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アマルガ大記  作者: なるなる
第一章 1つめの幻視
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カッシルダ(Cassilda)

 そんな状況下で、あるとき、カッシルダを有するセリム一族の当主を含めた域内の者たちで宴席が催された。その宴席に連なる者たちは、伝説の「都」カーォコサを崩壊させるべく動いた者たちである。彼らは、宴席を度々催すことで親交を深めつつも、お互いの腹を探り合う機会としていた。


 そんな、ある時の宴席で、ある異人たちが招かれていた。


 その席に連なる者たちが、伝説の「都」カーォコサを崩壊させるべく動く上での動機となるほどの大「都」ハダスァーアからの客人である。彼らは自分たちが覇を成すため、ハダスァーアでの治世を学び、それを伝説の「都」カーォコサを崩壊させた上で実現しようとしたのであった。が、ハダスァーアとしては二流の彼らにしてみれば、大「都」ハダスァーアからの客人を得るまでの道のりは事の他大変だったことは言うまでもない。


 そして漸く招くことが出来た、大「都」ハダスァーアからの客人。


 そして、そんな客人から大「都」ハダスァーアの情報を得るべく、カッシルダを有する有力者は、その能力で以て客人らの頭を探ることを要求したことは言うまでもなかった。


 しかし、訪れたその異人たちの姿は、不思議なものであった。


 衣のように見えるそれは、襤褸(ぼろ)のようにその端々がどれとして同じでなく、かといって雑な感じがあるわけではなく、寧ろ滑らかに調和された柔らかい光が豊かに溢れていた。そして、均一に蒼白いその顔は、セリム一族の当主を含めた域内の者たちとって仮面を付けているようにも見えた。


 そもそも、その宴席には、域内の有力者たちと、それら有力者らが囲う詩人たちが連なっており、カッシルダは、その詩人の一人として宴席に加わっていた。カッシルダは、その素性が隠されていたとはいえ、大「都」ハダスァーアからの客人を接待する有力者たちにとって、それは暗黙の了解のようでもあった。というのは、伝説の「都」カーォコサの隆盛に大きく貢献したイーェスに縁あるカッシルダの存在は、その性質によって大「都」ハダスァーアからの客人の頭の中を(のぞ)こうとする意図を見込まれて客人の顰蹙(ひんしゅく)を買う材料にも成り得たものの、上手くすれば客人に自分たちの覇雄を示す上での材料にも成り得ると判断されたためである。


 そこで、余興の一つとして、詩人たちによる、大「都」ハダスァーアからの客人へのもてなしが行われた。


 その際に、カッシルダをして歌わされたのが、件の伝説の「都」カーォコサを偲ぶ歌である。


 伝説の「都」カーォコサが、イーェスに縁あるカッシルダにとっても最早失われた「都」であることを示させ、時代は大「都」ハダスァーアのものとなっていることを歌わせるばかりか、セリムたち有力者らにとって不思議な成りをした客人を(たた)えさせたわけである。


 そもそも、カッシルダはイーェスに(ゆかり)ある者であるためか長命であり、カッシルダを所有するセリム一族が幾度となく代を重ねるのを見て来ていた。そのため、カッシルダにしてみれば、所有者であるセリム一族たちが滅べば、自ずと「都」カーォコサの復興の兆しも得られることを見込んでいた。が、所有者であるセリム一族は、代を重ねた上で、そんなカッシルダを有していることをして、「都」カーォコサが既に(うしな)われてしまった「都」であることを歌わせたわけである。


 もちろん、歌うことを拒むことも出来た。が、ある理由がため、それを貫き通すことは出来なかった。というのは、カッシルダのその境遇にあった。


 イーェスはその性質に基づく能力をして、先見(さきみ)や予言をすると見られていた。事実、そうした能力の片鱗(へんりん)はあり、伝説の「都」カーォコサが崩壊して後は、それが故にイーェスという種族は忌避されていた。そんな流れの中にあったカッシルダを所有したセリム一族において、大「都」ハダスァーアからの客人を迎えた当主の先代と、カッシルダは良い仲にあった。カッシルダがイーェスに縁ある者でなければ、一族においてその関係を認められて然るべき間柄であったわけである。


 そして先代の当主とのそうした間柄によって、カッシルダはその能力を遺憾なく発揮し、先代の当主は、「卓越者」を意味するヤウーズ(Yavuz)という二つ名で呼ばれるようになっていた。その偉業を支えたのは、カッシルダに拠る所が大きいことはセリム一族において暗黙の了解であり、それがセリムの先代の当主を心苦しくさせた。そして、その心苦しさからの克服を求めた先代の当主は、何時しかカッシルダから離れて行った。


 が、カッシルダから先代の当主が離れて行ったのは、その心苦しさだけが理由ではなかった。


 というのは、先代の当主もまた長命であるカッシルダに並ぶわけも行かず、セリム一族との取り決めによって後代を得るべく努めることを選んだわけである。そうして、先代の当主の伴侶として迎えられた者が、月光の(ささや)く城の暗い一房室を居住とするカッシルダの世話をし、一時を過ぎた頃には、その者と先代の当主との間に生まれた子どもが、カッシルダの許を訪れるようになっていた。


 それは、先代の先代の先代の、遥かに以前から続く因習であった。


 カッシルダは、その先代の当主の伴侶の気性の良さを気に入っていた。先代の当主の伴侶として迎えられただけあって、良い人物であったためである。カッシルダはその好意を、その者の好きな形態を見せることで示した。が、後代の子どもが生まれて以降、その者の態度が冷たさに一枚被せたような優しさを見せるようになっていた。その理由を薄々は感づいてはいたものの、先代の当主が亡くなったときに、後代の当主によって伝えられた。


 先代の当主は、夜毎、伴侶の体を通してカッシルダを求めていたという。そして伴侶によって後代となるべくして生まれた息子を、カッシルダとの間の子だと言って(はばか)らなかった。そればかりか、老いた姿でカッシルダの前に表われることを怖れ、伴侶によって後代となるべくして生まれた息子を自分自身の映し身とするべく教育を施そうとし、死の間際には、伴侶や息子の名でなく、カッシルダの名をひたすら呼び続けたという。


 先代の先代の先代かそのぐらいの当主に、同じくカッシルダを慕う者がおり、その者の教訓から、一族内ではカッシルダとの距離を置くことが決められ、カッシルダへの蔑視にもその意味合いが含まれていた。先代の当主とてそのことを知ってはいたものの、先代の当主は幼い頃にカッシルダに出会ったとき、「こんなに奇麗なのに、どうして皆嫌うの?」と、不思議そうな表情をする子どもだったから、それは想定された結果とも言えた。


 何れにせよ、カッシルダは、先代の当主に近付き過ぎたことを悔いた。


 そうして当主の座は、先代の当主に代わり、後代の当主カリムを迎えた。


 カリムは、カッシルダを、月光の(ささや)く城の暗い一房室から連れ出し、モノとして扱うように努めた。自らが当主となるため、先代が自分自身の映し身とするべく教育を行ったことは許せても、それ以外のことは、母親の長年の胸中を思えばこそ、到底許すことが出来るものではなかった。「セリム一族の因習を、先代当主は壊そうとしながら、その暗部に呑み込まれた」と断じて、先代以前とは別の方法でカッシルダに向き合おうとしたわけである。


 カリムは、先代の当主の二つ名であるヤウーズ(Yavuz)を自分のものとすることを念頭に置いた。そうして、セリム一族の予てよりの因習を、カッシルダの面前で次々と覆って行った。カッシルダを、皆の前で〝母〟と呼んで憚らず、その理由を「セリム一族が今あるのは、カッシルダの存在があってこそ」として譲らなかった。


 その厳格さは冷酷さを以て評価され、「卓越者」を意味するヤウーズ(Yavuz)という言葉に、「厳格」「冷酷」の意味が付与された。地球の言葉としてのヤウーズ(Yavuz)に「冷酷帝」という意味があるのは、もしかすると、そうした理由が含まれているのかも知れない。


 何れにせよ、カリムは、セリム一族だけでなく、域内の者たちの間でもカッシルダを認めて貰えるように動こうとしていた。大「都」ハダスァーアからの客人を迎える宴席は、そのための絶好の機会でもあった。カッシルダの素性は、そうした場においては、宴席の他の出席者の異論を招き難いものだったためである。


 というのは、その時代、当地域の通例であれば、域外追放されたはずのイーェスを飼っていることが公となれば、伝説の「都」カーォコサの再興を望んでいるとさえ目されたためだ。宴席に出席する域内の有力者たちは、セリム一族と良い関係を築いている者たちばかりではなかったし、カッシルダの存在が客人らの耳に徒に触れるところとなれば、セリム一族の危機ともなり得た。「それならば」と、カッシルダを詩人として宴席に連ねさせ、その美しさで客人を含む宴席に連なる者たちを魅了し、カッシルダが域内で益ある存在であることを示すばかりか認めて貰おうとしたわけである。


 カッシルダは、カリムのその意図を認めた上で、拒もうとした。もしその思惑通りに事が進まなければ、セリム一族は火急の事態に晒されるためである。


 何より、カッシルダは、イーェスに縁ある者であることを恥じたことはなく、それだけに今やカリムに飼われている身であることへの鬱々とした暗い気持ちと、まかり間違えばカリムの命で殺されるかも知れないことを鑑み、酷く悩んだ。が、カリムはカッシルダが「先代の恩義ある身」であることを強調し、詩人扱いとして宴席に出席させた。


 そして、カッシルダの意思に反して、あのように歌わせたわけである。


 大「都」ハダスァーアからの客人は、宴席に連なっている域内の者たちと同様に、カッシルダの美しさに軽い溜息を吐きつつ、そんな歌に耳を傾けていた。カリムの思惑に適い、宴席に連なっている域内の者たちが拍手喝采する中、流石と言うべきか、大「都」ハダスァーアからの客人は、カッシルダがイーェスに縁ある者であることを認め、事の事態に怪訝な顔をした。


 目に見えて表情が変わるわけではなく、そう感じさせるわけである。


 異人たちにしても、伝説の「都」カーォコサの隆盛に大きく貢献したイーェスのこと、彼らイーェスが自分たちを歓待する者たちよりも長命であることを知っていたため、イーェスが自ら進んでそうした歌を歌うはずがないことを知っていたのである。


 それを察知したカッシルダが、大「都」ハダスァーアからの客人を気に入ったことは言うまでもなかった。カリムは、カッシルダのその能力で以て客人の頭を探ることを要求していた。カッシルダとしては、そうした能力を用いずに話し込みたい気持ちが強くなった。


 そうした気持ちは、カッシルダに限らずあったのだろうか。宴席に連なる域内の者たちは元々格式ばったことを得意としてはいないとはいえ、宴席が進む中でそれに輪を掛けたような砕けた調子となり、異人たちは皆同様の成りをしていたものの、客人として迎えられた宴席が進む中で、その成りを解く者たちも出て来ていた。


 が、ある者は、そうして宴席が進んでも、その成りを解こうとする素振りが見られなかったため、彼を接待していたカミラ(Camilla)――カッシルダと同じく詩人の立場にある者――が、その仮面を取るように勧めた。


 が、その者にはそもそも仮面などなく、カミラを酷く驚かせるばかりか、怯えさせた。


 他の異人たちが仮面を付けている中、その顔が仮面ではない者がいる。当初は気付かなかったものの、言われてみれば確かに、仮面でない者の肌は、仮面に比べて生物的な艶やかさを秘めていた。カミラは怯えたものの、カッシルダは興味が沸いた。


 というのも、カッシルダの歌に怪訝な顔をしたのは、この者だったためである。


 カッシルダは、カミラを他の異人のところへと遣った後、自らがイーェスに縁ある者であることを示した上で、彼(?)と話し込んだ。


 彼の話によれば、彼は〝王〟なのではなく、大「都」ハダスァーアから〝特使〟として闇い宇宙の中を方々(ほうぼう)に派遣される者の一人であるということだった。そして、〝特使〟は多種多様な種族たちの下へと派遣されるため、その構成員の容姿をして事を(そん)じることが無いよう、態と一形態の姿を模し、そうして模された姿の基本が、彼の(種族の)姿であるということだった。言うなれば、彼の種族が大「都」ハダスァーアの長であるわけである。


 そうしたことをする理由は、大「都」ハダスァーアの治世面でも示されているという。


 というのも、大「都」ハダスァーアの方針として、伝説の「都」カーォコサが崩壊した原因は、その「都」の構成員らがイーェスという種族に依存したネットワークを形成したが故に受動的側面が強く、〝悪意〟が広まり易く治まり難いことにあったと判断。この宴席に連なる者たちが主張する事事は、単なる付随事項に過ぎないという。


 そしてそれを教訓とすればこそ、多種族でネットワークを形成しつつも能動的に動くことを可能とし、〝悪意〟を自分たちで削ぎ易くすることを考えたというのである。そのための方法として、一種族の姿(形態)を基本とした専制的な社会構成を採用したというわけである。


 伝説の「都」カーォコサと、大「都」ハダスァーア。両者に大した差は無いように受け止められるかもしれないが、そこにはイーェスという種族の存在が大きく係わっている。


 そのイーェスという種族については、先に、〝伝説の「都」カーォコサが崩壊するに先立ち、イーェスの大部分は域外宇宙への追放処分を受けていた〟と記している。それは伝説の「都」カーォコサのあらましに触れることになるため、説明の便宜を取って、カッシルダとは別の者――ノーディェンスに託そう。

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