空から
「これ以上近づくと、すぐに気付かれると思いますが。こちらから声をかけますか?」
ヒソヒソと会話しながら、ジークフリード達は庭を散策するミリィをしばらく柱の陰から見つめていた。
庭に出て来たミリィはそんな二人に見られているのには気付かず、というより、誰かに見られているのを気にも留めずに、ぼんやりと花を見ながら涼を求めて歩いていた。
夏の日の午後、庭の空気はまだ暑く、傾きかけた太陽は未だ砦の壁を照らしていた。時折吹いてくる涼しい風が、間も無く陽が沈む時刻であることを告げている。
「あぁ、暑い……」
ミリィは庭をウロウロと歩きながら、独り言をこぼす。外に出れば少しは涼しいかと思ったが、広いとはいえ壁に囲まれた庭であるが故に期待した程の風は吹いてこない。
(こうなったら、また鐘楼に登ろうかしら)
昨日はあの劇マズの薬のせいで魔力が抑えられて登るのも降りるのも大変だった。今日は調子もいいし、暴走しやすくなると言っても少しくらい大丈夫な筈。
そう思い、身体を浮かせる為に昨日よりやや多目に魔力を込めて風魔法を使う。風に乗ってふわりと身体が浮く―――筈だった。
「えええ―――――っ!」
魔力を込めた途端に、もの凄い勢いで身体が上空に引き上げられる。気がつくと登ろうとした鐘楼の屋根ははるかに下だ。
そうこうしているうちに、今度は浮かび上がった身体が地面に向かって落ち始める。落ちまいと魔力を込めると更に上空へ。落ちたり上がったり繰り返しようやくコツをつかみかけた時、不意に背後から腰を捕まれる。
「おい、大丈夫か?」
ミリィが後ろを振り返ると、ジークフリードが慌てた顔で見つめていた。
「貴方は、昨日の!」
「昨日といい、今日といい、一体何をしているんだ?」
「……何って……ちょっと涼みに?」
ミリィはジークフリードに抱えられたまま、ふわりと元いた場所に降り立った。シモンはすかさず笑顔でミリィに手を差し伸べる。
「お怪我はありませんか?」
「はい。すみません、ありがとうございます」
シモンに手を取られて歩き、東屋のベンチに座らされる。
「貴方は、ミリィアリア様ではございませんか?」
「はい。…ええと、どこかでお会いしたことが?」
「存じ上げているのはお名前だけです。お会いするのは今日が初めてですよ」
「はぁ……」
「しかし、今やミリィアリア様のお名前を知らない者はこの砦にはいないと思いますよ。あなたは和平会談を成功に導き、我が国に平和をもたらすため天から遣わされた天使様に違いない。…と、巷ではもっぱらの評判となっておりますから」
「えぇ⁉︎」
(天から遣わされた、って…さっきは確かに天から降って落ちてくるところだったけど)
あまりの噂にビックリして二の句が告げられずにいる様子見て、シモンは楽しそうに言葉を続けた。
「私は初対面ですが、どうやらお二人はそうでは無いようですね」
その言葉に促され、つい、とシモンの背後に立つ人物に目を向ける。
黒髪混じりの金髪碧眼。真っ白なシャツに濃紺のベストをキッチリと着こなし、腰にはシンプルな造りで飾りの無い長剣を下げている。
「そうだな……」
低音で艶のあるその声。昨日の夜、鐘楼で話した人物と同じだ。
(でも、もう少し前に一度聞いたことがあるような…)
下から見上げたこの顔を最近確かに見たことが………ある。
「……殿下」
目の前に立っているのが第一王子ジークフリードであることに気づき、慌ててベンチから立ち上がる。それから急いで二人の前で膝をつき、頭を下げた。
「立て。この場では不要だ」
ジークフリードの言葉でシモンに促され、再びベンチに座らされる。
「まさかこのようなかたちで貴方にお目にかかる事になるとは思いませんでした。一体なぜあのようなことに?」
俯いた顔を覗き込み、質問してくるシモンの顔が近い。
(穴があったら入りたい)
よりによってあんな無様な姿を見られるなんて。
しかしどんなに恥ずかしかったとしても、いつまでも答えもせずにいるわけにはいかない。
ミリィはついに覚悟を決め、俯いたままではあったが、二人の前で出来る限り丁寧に説明した。
「…実は、暑さのあまり鐘楼に登って涼をとろうと思いまして。昨日も、…その、同じ理由で登ったのですが、昨日は魔力が抑えられていたためかなかなか登るのが大変で途中で力尽きてしまいました。今日はちょっと多目に魔力を使ったらあんなことに… あの、殿下には二度も助けていただき、まことにありがとうございました。存ぜぬこととはいえ、重ねての無礼どうぞお許しください」
「暑い?そのようなこと、魔法を使えばどうとでもできるであろう?」
まるで予想外の答えを聞いたかのように、不思議そうにジークフリードは尋ねる。
「これまでは氷魔法を使って涼をとることができていたのですが、どういう訳か昨日目覚めてからはほとんど使えなくなってしまいまして……」
「あぁ、なるほど……」
そういえば診察をした医師達から、氷魔法が使えなくなっていると報告を受けていたことを思い出す。
「おそらく氷魔法を使い過ぎたせいだろう」
「氷魔法を……? 使い過ぎたとは?」
自分から尋ねておきながら、ミリィはその先の答えを知っている予感がした。聞きたくない気持ちと知らなければならないという相反する感情に心がざわつく。
ジークフリードは答えを口にするのに一瞬躊躇いをみせた。しかし結局はミリィの反応を確認したいという興味に勝てず、質問に短く答えた。
「私と初めて会ったあの日だ。使っただろう?焼け爛れたあの者を癒し、熱をひかせるために」
その答えを聞いて、ミリィの脳裏にあの日の光景が鮮やかに思い出される。
(倒れている男性。兵士なのだろうか…)
服の裾が掴まれて、思わず振り返る時に見た足元。地面はうっすらと凍りつき、地面には所々に霜柱が出来ていた。後退りすると、霜柱が踏み潰されてザクザクと音がする。
足元は凍っているのに、辺りは焼けるように熱い。暑くないが、熱い……。…熱いのは自分だ。倒れているこの人は……もう冷たい………
「私は……っ、助けられな……かった……っ!」
頭に浮かんだ光景に戸惑い混乱しながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
うるさい程に心臓の鼓動が聞こえる。
見開いた両目から涙が溢れ、唇の震えが止まらない。
「助けましたよ! それも二人共!」
シモンが慌ててミリィの頬に手をあて、目を合わせて宥めるように語りかける。
「貴方は助けたんです。東の国の大切な方々を。おかげで、平和がもたらされた。みんな貴方に感謝しています。本当にみんな助かった……!」
「みんな、助かっ……た?」
「えぇ!」
シモンの目を見つめているうちに、徐々に身体の力が抜けていく。
「さぁ、送りますので部屋へ戻りましょう。もう暑くならないよう、氷魔法が付与された道具もお届けしますから」
シモンの言葉を聞きながら、ミリィはゆっくりと目を閉じた。
「眠ったか…」
ほっとした声で、ジークフリードがミリィの様子を伺う。
「暗示で眠らせたんです。かなり強くかけたのでしばらくは保つと思いますが、抵抗が強くて危うくこっちが暗示にかかりそうでした。この分だと、次は無理ですね」
シモンはミリィの身体を支えながら、恨めしそうにジークフリードの顔を睨む。
「記憶を戻すのは慎重にと医師達から言われているとおっしゃっていませんでしたか?」
「まさかこうなるとはな…」
ジークフリードがあたりを見回すと、庭園に咲いた花々はにわかの強風に晒されてあちこちに花びらを散らし、夏の緑を彩る樹々もところどころ枝が折れ、庭のあちこちに小枝が散らばっていた。
一瞬で嵐の後のように様変わりした庭を眺めて、シモンも溜め息をつく。
「危うく魔力が暴走するところでした。だいぶ魔力を溜め込んでいるみたいですね。この方の基本属性は風のようですが、風に強化される火や雷に強化される水属性もかなり強くなっているみたいですから、本格的に暴走したら大災害になります。その前に効率的に魔力を吐き出させる方法を考える必要がありますね」
そう言いながらシモンがミリィを部屋に運ぼうとすると、脇からジークフリードが手を伸ばしてあっという間にミリィを抱き抱えて歩き始めた。
「殿下。そんなこと私が…」
「こうなったのは俺の責任だ。二つの国の平和を助けた者を俺が運ぶのに問題があるか?」
「いいえ…。……すみません」
実のところミリィに暗示をかけ終わった時に、シモンは魔力を使い果たしていた。それをジークフリードは見抜き、自分から進んでミリィを運んだのだった。
魔力を使い果たした影響で身体にあまり力が入らないシモンは、それでも身を奮い立たせ、周囲にはそれとわからないようにジークフリードに付いていく。
二人はなるべく人目につかないよう部屋に戻ると、ミリィをベッドに寝かせた。
「それにしても凄い事になっていますね」
部屋に飾られた花々の多さに驚いて侍女に話を聞き、二人は東の国から日に何度も花が届けられていた事を知った。
大量の花々に東の国の熱意を感じて少し焦りを覚えたが、自分達が贈ったピンクの薔薇が枕元に飾ってあったことに少し安堵する。シモンは明日予定通り見舞いに来る予定である事を侍女に告げ、部屋を後にした。
ジークフリード達は部屋に戻ると、ずっと気になっていた痣を確認した。
「あんまり変わりませんね。あっ、でも棘が無くなっている?」
「確かに……」
「嬉しいんですか?」
「いや、……そうなのか? う〜ん、分からん」
「結局、ミリィアリア様がどんな方かもよくわからかったですね」
「ほとんど飛んでるとこしか見なかったしな」
二人の間にしばし沈黙が訪れる。
「花、凄かったですね」
ポツリとシモンが言葉をこぼす。
「はっ! 氷魔法が付与された物を贈ると約束していました!」
そう言い残して、手配の為に慌ててシモンは部屋を出て行った。後にはジークフリードだけが一人残される。
ジークフリードはミリィとのやり取りのなかで向けられた真っ直ぐな視線を思い出す。
ジークフリードを見つめる目に恐れは見られなかった。17歳の可愛い女性。
そう思って、ジークフリードはふと鏡に映っている自分の顔をじっと見つめる。
(可愛い? 一体俺は何を考えているんだ)
あの年頃の令嬢から普通『助けられなかった』なんて言葉は出ない。
ミリィの背負ってきたものの重さに、心を馳せる。
自分より三つも年下だというのに。シモンの言うように貴族の出身だとしたら、何故戦いに駆り出されることになったのだろう。
しかも第一部隊に所属するなど、並大抵の実力では無い。才能、運、努力が途方もなく重ならなければ辿り着けない居場所だ。
普通の令嬢であれば、社交界で未来の相手を躍起になって探しているか、すでに配偶者や婚約者がいてもおかしくない年齢であるのにだ。
そこまで考えて、今度は自分を振り返る。
(――俺だって…)
二人の婚約者を亡くし、それからずっと社交界から遠ざかっている。会ったこともないまま亡くなった婚約者達。この呪いが無ければ、今頃自分には可愛らしい婚約者と結ばれて幸せな日々を送っていたのかもしれない。
でも、自分にとって大事なものは残った。呪いを受けて見えるようになったものも。信じて残った者達の功に酬いるために何としてもこの呪いを解く手立てを見つけなければ。
まずは、彼女にこの呪いを解く力があるか、自分にとって敵か味方か見極める必要がある。
すでにミリィはこの国が東の国と外交を結ぶ上での重要な人物になりつつある。進め方次第では鍵となり得るやもしれない。
そんなジークフリードの思惑を知らないミリィは未だ夢の中にいた。
翌日、目覚めたミリィは早速頭を抱えていた。
「何で寝ていた、っ……」
ミリィの起きた気配を感じたのか、早速侍女が朝の準備をしに入ってくる。
「おはようございます。今日のおかげんはいかがですか?」
体調はすこぶる良い。
(問題は気分なんです)
そんなことを考えながら、とりあえず体調が悪いと誤解されないよう、モヤモヤする気分を隠して笑顔を取り繕う。
「はい。おかげさまでもうすっかり良いです」
調子の良さをアピールするため、風魔法でバルコニーへ続くドアを開けてみせた。
「それはようございました。今日は皆様がお見舞いにいらっしゃいますので、朝食が済みましたら準備に入らせてくださいませ」
ニッコリと見せる笑顔が怖い。気がつくと侍女の数もいつもより多く、彼女達の気合いに押し負けてただ大人しく頷くより他なかった。
その後、数人がかりで念入りに磨き上げられ、再びドレスを着せられた姿を鏡で確認する。
今日の装いはクリーム色のドレス。昨日殿下から氷魔法が付与されたブローチが届けられたので、それに合うように侍女達が選んでくれたのだ。
ブローチは銀の台座に乳白色の石が嵌め込まれ、ブローチとセットの薄い肩巾にも氷魔法の効果を増幅する糸が使われているそうだ。身につけると嘘みたいに暑さが消え、心地よく過ごすことができる。
準備が終わるとあっという間にジークフリードとの面会の時間になった。
当初はお見舞いということだったが、そんな恐れ多い事はと辞退して、殿下の執務室まで伺うことに変更して貰った。
取り次ぎの文官に案内されて、応接室に通される。中には既にジークフリードとシモンが待っていた。
「体調はどうだ?」
ジークフリードはじっとミリィの様子を見つめる。
ミリィはジークフリードの視線に少したじろぎつつ、丁寧に返事をした。
「昨日はお話の最中に体調を崩してしまい、申し訳ありません。今日はもうすっかり良くなりました」
怪我の治療の基本は『寝て治せ』。ミリィは軍に入った頃からずっとそう教えられて成長した。白魔法使いが貴重なこともあったが、軍トップの魔法使いともなると魔法薬も存分に使用できるため、体力回復だけなら薬を飲んで寝るというのが一番効率的なのだ。
そう答えながら、今度はミリィが真っ直ぐにジークフリードを見つめ返す。
「そうか。魔法は使えるようになったか?」
ミリィの視線に対して、ジークフリードはほとんど表情を変えることはなかった。
「はい。風魔法はだいぶコントロールできるようになりました。他の魔法は、室内で使うには問題があるのでまだですが。その、ちょっと威力が半端ない事になっていますので。新しい魔法も、同じ理由でまだ試しておりません」
回答の後半、しどろもどろになりながらもミリィはなんとか答えた。続けて見舞いの品のお礼を言う。
「お見舞いのお花やブローチ、ありがとうございました」
「気に入ったか」
「はい! とても涼しいです。今までこんな素晴らしいものがあるなんて知りませんでした」
そう答えると、ジークフリードはフッと微かに笑みをもらす。
「いずれ、それに頼らずとも無意識で氷魔法が使えるように戻ると思うが。それまでは役に立つだろう。どちらにせよ秋になる頃には要らなくなるだろうがな」
季節限定商品。
(きっとお高いんでしょうね…)
ついついそんな俗な事を考えていると、それまで黙って控えていたシモンが口を開いて尋ねてきた。
「ミリィアリア様、私が思うに貴方は貴族の出かと思うのですが、差し支えなければ入隊の経緯などお尋ねしても構いませんか?」
少し厄介なことになりそうだと感じ、ミリィの表情が曇る。
「申し訳ありません。成人を迎える18歳になるか一族に認められるまで、家名は名乗れないことになっておりますので。家名をどうしてもとあれば、ご自由にお調べ頂くようお願いいたします。入隊の経緯だけお答えしますと、入ったのは実家の命令ですが、今の隊に居るのは自らの意思と申し上げておきます」
ミリィのはっきりしない答えに対し、シモンは気分を害するということも無かった。恐らく、想定の範囲内の回答だったのだろう。
「そうですか。貴方は私と同じですね」
シモンは穏やかな笑顔をみせながら、謎の返事を返してきた。
「それはどういう…?」
ミリィが返事に困った顔をすると、シモンは笑顔で続ける。
「国のために身を捧げ、選ぶのは自分といったところでしょうか」
「そう…ですね」
「では、国のために必要とされた時にジークフリード殿下に力をお貸し願えますか?」
(これ、断れないやつだ)
そう直感的に感じ、どう返すのが正解かミリィは急いで考えを巡らせた。
「それが国のためになるのでしたら。喜んで」
嵌められたと思いながらも、結局、ミリィは無難な返事に留めることにした。
シモンがその返事に満足そうに頷くと、ジークフリードからようやく退室の許可がおりる。
午後に予定されている東の国との面会には、この二人が同席することになった。
午後、東の国エミールとの面会のため、先にジークフリードの執務室を訪ねた。
ジークフリード達と連れ立って向かった面会場所の庭園には、すでに木陰にテーブルや椅子がセットされていた。これからそこで庭の花々を眺めながら優雅にお茶を頂くことになっている。
暑くないよう薄い布で天蓋も準備されていた。恐らくブローチとセットの肩巾と同じような糸で織られているのだろう。中に入ると少し冷んやりした心地よい風がそよそよと吹き込んでくる。
少し遅れてエミール国の王子シュウとその側近レンが到着した。
国同士としての挨拶がまずあって、それからようやくそれぞれの挨拶にうつる。
「貴方がミリィアリア嬢ですね。私はエミール国でシュウ王子の側周りを務めているレン・リョクスイと申します。こちらは我が主、シュウ・シキン第一王子です」
レンがにこやかにミリィに声をかける。王子であるシュウもその背後からミリィに爽やかな笑顔を見せた。
ミリィは服装に合わせて淑女の礼をとりながらも、通常通り軍に所属する者らしい挨拶を返した。
「私はシトラル国第一師団ダンロック配下第一部隊所属 ミリィアリアと申します。どうぞお見知り置きください。 シュウ王子におかれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。私のような者にわざわざお声を賜りますこと、まさにこの身の誉れ……」
挨拶の途中にもかかわらず、シュウがミリィのそばにやってきて手を差し伸べながら言葉を遮る。
「そのように畏まらず、どうか出来たら普通に接して貰えないだろうか。貴方がいなければ、我々二人今こうして生きていることは叶わなかった。いわば恩人。我々二人だけではない、友好と和平をエミール国にもたらしたのだから。助けてくれてありがとう。礼を言う」
シュウ王子はミリィの両手を握ったまま礼を言うと、更に笑みを深くして見つめてきた。
どこの国でも、美人の遺伝子が多目に入る影響で美形が多い王族だが、シュウ王子もその例に漏れずかなり顔面偏差値が高い。
ミリィは至近距離でマジマジとシュウ王子の顔を眺めた。髪は長めの短髪で一見黒に見えるが、目を凝らしてよく見ると緑がかっているのがわかる。長い睫毛に縁どられ、穏やかな眼差しで見つめてくる黒い瞳。しかしそれとは裏腹に、この場にいる全員の動きや反応にも目を光らせていることにミリィは気付いていた。身長はミリィよりも頭二つ分程高く、痩せ型だか均整のとれた体つきだ。あまり接近戦には向いていないタイプだなと思ったが、そもそも接近戦が得意な王族っていうのもどうかという話だ。
その王族であるシュウ王子に『普通に接して欲しい』と言われたが、
(さてどこまでがこの方の言う普通か…)
とりあえず、先程まで形式張らずに対応してみるか。
「いえ、シュウ王子殿下は私が助けたと仰りましたが、その記憶が……はっきりしていなくて」
そう言いながら、近づき過ぎているシュウ王子からそっと少し距離をとる。
「確かに私がお助けしたのでしょうか?」
本来なら男性が女性の両手を握ったまま離さないというのには問題があるのだが、シュウ王子はなかなか手を離してくれない。外交の場では、握手しながら話をすることもあるらしいが、それともエミール国ではこれが常識なのか。
「話してもいいなら説明するが…皆が見ていたのだから間違いない」
相変わらずミリィの両手を握ったままでシュウ王子は話し続ける。
「貴方は我々が雷に撃たれ一旦倒れた後、直ぐに立ち上がり、周りを取り囲んでいた者達を風魔法で吹き飛ばし、氷魔法で結界をはった後、既にこと切れていた我々二人を次々と生き返らせていったと」
(どうやら、みんなの話と一致しているわね)
話が一致しているからと言っても、正しいとは限らないのが世の常だ。
「私は白魔法が使えません。どのようにしてお二人を生き帰らせることが出来たのか……」
そう尋ねたところで、手を握ったままであることに気づいたシュウ王子はようやくミリィを解放してくれた。
シュウ王子にエスコートされる形でシモンに案内されてジークフリードと共に円卓につき、そのままお茶会が始まる。
話題は勿論、ミリィがどうやってシュウ王子達を生き返らせたかについてだ。シュウ王子はその場に居合わせた臣下達から得た情報を教えてくれる。
「貴方は倒れた私の胸の上に手を置いて魔力を注いだと。その後顔に白い布を被せ、貴方が顔を近づけると息を吹き返したと聞いている」
シュウ王子に続けて、後ろに控えていたレンも言葉を挟んできた。
「私の場合は手首を握って、顔を近づけていただいただけで息を吹き返したと聞いています」
「な、なるほど……」
(それって、心臓マッサージに人工呼吸じゃないかしら?)
ミリィは美里の記憶にある知識で当たりをつけた。どうやらシュウ王子達を生き返らせたのは魔法ではなく、救命救急の技術だったようだ。そう考えれば、思いあたる節が無い訳ではない。
「今、体調はいかがですか」
そう聞くと、シュウ王子は胸の辺りをさすって確かめるような仕草をする。
「目覚めてすぐは胸に違和感を感じていたが、今は全く問題ない」
(それは多分、心臓マッサージの時に肋骨を骨折したから…)
それにしても驚異の回復力だ。多分、御抱えの回復師が白魔法でも使ったのだろう。
「そうですか」
ミリィが口元に手を当てて考えていると、心配そうな表情でシュウ王子が顔を覗き込む。相変わらず表情を崩さずにただ話を聞いているジークフリードとは対象的だ。
「どう?全く覚えは無い?」
「なんとなく…覚えています。でも、それは恐らく魔法を使ったというより、心臓マッサージと人工呼吸ですね」
「それは?」
「心臓マッサージは胸の上から両手で強く心臓を押して、止まった心臓を無理矢理動かすのです。こうすることで、止まった心臓でも再び動くことがあります」
シュウ王子はその説明に驚いたのか、目を見張った。レンも固まったままの体制だ。
(そもそもこの世界に心臓マッサージっていう治療法あるのかしら)
白魔法で蘇生の方が、この世界では現実的なんだろうな。そう思いながらも、続けて人工呼吸の説明をする。
「人工呼吸は、口から直接息を吹き込みます。心臓が動いていれば、これで息を吹き返す可能性が出てくるのです」
「口から息を?」
「そうです。口から……」
そこまで言って、ハッとする。
(しまった! これって不敬罪?)
無表情を貫いていたジークフリードが一瞬見せたギョッとした表情で、これは不味いと感じる。
「そうか、それは。貴方のような女性にそのような事をさせてまで助けて貰ったとは……」
不敬罪で処刑かとヒヤヒヤしたが、どうやらそうはならないようだ。
「いえ、心臓マッサージは記憶にありますが、人工呼吸は……多分、していないかと」
シュウ王子とレンが顔を薄っすら赤くしたのにつられて、ミリィの頬も熱くなる。
「ともかく、お二人が助かって本当に嬉しいです。戦いも終わって……」
その場に漂うモジモジした雰囲気を打ち消すように、シモンが口を挟んでくる。
「あの時のお話はそれくらいにして、せっかくですからエミール国の事を聞かせて頂けますか。友好国となったのですから、今後交流も増えていくことでしょう」
シモンの合図で侍女達がお茶の給仕を始める。ミリィは右側にシュウ王子、左側にジークフリードと、二人に挟まれる位置ですでに円卓についていた。二人の王子の後ろにはそれぞれシモンとレンが控えている。
お茶に合わせて色とりどりのお菓子が準備されており、それぞれが気に入ったお菓子を侍女に取り分けてもらう。この国のお茶といったら基本的に紅茶だ。
シュウ王子はカップに注がれた紅茶を啜り、一息ついた。
「こちらのお茶は、我が国とは色合いが違いますが風味豊かで良いですね」
「エミール国でもお茶の嗜みが?」
そう尋ねるジークフリードは無表情を崩さなかったが、よく見ると彼用に準備されたカップはやや大きく、お菓子も少し多目に種類と数共に給仕されている。
(意外。お茶、好きなのね)
ミリィ同様、レンもその事に気づいたようだ。
「我が国では湯の中で華が咲くようになる細工茶や美容と健康に良いとされる生薬を混ぜた茶もあります。その季節でしか飲めない茶も色々ありますね」
エミール国のお茶文化は美里の世界でいうアジア圏のそれに近いようだ。シュウ王子はレンの説明で、レンがかなりのお茶好きだったことを思い出した。
「レンはお茶にはかなり精通していたな」
「はい。今の時期だとお勧めは何と言っても蓮茶ですね。蓮の葉に溜まった朝露を集め、その水で蓮の花や花芯を絡めて香りをうつした蓮茶を淹れると、蓮の甘い香りを存分に楽しむことができるのです。蓮の花が咲くこの時期でしか楽しめません。いつか我が国にいらっしゃいましたら、是非御賞味いただきたいものです」
お茶として口に出来るまでにかなりの手間がかかる蓮茶について、嬉しそうに話すレンを見て心が和む。
「蓮の花ですか、素敵ですね」
「ミリィアリア嬢は蓮の花を知っているのか?」
そのジークフリードの反応から、シトラル国に蓮が生息していない事に気づく。
(しまった。この国には蓮が生えている地域は確か…無いわね)
「はい。以前書物に描かれたものですが」
困った時の本頼み。そう思いながら、しれっと答える。さっきの心臓マッサージや人工呼吸の件もあるし、もう読書家として通すしかないかもしれない。
「我が家の庭には蓮池がありまして。王宮の蓮池程立派ではありませんが、舟を浮かべて蓮の花を楽しめるようになっているのです」
レンが嬉しそうに話すところから見て、この時期はきっとさっきの蓮茶を楽しんでいるのだろう。レンが蓮茶のために朝露を集めるとは思えないし、そのために使用人を使っているとしたら大変な道楽だ。
ミリィの呆れた様子に気づいたのか、シュウ王子が話題を変える。
「蓮の花で思い出したが、ミリィアリア嬢はどのような花が好きかな?」
暗に、毎日届いた花の感想について聞いているように感じる。
「私は、シュウ王子様に頂いたお花はどれも大好きです」
かなり無難に答えたつもりだったが、話には続きがあった。
「一番好きな花は?」
(うーん。下手に答えると、花を探しに行かされる使用人が可哀想だし。次に同じ質問で聞かれた時に私が覚えていなかったら大変ね)
今度は正直に一番好きな花を答えることにした。但し、その花はシトラル国には無い。
「一番ですか……、まだ見たことは無いのですがサクラでしょうか」
「サクラか……、それも書物で?」
シュウ王子が少し驚いた表情で尋ねてきたが、それは予想通りの反応であった。ミリィは首を振って、サクラの知識の出所について話す。
「サクラは、私の友人が好きな花でして。その友人の話を聞いて、いつか見てみたいと思っているのです」
「なるほど」
全員の納得した様子を見て、ミリィは安堵した。サクラなら夏の今、どうやっても手に入らない。ミリィとしては見たことは無いが、美里の記憶に残る、自分の一番好きな花ということで嘘もついていないし、忘れにくい。それに、ミリィの隊の人間でサクラが好きと明言した人物もいる。
(我ながら完璧な回答ね)
自己満足でニッコリと笑顔を見せた隙をついて、シュウ王子が違う質問をしてくる。
「それにしても、ミリィアリア嬢は物知りだ。昨日受け取った手紙もわざわざ我が国の文字で書いてあったのには大変驚いた。どうやって言葉を学んだ?」
「サクラの好きな友人から教えてもらいました。昔、エミール国に住んでいたそうです」
それはミリィの隊の人間でヨウという人物だ。
「もしかして、他の国の言葉もご存知ですか?」
興味津々に全員がミリィに注目する。
「少しだけですが、四ヵ国くらいならなんとか」
本当はもう数カ国語いけるのだが、とりあえず自在に使えるといえる数だけ答える。
「それは凄いな」
ジークフリードが珍しくやや感情の込もった声でミリィを褒めた。
「私など、皆様に比べれば足元にも及びません」
国の上位の人間ともなると、周辺各国の言語が話せるのは必須だ。専門の通訳がいたとしても、勝手な内容で通訳されると国家問題になるからだ。
「我々は外交に必要だからね。大したことではない。むしろ出来ない方が恥ずかしい。独学でそこまでとは凄いものだ」
「あまり褒めないでください。恥ずかしいです」
ミリィは日常的に筆談だった。他国出身の傭兵も多く含む第一部隊で長年過ごして来たことを考えれば、ある程度は出来て当然なのかもしれない。事実、他の隊員達も日常会話程度ならお互いの母国語だけで通じているのだ。
(出来る人達に褒められても…ねぇ)
ミリィが恐縮している様子を愉しそうにシュウ王子が眺める。場の雰囲気に慣れてきたのか、かなりくだけた口調になってきた。
「じゃあ、話題を変えよう。そうだな、ミリィアリア嬢には誰か決まった方はいるのかな?」
この手の話題は、全員の年頃からすると妥当なものだ。しかし、シトラル国側の人間には…特に婚約者をたて続けに二人も亡くしたジークフリードに、万一話題が振られたら…不味い。
「いえ。私はまだ成人しておりませんし。」
貼りつく笑顔。張り詰めた空気がシトラル国側の席に漂う。恐ろしすぎてジークフリードの反応を伺う気にもなれない。
「そうか、これもせっかく縁。どうかな、我が国に嫁ぐとか」
(無理、無理、む、り―――っ!)
そんな心の声が聞こえる訳もなく、シュウ王子は笑顔で話をすすめる。そして何を思ったのか、よりによってレンを薦めてきた。
「レンも丁度まだ決まった相手もいないんだ。レンはね、我が国でも特に優秀で。召喚術が得意で、我が国で最も古くから続いている一族でね。様々な呪術や召喚術、特殊魔法に詳しい。きっとミリィアリア嬢が聞けば知らない事だったとしても一生懸命調べて何でも教えてくれると思うよ。それが例えば、雷魔法とか特殊な呪いの解呪だったとしても……ね。……それにレンは火の基本属性だから、きっと風の属性を持つミリィアリア嬢と合うんじゃないかな」
シュウ王子は相変わらずの笑顔だったが、言葉の後半に含みを持たせた。言葉の裏を読めば、ジークフリードの呪いの事を指しているようだが…
(私に何か協力させたい事があるのかしら。そうすれば殿下の呪いを解いてくれるってこと?)
シュウ王子の真意が測れない以上、踏み込んだ会話は危険だ。そう判断して、話題を切り上げるべく再度自分が未成年である事を強調した。
「大変ありがたいことですが、なにぶん未成年ですので」
「いくつ?」
「17になります」
どうやら話題が逸れたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「17歳? レンの妹と同じだね。レン、ココはもうすぐ嫁ぐんじゃなかったか?」
(まさかの妹登場。しかも嫁ぐって…)
「五日後、出立の予定です」
「五日後⁉︎」
レンの言葉に全員が驚く。晴れの門出は一族総出で見送るのが普通。大切な家族なら尚更だ。
もしや家族仲が悪いのかと思ったが、そうではないらしい。
「本当なら和平会談の後、すぐに出発して夜通し馬を乗り継いで帰る予定だったのですが。生憎あのような事になり……」
レンは気まずそうに笑う。
「飛んで帰るとか、出来ないんですか?」
エミール国でも特に優秀な人物であるならそのくらい出来そうなものだと思い、ついつい確認する。しかしレンが返したのは歯切れの悪い返事だった。
「飛べばまぁ、三日程で着くとは思いますが」
「じゃあ……」
「風使いならともかく、私が得意なのは呪術や召喚術ですから。だからこそ早馬で帰る予定でした」
「そうですか……」
しょんぼりとうなだれるミリィを励ますように、レンは笑顔を返した。
「よいのです。どうかお気になさらないでください。晴れの門出を見送ることができないのは確かに残念ですが、私の訃報が家の者達に届く事にはならずに済んだのですから」
無理やり笑顔を作るレンをシュウ王子は曇った表情で見つめる。
「レン、だからと言って……ココが嫁ぐのはあの……」
「シュウ王子。それ以上は。」
「そうだな…」
シュウ王子はレンに制されて口を噤んだ。シュウ王子は暫し考え込む様子をみせながら、じっとミリィを見つめる。
(もしかして、シュウ王子が頼みたいのって…)
先程の会話のやり取りと、シュウ王子の表情から察する事ができるのは一つだ。
ミリィはどう返事をしたものか思案したが、こればかりはジークフリードの意向を確認しないといけない案件だと判断し、無言を貫いた。
どうやら返答は得られないと判断したのか、シュウ王子は話題を変える。
「私達ばかり質問するのも不公平ですから、今度は何でも聞いてください」
シュウのその言葉に、シモンが待っていましたとばかりに質問をする。
「そちらの国の魔法は少々我が国と異なるようですね。我が国の魔法形態とエミール国の魔法がどう違うかこの機会に是非教えて頂けますか」
シュウ王子が機嫌良く了承したのを確認し、レンはジークフリードに目配せしながら発言を続けた。
「せっかくシュウ王子自ら教えて頂くのですから、まずは我が国の魔法形態について説明いたします。その上で、相違点についてご教示頂けますか?」
シモンの言葉にジークフリードが首を竦めて溜め息をついた。
「やれやれ、どうも話が長くなりそうだ」
ジークフリードはミリィとレンを散歩へ連れ出した。シモンとシュウ王子の二人を残して席を離れるなど通常は有り得ないことなのだが、ジークフリードの誘いを断れる筈が無い。
(多分、私達に聞かれたくない話をするんでしょうね)
二人の意図に気づかない素振りで、ミリィはゆっくりと席から離れた。
シモンはジークフリード達が声の届かない距離に離れたのを確認してから話を続ける。
「ミリィアリア様にだいぶ興味をお持ちのようですので、あらかじめ知っておいていただきたいことがあります」
シモンはそう前置きした上で、シトラル国における魔法使いの立ち位置について説明を始めた。
シトラル国では、一定以上の魔力を持つ者は全て軍部に入ることが義務づけられている。
力のある魔法使いの男女比はおよそ20:1で圧倒的に女性が少ない。しかし個々の魔力量は女性の方が圧倒的に多い傾向にあり、その中でもさらに一握りの女性に膨大な魔力量を保持する者がいる。
女性の魔法使いは魔力が多くなればなるほど妊娠し難くなり、長寿となる。そのため複数の魔法を操ることが出来る女性の魔法使いで、強大な魔法を操る者は『…の魔女』といった称号を得て、国民から畏怖と尊敬を集めることが出来る。
ただし、白魔法が使える魔法使いとなるとまた話が別になる。彼女達は高い魔力を持っていたとしても、やや低い確率ではあるものの、妊娠が可能となる。彼女達は妊娠、出産すると、魔女と呼ばれる女性達と比べ短命となるという欠点もあったが、必ず次代に白魔法を使える子供が生まれるという特徴もあった。
シトラル国の初代は王が黒魔法を、王妃が白魔法を使っていたと言い伝えられている。
白魔法を操る魔法使いは初代王妃の血を受け継いでいると信じられ、そのせいもあってこの国では白魔法を使える魔法使いが特に優遇されている。
そして、シトラル国の有名な言い伝えに『「対となるもの」を得た王は、必ず国を繁栄に導くことができる』というものがある。
この言い伝えと、この国を治める王族に強力な黒魔法使いが多いことによって、白魔法が使える魔法使いが特別視される傾向に拍車をかけている。それ故に白魔法が使える魔法使いの女性は、魔女に対して聖女と呼ばれているのである。
ここまで説明し、シモンは一息ついた。
「…ということですので、ミリィアリア嬢はそちらの国に嫁ぐのは難しい訳です」
黒魔法の使い手でもあるミリィは、妊娠の可能性はかなり低い。だから婚姻を結んでも、同時に後継の問題が発生するミリィは結婚には向かないのだ。
「それが何か? 彼女の価値はそれだけだとでも?」
シュウ王子は意に介さないといった様子で話を続ける。
「まぁ、私がミリィアリア嬢を気に入ったのはこれまでの事を考えれば至極当たり前の話だろう? 私が今言いたいのは別の話だ。そしてそれを頼めるとすればミリィアリア嬢だけだと言えばわかるかな」
答えあぐねているシモンを見て、シュウ王子は決定的な言葉を口にする。
「レンに力を貸してくれれば、こちらも協力しよう」
何に協力するとは明言しなかったが、シュウ王子が言いたい事は明白だ。しかしそれをわざわざ頼んでくるあたり、別な意図が含まれている可能性も考慮しなければいけない。そう思い、シモンはシュウ王子に確認をとる。
「わざわざこちらに頼まなくとも、そちらの国で解決することでは?」
シュウ王子は紅茶を飲みながら、チラッとシモンの顔を見た。
「生憎、私用で動かせる者まで今回は連れてきていなくてね。ただ、レンは私にとってもエミール国にとっても大事な者なんだよ。勿論、今レンを家に帰す事で今後に得られる物はお互い大きいということは保証する。…まぁ、要は私がレンに恩を売りたいだけだと思われても否定はしない」
シュウ王子はそう言い終わると、カップに残った紅茶を飲み干した。
「私用でこんな事を今頼めるのがミリィアリア嬢しかいないのは、そちらも同じではないかな」
そう言いながら、考え込むシモンを尻目にシュウ王子は自ら侍女に合図して紅茶のお代わりを頼んだ。
話し合いが終わったのを察して、ジークフリード達が戻ってくる。それから後は当たり障りのない話題にふれながら和やかにお茶会が進んでいった。
陽も傾きかけ、どこからともなく少し涼しい風が吹き始めた頃になってようやくお茶会は散会となった。最後もまたシュウ王子はミリィの手を取り、直接言葉をかけた。
「今日は会えて嬉しかった。普段の話し相手はレンばかりだから、自分の知識の偏りにも気づく事が出来たし。どうだろう、ミリィアリア嬢が良ければまた話し相手になって貰えないだろうか」
一介の兵士であるミリィに拒否権は無い。
「そういうことでしたら、喜んで」
ミリィは再び淑女の礼をとると、相変わらず無表情のジークフリードや思案顔を隠せないシモンと共に、笑顔のシュウ王子の前から辞したのであった。