5ex『ミステイク・エピローグ』
「…なぁ、田んぼの方寄り道していっていいか?」
「ん、いいよ。何か用事?」
昨日や今日の“罪滅ぼし”ということで、録音が終わった後は半強制的に林檎とデートということになっていた。
本当は今すぐにでも家に帰って、編集作業の続きをやりたいのだが、また林檎を怒らせてしまったら今までの苦労(と羞恥)が水の泡だ。
引弧モールへ買い物を付き合うという約束になっていた。
「…実はこないだもこっちに来て、帰りにバス乗っちゃってさ、うっかり」
もちろん、スージマン達のバスに拉致られた時の話だ。嘘じゃないだろ?
「じゃあ自転車はどうしたの?」
「ほったらかし。今日になって思い出したから、これから拾いに行くところ」
カラポンまぬけじゃん、と言われ、俺は小さく笑った。
田んぼ道を歩く俺たちの他に、人はおろか、カラスやスズメさえも見当たらない。稲穂が風にそよぐ音だけが規則的に聞こえ、晴天の空に雲は静かに座り込んでるようだった。
ふと、林檎がピッタリとくっついてきた。
「…やめろよ、恥ずかしい」
「誰も見てないじゃん。手でもいいよ」
組もうとした腕を離し、林檎は手を握ろうとするのだが、俺の左手はポケットに突っ込んだままだ。手だって十分恥ずかしい。
「んもうっ、いじわるっ」
意固地になった林檎は、強引に握りこぶしを引っこ抜くと、こぶしのまま包むように手を掴んできた。…どうしても、繋がっていたいらしい。
道路の脇に止めておいたはずの俺の自転車は、横倒しになって田んぼの中に落ちていた。風か、ひょっとしたら車がぶつけていったのか…まあ、盗られてないだけマシと考えるしかないな―――――。
「………え?」
「なに? どうしたのカラポ…うわぁ、」
俺達二人は、田んぼを見下ろしながら呆然と立ち尽くしてしまった。と同時に、俺はなぜ今まで気が付かなかったのだろうと、その再生され始める光景に恐怖した。
(あれは…夢じゃなかった………?!)
泥に埋まっているように見えたのだが、違ったのだ。見た、そのままが答えだった。
俺の自転車は、田んぼの泥の上で、真っ二つに“ 切られて ”いたのだ。
―――――
―――――ピピッ。「スキャン完了。データを表示します」
「OK。………うん、異常無し! エルグナも大丈夫だね、起こしてあげて!」
ゴウン、とベッドが一段下がると、横から階段状の板が出てきた。白い服を着たエルグナは目を開けると、スージィの姿を探した。
「スージィ」 眠そう、というよりは、消沈した声だった。いつもの覇気はどこ行ったのよ、と、スージィは思った。
「エルグナどうしたの? 何にもおかしい所は無かったんだってば、もっと元気出してよ! 髪の毛はちょっと燃えすぎちゃったけど、また植えたげるからさっ。すぐ元通りだって!」
「…そうね」
しかし、エルグナは体を起こすと、下を向いて溜め息をついていた。スージィとしては、そんな人間くさい姿を見せられてむしろ喜んでいたのだが。
「………ねぇ、スージィ。聞きたいことがあるんだけど」
「ほぇ、なーにぃ?」
いつになく、エルグナは弱気な顔をしていた。こんな顔のエルグナは、初めて見るかもしれない。
スージィはエルグナの言葉を、ベッドに頬杖をついて待った。
「………見られちゃった、の、かな………アタシの、…あそこ………カラポン、達に………」
“あそこ”と聴いて、スージィはすぐに何のことを言っているのかを理解した。一瞬可哀相な顔をして、しかし、すぐにまたいつもの能天気顔に戻った。
「だーいじょーぶッ! ずっと私が守ってたから平気だってば、安心して!」
本当に? と聴かれ、改めて念を押すスージィ。
あんなの見られたって…、と思うのだが、彼女にとってはとても重要なことなのだ。以前それで、スージィは失敗してしまった。
「よかった…」
胸に手を当て、ほっと息をつくエルグナ。だが、だんだんと俯いて、次第に顔が見えなくなっていく。ついには両手で顔を覆って、“泣き”始めてしまった。
「早く人間になりたい………」
「………」
…今のエルグナの姿を見て、誰もが悲しみにくれる少女、一人の人間と見て疑わないであろう。
しかし彼女は、有機ロボット。限りなく人間に近い材質、構成でありながらも、その事実は変わらない。
食事もする、トイレも行き、身体も成長する。人と同じでありながら、演算、通信能力を持ち、ロボットとしても申し分ない性能を兼ね備えるエルグナ―――。
しかし、彼女はあくまでも“本物”の人間に憧れていた。ある、自分と人間との違いに、彼女は………永遠に叶わぬ夢を見ていたのだ。
「大丈夫だよ。エルグナは、いつか人間になれる」
言葉の上では断言できる。しかしスージィも、その願いが叶うことは無いと一番よく知っている。…彼女が作ったロボットであるのだから。
「…ありがとう、スージィ。不思議よね、絶対にそんなこと、ありえないって分かってるのに。あんたの目を見ていると…なんだか、いつか本当にそうなるんじゃないかって、また願ってしまうの。…ほんと、不思議よね、あんた………」
「…私は、エルグナ、あなたが羨ましいです」
そう口を開いたのは、今まで黙っていたアヤミクだった。彼女は先の事件で見た目ほど深刻なダメージは受けておらず、不良部品を交換して一番早く復旧していたのだった。
「あなたのその滑らかな動き、柔らかくて黒い筋の無い肌、そして………最も人間らしさを持つ感情。全て、私には無い物。当たり前のように持っているあなたにこの気持ちは分からないかもしれませんが、きっと、イエリーも同じように思っているはずですよ」
スージィは、その言葉をウンウンと頷きながら、嬉しそうに聞いていた。黒くて奇麗な瞳を輝かせながら………。
次回
カラポン・ザ・ストーリー
6『青い林檎』
3/13更新予定