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7/8

サバイの子供達

 東の砦に戻る途中、国境近くに広がる森の上空を飛んでる時のことだった。

 夜中の森は魔獣の動きが活発になる。

 魔獣のなかには空を飛べるものもいるので、少し高度をあげようとしたその時。

 前方から巨大な魔獣の気配が近付いてきた。

 どうやら獲物を追いかけているようだ。ジグザグに進路を変えながら、猛スピードでミリィの方に向かって来る。森が途絶え、木々を掻き分けるようにして魔獣はその姿を現した。

 微かな月明かりに照らされて、黒い巨体に黄色の縞模様が目立っている。胴体には所々に朱色の斑点を散りばめ、それが魔獣の不気味さを増していた。長く伸びた黒い脚は複雑な動きをして、絡まないのが不思議なくらいだった。

 そう、動きが読めない魔獣の正体は巨大な蜘蛛だったのだ。

 平野に出て身を隠す木々が無くなってからも、もの凄いスピードで獲物を追いかけてくる。真っ赤な目をギラギラと光らせながら、獲物を捕縛する隙を伺っている。

 一体何を追いかけているのかと、ミリィは目を凝らして確認した…

(人間⁉︎)

 魔獣の追う先には手を取り合って逃げる少年と少女がいた。二人ともミリィより少し年下に見える。

 少年は風魔法を使いながら、少女を守るようにして蜘蛛の魔獣から逃げていた。

 少女が草に足を取られた一瞬の隙をついて、蜘蛛が糸を吐く。

 蜘蛛の糸が二人を捕らえる前に、ミリィの放った火の魔法が蜘蛛の糸を焼き消し、魔獣の追撃を止めることに成功した。

 少年は少女を庇うように地面に倒れる。

 二人を背にして魔獣の前にミリィが立ちはだかった。

「大丈夫?」

 突然現れたミリィの放った火の魔法に恐れを成したのか、蜘蛛の魔獣の動きが止まった。

「コイツには水魔法と風魔法が効かなくて…」

 少年が悔しそうに答える。

「そんなこともないと思うわよ」

 ミリィはそう言うと素早く水魔法を放ち、蜘蛛の魔獣を包み込んだ。水の中で空気を求めて蜘蛛の魔獣が苦しそうに足掻く。

「すげぇ…」

 効かないと思っていた水魔法で、あっさりと蜘蛛を捕らえたミリィの魔法に少年は舌を巻いた。

 ミリィの魔力を上回る程この蜘蛛の魔獣は実力がなかったらしく、水魔法を弾くことは出来なかった。

「さて…そろそろ頃合いかしら」

 ミリィが水魔法を解くと、だいぶ弱ってきたものの、まだ攻撃色を纏った蜘蛛の魔獣が反撃の隙を窺っている。

「なんで魔法を解いたんだよ! もう少しでコイツをやっつけられたのに!」

 慌てた少年が絶叫する。

「それはこうするためよ!」

 ミリィは蜘蛛の魔獣めがけて風の刃を飛ばす。風の刃は蜘蛛の体を斬り裂き、脚も数本斬り落とした。これにより蜘蛛の魔獣もミリィとの実力差をはっきりと感じたのか、獲物を諦めジリジリと後退しながらやがて森の中に姿を消し逃げていった。

「助かった……の?」

 少年に庇われていた少女が起き上がり、恐る恐るあたりを見回した。

「た…助かった… は、は、ははっ。助かったー!」

 魔獣に襲われて限界まで高まっていた緊張が解け、少年と少女は抱き合って喜んだ。

「凄いな! あんな戦い方初めて見たぜ」

 少年は興奮してミリィに詰め寄ってきた。

「俺の名前はマートル。で、こっちはマーシュ。俺達双子なんだ。」

「私はミリィ。二人ともどうして蜘蛛の魔獣に襲われたの?」

「うーん。ちゃんと魔獣除けもした筈なんだけどな。森の中を通っていたらいきなりアイツが襲ってきたんだ」

 マートルは首を傾げた。

「刺激したりしなかった?」

「そんなことしねぇよ。急いでいたからなるべく気配を消して森の中を突っ切ろうとしたら、アイツに見つかって…」

「そうなんです。かなり本気で逃げたんですけど、あの蜘蛛しつこくて…。転んだ時にはもうダメかと思ったんです。助けていただいて本当にありがとうございました」

 マーシュはそう言ってミリィにお辞儀をした。倒れた時に足を挫いたようで、歩く時に少し足を引きずっている。

「どういたしまして。そう。二人とも心当たりは無し……か」

 ミリィは先程蜘蛛の足が落ちたあたりの草むらから、風魔法の攻撃で蜘蛛から斬り落としたモノを拾い上げた。

「それは?」

 二人はさっきまで蜘蛛の体についていたそれを不思議そうに眺める。どうやら全く知らない様子だ。

「これは呪具よ。コレであの蜘蛛を誰かが操っていたんだと思うわ。調べれば、何か分かるかもしれないけど、どうする?」

「要る!」

 マートルの頼もしくも元気な返事に思わず笑みが溢れる。と同時にココの言葉を思い出した。

「ねぇ、あなた達もしかしてサバイさんの子供?」

「私達のことを知っているの?」

「とっても有名な双子がいるって聞いていたから、会えて嬉しいわ」

「ええと。ミリィさんは、父様の…知り合いかしら。そのブレスレット…うちのと同じだから」

 マーシュに指摘され、マートルもじっとブレスレットとミリィを見つめる。

 さてどう説明したものかとミリィは悩んだ。

 リョクヨウ家の家宝であるブレスレットを貰ったと言ってこの二人は信じてくれるだろうか。

 ココからリョクヨウ家にとってのブレスレットの価値を聞いた時、いずれレン経由でサバイに返すつもりでいたのだからこれを機に返してしまうのがいいかもしれない。

 そう思ってミリィはブレスレットを外し、二人に確認させた。

「よく分かったわね。そう、これはあなた達のお家のブレスレットよ。サバイさんから聞いていると思うけど、これには強い帰還の呪がかかっているわ。私があなた達に逢えたのも、きっとこのブレスレットのおかげ。サバイさんは私にこれを渡す時にあなた達のことは何も言わなかったけど、今考えるとこの事態を予測していたのかもしれないわ。もしかしたら蜘蛛に付いていた呪具のことも何か知っているんじゃないかしら。…さぁ、今度は貴女がこれをつける番よ。きっとサバイさんの元まで無事に帰れるわ」

 そう言ってミリィはブレスレットをマーシュの手につける。

「親父殿が貴女に預けたのか?」

「ええ。最初はくれるって言っていたけど。『必ず、お帰りください』って言っていたから、変だなぁとは思ったのよね。………あーあ。そこで何かあるかもしれないって気づくべきだったわ」

 ミリィはやられたという表情をして肩をすくめた。

 マートルはまだ半信半疑でミリィを見つめている。

「あの、ミリィさんはリョクスイ家のかたなんですか? そのイヤリングを以前本家で見たことが…」

「これはココさんから貰ったの。また会う約束と一緒に」

 ココの名前を出すと、途端に二人の態度が変わった。

「ココ様のお知り合い⁉︎ どうりで並の方ではないと思いました」

 慌てて畏る二人にミリィも慌てた。

 つい今朝まで一緒だったココが彼らにとって相当上の位の人物なのだと改めて知らされる。

 そのおかげもあって、ミリィがリョクヨウ家の家宝のブレスレットを持っていた疑惑を解くことができた。疑惑は解けて良かったが、途端に畏られるとそれはそれでやり辛い。

「あの、私は二人が思っている程凄い人間じゃないので…」

 普通にして欲しい、と告げると二人は渋々ながらも従ってくれた。

「じゃぁ、帰りましょうか。動ける?」

「はい。…痛っ!」

 マーシュは立ち上がって動こうとしたが、痛みに顔を歪めた。靴を脱がせて確認すると、かなり足首が腫れている。

「これでは、歩いて…は難しいわね。空を飛ぶのは?」

「俺は出来るけど、マーシュは水魔法しか使えないから。風魔法を使ってなんとか歩くにしても、足に負担がかかるからなぁ。どうしよう…」

 マートルはしょんぼりした表情を浮かべて、マーシュを見た。

 ミリィはカバンから塗り薬と包帯を出して、素早くマーシュの手当てをする。塗り薬を使う時に指先から白い光が出たが、前のように全身に広がらずすぐに消えたのでマーシュに気づかれることは無かった。

「さあ、これで良しと。しばらく動かさないようにしていれば、すぐに良くなるわ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、どうやって帰りましょうか」

 この双子はあまり体格差が無いので、マートルがマーシュを背負って長距離を移動するのは難しい。馬車か、せめて馬などの移動手段があれば…。そうミリィが考えていると、マートルがため息を吐く。

「せめて川が近くにあればなぁ。舟に乗って進めたんだけど」

「馬は使わなかったの?」

「夜中の移動だったから、魔獣に気づかれると思ってやめたんだ」

「うーん、やっぱりなんとか歩くか…飛んで帰るしか無さそうね」

「ここからだと、サンロックの街までどのくらい?」

「歩いて近くの街から馬に乗って…多分五日くらい、俺だけならかなり頑張って飛んでも二日くらいはかかるかな」

「そう…」

 ミリィが王都から昼前に飛び立ち、現在地まで飛んで来るのに半日と少ししかかかっていないことを考えるとだいぶ遅い。

 夜が明けて昼過ぎには東の砦に着くつもりだったので、またサンロックの街まで戻るのは正直かなり痛かったが、話の成り行きを困った様子で見守っているマーシュを見ると助けない訳にもいかないだろう。

 ミリィは仕方ないと腹を括ることに決めた。

「実は今レンさんにも頼まれて、シュウ王子の元にむかっている途中だったの。でもこうして二人に会ったのもサバイさんから受け取ったブレスレットの導きでしょうから、街まで送っていくわ」

「レン様とシュウ王子⁉︎ そんな……俺達に構っている場合じゃないんじゃないか?」

「まぁ、それはそうなんだけど。あなた達二人を置いていく訳にもいかないし。蜘蛛の魔獣についていた呪具の持ち主も気になるしね」

「でも…」

「それとも、二人でサンロックの街まで帰る?」

「うっ……」

「また魔獣が出るかも知れないし。しばらく平野が続くから、次に出るとしたら蛇の魔獣とかかしら?」

「ヘビ……」

 マーシュが真っ青な顔で絶句する。

 実はミリィも青虫やヘビは苦手だ。あの形態や動きがなんとも生理的に受け付けない。

「すみませんが一緒にお願いします……」

 観念して大人しくなったマートルに三人での飛び方を教え、早速サンロックの街にむかう。

「凄い! 俺、こんなに早く飛んだことないや」

 マートルは嬉々としてミリィの飛び方に合わせて魔法を使う。風魔法の使い手が二人となり、レンと飛んだ時よりもずっと速く飛ぶ事が出来た。

「私も風魔法が使えたら……役に立てたのに。怪我までして、みんなを危ない目に遭わせてしまって、なんてお詫びしたらいいのか……」

 マーシュは相変わらずしょんぼりと浮かない顔をしていた。

「気にしないのよ。だって仮に川を渡っている最中に水辺の魔獣に襲われたら、余程命中率でも良くない限り風魔法はあまり効果ないしね」

 ミリィの言葉を受けて、マートルもマーシュを励ました。

「そうだぞマーシュ。俺の魔法だって逃げるのには役に立つけど、あの魔獣には殆ど効果無かったからなぁ」

「でも、うちは代々風魔法が使える一族なのよ?火魔法使いのリョクスイ家を支える、リョクヨウ家の一員なのに。なのに私だけ、水魔法使いだなんて……。目一杯努力して次期王太子妃候補に名前が挙がるくらいになっても、結局……役立たずって陰で言われて。…風魔法が使えるマートルには私の気持ちなんてわからないわよ」

「………」

 マーシュの言葉にマートルは返事が出来ず黙ってしまった。酷く重い沈黙が広がる。

 マーシュはこれまで一族の中で疎外感を感じながら大きくなったのだろう。血の繋がりがあるが故に、精神的に受けるダメージは時として計り知れない程大きいことをミリィは良く知っていた。

 ミリィはマーシュを見て、静かに宥めるような口調で話しかけた。

「マーシュ、私ね…6歳で家から出されたの。魔法が、使えるからって。家の名誉のために、役に立ちなさいってね。何人も兄弟や従姉妹もいたのに、6歳で家から出されたのは私だけ。だから、『私だけ』っていう気持ちは分かるわ」

 突然の告白に、二人はミリィを見つめる。特にマーシュには大きな衝撃を与えたらしく、穴が開く程ミリィを凝視していた。

「周りと違うって、大変だって知ってる。でもね、上手く違いを活かせるようになれば、苦しくなくなると私は思っているわ。ちなみにこれは実体験ね」

 だから貴女も大丈夫、と言ってマーシュに笑いかけた。

 マーシュは神妙な面持ちで黙っていたが、しばらくしてポツポツと話し始めた。

「私、さっきの闘いを見て凄く感動しました」

「感動?」

「虫系の魔獣には火魔法しか効かないって思っていたから」

「ああ、なるほどね」

 確かに魔獣のタイプによって効果がある魔法の属性は決まっている。しかし実際には闘わなければ負けてしまうので、相性が悪くても自分が持っている技を駆使して闘うしかない。

「もちろん私と貴女では実力に雲泥の差があることは分かっているます。でも色々な闘い方があるってわかったから」

 そう言うマーシュは何かを悟ったような表情を見せた。

 どうやら長年マーシュの中で燻っていたモヤモヤとした感情が薄れているのを感じ、ミリィは嬉しくて穏やかに頷いた。

「そう」

 ミリィの笑顔を見て、一瞬、マーシュはハッとしたような表情をした後、少し聞きづらそうにしながらも意を決したように質問してきた。

「……あの、ミリィさんは今、辛いとかないですか?」

 確かに、普通に考えれば6歳で家から出されたら悲惨な人生しか待っていない。

 ミリィは家を出てからこれまでを振り返った。そして、自分を肯定するように答える。

「うーん、家族とは離れているけど、今は仲間もたくさんいるし。家族から憎まれている訳では無いってもう知っているから、大丈夫」

「そうですか………。家族から憎まれている訳ではない…、確かにそうですね」

 マーシュは納得するようにミリィの答えを繰り返す。

「もっと違う回答が良かった?種族別の魔獣との闘い方とか?」

 ミリィは神妙な雰囲気を吹き飛ばすように、マーシュに笑顔で尋ねた。

「いいえ。なんだかスッキリしました。ありがとうございます」

 ようやくマーシュは笑顔を見せる。

「あぁ、スッキリしたらなんだかお腹が空いちゃった!」

 マーシュの明るい声を聞いて、安心したようにマートルが続けた。

「俺もだ。帰ったら、白猫亭の肉饅食べたいな」

 そう言った途端、二人のお腹が同時に空腹を訴える。

「⁉︎」

 あまりのタイミングの良さに、三人は顔を見合わせて笑う。ひとしきり笑った後に、サンロックの名物や食べ物の話題で盛り上がった。

 サンロックは川沿いの街であるので、川の幸に恵まれている。また王都への交易路にある街の中でもかなり大きな街であるだけでなく、海から上流の街まで続く水上交通の要ともなっていた。その関係で、内陸では手に入りにくい海産物や他国からの輸入品など珍しいものまで手に入るということだ。

 現在そのように発展した街であるサンロックは、サバイが街を治める官吏として中央から派遣されるまでは少し大きな漁村に過ぎなかったそうだ。サバイが風魔法を利用した帆船や凧を運送に利用し、街道を整備することで瞬く間に貿易の要地となったことを双子は誇らしげに話してくれた。

「サンロックでは王都と同じくらいなんでも手に入るし、旨いものも沢山あるんだ」

 ちまきのように味付けされ肉や野菜が入り笹の葉で包まれた笹巻きという蒸し米や、二つに割ると中から熱々の餡が溢れそうになる肉饅。皮までカリカリに香ばしく揚げられた鳥肉。香味野菜がふんだんに入った麺類や消化によく体に優しい粥、程良く冷たい水菓子や果物が練り込まれた甘い焼き菓子…などなど、聞いているだけでお腹が空いてくる。

「でも、やっぱりウチのご飯が最高なんだけどさ」

 そう言うマートルの家で出された食事を思い出し、納得する。双子のおすすめは笹巻きと水菓子だそうだ。残念ながらどちらも食べていないと告げると、二人ともガッカリとした様子になった。

「あの……今回のお礼と言ってはなんですが、是非我が家の食事会にいらして頂けませんか?」

 せっかくのお誘いを無下に断ることもできないので、ミリィは条件付きで承諾した。

「そうね。急ぐ旅の途中だからすぐには難しいけど、落ち着いたら、ね」

 双子の住むエミール国とミリィのシトラル国はようやく和平が結ばれたばかりだが、近い将来両国の交流は盛んになるに違いない。そのことを確信して約束を交わす。

 休憩の為に途中で地上に降り立った隙をみてミリィはサバイに宛てて手紙をしたためた。

 手紙では双子に出会った経緯、蜘蛛の魔獣に取り付けられていた呪具について、それから一度受け取ったブレスレットを返却する無礼を詫びた。『ブレスレットは貴方様の大願が成就しましてから改めて受け取りたいと存じます。そしてそれはそう遠くない未来に実現すると確信しております』

 文章の最後をそう結び、双子に手紙を託す。勿論、詳しい内容は双子には秘密だ。

 二度の休憩を挟み、あと一息でサンロックの街に着くというところまで来た時。ミリィはなぜ双子が夜中の強行軍をしなければならなかったのか、ふと気になった。

「そういえば、どうして夜中にあんな場所にいたの?」

 ミリィの質問にマートルはバツが悪そうに答える。

「明後日、街で祭りがあるんだ」

 祭りの参加の為に急いでいた訳では無いようだが、結果的に祭りの為に命がけになってしまったとは言いにくかったらしい。

 聞けば、双子は川の上流にあるシホという街の水害調査に行っていたということだ。

 当初それは予定に入っていなかったので、帰りを急ぐことになってしまったらしい。

 本来ならココの婚礼に双子も両親共々出席する予定だった。しかし双子の母親の実家があるシホの街周辺一帯で大規模な水害が起こり、リョクヨウ家が救援要請に応えなければならなくなった。そんな時にレンの急死や生き返ったという情報が錯綜し、サバイは対応に追われることになってしまう。双子の母親はココの婚礼準備を取り仕切っていて動けない。そのため双子がサバイの代わりに調査に出ることになったそうだ。

 明後日あるという街の祭りも、一年のうちでもっとも大きなサンロックの祭りでリョクヨウ家が取り仕切っている。ココの婚礼も重なり、このところ一家総出でてんやわんやの忙しさだったという。

「シホの街の辺りは毎年春になると洪水が起きるような場所なんだけどさ、この前の大雨で春に被害を受けたところがまたやられちゃって…」

 マートルの説明を肯定するようにマーシュもウンウンと頷く。

「春の洪水は毎年のことなので対応出来ますけど、夏は滅多に起きないものですから…」

「毎年、ってどうして?」

 毎年起きるのが分かっているなら対処のしようもありそうなものだ。二人に話を聞いて、そのあたりの地理を確認する。

 シホの街は二本の支流が合流するより少し下流の場所にあって、そのあたりは川幅がやや狭くなっている。冬期は川ごと凍るような高地で、春になると雪解け水が一気に流れ込み、凍った川から水が溢れる仕組みが出来上がっているそうだ。

 川はシホの街を過ぎたあたりで大きく蛇行しており、そのため船で移動するよりも直線距離を陸路で進んだほうがずっと早くサンロックに着くということだった。

 川の蛇行が夏の洪水の原因だと思うが、運河や水路を作るという発想は無いのか尋ねると二人ともポカンとした表情を浮かべる。

「川を繋ぐ……?」

「水魔法と土魔法を使えば不可能な話ではないと思うけど」

「出来る?……うん、そんなこと考えたことも無かったけど、確かにそうすれば洪水に悩まされることが無くなるかも」

「春の洪水だけど、そっちは川の氷を洪水が起きる前に割ってしまえば起きなくなるんじゃない?」

「⁉︎」

 ミリィの言葉を聞き、双子は眼から鱗が落ちたとはこのことかというような顔をする。

 実は川の氷を割る案はミリィの考えたものではない。美里がテレビで観た記憶の請け売りである。運河や水路も美里の記憶から自然と出てきた考えだ。

「お、俺、帰ったら親父殿に言ってみる! 凄くブッ飛んだ案だけど、もし実現出来たら…。いや、なんか出来る気がするよ!」

「私も出来る気がします! これで母様が悲しむことも無くなるかもしれません」

 二人の嬉々とした顔を見て嬉しく思う心の隅で、ミリィの良心がチクリと痛む。

(私の発想じゃないのに、こんなにも喜ばれると……つ、辛い)

「ミリィさん。いや、ミリィ様! ありがとうございます! 助けて貰ったばかりが、こんなにも素晴らしい事を教えて頂いて。本当に何とお礼を述べたら良いか」

「えっと…、そんなに喜ばれると、嬉しいけど、かえって恥ずかしい……」

 ミリィはついつい後ろめたさに、顔を赤くしてゴニョゴニョと言葉を濁した。

 ミリィのそんな様子を見て、双子はビックリして思わず顔を見合わせる。

「あっ! サンロックの街が見えてきたわ!」

 マーシュの言葉通り、夜明け前の薄明かりの視界に街が見えてきた。

 街の城壁を越えないように、その手前の場所に降り立つ。勝手に城壁を越えてしまうと、不法侵入で捕まってしまうのだ。双子は大丈夫かもしれないが、ミリィはこの国の通行証を持っている訳ではない。頼りになるレン不在の今、なるべく厄介事には巻き込まれたくはない。

 双子から再度リョクヨウ家訪問の招待を受けたが、先を急ぐ途中である事を理由にやんわりと断わる。二人にはだいぶ別れを渋られたが、レンやシュウ王子を引き合いに出して、なんとか納得して貰った。

「ここまで来れば大丈夫だと思うけど、気をつけて家に帰ってね。サバイさんに宜しくお伝えして」

「はい! お預かりしたお手紙は必ず父に渡します。ミリィ様も道中お気をつけて!」

 サバイ宛ての手紙を胸にしっかり抱きしめたマーシュとマートルに見送られ、ミリィは再び東の砦を目指して飛び立った。

 ミリィの姿が西の空に小さくなり視界から消えるまで、双子はただずっと手を振って見送り続けた。

「行っちゃったね……」

「あぁ…」

 双子は振り続けた腕をゆっくりと下す。

「何ていうか、凄い人だったな」

「凄くて、でも可愛らしくて…」

「わかる! 失礼かもしれないけど、俺もちょっとそう思った」

 意見が一致して、二人で笑顔になる。

「また、会いたいな」

 マートルはボソッと呟いた。また会って、もっと色々な話が聞きたい。ミリィの戦いや魔法を使うところも、自分の目でもう一度見て確かめたい。ミリィと過ごした僅かな時間では全然マートルの興味は満たされなかった。

 マートル同様、マーシュも今しがた別れたばかりのミリィとの再会を熱望した。役立たずと思っていた自分にも出来ることがあるのかもしれない。その可能性に気づかせてくれたのはミリィだった。勿論、これまでに何度もそう言われたことはあったが、それらの声はマーシュの心に届かなかった。しかし、ミリィの声はマーシュに届いた。一条の活路を見いだしたことで、マーシュの心に再び光が差し込んだのである。

 二人はしばらくぼんやりとしていたが、城壁の門が開く音で我にかえった。

「さぁ、家に急ごう。親父に報告しないと」

「うん。あ、あれ?」

 マートルに促され、歩き始めたマーシュはある違和感に気付いた。

「どうした?」

「足が、痛くない…」

 手当てを受けた足の包帯を外すと、腫れあがっていた足はすっかり元通りになっている。

「治った…の?」

「まさかこれもミリィ様が?」

 治った足を確かめるようにマーシュは動かしてみる。怪我したばかりとは思えない、全く問題無く治った足の動きを見て、二人はまたジワジワと感動がぶり返した。

「やっぱり、ミリィ様は凄げぇ」

 マートルがミリィが飛んで行った西の空を見つめて呟く。

「私、ミリィ様に会いに行く。来てくださるのを待ってなんていられないわ」

 マーシュは決心した顔でマートルに告げた。

「俺も、行く」

「そうと決まったら、父様達にお願いしなきゃ」

 二人はミリィとの再会を心に決めて、自宅へと急いだ。

 ミリィがシトラル国の人間であり、レンやシュウ王子を助けた人物と同一で、サバイがミリィの再訪を祈ってブレスレットを渡した事実を双子が知るまで―――あと少し。

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