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カラポン・ザ・ストーリー  作者: 鈍行彗星
1『カラポン・ザ・ストーリー』
10/21

5『ミステイク 中編』

再編集により、5~9を統合しました

「ハッキリ言わせてもらうわ。イエリーが倒れたのは、あんたのせいなのよ、K」


―――――


「…とまあ、カラポン星人がいない間にそんなこともあってね」

「はぁ…なるほどなぁ」

 どうりで皆がお茶してるのに、桂の奴が見当たらないわけだ。

 帰宅して早々、また面倒くさいことになっちまったなぁと、俺は特大の溜め息を床に落っこどした。

「…いや、つかさ、肝心のイエリーはどうなったんだよ。随分とくつろいでるみたいだけど、もう目が覚めたんじゃないのか?」

「うぅん、まだ。ていうかー、本社持ってかないと無理だと思う」

 ハァ!? …俺は思わず、大きな声を出してしまっていた。「チッ。あんたもちゃんと監視しときなさいよねー、マスターカラポン様ぁ? こんなイエリーの一大事って時に、ご主人様はいったいどこへお出かけになられていたのかしらぁ? あーあ、イエリーったら、ほったらかしにされちゃってかわいそうな子よね、ほんと」

「エルグナ…! 口を慎みなさい」

 もう一瞬アヤミクさんの言葉が遅ければ、俺はエルグナに掴み掛かっていたところだろう。

 フン、と鼻を鳴らしたエルグナは、堂々と机に足を乗せ、目を逸らしていた。

ガチャン、と、食器が音を立てた。

「…イエリーはどこにいるんだ、スージマン」

「ん、カラポン星人の部屋借りてる。桂も一緒じゃない?」


―――――


 …1階の賑やかさが嘘みたいに、2階の廊下は死んだように静かだった。電気も付いてなくて、少し薄暗い。

 コンコン。

「…なんで自分の部屋にノックして入るんだ?」

 無駄なことをしてしまった。…どうしてそんなことをしてしまったのかも、今一つよくわからない。

 ドアノブを握ると、奇妙な緊張が手を伝ってくるのを感じて、なんだかとても自分の部屋に入るとは思えないような気持ちになっていた。電気が、付いていた。

「………桂、か?」

 返事は無かった。しかし、真っ先に目についたのは、椅子に体育座りしてマウスをいじっている、桂の姿だった。カチ、カチと、クリック音が定期的に鳴っていて、パソコンで何かをしているらしかった。

「…ただいま」

「………」

 桂は返事をしないで、目をこちらに向けて、また画面に戻ってしまった。

「…ん」

 イエリーは俺のベッドの上に寝かされていた。綺麗な姿勢で上を向いていて、ブランケットが掛けられている。ちょうど、コイントス社で初めて会った時の格好に似ていたかもしれない。

「まだ30分も経ってないよ。私たちが帰ってすぐだったし」

「……そうか」

 ブランケットから右手がはみ出ていて、俺はそのイエリーの手に触れていた。あんなにヒンヤリと冷たかったのに、ハッキリと違いがわかるほどの温もりを帯びている。なぜだか、引弧モールの入口でイエリーに『冷却』してもらった時のイメージが頭をよぎった。

「私のせいなんだって」

「…何が」

キュルキュルと、椅子ごと振り向いた桂は、思っていたよりは普通の顔をしていた。蛙のような格好をして、俺ではなく、イエリーの顔を見ていた。

「聞いたんじゃないの、話」

「簡単には…でも、全部が全部お前のせいじゃないだろう。偶然が重なっただけだ、桂が悪いわけじゃない」

 …と、思う。エルグナが言っていたことは全て本当だけど、桂に全てを押しつけるのはなんだか納得がいかない。それに、

「俺が意地でもイエリーを外に出さなければ、全部防げてたことなんだ。責められるのは俺の方さ」

「………」


―――――


「お茶おかわりいるかい、スジマンちゃん」

「欲しい! でも茶柱立てないでね、飲みにくいから!」

 アヤミクはテーブルの上にノートパソコンを広げ、キーを打ち込んだり、カチカチマウスを動かしたりしていた。その電源ケーブルの先は、スカートの中に消えていた。

「アヤまだ終わんないのー? 大きい車で来てるんだしさー、イエリーそのまま積み込んじゃえばいいじゃない。本社の方が早く終わるって」

「もう少し待ってください。最低限やれるだけのことをここでやっておきたいんです。あと4分51秒で終わります」

 カタカタと、キーを打つ速度が速くなっていくアヤミクを見て、エルグナは不躾に乳白色をした脚を机の上で組み替えた。両手を頭の後ろに持ってきて、椅子に寄りかかって揺れている。

 瞬間的に、エルグナの視界がY軸方向にブレた。

「痛い!」

「コレ! レディがそんなお行儀の悪いことするんじゃないよ。せっかくの美人が台無しじゃないかい」

 器用にも、湯飲みを乗せたお盆を揺らすことなく、母はげんこつを落としていた。エルグナは椅子ごと倒れそうになって、慌ててテーブルにしがみつき、ガタン、と激しく揺らしてしまった。

「…エルグナ!!」

 ノートパソコンに向かっていたアヤミクが、手を止めて睨みつけていた。しかし、エルグナはまた椅子に寄りかかって、不満そうな顔をしていた。

「今のはあたしのせいじゃないし!」

「あんたもロボットなんだろう? どうにもあんただけ他の子達と違っていけないね、妙に人間臭い。欠陥品なんじゃないかい?」

「それは最高の褒め言葉だね!」

 スージぃは間髪入れずに大きな声を上げた。

「エルグナはあなたの言う通り『人間に限りなく等しいロボット』をコンセプトに開発されたんだよ! それは有機構成物による人間構造の再現から始まり、人間の持つ曖昧で常に変化する感情やランダマイズな学習知性! 更には怠惰や欲望といった感情に至るまで、人間が持ちうる物を全て搭載した、まさに人類が作り出した人造人間(ロボット)の究極体! 人間臭いなんて、私たちの研究成果が認められたその物ズバリを表現した言葉だよ! 最高ーぉっ、うひゃぁーおい!!」

 エルグナは何かを母に言おうとしていたらしいのだが、スージぃの迫力に押されて結局何も言わなかった。なんだか中途半端な表情になったエルグナは、お盆の上から湯呑をひったくって、お茶をグイと飲みこんだ。

「あちぢ!!?」

「あらら、お気を付けあそばせ?」

「………ふぅ」

 気づかれないよう、小さくため息をするスージィを見て、アヤミクは手を休めずに微笑むのだった。


―――――


「イエリーって、いったい何者なの?」

「…ロボット」

 そうじゃなくて、と、桂は言った。

「ロボットなのは分かってるけど、何でイエリーみたいなロボットがいるのかってこと! 見た目じゃほとんど人間と変わらないし、だけどバスの時みたいな…ビーム砲とか持ってるし。なのに、何かあまり知識っていうか、常識が無いっていうか、融通が利かないっていうか………」

「それは………生まれたばかりみたいなもんなんだろう。試作品っていうか、完全に出来上がったロボットじゃないんだよ、………たぶん」

 体育座りしていた脚を椅子の下へおろした桂は、なんだか納得がいかないような顔をしているらしかった。…いや、何だろう。あれは怒ってる顔だ。

「拓にぃってさ、あのロボット達と前にも会ったことがあるんだよね? 今下にいるあいつら。どこで知り合ったの、ていうか、何でイエリーをうちに連れてきたの? なんかすごいムカつくのアイツら! 勝手に人の家にズカズカ上り込んできて、勝手に言いたい放題訳のわからないこと言って! 特にあのド派手な服着てるアイツ!!」

 エルグナのことか。

「あいつはああいう性格だから、ほうっておけ。いちいち気にしてたらキリが無いさ」

「それが気に食わないんだし! 何でロボのくせにあんなムカつく性格になってんのさ! ロボって人間の役に立つために造られてくるんでしょう? あいつが役に立つとこなんか全然想像できない、っていうか考えれば考えるほどムカつくだけだし!!」

 そんなの俺が知っているわけがないだろう…。

 だが、イエリー、エルグナ、アヤミクという3体のロボットは、全て違う性格というか、異なる自我を持っているのは確かなようだ。一号、二号、三号機みたいな感じなら、コピーして貼り付けたように同じであってもおかしくない。それぞれの目的用途が違うとはいえ、それらは意図的に変えられたと考えるのが自然だろう。でも、なぜ?

「この世に全てが一致する人間って、二人もいるのかしら~?」

「「!!」」

 …部屋のドアが開き、石鹸のような香りが忍び込むように充満してきた。ワインカラーのドレスに栗色の長髪………エルグナだった。

「うわ何この部屋、真っ暗じゃない! 陰気~ホコリ臭いしー、段ボールとか散らかりすぎー。部屋の主の性格がそのまんま出てる感じよねっ」

「…悪かったな、陰気でホコリ臭くて」

「一回入ったことあるくせに、嫌味ったらしい…!」

 そんな俺達兄妹の声が聞こえてるのか聞いていないのか、栗色の髪を両手で広げると、イエリーが横たわっているベッドに………つまり、俺の真横に腰を下ろしてきた。ドスン、と。

「な、何だよ…?」

「この世に全てが一致する人間って、二人もいるのかしら?」

 振り向いた目が合い、エルグナの顔がだんだんと近づいてくる。さっきと同じ問いを発したその表情は、決してふざけているものではない。………そうだとわかっているに、俺はのけ反りながらもチラチラと唇やら胸やらに目が泳ぎ動いてしまっていた。

「エロ兄ぃ、クソ兄ぃ…! …ッ!」

 ガタンと、椅子が机にぶつかる音がした。エルグナの顔が消え、まばたきをして見渡すと、エルグナが桂の腕を掴んでベッドから身を乗り出していた。

「あんたも答えてみなさいよ、K。ムカつくロボが出した問題ぐらい、簡単に答えられんでしょ? ロボよりおバカじゃないならねぇ?」

「ぅ……ぅううう!!!!」

 ベッドから立ち上がったエルグナは、もう一方の手もガッチリと掴んで、桂を完全に正面に捕えてしまった。身長も、力も、明らかにエルグナの方が勝っていた。

「ほらぁ、どうしたのぉ。何をそんなに焦っているのかしらぁ? 早く答えてくださらないかしらぁ、人間様ぁ? んもう、お話する時は相手の目を見ましょうね、って学校で教わらなかったのぉ、Kぇ?」

 最初に腕を掴んでいた手を頭に持ってくると、桂のアゴを掴んで、強引に自分の方へ顔を向け始めていた。見ると、桂の腕にはエルグナの指の跡が赤々と残っていた。

「おいっ、やめろエルグナ! 俺の妹だっ、暴力はやめろ!!」

「暴力じゃないわ、質問と教育をしているだけよ? 握力だって加減してるけれど、…本気を出したら、あんたなんか簡単にバラバラなんだからね」

「ぐ………」

 しかし、桂が一枚上手だった。解放された方の手でもう一方の手を上から掴むと、そこを支点にして体を回し、浮かんだ両足でエルグナを蹴り飛ばしたのだ。驚いたエルグナはバランスを崩してイエリーの寝ているベッドへと倒れこみ、その隙に桂は部屋を出て行ってしまった。

「あっ…!?」

「おいっ桂…エルグナ!?」

 一瞬迷ったが、俺はすぐ傍にいるエルグナの方に声を掛けた。肩に触れようとしたのだが、すぐさま手を払われてしまった。

「触らないで! あんたは関係無いでしょ!!」

「大ありだっ、俺の部屋だぞ! 何で桂にあんなことしたんだ。あんなことやられたら、誰だって怖がるに決まってるだろ!」

 しかしエルグナの感情は火に油を注いだだけで、激しさを増すばかりだった。

「怖い? えぇ、そうでしょうよ! でもね、イエリーはもっと怖い思いをしてたのよ。Kなんかとは比べ物にならない、破滅の恐怖をね! 一歩間違えればイエリーは、回路が焼き切れて再起不能だったんだからね!! 分かってんのアンタ!?」

「いや…」

 そんな大袈裟な、と出かけたのをグッと飲み込んだ。俺はイエリーやエルグナのことは漠然としか知らない。彼女がここまで取り乱すからには、嘘とは思えなかったのだ。………エルグナは、嘘はつけないよな?


 ………ふぉん、キュルキュル………。


 …ファンが回り始めたような排気音がして、聞き覚えのある回転音が、小さく聞こえた。

「………イエリー…?」

 ベッドのシーツを通して、その弱々しい振動は伝わってきた。

 エルグナは体を翻し、イエリーの体を揺らした。

「イエリー、イエリー! 目を覚ましたの? ねぇ、どうなのよ、ねぇ! 返事しなさいよポンコツ…!」

 しかし、音も振動も、霧散するかのように段々と消え始めていた。エルグナの声はまだ、イエリーには届いていないのだ………。


 

(起動…不良………?)


 その時の感情をどう表現したらいいんだろう―――――凄まじいスピードでハンドルを切り、幹線道路からビル狭間の裏路地へノーブレーキで走り抜けたような、鋭く体を貫いたソレは、しかし快感をも感じさせるほどに脳を揺らした。


―   ――――


『あの子はただでさえ起動時間が長くて、しかも起動不良を起こしやすいんです――――』


―――  ―――


『あーれ〜? 何でイエリー起動しないの? ちゃんと給油してないんじゃないのぉ?』


――― ―――――


『イエリー・マナヤはディーゼル式内燃機関を搭載しています。長時間放置すると接触部にホコリが溜まり、起動不良を起こすので─────』


――――*─―――


「…イエリー、イエ………ちょ、あんた、何すんのっ、触んないで!」

「いいからどいてくれ」

 エルグナからイエリーを奪った俺は、彼女を慎重にベッドに寝かし直した。彼女はまだ、微かに振動していた。

「保健体育の授業で実習をやったことだってある。いいから俺に任せてくれ」

「はぁ? あんたいったい何のことを………ヒっ?!」

 ここからは時間との勝負。額を押さえ、あごを持ち上げて気道の確保、そして………

「わーっ、馬鹿馬鹿! 何してんのよこの変態っ、痴漢っ、ゴーカンマッ!!!」

「うるさいっ黙ってろ!! スージマンがこうやってんのを見たこと無いのか!」

 エルグナをベッドから遠ざけて、改めて、イエリーの顔と正面から対峙する。…ロボットなんだから、そんなに緊張するなって?

(できるか……イエリーだって…こうやって見たら、人間と変わらないだろ…!!)

 ―――重なる唇。息を呑む音が、後ろから聞こえたような気がした。

「─────」

 吹き込んで、離れて、息を吸って、また唇を重ねて、吹き込んで────…何回やるんだっけか。夢中になっていて、何回やったかももうわからない。顔を離して、胸に手を当てて―――。

「待ちなさいっ」

「何だよ…! まだ邪魔するつもりか…?」

 しかし、エルグナは俺の予想に反して、自らの両手をイエリーの胸に乗せると、俺がそうしようとしていたように手を組んで、胸を押し始めた。

「こっちは、私に、任せなさい。あんたじゃ、正確な、リズム、刻めない、で、しょっ!」

 ギシッ、ギシッ…と、ベッドが規則的なリズムできしみ、鳴る。その音は力強く、しかし、優しくイエリーの体を揺らしていた。

「…エルグナ!」

「…ほらっ、次! 息を吹き込んで!」

 言われなくたって…! もう、一切の躊躇も、後ろめたさも無かった。とにかく夢中だった。

「あのね! 人間の、心肺、蘇生と、違うからっ、息の、吹き込み、の、方が、重要、だかんね! 真面目に、やんな、さいよ!」

「分かってる…! って!!」

 その内、人工呼吸と心臓マッサージ(に相当すること)を、ほとんど同時に行っていたのに気づいたのは、相当後の方になってからだった。数分間経って、冷静さが戻ってきた頃─────。


 キュルルル………ツッ、ツッツー………


「イエリー…!」

 聞き覚えのある電子音と、ディーゼルエンジンの起動音が鳴り始め、俺達はそれぞれの作業を止め、彼女の挙動を見守った。


―――――


 ………リビングはとても静かだった。

アヤミクは相変わらずノートパソコンと向き合っていて、エルグナとスージぃはお茶を飲み干してしまって退屈そうにしている。母はバリボリと、好物の厚焼きしょうゆせんべぇを噛み砕くのに夢中になっていた。

「んー、暇だなぁ。ねぇねぇお母さん?」

「バリガリ………お母さん? あたしやのことかぇ?」 ポロポロとテーブルにせんべい屑が落ちて、答えるより先にそれを拾って食べていた。それを見たアヤミクは苦笑いした。

「そうそう、お母さん。ねぇねぇ、カラポン星人ってさぁ、彼女っているのかなー」

「彼女ぉ? 拓二にかぇ」 スージぃの聞き方はいかにもわざとらしい物だったが、それでも母は意外そうな顔をして、少し考えてから答えた。

「いないんじゃないかい。ほれ、あの鈍クサさ、地味っぷり、意地っ張り。妹の尻に敷かれてるぐらいだからね、あんなのに惚れるのは、よっぽどの物好きかトンチンカンだね。頭のネジが一本か三本抜けてるぐらいの」

「ワハー、やっぱそうなんダァー」

 わざとらしい返事だったが、内心スージぃもアヤミクもがっかりしていた。蒼井林檎のことを、何か聞き出せるかと思っていたのだ。

(唐林様…お母様には内緒にしていらっしゃったんですね。でも、何ででしょう…?)

「じゃあさー、じゃあさー。もう一個聞いていい? あおい―――」

「スージぃ!」

 ドタドタと騒がしい音がして、エルグナがリビングのドアを荒々しく開けて入ってきた。スージぃは、玩具を取り上げられた子供のような顔をしていた。

「…ほぇ、どしたの。ぶーっ」

「イエリーが起きた! アヤも早く来てッ!!! ほら、早く!!!」

「あっ、え、でもまだ、あの…きゃ…!?」

 強引に席から立たされたアヤミクは、ピンと張ったケーブルにつんのめるのだが、それでもエルグナは乱暴にパソコンからUSBケーブルと壁のコンセントを引っこ抜いて、手を掴みあげると階段を登っていってしまった。シュルシュルと、床に引きずられた二本のケーブルが、アヤミクのスカートの中に消えていった。

 パチンッ!

「痛っ………!」

「アヤうるさい、トロい! 早く来てって!!」

 そんな二人を、母はポカンとした顔で見送っていた。

「は~、まあ良かったじゃないかい。ほれ、アンタも行ってきておやりよ。………んー? どうしたんだい」

 なぜか、スージぃはリビングに残って座ったままだった。何か、考えているらしい。

「おかしいな………たしかに給油はしたけれど、まだデータの復元が終わってないはずなのに………」


――――


 …桂の部屋は静かだった。電気も点けず、カーテンからこぼれる光だけが薄明るく部屋の輪郭をなぞっている。

 布団を抱き込んだ桂は、ベッドの上で横向になっていた。

「………何で私のせいなのよ…」

 エルグナが言っていたことの意味を、桂はよく分かっていた。あまりにも正解すぎて、怖くなってしまったのだ。

 イエリーに目覚めてもらいたい一方で、イエリーを苦しめてしまった自分を受け止めなければならない。

 その時に、イエリーは何と言うのだろうか。何と声を掛けられるのだろうか。…桂には、自信が無かったのだ。

「何をそんなに気にしてるの?」

「!? ………いつの間に入ってきてたの?」

 勉強机の椅子に、スージぃがカエル座りをして、不思議そうに見下ろしていた。ドアの開く音さえ、全く聞こえなかったというのに。

「ずっと目ぇ瞑ってるんだもん、気付きっこ無いよ。桂ちゃん…おケイでいい? あ、唐林桂だから、『カラオケぃ』なんてのもいいかもね」

「何ソレ…」

 あだ名。と、スージィはこともなげに言った。自信作らしく、フフンと鼻を鳴らしていた。

(ああ…こういうのがドヤ顔って言うんだ…)

「あ、ドヤ顔してるし、なーんて思ってるでしょ?」


 え?


 …ドォン、と、低く小さな音がしたような気がして、桂は頭の中から鷲掴みされたような気分になった。目の前のスージぃが、ニィッと笑顔を完成させていた。

「あたり? ふふっ、ねぇねぇ、私たち気が合いそうじゃない? 友達になろうよ。イエリーのこともいっぱい教えてあげるから!」

「あ…う、うん…うん…?」

 頷いてから、桂はしまったと思っていた。が、それも長くは続かなくて、次第に全く違うことを考えて、頭を埋め尽くし始めていた。

(目………キレイ……ね…、…。)

 スージィは椅子を降りて、ベッドにポスンと腰掛けてきた。もう、桂は何も考えていなかった。


 コンコン―――。

「桂…いるか? つか、出てこれるか?」

 ノックしてきた声は、拓二だった。


――――


「桂…いるか? つか、出てこれるか?」 扉の前で返事を待っていると、ガチャリ、と、ドアノブが動く音がした。出てきたのは、何故かスージマンだった。

「あれっ!? スージマン、いつの間に…」

「うんとなー、カラポン星人、空気読め」 はぁ? という声と同時に手………いや、足が動いていた。スージマンがドアを閉めようとするのを阻止した。

「お前も来てくれ。イエリーが目を覚ましたんだ」

「待って、桂にはまだ―――」

「気が付いたの…? イエリー、大丈夫なの!?」

 失敗した、とでも言いたいような顔をして、おでこに手を当てるスージマン。桂はヨロヨロと、ベッドから立ち上がって来ていた。

「あ、ああ…今、俺の部屋にいるよ」

「だからちょっと待ってってば! 桂も落ちついてって! イエリーはまだ、」

「どいて!」

 スージマンが通せんぼしようとするのを、俺は頭を掴んでグイと横にどかした。

「あっ! ちょっと!!」

 声を上げて抵抗するも、その間に桂は俺達の横をすり抜け、部屋からドタドタと飛び出していった。うるさい奴にはお口にフタをしておいた。

「意地悪すんな、早く会わせてやりゃいいだろ。心配してたんだろ?」

「フググぐ……! ぅはっ、だから! そういう問題じゃないんだって! 今のイエリーに桂を会わせたらダメなの絶対!」

「…なんでさ?」

 いいから離して! と言うスージマンに気圧され、俺が手を離した瞬間、彼女は桂目掛けてまっしぐらに廊下を走っていった。

「だぁああめぇええ!!!!!」

「…!」

 バカみたいな絶叫に一瞬怯んでいたが、桂は意を決して、ドアノブを捻る。閉められたドアにスージマンは鼻をぶつけながらも、強い意志を感じさせる目をして、ドアを開けていった。

「スージィ様…!」

「だからダメだって言ったのに………もうっ!!!」

 …感動の再会、という雰囲気ではないらしい。俺の部屋から漏れ聞こえてくる声には、そんな緊迫感をも感じさせられた。

(…どうしたって言うんだ…?)

 開け放たれたドアに向けて走り出す俺。…自分の部屋から、奇怪な音が鳴り響いているという意味を、もっと冷静に考えるべきだった。そう俺は、思うことになる。


 パシューーゥン……!


「なっ…に!?」

 熱気は唐突に通り過ぎた。部屋の扉が動いた…いや、“膨らんだ”ように見えた瞬間、白く眩い光が吹き出して、廊下の壁に突き刺さり、そして歪ませた。

 表面に泡のような物が見えたかと思うと、赤くなった壁は、やがて黒く炭化してしまった。

「まさか…!?」

 もう一発飛んで来ないか警戒しながら、部屋の様子を覗き込む…その時、光の塊に貫かれた壁に触れてしまい、左手が燃えるように熱くて、声を出さずにはいられなかった。

「あぢっ!?」

「カラポン星人! 入って来ない方がいいよ! 離れてて!!」

 スージマンの声は本気だとわかっている。だが、それでも中を確かめないわけにはいかない。桂が今、俺の部屋にいるはずなのだから。

 意を決して、俺は部屋の入口に立った―――――。

「な……ッ、?!」

 そこから見えた俺の部屋は、背景となっていつも通りの姿を保っていた。

 だが、違う。違っていた。違うと、信じたかった。

「……………キケンです。絶対基本対象保護を発動中。退去セよ。キケンです――――」

 イエリーが、桂を拘束し、ロックオン・バスターに変形した腕を、アヤミクさんに向けていたなんて、絶対に現実なわけがないと、信じたかった。


―――――つづく。

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