アザェトホース(Azathoth) Side2
アザェトホースは、その都で保護された時点で、既に少年の域にあった。
彼にとって親に相当する存在はノーディェンスだけであり、そのことを言葉にするものの、保護した者たち――彼らは、件の保護プログラムに従事する人たちで、ジャェァ(gill, gillie, jill)と言った――は、それを一向に解さず、「今時、一人親で子どもを捨てるなんて、どういう神経をしているの」「可哀想に」「その方の名前以外、何も覚えていないの?」「馬鹿ねぇ。この年で、そんなことしか知らないなんて」「だから、捨てられたのよ。きっと」などと言葉を重ねた。
正確には、そう聞こえた。
だから、アザェトホースは、黙るしかなかった。――ここには、ノーディェンスを知る者がいない。僕のことを知っている人は、この世界には誰もいない。この世界において、僕は、独り。
そう思い至ればこそ、言葉が出て来るわけもない。泣き喚くのも、自分が惨めになるだけ。
そうした様を見て取ったのか、「涙一つこぼさないなんて」「変な子」「自分の境遇を分かっていないのかしら」「子どもなら子どもで、もう少し子どもらしくすれば、こちらも何か気の利いたことでも言えるのに」「親の顔が見てみたいわ。本と。その親にも捨てられたのだから、相当ね」
そう聞こえる。
それゆえ、泣きそうになると、
「まぁ。白々しい。今頃、目を潤ませて」「私が何か言った?」「変な子」「気味が悪いわ」「早く、この子の担当決まらないかしら」「この子の担当になりたくないわ…」「気持ち悪い」
そう聞こえる。
それゆえ、声のする方に目を向ければ、
「こっち、見たわ」「可愛い顔をしてなくはないわね」「でも、この子の担当するのは、私は勘弁」「特捜部が、親を見つけてくれるまでの我慢よ」「でも、それまで、私たちの誰かが面倒を見ることになるのよ」「親が見つかっても、引き取ってくれるかどうか」「こういうとき、手続きが面倒だわ」
そう聞こえる。
そうした声を制する肉声が、こちらの部屋まで響く。
「あの子の種族が分からないからといって気味悪がるのは、あの子が可哀想だろう。この仕事に携わる者なら、しっかりしなさい」
「でも、室長。あの子の種族云々ではなく、あの子、変ですよ。大体、この辺りに、あんな種族がいるなんて、私たちは聞いたことがありません。それに、あの子、私たちの話していること、聞こえるはずがないのに、聞こえているような様子を見せるんですよ。気持ち悪いでしょう?」
その頃は、他種族混合の世界だったためか、感応力が強ければ、それはイーェス因子の保持者と判断され、その判断を受けた多くの子どもたちがプログラムに則って収容されていた。実際、その中には、確かにイーェス因子を持った者が何人かはいたかも分からない。が、アザェトホースは、その中でも特殊であった。何より、その姿として、どちらかと言えば今の地球人の姿に近く、かといって、その泣き声を含めてショォス(Shoggoth)の様でもなかったからである。
『クトゥルフ神話』では、「ショォスは太古の『地球』で合成された」となっているが、それは正確ではない。「地球で合成されたもの」として知られているのは、その根は同じくするものの、地球産擬似的生物である。ショォスを懐かしんだ者たちが、地球産擬似的生物として生まれたショォスたちに脳を発生させ、その脳を発達させるため、その力の強さで以て体を動かさせようと肉体労働を求めた。
が、そうして一定度の発達を見たショォスたちは、「擬似的生物であれ、地球産である我々が、地球からすれば来訪者に相当する者たちに肉体労働を強いられるのは可笑しい」と考えるようになり、その力で以て反乱を起こすまでになってしまった。私が振り返る限りでは、その話が曲解されて、今の地球人に伝えられているようである。
何れにせよ、そうして集められた子どもたちは、殺されるか「イーェス」に統合される形を取るかの二択を迫られていた。というのも、子どもの方が「イーェス」に統合し易かったためである。が、それはそもそも、「イーェス」の能力強化のための行為だったわけだが、そうして統合を進められていた「イーェス」は、本来のイーェスが持ち得ていた美しさはなくなり、「イーェス」という肉の塊に圧迫され、その能力を徐々に低減させていた。
それ故、感応力に優れたアザェトホースは、「イーェス」の元に連れて行かれ、統合に適した年齢よりも少し高めではあったが、「イーェス」に統合させられようとしていた。が、それを「イーェス」自身が拒否するだけでなく、アザェトホースに助けを求めて来た。
アザェトホースはその感応力が故、何度も「イーェス」に統合させられようとし、その都度、「イーェス」は拒否し、アザェトホースに助けを求めた。
アザェトホースは、自分の聞き間違えかと思い、感応力のある子どもに聞いてみたが、その子には聞こえなかった。それゆえ、アザェトホースは「イーェス」に助けを求められていることを認識するのに少し時間がかかったが、今の「イーェス」を助けることが出来るのはアザェトホース以外にはいないという結論に至るに、その方法に悩まされた。
結果、統合されていた子どもたちを何度かサルベージする機会を重ね、それと共に、「イーェス」はその能力を一時的に大きく落としはしたものの、回復を迎えもした。が、そうしてサルベージされた子どもたちは、「イーェス」に統合されていたために「イーェス」の影響を少なからず受けており、それと共に「イーェス」の能力が分散傾向に陥ってしまった。それまでも既に、分散傾向はあり、それをまとめるために、「イーェス」の能力に関係あると判断された子どもは「イーェス」に統合されていたわけである。そうした子どもたちをサルベージしたことによって、その実として更なる分散を進めてしまったわけである。
が、子どもたちを再び「イーェス」に統合させるわけにも行かず、ましてそうした子どもたちの処遇を巡って、議論が生じたことは言うまでもない。そうした子どもたちへの処遇を危惧したアザェトホースは、自らが「イーェス」の能力の低減分を補うことを提言し、了承された。「イーェス」に限界を感じていた当局においては、アザェトホースの申し出は願ってもないことだった。
アザェトホースはその出自がため、その都に対して興味は止まなかったが、後ろめたさもあった。
その都について知れば知るほど、アザェトホースは、自分を産みだしたノーディェンスの意図が分からなかったためである。その都がポジティブであればあるほど、ノーディェンスを引き付ける。それが、一体どのような事態を及ぼすのか。
それを想像するに、アザェトホースは自分自身の存在が後ろめたかったわけである。
その都の人たちにおいては、ノーディェンスの力の端々は知られていたものの、対応可能な範囲内と取られていた。そのため、アザェトホースに対しても、一抹の不安はあれ、ポジティブに受け入れていた。
アザェトホースは、その認識の甘さを憎んだものの、その後ろめたさを払拭するべく、その都において最もポジティブな機構の一つであった、宇宙のあらゆることを精査・分析・統治する「宇宙統治機構」(仮)に所属するようになった。
「宇宙統治機構」(仮)。それは、「イーェス」(イーェス因子の保持者と判定され、統合された子どもたち)をネットワーク形成に利用する組織。悪く言えば、イーェスを利用することを諦めることが出来ない者たちのための組織。




