夫達のお悩み相談室
【君には贈れない花 花公爵の懺悔】の番外編です。
本編をお読みいただくとよりお楽しみいただけると思います。
父の日だったので書いてみました。
変われば変わるもんだなぁ
「心配要らないよロン」
目の前で、かつての主、ゼノア公爵がニヤニヤと笑っている。
◇
ゼノア公爵夫人であるフレデリカを巡った大きな事件のあと、ロンは公爵家を退職した。
今は、フレデリカ夫人の作る香水を一手に扱う香水店「香り屋」の店主、セイラと結婚し夫婦で店を切り盛りしている。
あの事件で、当時は平民となっていたフレデリカを助けたいという気持ちが重なって、いつの間にかそういう関係になっていた。
セイラは気が強いうえ、親友のフレデリカを守るためなら、どんな無茶もする。
フレデリカ夫人が火傷だらけで助け出されたとき、彼女の治療の為に全財産はたいて、治癒師を捜す旅に出ようと決意するくらいだ。
幸い公爵の祖母、王太后のマリアテレジア陛下が治癒魔法を持っていた為、その決意は無駄になる。
が、フレデリカ夫人が結婚後すぐに身籠ると、悪阻で苦しむ夫人の為に、店を閉めて侍女として公爵家に入り込もうとした。
さすがに、平民が公爵夫人の侍女にはなれないと、懸命に止めようとする俺に、
『そんなに店が心配なら、あんたがやればいいでしょ! 私はフレドの側にいたいの! 』
と怒鳴ったので、頭にきて
『なら、俺と結婚しろ! 女房の出かけている間くらい店番でも何でもしてやるさ!』
そう怒鳴り返してしまった。
『は?! それ本気?』
『こんなこと本気以外でどう言うんだ! 』
店番をすることになれば、ロンはゼノア公爵家をやめることになる。
ゼノア公爵家からの報酬は、どの貴族の場合よりも大きかったし、公爵の人柄も良かったから、勤め先としても人気が高かった。
だからといって簡単に勤められる場所ではない。
ロンだって、幾つもの伝手を頼って紹介状を貰い、公爵家の家令にやっと面談出来たくらいだ。
勿論、セイラもそれを知っていたのだろう。
さすがに落ち着いて、公爵家入りを諦めた。
『どうすれば、フレドのためになる?』
結婚の話は流されたものの、その怒鳴り合い以降、セイラが俺を頼ってくれるようになった。
『今まで以上に、香水を売ってやればいい』
あとから悔やんだが、俺の言葉を聞いたセイラは、がむしゃらに香水の販路を開拓していった。
おかげで香り屋は、近隣諸国で最も大きな香水店になっている。
それに伴って、原料の花を栽培しているゼノア公爵領と公爵家も、稀にみる発展ぶりだ。
だが、無理が祟ったセイラは倒れてしまう。
臥せった彼女に説教しつつ、看病している間に夫婦の誓いを交わしていた。
ほっとけなかったんだから、しょうがないよな
それからは、無理をしがちな彼女を見張る為、セイラが行くところには、なるべくついて行くようにしている。
その為に、信頼出来る仲間を雇い、店番が出来るよう教育もした。
『安心して外国にも開拓に行ける』
ところがそう言って、余計にセイラが飛び回るようになった為、俺達はなかなか子どもに恵まれなかった。
それはそれで幸せだったから構わなかった。
けれど、セイラは子どもが出来ないことを気にしているようで、いくら気にしなくていいと言っても信じて貰えない。
どうしたら、俺は今のままで十分幸せなんだと信じて貰えるだろう
と悩んでいたのが一週間ほど前。
セイラが身籠ったことがわかったのだ。
それを聞き付けたフレデリカ夫人が、見舞いに訪れたのが昨日。
そして目の前には、昨日の今日で、見舞いだと言って籠いっぱいの果物を持ってきた、先輩面した公爵がいる。
「大丈夫だ。妊娠中、女性は気が昂るものさ。
それに子どもが生まれると暫くは、妻に相手にされなくなるが、けして愛されていないわけじゃない。尽くす時期なだけさ」
初めて夫人が身籠った時には、おろおろして医学書や教育書を読み漁り、必死に良い父親になろうとしていた公爵。
父親に愛された記憶のない公爵には、父親のお手本がいなかった。
叔父と呼んで慕っている従姉叔父のジェスキア公爵の子どもは、7ヶ月あとに生まれていて参考にならなかったし、母方の叔父である国王陛下は多忙過ぎて難しい。
そもそも、国王陛下に子育て相談など恐れ多くて無理だろう。
たとえ相談に乗ってくれたとしても、陛下のお子は王子王女で、世話をしていたのは乳母や召し使い、教育係り達だ。おまけに既に全員成人済みときている。
したがって、まだ赤ん坊の気配もない俺達が、ゼノア公爵専用のお悩み相談係となってしまった。
自分が寂しい思いをしたからと、積極的に育児に関わろうとして空回りする度に、
『俺は何てダメな父親なんだ…………』
と、泣きついてきて
『しっかりしてください! こんなところでブツクサ言ってる暇があったら、フレドと交代してきてくださいよ!』
と、毎回セイラに叱られて慌てて帰っていった。
そんな公爵も、すでに3歳と5歳の、2人の子どもを持つ父親になっている。
きっと、俺達が知らないところでもいろいろあったのだろう。
だいぶ落ち着きのある男になった。
でも、今日は絶対に見舞いなんかじゃない
俺をからかいに来たんだな
ニヤニヤ笑いの公爵に苦笑していると、
「なら閣下、尽くしてくれる筈の夫を、私に返して貰えませんか? 」
悪阻で臥せっていた妻、セイラが出てきて公爵に憎まれ口をきいた。
「そうだな、ロンを長く拝借し過ぎたようだ。帰るとするよ」
平民のセイラが、どんなに憎まれ口をたたいても、公爵は何とも思っていないようだ。
『お前、凄いな? 』
『私からフレドを奪ったのだもの。あれくらい許して貰わなくちゃ割に合わないわ』
考えられなくて、いつかそう言った俺に、セイラは当然だというように宣った。
元貴族の令嬢が無事に生きていくことは難しい。
大抵、誰かの慰み者になるか、良くて愛人になる。令嬢達は自分で生活する術を持たないからだ。
侯爵令嬢だったフレデリカ夫人が、平民になって最も大変だった時に、セイラは彼女を助けて暮らしていけるように援助もした。
だから公爵夫婦は、セイラを恩人だと言って憚らない。
今でも自ら来る必要などないのに、何かにつけて顔を出しに来たり、お喋りをしにやって来る。
一緒にやって来ると、彼等の子ども達も「香り屋」を、勝手知ったる我が家のように過ごしている。
そうやって、隆盛を極めつつある公爵一家が度々、出入りするものだから、香水の評判も相まって、ますます人気の店になっていく。
これほどいい意味で循環する関係はないだろうな
「まったくもう。フレドが優しいからって、ほっつき歩いてたらダメじゃないですか! 」
俺が呑気に物思いに耽っていると、帰ろうとしているゼノア公爵を捕まえて、セイラの憎まれ口が続いていた。
「お、おい! 」
「何よ、うるさいわね!」
さすがに止めなければと声をかけると、目を吊り上げて睨まれた。
恐縮して頭を下げようとした俺に『ホラな?』と公爵は笑って帰っていった。
「セイラ、喉は渇いてないか? 果物でもどうだ?」
『妊娠中は気が昂る』『尽くす時期』
公爵の言葉を思い出し、優しく声をかけてみる。
「…………ごめんなさい、ありがと」
気が立っていたことに気がついたのか、途端に大人しくなったセイラが恥ずかしそうに謝ってきた。
公爵の言うことを信じてみてもいいかも知れない
また横になりたいというセイラに手を貸しながら、これから暫くは、公爵に愚痴を聞いて貰おうと、気安く思っているロンがいた。
Fin
妻にはカッコつけていたくて、言えないシオン。
でも、結局セイラ経由でフレデリカに伝わっているという。
いい父親になろうと頑張る彼を見守るフレデリカも、いいお母さんなのでしょう。
お読みいただき、ありがとうございました。