0『プロローグ(無題)』
※この小説は、一応全年齢対象ですが、16歳以上の方に推奨いたします。
夕日、というには、あまりにも真っ赤だった。そして雲が多く、風も強い。
ここは小高い丘、そして“彼女”はそのてっぺんに立っていた。
「林檎………」
しゃり、しゃりと、俺が歩くたびに雑草を踏みつける大きな音がする。あいつにだって聞こえているはずなのだ。
「カラポン?」
カラポン………俺のアダ名をつぶやいた彼女は、ゆっくりと俺の方へと振り返る。短いスカートが風によく揺れているが、その下に穿いている緑の短パンが全部台無しにしていた。さんざんやめろと言ってるのに。
「やっと来たんだね、遅かったじゃん。
私、すっごいワクワクしてたんだから。
がっかりさせないでよね?」
彼女…蒼井林檎の顔は、笑っていた。とても、恐ろしい目で、俺のことを見下ろしながら。
「違う…!
俺はお前とそんなことをするために来たんじゃない!
戻ってこいよ! もう、馬鹿な真似はやめろ!!」
ああ、どうしてこんな思ってもいないことをスラスラと言えるんだろう? そして彼女もまた、スラスラと俺に向かってよくしゃべってくるのだ。
「あははは!!
何言ってるのカラポン。
私と遊ぶ約束したじゃん?
私あれからずーっと待ってたんだから。
カラポンが来るのを、ずーっと待ってたんだよっ!! あはははは!!!!
遊ぼうよカラポン!!!!!」
巻き起こる渦を巻く空気。林檎の足元から放たれたそれは、草を、土を削ぎ飛ばし、爆発するかのように弾けとんだ。俺はそれに吹き飛ばされないように立っているのが精一杯で、林檎がどうなっているのか全く見る余裕さえなかった。
「!?」
ひゅうゥンッ、という嫌な音が聞こえたと思った瞬間、俺はそれが危険な物だと本能的に察知して横に飛んでいた。すぐに爆発が起こって、俺の立っていた辺りは黒煙の塊になっていた。
「よかった、ちゃんと避けてくれたんだね。
すぐに死んじゃったらつまんないよ?」
起き上がると、林檎はすぐそこに“浮かんで”いた。ブレザーが破れ、両方の袖からは白い翼が突き出て、元の腕はだらしなくダランと垂れるような格好だった。
まるで翼の方が本当の方の腕だと言っているかのように。
「林檎……!
やめるんだっ!!
俺達が戦うことに意味なんか無いだろう!?
今すぐ下りて来い!!!」
違和感を感じ始めたのはこの頃だった。林檎も………俺自身も、何かがおかしい。でも、それ以上のことにその時気付くことはできなかった。
「あはははは!
行くよカラポン!!
全部、ぜんぶ避けてよね!!
これぐらいカラポンになら出来るはずじゃん!!」
次々と撃ち放たれるミサイルというミサイル。その全ては………あのスカートの下の短パンと足の隙間から飛び出していた。などと冷静に観察している場合じゃない!!
「うわっ!」
ズガンッ! ドォゥン! ダダダダダダダ!!!!! …次々と近づいてくる爆風から逃れるため、俺は丘を下へ下へと走った。
一度止んだかと思えば、今度は林檎が俺の真横に現われて射撃してきて、俺もまたその射線から離れるために方向を変えて逃げていく。それの繰り返しだった。
「カラポン待ってよぉ!
逃げるのはダメなの!
私と遊ぶんだから逃げちゃダメぇ!!」
遮る物は何もなく、木の一本でさえも生えていない。そしてこの丘、いったいどこまで続くのだろう? ずっと下り続けているはずなのに、全然景色が変わらない。俺は林檎から逃げられないということなのだろうか?
「!!」
足をつまずいた! 俺は坂道の草っぱらに倒れこみ、そしてこのチャンスを林檎が逃さないわけがなかった。次々と白い弾頭ミサイルが降り注ぎ、視界には煙が、そして耳には爆音しか感じられなくなった―――――
――――
ドンドンドンドン!!!!!!!
「あははは!
なぁんだ、もう終わりなのカラポン?
つまんなぁい、つまんないよぉカラポン!!
あははははは!!!」
地面へ舞い降りると、ほとんど前を見ることができないほどに煙は濃厚だった。しかし、風が少しずつ煙を飛ばして視界が開けてきて、倒れているカラポンを見つけるのに時間は掛からなかった。
「カラポン……死んじゃったかな?
………そう、もう終わりなんだ。
死んじゃったならしょうがないね、残念」
うつぶせに倒れているカラポンを見つけ、翼を格納………元の人間の姿に戻った私は、その横へとしゃがみこんだ。カラポンはもう息は無くて、目も閉じてしまっていた。
「かわいそうなカラポン…お別れのキスをしようね…?」
いつものやり取りだった。朝に会ってはキスをして、昼に会ってはキスをして、夜に別れる時もキスをした。………それが、これを最後にできなくなる。………優しく背中に手を回し、私とカラポンは寄り添った。
「ばいばいカラポン………大好きだよ―――――」
―――――
バンっ
それはとても、小さな音だった。とても近くで鳴ったから、俺には大きく聞こえたのだけれど。
「………林檎………」
俺を抱く林檎の力が、すっと抜けていき、俺はそれを支えていた。林檎の頭からは血が流れ、目も向けられないような穴が開いていた。
目を逸らした俺が、その先に見たもの………それはいったい何だったのだろう。
「………なんだ、これ………?」
本当なら、そこには俺の腕があるはずなのに。
俺の腕は、細長い銃になっていた。それだけじゃない、服が破れ、爆発で肉が裂けた所からは、普通だったら骨や血管がはみ出ているはずなのに。
どうして、電気ケーブルやフレームが飛び出しているのだろう? 緑色のはチップ? なんで、なんで?
「なんで………」
なんで、林檎の頭からも同じような物が出てるのさ? ケーブルやフレーム、LSIチップ………目玉が白い眼球じゃなくて丸いネジ穴のある機械なのさ!!
なんで………?
「俺も林檎も……………ロボットだったのか?」
「………ぽん、………ら……ン……」
ガタガタと、小刻みに揺れながら動く林檎の頭が、火花を飛ばしながら俺を見ようとしていた。もはや林檎が人間と思える要素はなかった。
「………さよ、な…ラノ………キス……!!!」
「う……うアアアアアアアアアアアアアアアアああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――――――
「お目覚めの―――」
「うアアアアアアアアアああああ!!!!!!!!!」
ゴチン―――★
………目覚めて早々、頭が痛かった。何て言うか、物理的にも精神的にも………。
「う〜〜〜っ、カラポン痛いぃ!
ヒドイじゃん!
せっかくお目覚めのキスをしてあげようと思ったのにっ!!」
「お目覚めの………キス?」
周りの景色は、見慣れた教室。時間はまだ………昼休みだ。
思い出してみよう。俺の名前は唐林拓二、16歳。そしてそこのキス魔は………青井林檎、永遠の1歳児…もとい高校三年生、本人談。………決してロボットなんかじゃない、人間だ。よし、オーケイ。
「夢………、だったんだな………」
そう。よく考えればありえないとすぐ分かること。体から翼が生えたり、ミサイルが出たり、俺の腕が銃になったり。そもそも自分の姿が見えるって時点で、夢って確定な要素じゃないか。全然気にする必要なんてないんだぜ、ハハハ!
そんな夢を見るのが、“初めて”だったなら。きっとそう思うことができただろう。
でもそうじゃなかった。青井林檎に会った時から、俺はこの夢を、同じ夢を、何度も、何度も見てきていた。
“夢じゃない”のかもしれない、そう思ってしまいそうになるぐらいに―――――。
「夢なんかじゃないよ」
(え………?)
ドキリ、とした。でも林檎がしたのは、いきなり俺の頭を抱えて、唇を奪っただけ。いつものように、いつものような濃厚なやり方で、いつものような長い時間。周りが無視する冷めた空気も、気にならないぐらい慣れてしまった。
「……………」
初めの頃はとても緊張していたのに、回数を重ねる毎にその重みは薄く、更に薄く感じるようになった。
『これ』が林檎のクセなんだと。そして『これ』ができないと、林檎すごく機嫌を悪くする。そうなったら、林檎は何をやらかすかわからない。
俺に危害が及ぶだけならまだしも、すれ違う見ず知らずの人を巻き込むこともあるから、俺は林檎の機嫌を常に伺わないといけなかった。
(好きとか、嫌いとかじゃないんだよな………)
それが、俺と、青井林檎が未だに付き合い続けている理由。
男子からも女子からも、先生からでさえも冷たい目で見られ、別れろ、釣り合わない、お前もダメになると言われ続けていても、未だに付き合い続けている。
決して俺は幸せじゃないけれど、誰かの幸せを、俺の勝手な気持ちで壊すわけにはいかない。たぶん、林檎の幸せも。
「ぷはぁ!
カラポン今度はすっぱい味じゃん、朝は納豆味だったのに。
お昼何食べたの?」
「………日の丸弁当」
青井林檎は、料理をしない。
―――――
この物語は、キス魔の青井林檎と、カラポンこと俺、唐林拓二とを巡る物語。
ロボットなんか全然関係ない、現代の、ありふれた学園バカップル物語の一つでしかない。
あの女に、出会うまでは………。
−0− 『 無題 』、〜 end
この物語は、以前鈍行彗星がシナリオを書いていた同人ゲームの、世界観のみを流用した小説です。
どっちも未だ完成してないんですが、まあ少しずつ(苦笑
P.S.町田先生、お元気ですか。