでも足りないから。でも大丈夫、芝井先生はちゃんと教員免許も持ってるのよ?」
「それは、すごい………」
お茶をすすりながら、話題を考える。…だめだ、何も浮かばない。こまっちゃんと二人きりで狭い部屋にいる緊張に加えて、林檎達の事故の状況を説明したくてもできないという、もどかしさのせいもあった。
(どうしてもラッキーのことを話さないと、俺の状況を説明できない…)
「………林檎ちゃんと小雪ちゃんが心配なのね。でも大丈夫っ、芝井先生がな~んでも治しちゃうから! ね?」
黙っているのを察してか、こまっちゃんはお盆を抱えて笑顔で問いかける。…へへ、なんて苦笑いしかできなかった。
「それじゃあ、私もちょっと行かないといけないから。あ、トイレはそこのすぐ向かいにあるよ」
「…ありがとうございます」
頭を下げたまま、俺はそのまま色々と考え事をしようと思って目を閉じた。真っ暗な闇の中で、俺はいくつかの場面をイメージングする。
スージマンはコイントス社で、『林檎がロボットかどうかを確かめるために、裸を見てきてほしい』と言っていた。
桜の木から崖に落ちた小雪ちゃんはともかく、崖から落ちて頭をぶつけただけの林檎は、身体も病院にチェックされるのだろうか? だとしたら、俺よりも先に、病院の人たちが林檎の裸を見ることになるだろう。
…もしも、林檎が本当にロボットだったなら、裸を見て気づくはず。あるいは、レントゲン写真とかで、身体の内部も………?
―――――わしゃわしゃ。
「うわっ!? ぶっ、」
…危うく理性が吹っ飛ぶところだった。だって、顔を上げたら目の前にこまっちゃんの巨乳が―――もとい、柔らかな手で頭を撫で撫でされていたのだから。
「カラポン君は優しいねっ。えらいえらい」
「…こまっちゃん、これ、めっちゃ恥ずかしいっす」
うふふ、と、こまっちゃんはとても大人とは思えないようなスキップで、ドアまで軽やかに跳ねていく。去り際にいたずらっぽく、人差し指を唇に当てていた。
「林檎ちゃんには内緒にしといた方がいい?」
「…できれば、みんなにも」
だから、そのウィンクはいったい何なんですか、もうっ!
―――
「お待ちどう様」
ガチャ、と音がして応接室に入ってきたのは芝井先生だった。時計を見ると、まだ5分も経っていなかった。
「え…早過ぎないですか?」
「大丈夫だったってことよ。すぐ目を覚ますはずだから」
白衣のポッケに両手を突っ込み、ドッカリと対面のソファに腰を落とした芝井先生。何か四角い物を取り出したかと思うと、よりにもよってタバコとライターだった。
「あ、煙へーひ?」
「…大丈夫ですけど」
今、答えを聞く前に火を点けませんでした? 先生………
「もっとも」
ぷかぁ、と特大の副流煙を吐き出して、先生はもう一服する。だからもったいぶってても、どうせ大したことは言わないんだろうなと思っていたから、危うくその言葉を聞き逃してしまうところだった。
「人間だったなら、の話だけれど」
「………!?」
どくん―――。
…ドロドロとした血溜まりが波打ったような感触が、胸の中で蠢いた。それはまるで、何か得体の知れない生物が、心臓の中でジャンプをしたような、恐ろしく、吐き気のするような衝動だった。
「………どういう、ことですか?」
「その説明の前に、一つ確認したいことがあるの」
先生はタバコを取り出した白衣のポッケからL版紙を取り出し、それを俺に手渡した。ほのかに熱を帯びたそれは、プリントしたての一枚の写真だった。
「現場には三台の救急車が来てたでしょう。…おかしいと思わない? 通報があった時、その場にいたケガ人は、蒼井林檎さんと、野村小雪さんの二人だけだったはず。あなたはまだ、発見 “されていなかった” というのに」
「………」
雑談をするかのような調子でたばこ片手に語る芝井先生。だが、その言葉の陰に潜むのは、そんな軽い物では無いらしい。そう確信させるのが、この焼きたてホヤホヤの写真に写っているものだった。
「それはあなたのお友達かしら」
「………」
デジタルズームで荒くはなっているが、それが救急車の運転席付近を、前を走る車から撮影した物だということはすぐにわかった。
だが、俺に救急車の運転手の友達なんている訳がない。いるとすれば―――――。
(スージマンパパ………!)
白色のヘルメットをかぶった微笑の運転手は、どう見てもスージマンの父、サーゲス長万部にしか見えなかった―――――。
―――――
ウォォオオン………!
独特の唸り音を上げて、星流鉄の電車が動き出す。ガタガタと小刻みに左右へ揺れながら、速度を上げずに、キーキーと車輪が悲鳴を上げながらカーブを曲がり始めた。
トンネルをくぐると、川を挟んで向こう側の山から、大きな夕日がバッ! と車内を真っ赤に染め上げた。たった二人の乗客はその眩しさに思わず顔をしかめたが、太陽に背を向けていただけマシだったかもしれない。
「………あちぃな」
「………」
粟野は立ち上がると慣れた手つきで後ろのガラス窓の上端を掴み、ゴトン、と、手前の隙間の中へ落とした。代わりに、そこから白色の板窓を引き出して、カッチリと窓枠の間にはめ込んだ。ブラインド状になった板窓からは、光を遮り、風だけが入ってくるようになっている。
「髪挟むぞ」
「いいです、自分でやりますから…!」
重いぞ? 一応の一言を述べて、粟野は座り、ぼたんは立ち上がり、クルっとスカートを翻した。
案の定、ぼたんの思っていた以上にガラス窓は重く、揺れる車内の中悪戦苦闘を強いられる形となった。
「ん、ん……痛っ!?」
バコン! と、ガラス窓は数mmズレた瞬間、ぼたんの力では支えきれず、大きな音を立てて溝に落っこちた。指を挟んだか、ぶつけたかしたらしい。
「だから重いぞって言ったろ………大丈夫か?」
しかし、ぼたんは指先を右手で隠したまま見せてはくれなかった。背中を向けたまま、そのまま奥の、中間運転席の前の座席に移ってしまった。
「………ったく、何だって言うんだよ………」
粟野は“ブラインド板”を持ち上げて、更に残りの一枚の窓も同じようにセッティングした。「はぁ」と溜め息がこぼれ、ドッカリとシートに腰を落とした。
「お前のせいじゃねぇんだからさぁ、泣くなよ!」
「…泣いてない」
泣いてんじゃねぇかよ。…とは、さすがに言えなかった。粟野の中では、今自分は怒っているわけじゃない、というのを強く意識するあまり、どうしたらこの気まずい空気をこれ以上悪化させずに乗り切るか、という方法が全く思い浮かばなかった。
自然と二人は黙ってしまう。しかし、粟野は沈黙というのが、親父の長ったらしい説教の次に大ッ嫌いだった。
「死なねーよ、あんな高さから落っこちたぐらいじゃよぉ。もちっと、いつもみたいに元気になれ! ねちっこく、生意気になれ! バンバンバン!」
バンバンバン! というのは、粟野が座席を叩いた音である。それも、普通にじゃない。一回目のバンで右、二回目で左、三回目で両方に、バン←・バン→・←バン→といった具合だ。
ぼたんは、ぼたんとした…いや、ぽかんとした顔をしていた。
「…何やってんですか、アホ助先輩」
「そう、そんな感じでいい」
ちょうど電車は、星流川の支流を跨ぐ鉄橋を渡り始めたところだった。
―――――
「その救急車はね、この病院に着く直前に違う方向へ走っていってしまったそうなの。誰も乗せていないのに、赤色灯を回しサイレンを鳴らしながら。どこへ行っちゃったのかしらね」
消えた救急車。便宜上こう呼ぶことにしよう。
小雪ちゃん墜落現場に駆けつけた一台余計な救急車。それだけでも十分に怪しいが、誰も乗せずにいったいどこへ行ってしまったのだろうか。
「先に私の考えを聞いてくれる?」
芝井先生は灰皿にタバコを置くと、立ち上がって俺の後ろにある窓のブラインドを降ろし、外の光を遮断した。次に何をするかと思えば、この部屋の唯一の出入口である扉の前に立って、カチリ、コトン。と、鍵を閉めたのだった。
「あの消えた救急車は、最初からあそこで誰かを乗せるつもりで待ち構えていたんじゃないかしら。もしかすると、野村小雪さんが墜落する事故が起きる前から、どこかで待ち伏せていたのかもしれない。その誰かを連れ去るためにね―――」
(ありえるかもしれない………)
なにしろスージマンパパは一度、路線バスを運転して、俺を半強制的に拉致していったたことがあるぐらいだしな。バスが救急車に変わっただけと考えれば、充分ありえそうな話だ。
…だとすれば、連れて行こうとしたのは…
「…林檎、ですかね」
スージマンがしびれを切らして、そう指示したのかもしれない。林檎は人間かロボットか確かめるために―――。 しかし、率直な意見を言ったつもりだったのだが、芝井先生はむしろ意外そうな顔をしていた。
「あら、どうして? 私はあなたを狙ってたんだと思ってたのだけれど」
「え、俺ですか?」
何故? 芝井先生はスッと俺の隣に腰を下ろしてきて、グッと顔を近づけてきた。
「唐林君。あなた、危険な世界に巻き込まれようとしてるわ。今はそれしか言えないけど、あの男とは関わらない方がいい」
タバコの匂いが鼻をついた。刺激が強くて、目線が泳いでしまった。
「………知ってるんですか、この人のこと」
手に持った写真を示すと、芝井先生は写真を受け取って、顔を離した。
「あなたはどうなの。この男のことを、どこまで知っているのかしら」 それはYESと受け取っていい答えだろう。そしてたぶん、本当は芝井先生も知っているのだ。
俺がこの写真の男が誰かを、“知っている”ということを。
(隠す方が…危険かもしれない)
俺は、ここ最近身の回りに起きた出来事を、一つ一つ芝井先生に説明しながら話した。
撮影帰りに林檎と川に落ちたあの日、駅の改札での、スージマンとスージマンパパとの奇妙な出会い。学校帰りに路線バスで拉致(?)され、コイントス社で見せられた物、説明されたこと。それから、イエリーが自宅に送られてきたこと、故障したこと、暴走したこと、回収されていったこと。今日の撮影では、小雪ちゃん、林檎、俺の3人がどういう経緯で転落し、また、ラッキーと名乗る犬型ロボに助けられたこと。
………覚えている限りのことは、全て話し尽くした。
「それで今に至るわけね、なるほど。一つだけ、君には忠告しておかないといけないわね」
「はい?」
芝井先生は七本目のタバコに火をつけると、火をつけたままのライターを俺に差出してきた。
「コイントス社関係の話は他の人にはあまり話さないほうが良さそうね。私みたいに聞きだそうとしてくる人がいたとしても、知らない、よく分かりませんって言っておいた方が、君の身のためだと思いなさい。私が超危ない人だったら、今ここで殺されてるかもしれないわよ?」
一瞬、目の前がパッと明るくなったような気がして、ヂリヂリという奇妙な音がした。…自分の髪の毛がライターで焼かれたのだと気づいたのは、結構後になってからだった。
「…芝井先生って、超危ない人だったんですか?」
「そうねぇ、ちょっと危ない程度かもね」
あんまり安心できません………。
「でもまぁ、あなたを拉致しようなんては思ってないから。もっとも、その男…サーゲス・長万部がどう考えてるかは分からないけどね」
とは言っているが、今のこの状況って軟禁って言うんじゃないだろうか。さっき鍵掛けてましたよね?
「軟禁じゃないわよ、鍵なんかあのツマミを回せば自由に外に出れるじゃない」
「そりゃそうですけど…ていうか、そろそろ教えてくださいよ。芝井先生はスージマンパパ…サーゲス長万部のことを、いったい何を知ってるっていうんですか?」
芝井先生は半分ぐらいの長さになったタバコを灰皿に持って行き、何かを考えるようにトントンとリズムをつけて灰を落とした。そして、俺の方を見るなり、
「昔付き合ってたのよ。大学に通ってた頃にね」
なんて、すごい情報を言い放ってくれたのだった。
「あ、あれれれぇ? 何で開かないんですかぁ?」
ふと気がつくと、ドアの方からガチャガチャと音が聞こえてくる。この声は………コマッちゃんだ。
「はいはい、今開けるから」
芝井先生はいつものかったるそうな表情に戻ると、応接室の鍵を開けた。小松先生は不安そうな顔をしていたが、俺と目が合うとニコッと笑顔を見せてくれた。
「実は、蒼井林檎さんのことで…」
「ん、わかった。歩きながら聞くわ」
チラと、目配せすると、「ちょっと先に行ってて」とコマッちゃんを促した。ドアが閉められ、彼女が離れたのを確かめると、芝井先生は俺の名前を呼んだ。
「唐林君。林檎さんがロボットか否か、私が確かめてきてあげるわ。…それが知りたいんでしょう?」
「は…はい」
そうして、先生は部屋を出て行った。
一人残された応接室は、途端にしぃんと静まり返る。
「………ついに、わかるのか。アイツの、真実が…」
いや…そうじゃないな。
林檎は、蒼井林檎は、人間に決まってる。
…ロボットなわけない。
「…ようやく、安心できるんだな」
当然なことの確証が得られる。ただそれだけなのに、俺の心は、古沼のように濁り、渦巻いているようだった………。
―――
「…大きな傷は特段見あたりませんでした。出血も無く、脈拍、血圧共におかしな値ではありません」
「意識だけ戻らず、か………まあ、頭をぶつけたならそれもおかしなことでは無いんだけれど」
芝井は小松の報告を聞きながら、さてどうしたものかと思考を巡らせていた。肝心の、人間かロボットかを判断する方法がまだ分からなかったのだ。
開閉式自動ドアをくぐると、二人が移された集中治療室は目と鼻の先だ。
「…ねぇ、静かすぎない?」
「そういえば…さっきはもっと、人がいっぱいいた気がするんですけど………」
ナースステーションにさえ人気はなく、幾台と置かれたパソコンの排気音、そして心電図の淡々とした電子音のみが廊下に響き渡っているだけだ。
…まさか、
「…小松、林檎と小雪ちゃんの部屋はここで間違いないのよね?」
「え、ええ! ハイ、ここで間違いないです!」
間違いないのに、二人が動揺していることは言うまでもない。なぜならば、それは―――――
「なんてこと………やられたわ!」
「そ、そんなぁ!?」
集中治療室ベッドは、二台とも空になっていた。それだけではない。
その周りでは、白衣の男女が、糸切れた操り人形の如く、あちらこちらで倒れていたのだ―――。
―――
「…ん、あれ…?」
いつの間にか、俺はソファの上で眠ってしまっていたらしい。誰かが掛けてくれたのか、上着のようなものが乗せられていた。
「目、覚めた?」
「ん……? あっ!? り、り林檎!?」
誰かが向かいに座っていると思ったら、それは林檎だった。ワイシャツ姿…よくよく見たら、俺に掛けられていたのは林檎の上着だったのだ。
「あんまりよく寝てるから、ずっと見ちゃってた。えへ」
「起こしてくれりゃいいのに………怪我は無いのか、大丈夫なのか?」
しかし、林檎はそれには答えず、何やらドアの方をしきりに気にしているようだった。やけに落ち着きがない。
「ねぇ、カラポン………私達、誰かに見られているような気がしない? なんか、おかしいよ、あそこ」
「え、どういうこと? 別に誰もいないと思うけど…見てこようか? ああ、俺が行くよ」
あ…と何かを言いかけるも、それ以上林檎は何も言わなかった。何だろう。何かに怯えている? いったい、何に?
―――ガチャ。
「…何だ、誰もいないじゃないか―――」
ドアを開けたら、そこには静かで水色な病院の廊下。誰の視線も感じなければ、人の気配すら感じられない。
林檎の勘違いだろう、そう思って、俺はドアを閉め、応接室の中へ振り返った―――だが、
「―――あ、」
「動くな―――」
男の声。1人ではない…いや、もっとたくさんいる。
電気の点いていたはずの部屋が黒に染まるほどの人数。機銃、防護服、重厚な装備の彼らは、いったい何者なのか。
「お前の役割はただ一つ。黙って、黙って黙って黙り抜くこと。そうすれば命まで奪われることはないだろう」
誰が喋っているんだ? ヘルメットで口が隠れているのに、いやにそいつの声だけがハッキリと聞こえてくる。
その疑問に答えるかのように、その男は、“黒闇”の中から姿を現した。両手に抱えているのは………口を封じられた、林檎だ…!!
「んーっ、ん―――」
「林檎…!」
「言っただろう。黙れ、と」
光がニ、三、明滅したかと思うと、体が宙に投げ出され、視界が渦を描くように回転した。それまで一切が無音。90度曲がった床一面の世界に、黒い靴の行進が横切る…いや、縦切る。
(何なんだコイツら…!?)
「…らぽ……カラポン!!」
林檎が苦しそうな叫び声を上げているのが聞こえる。それは足音に邪魔され、しかもだんだん遠ざかっていくから、言葉がよく聞き取れなくなっていく。
(りん………ご………)
「…や……なして……いや…カラ……ン!!
だが、何故だか、最後の林檎の一言が、ハッキリとよく聞こえてきた。
そんな気がした瞬間、俺は“夢から覚めた”のだった。
「―――――――――」
「!!?」
―――――
「!!? …ハッ…ぁ、………ハ………ハッ……夢………か…?」
飛び起きた瞬間、右手が宙を掴んで冷や汗がドッと浮かび上がった。
ここが病院の応接室で、ソファの上で寝てしまっていたと思い出すまでには、10数秒ほどの時間が必要だった。
「………ああ。あの夢の、新バージョンってわけか」
今回の夢は、いつもの夢と随分異なる点が多い。
俺も林檎もロボットにならないし、林檎は俺に殺されていない。…連れ去られた、というのが、殺されたと同義ならば、まだ多少説明できそうな気もするが、いずれにしろ、気持ちのいい夢ではない。
「…たまには違う夢も見させてくれよ」
「あら、いつもどんな夢を見てるの?」 うおっ、誰だ?! と思ったら、他でもない。芝井先生がドアの所に立っていたのだ。…そう、夢の中では、あそこから林檎がさらわれていったわけなのだが………。
「………まさか」
「そうね、夢の話はまた後でしましょう。青井林檎さんと、野村小雪さんが行方不明。誘拐された可能性が高いわ」
芝井先生は眼鏡を持ち上げ、無表情のままそう言った。
―――――
『“GAの収容完了、これよりK地点に移送する”』
『“了解”』
英語の無線交信が狭い車内に行き交う。カーテンは締め切られて薄暗く、外の様子は分からない。いや、“外から中が分からないようにされている”のだ。
「“見事な手際ですよ軍曹。君の任務遂行は完璧だった。奴らに邪魔されるまでは、ね”」
助手席に座っていた男が、さも愉快そうな調子で後ろの軍曹に声を掛けた。後ろ、と言っても、座席はない。
中央に固定された一台のキャスターが場所を取りすぎていて、他の男達はみな、それに掴まるようにして立ち膝を着いていた。
「“…上官。あの男は追わなくて良かったのでしょうか。”」
「“Ah-hum? 心配する必要は皆無だよ軍曹。奴の正体は分かっている。必要とあらば、奴の愛する会社ごと吹き飛ばすこともできる。
今はその必要が無いだけだ。この意味を良く考えたまえ、軍曹。―――いや、”」
軍曹は、また自分の嫌なニックネームを呼ばれるのかと察知し、無線機のマイクを取った。
『“K地点到着は1845。医務員とメカニックを待機させてくれ”』
『“全て右”』
無線機を戻すと、前からくぐもった笑い声が鳴り響いてくる。上官は大層ご機嫌のようだった。
「“実に優秀ですよ、Colored_ponce! 狙撃兵なんかよりもよっぽど天職だ。自分でもそう思うだろう、え? カラポン~? ”」
上官は、とても和訳もできないような汚い英語で大いに笑い声を上げた。上官に付き合うように苦笑いする者もあれば、やはり困った顔をして黙っている方が大半だった。
「―――」
別に悔しかったわけではない。だが、彼はそう言いたくて仕方がなかったのだ。
ついつい、彼の口から日本語がこぼれてしまったのは、つまりはそういうことだったのだ。
「久しぶりだな………林檎」
「“何か、言ったかね”」
“はい、故郷を懐かしむ言葉を発していました。”と、彼は英語で答えた。
―――――
一台の救急車が、サイレンも鳴らすことなく、猛スピードで田んぼ道を走り去っていく。黒いカーテンで閉め切られ、中の様子は伺えない。
「話せる男で助かった、といったところかな」
「…わかんないよ。だったら最初から2人もさらう必要は無いはずだし」
水車小屋の中に隠された“救急車”から甲高い少女の声が聞こえて、サングラスの男は、ふうっ、とタバコの煙を吐いた。その口元は、なぜか笑っていた。
「安心するんだ。彼らもまだ確証が無いのだろう。彼女のことも心配だが、我々も最低限のビジネスを果たす必要がある。これが最善の結末さ、スージマン」
走り去った救急車はもう、見えない所へと消えてしまっていた。
と、その時、小さなダンボール箱のような物体が、救急車が通っていった道をなぞるようにして飛んでいくのが見えた。チュンッ、チュンッと、時々炎を吐き出しながら、それは物凄いスピードで、あっという間に見えなくなった。
「ラッキーの調子も良さそうだな」
「とーぜん、私が作ったんだもん。しばらくはあのままにしとこうかなー」
ポケット灰皿にタバコをしまうと、彼は、小屋の中の運転席に座り、エンジンを掛けた。チラと、スージマンは横目でその顔を怪訝そうに盗み見た。
「…ねぇ、サゲマン。何か私に隠しごとてない?」
「…いいや。あといい加減、そのサゲマンって呼び方はよしてくれないか? パパなりお父さんなり、色々あるだろ」
しかし、スージマンはそれには答えず、ぷうっ、と頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。ため息が車内にこだました。
「…では、送迎のお時間だ。後ろは頼むぞ、アヤミク」
「はい、サーゲス様」
後部から、キャスターに寄り添うようにしていたアヤミクが小さく返事をした。その視線は、眠ったままの野村小雪を哀しく見つめていた。
6『青い林檎』完
7につづく…
次回の更新は年明けになる見込みです